14. 初登校
お久しぶりです!短編も書き終えたので続き書いてきます。よろしければ短編の方も読んでもらえると嬉しいです!
よろしければ活動報告の方も更新したのでご覧ください(追 8.19)
「次の電車は〇〇時〇〇分に発車します。ご乗車になってお待ちください」
通勤の人混み、電車のアナウンス、それらで喧騒とする駅のホーム。そこで私は、一つあくびをこぼしていた。
ここ数日は家のこと、仕事でバタついていたため疲れがけっこう溜まっていた。こうして移動中のほんの少しのぼーとする時間でさえ、油断してると眠りへと落ちてしまいそうだ。
ブーブーブー
ん?スマホが鳴っている。朝っぱらから仕事の連絡などは見たくないのだが。スマホの画面を開くと、たしかにメールが届いていた。でも、仕事相手ではない。
from エリスちゃん
件名 約束のものを送ります!!
添付 kanata_seihuku.jpeg
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これから学校に行ってきます!この晴れ姿どうですか?似合いすぎですよね!?
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メール文についつい顔が綻んでしまう。メールの相手はつい最近できた我が娘だった。
「そっか、今日からだもんね」
画面をスクロールすると、メールに添付された写真が姿を現した。私が家を出る時に彼女と約束したものだ。
「まったく、顔真っ赤にしちゃって」
そこに写っていたのは、我が息子、ではなくて娘だった。恥ずかしそうにスカートの裾を掴みながらも、おろしたての制服をきっちりと着ていた。
ブレザーの制服は娘にとても似合っていた。まるで、昔から女の子であったかのように。
「まもなく、〇〇行、発車いたします。ご乗車の方はお急ぎください」
ホームのアナウンスが流れる。スマホへと落としていた視線を上げ、電車へと向かう。
「頑張りなさいよ」
届くかどうかわからない我が子への言葉を呟きながら、今日も私は仕事へと向かった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「はい!撮れましたよ」
「これ、本当に送るの?」
「約束ですから!さてと、お母様に送信っと」
朝七時ころ、いつもならまだ寝ていてもいい時間だが今日からはそうも言ってられない。長めの連休が明けた今日、俺は学校に通うのだから。
「よし、では奏向準備はいいですか?」
「うん。大丈夫」
昨日のうちに準備したリュックを背負うと、玄関へと向かう。ドキドキと心臓の鼓動が早い。
新しいローファーは少し小さく見える。今まではこのふた回りは大きいサイズを履いていたはずだ。体の変化によって足のサイズまで変わってしまっていた。
玄関を出ると、空は青く晴れ渡っていた。
「いいお天気ですね。絶好の登校日和です」
「そうだね。行ってきます」
玄関の鍵を閉めると、最寄駅に向かって二人で歩き始めた。天ヶ崎学園はうちからだと、電車を使って数駅のところにある。方向的に満員電車、なんてことがないところが救いだ。
「それにしても本当によく似合ってますね!その制服」
「そ、そうなのか」
歩きながら、エリスは俺のことを下から上まで舐め回すような視線で見てくる。
「あんまり見ないでよ、恥ずかしいし」
「そんなことないですよ!むしろもっと堂々と見せびらかすべきです!」
「いや、そういう意味ではないんだけど」
いまいち会話が噛み合ってないみたいだ。エリスにはなるべくスカート丈を長くしてもらうように頼んだ。それでもひざより上なのだが。
「なんで、女子ってスカート短く履くのかな?」
女子のスカート丈はけっこう短いことが多い。男の時も階段とかは不意に上を向くと下着が見えそうでドキドキしたこともある。それでも女子がスカート丈を短くしようとするのはなんでなんだろう。そんな疑問にエリスは簡単に答える。
「なんでって、可愛いからだと思いますよ」
「可愛いから?」
「はい。だって可愛いですよね、ミニのスカート」
エリスの制服のスカートは俺のよりもう少し丈が短くなっている。たしかに可愛いんだけど。
「でも、下着とかその、見えそうとか思わないの?」
「まあ、ないことはないですけどこれでもよほど下から覗かないと見えないですし。可愛いの履けるならそっちをとりますから」
可愛いから短くする。それが自然に男性の感性に刺さって卑猥に見えてしまうってことなのかな。女性はファッションだと考えるけど、男性にとっては本能的に興奮してしまうとか。
「もしかして、奏向も私に悩殺されてしまいました?」
ふざけてスカートを大袈裟に揺らすエリスを尻目に、そそくさと駅へと歩く。
「あちょっと奏向!待ってください〜」
そのうち、自分もスカートを短くしたくなるのだろうか。そんなことを考えながらエリスと二人で他愛のない話を続けた。
ようやく駅に着くと、ホームのある地下まで階段で降りていく。電球の明かりに照らされた地下は、少し暗く不安に感じる。
「あ、そうでした。はい、これが奏向の分です」
エリスから手渡されたのは、電車のICカードだった。ご丁寧に名前まで印字されたカードには、通学定期として発行されていた。
「こんなもの、いつのまに」
「ふふふ、天使の力を舐めたらいけませんよ」
本当に天使とはなんなのか、考えると長そうなのでとりあえず保留にする。
もらったカードで改札を抜けると、さらに階段を下りる。ホームに着くと、学生がちらほらといた。見たところ、うちと同じ制服みたいだ。
「うちの学校の生徒みたいですね」
「うん」
周りをチラチラ見ると、友達と楽しそうに喋っている男子、カバンに沢山のストラップをつけている女子、仲良くおしゃべりしてるカップル、そんな生徒たちがいた。
「まもなく電車が参ります。黄色の線よりお下がりください」
程なくして、ホームにアナウンスが響き渡る。轟音と共に電車がやってきた。開いたドアから電車に乗り込む。電車内にも学生は沢山いた。警告音とともにドアは閉められ、ゆっくりと電車が動き始めた。
走る電車から見える真っ暗な洞窟には、不安そうな自分の顔が映し出されていた。
「奏向、大丈夫ですか?」
「大丈夫。大丈夫だから」
エリスは俺の顔を見て問いかけてくる。実際のところかなり動揺している。ついつい、相手からどう思われてるのかを考えてしまう。考えてしまうと、恐怖心が強く自分を縛ってくる。
「そういえば、自己紹介の挨拶は決めました?」
「え、挨拶?」
「そうですよ!名前の紹介と自分のアピールをしないといけません」
自己紹介のことは頭から完全に抜けていた。名前はともかく、何か話さなければならないのか、だいいち自分は自己紹介で気分を害して不登校になったのだ。それなのに、ちゃんとできるんだろうか。
「私は決めてますよ。柏木襟澄といいます。この子は私の双子の妹の奏向です!二人共々よろしくお願いします!」
笑顔で自己紹介をするエリス。いや、いや、いやいや。
「それってエリスのっていうか二人の自己紹介になってるし!それに最初からそのノリはいろいろキツイ!」
「そうですか?せっかく二人で自己紹介できるんですから、仲良くした方がいいと思うんですけど」
二人でって、そうかエリスとは同じクラスなんだっけ。あの時と違って一人じゃない。エリスがそばにいてくれる。それだけで安心する。
「やっと笑ってくれましたね」
「え?」
視線をもう一度窓に移す。映った自分の顔は、ニッコリとした笑顔を浮かべていた。
「もう、緊張してたのが馬鹿馬鹿しくなるじゃん」
「奏向も練習しときます?」
「ううん、もう大丈夫」
車内のアナウンスとともに、電車は次の駅へと向かっていく。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ねえ、昨日のドラマ見た?」
「で、先輩がさ〜」
「やっぱ、かっこいいよね!」
最寄駅から徒歩十分くらいのところに天ヶ崎学園はあった。校門にはたくさんの生徒が登校して賑わっている。どこからかブザーのような音が聞こえる、部活の朝練だろうか。
そして、
「とりあえず、職員室に向かいましょう」
「うん」
俺たちは学園へと潜入していた。リュックの中から袋を取り出すと、袋から上履きを出す。ローファーをその袋にしまうと、職員室がある二階に向かって階段を上っていく。
道中、生徒が俺たちのことを見ているようだ。エリスは視線なんか気にせずに進んでいく。ようやく職員室の前までたどり着けた。中からは忙しない音が聞こえてくる。
「じゃあ、行きましょうか」
「うん」
エリスがドアを開ける。中にはいくつもの机が並び、本やら参考書やらが積み上げられていた。
「失礼します。私たち一年D組の転校生なんですけど」
「あーはいはい、はーい。ちょっと待ってね」
返事は遠くの方から聞こえた。声の方から女性が近づいてくる。
「えーと、二人が柏木さん?」
「はい!私が襟澄です。こっちが奏向です」
「襟澄さんに、奏向さんね。初めまして、私がD組担当の山川静香よ。よろしくね」
女性は髪を後ろに結んでいて、服装も少しラフな格好をしていた。
「二人共ご両親の仕事の都合だっけ?大変だとは思うけど、私もできるだけサポートさせてもらうから。まあ、泥舟に乗った気で任せてよ」
「先生。それを言うなら大船です」
「ああそうだっけ、まあよろしくね」
随分とあっけらかんとした先生だった。頼り甲斐があるようでないようで。
「それじゃあ、行こうか教室に」
「はい」
いよいよ、遂に始まる。俺の、学校生活が、もう一度。考えてる間に教室の前まで来てしまった。教室の外にいる学生が賑わい始めた。
「ちょっと待っててね、場を作るからさ」
そう言って先生は教室に入っていった。
「はいはーい、席につけー。今日はなんと転校生が来てるぞ」
どうやら場を作るとは、生徒たちに期待感を持たせることのようだ。俺としてはもっと、静かでこじんまりしたかったのに。
「なんだか、楽しくなってきちゃいました」
対してエリスは楽しそうだ。学園生活に期待しているのか、はたまたこの空気を楽しんでいるのか。どちらにしても俺としては羨ましい限りだ。
「そこ、騒がない。転校生が逃げちゃうだろ?」
俺たちは小動物とかではないのだが。そんな先生のボケに教室からは陽気な笑い声が聞こえた。ボルテージは最高潮に達しているようだ。
「ふふ、大丈夫ですか?」
エリスまで煽ってくる。どのみちもう来るとこまで来てしまったのだ、後は当たって砕けるまでだ。
「大丈夫。今回はきっと」
そんなことを言いつつ、片手はエリスの手を求めて開いていた。エリスはニコリと微笑むと手を握ってくる。
前回と違う。いまなら、頑張れる。
「それじゃあ、二人共入ってきて」
「行きますよ」
「うん」
教室の扉が、少しずつ開かれていく。エリスとともに、その中へと入っていった。




