12. 母来たる (1)
今回も話が長くなったので二つくらいに分けます。珍しく「奏向」の単語が一回しか出てきてないです。
鳥達の鳴き声とともに、うっすらと目が開く。外からの光はまだ薄暗い。時計の時間を見るとまだ朝の六時だった。ここ数日はエリスにたっぷり勉強させられてヘトヘトだった。そのせいか早寝が多くなって、今日みたいに六時ごろに起きることが多くなった。
勉強は単に勉学ではなく、女の子としての勉強だった。振る舞いやら喋り方やら、話す話題やら。料理もさせられた。で、挙げ句の果てには美容についての知識を一から叩き込まれた。
喉が渇いたから、とりあえず水でも飲むか。部屋を出ると一階のリビングへと向かう。すると、
トントントン、トントントン。
と、何かを切ってる音が聞こえる。エリスが朝ごはんでも作ってるのかな?扉から光が差し込んでいる。やはり誰かがいるようだ。扉を開けてリビングへと入る。
「あら、奏もう起きた……の?」
「え?」
キッチンで料理を作っていたのはエリスではなかった。そこにいたのは。
「あなた、誰?」
「か、母さん?」
実家に帰ってた母さんだった。
「ふぁ〜奏向、もう起きたんですか。ってそんなところで何して……あ!」
「え!ええと、あ、あなた達!いったい誰なの!?なんでうちにいるの!?」
続けて下りてきたエリスも母さんと鉢合わせする。俺はどうしていいかわからず、ただただエリスと母さんを見ることしかできない。そんな中でエリスは。
「あ、べ、別に怪しいものじゃないですよ!わ、私たちは姉妹で!」
こっちもかなり混乱していた。なんでこういう時だけ役に立たないんだよ!
「け、警察に通報するわよ!」
まずい、よくわからないけどこのままじゃ不審者扱いされてしまう。どうにかして、説得しないと。とりあえず母さんに俺が奏だって伝えないと。えーと、えーと。
「こ、この子は奏なんです!」
エリスがいきなり叫び始めた。
「はあ?あなた何を言って……「この子は、あなたの子供の奏なんです!」」
母さんは訳のわからないといった表情で俺を見る。エリスはバタバタと手を動かしながら訴える。これじゃ埒があかない、何か俺が奏だって証明できるものは……。
「だ、だったら、これを見てください!」
突然エリスが俺たちの前にスマホを差し出した。そして見せてきたものはとある動画だった。映っていたのは暗がりだが、しかし見覚えのある風景だった。
これって、俺の部屋?
すると映像が動き始めた。暗がりの中、あるところで動きが止まる。それは布団だった。うっすらとカーテンから差し込む光がそこで眠っている人物の顔が映し出す。
「「これって、奏 ?(俺?)」」
その姿は俺、いや正確には前の姿、男の姿の俺だった。しばらく俺の寝ている映像が流れる。しかし、異変は突然起こった。薄暗かった風景が突然明かりを発し始めた。見ると、俺の体がやわらかい光に包まれ始めていた。だが、異変はそれだけではなかった。
最初に気付いたのは髪だった。よく見かけるショートの髪が明らかに伸びて、肩くらいまでになっていた。次に顔の骨格。全体的に丸くなり始め、鼻も顎も小さくなっていた。そして、だらしなくはだけた掛け布団から見える腕。長袖のパジャマの袖からは手がかろうじて見える程度になっていた。
そして、光はゆっくりと消えていった。映像が揺れ始める。机の上か何かにスマホを置いたみたいだ。すると、今度はエリスが映り始める。何をするのかと見てると、俺の服を脱がし始めた。瞬く間に全裸になり、女性下着、パジャマを着させられて掛け布団をかけられる。最後にエリスがカメラ目線でピースをしたところで映像は終わった。
「と、これで信じてもらえましたか?」
一瞬だけ間が空く。
「な、な「何がじゃー!!」」
母さんが何かを言うよりも早く、俺はエリスの胸ぐらを掴む。
「なんでこんな動画があるんだよ!?」
顔が沸騰する。なんだこの動画は!自分が女に生まれ変わるまでのドキュメンタリー映像とかどんな嫌がらせだよ!途中裸にさせられたし。しかも、それを親に見られるとかどんな悪夢だ!特に、最後のピース姿には怒りを通り越した何かを感じた。
「そ、それはこういう時のために撮っておいたんですよ。あははは」
エリスの目が泳ぐのを俺は見逃さなかった。こいつ、嘘をついてる。
「本当に、それが目的だったのか?」
目力を強くして睨みつける。
「ほ、ほほ本当ですよ」
「本当、に?」
もう一度、睨みつけた。
「い、いや〜なんといいますか。あの、こういう性別が変わる案件なんてそうそうないもんですから。その、記念にと思いまして」
意外にあっさりと折れた。スマホに目を向けると、動画は「秘蔵ファイル」と書かれたファイルに入っていた。なんか、怒る気持ちが萎えてしまった。掴んだ手を離す。
「はあ、もういい」
残された母さんは目を丸くして、口をパクパクさせていた。
「こ、これは?CGなの?」
どう見てもあの映像は理解の範疇を超えていた。普通は理解できるCGであると信じるのが当然だろう。
すると、エリスは「ちょっと待っててください」と言って二階へと上がっていく。下りてきた時には見知らぬカバンを持っていた。そしてそのカバンからあるものを取り出す。
「改めて、はじめまして。私は、エリス・ハートと申します」
たぶん自分の名前が書いてあろう名刺と、「天使のサポートガイドブック!!」と書かれた小冊子を母さんに手渡した。母さんは途端にふらふらと尻餅をついてしまった。
「あ、あなたは一体なんなの!?」
どこかで見たことのある光景。エリスは当然のように、
「私は天使です!」
と言った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「どうでしょうか?ご理解頂けたでしょうか?」
「えーと、いきなりこんなこと言われてもね」
完全に動揺していた母さんをなんとか落ち着かせると、テーブルに座りエリスが一から説明を始めた。天使であること、天使の使命、そして俺が手助けの対象者に選ばれたこと、その過程で性別を変えられたこと。母さんはまるでおとぎ話を語られているように聞いていた。
「ちょっといい?」
「はい、何ですか?」
俺はここで疑問が生じた。
「確か、概念ってのを変えて、俺を女にしたんだよな?」
「はい。その通りです」
「で、概念を変えると他の人からは俺が元から女だったことになるんだよな?」
「はい」
「なら、何で母さんは俺を、元の奏を知ってるんだ?」
もし、本当に概念というものが世界規模に影響を及ぼすのなら当然母さんも俺が女であることに驚きはしないはずだ。
「えーとですね、説明し忘れってわけではないんですがこの概念の変更自体は一時的なものなんです。つまり、効力が弱いんですよ」
「効力が、弱い?」
「はい、そのため奏と関係の深い人、または想いが強い人には概念の変更による影響が出にくいんです。今回のようにお母様には影響がなかったわけです」
手助けのための一時的なものだから、関係が深い人には俺が男っていうことのままなのか?
「私のことについても、奏に関連付けて概念を変更したために影響が出なかったんでしょう」
だからエリスに対しても母さんは驚いてたのか。
「ねえ」
不意に、母さんが俺に声をかけてきた。
「あなた、本当に奏なの?」
今までの説明の中で、俺と証明できる知識も母さんに話した。好きなもの、嫌いなもの、今までの暮らしでの思い出。でも、まだ納得がいってないみたいだ。
「最後に一つだけ、質問してもいい?」
母さんはまだ表情が曇っている。
「いいよ。それで少しでも納得してくれるなら」
少しだけ息を吸うと、質問をしてきた。
「中学の時こと、話せる?」
「っ!」
中学、それって……。
母さんの瞳は悲しげに揺れていた。




