10. はじめの一歩
投稿遅くなってしまってすいません!今回も一応お風呂回?です!後、活動報告も今更ですがPV600記念で投稿してあるのでよろしければご覧ください。
助けを求めても、誰も答えなかった。俺と話すやつはいなくなった。あいつは悲しい目をしながら去っていった。あいつも手を差し伸べてくれなかった。いつのまにか居場所が消えて、一人耐えるしかなかった。耐えて、耐えて、耐えて。そして、逃げ出した。
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「はっ!はっ、はっ、はっ」
目が覚める。ひどい悪夢を見た。あの胸糞悪い記憶を。気がつくと、額に汗をいっぱいにかいていた。周りを見渡す。ここは、俺の部屋?なんで俺は家に戻ってるんだ。確か、買い物に出かけてて、カフェで話を聞いて、それで……。
ガチャ、という音とともに薄暗い部屋に廊下の灯りが入ってくる。
「奏向!目が覚めたんですね!」
エリスが俺に勢いよく抱きついてきた。ちょっと苦しい。
「ちょ、苦しいから、離れて」
「ああ、すいません」
エリスはゆっくりと解放してくれた。俺はまだ重い頭を回転させ、事の経緯を聞いた。
「なんで俺は部屋にいるんだ?」
「色々大変だったんですよ!」
エリスは疲れた顔をしながら説明してくれた。
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「か、奏向!?」
奏向が倒れた。突然ふらふらしたかと思えば、勢いよくテーブルの上に突っ伏してしまった。突然のことに驚きつつも、奏向の様子を見ると辛そうな顔をしている。
とりあえず、奏向の容体を確認する。呼吸は、安定してる。脈も、正常。命に別状はなさそうだ。だとすると、気絶?もしくは失神?
「奏向?奏向?聞こえますか?」
「う、う……ん」
意識はあるみたいだけど、かなり朦朧としてるようだ。多分、しばらく安静にしていればよくなるはずだけど……。
周りを見ると店内のお客さんがこちらを見ている。流石に、騒ぎすぎたか周囲がざわつき始めている。
「お、お客様!?大丈夫ですか?」
店員さんが驚いた顔で駆けつけてきた。
「体調を崩されたのですか?救急車をお呼びしましょうか?」
念ために、検査を受けた方がいいのかもしれない。ただ、奏向は人に対して抵抗感があるのにいきなり病院などに連れて行ったら、それこそもっと動揺してしまうかもしれない。
それに、先ほどの話、それのせいで体に異常が生じたのなら事が大事になればより強く、奏向はその話を辛く受け止めてしまうかもしれない。
私に残された道は、これしかない。
「あ!大丈夫ですよ!この子、あの、そう!疲れるとどこでも寝てしまうんです!なので、大丈夫です!」
家に帰って安静にさせる、それしかない!そのためにはとにかく勢いで押すしかない。店員さんが動揺している中、とにかく店を出ることしか考えなかった。
「そ、そうなんですか?」
「はい!そうなんです!なので、お会計お願いしていいですか!」
「ええ?はい。わかり、ました?」
店員さんがどうしていいのか分からずにいるみたいだが、とにかく会計を済ませてもらう。急いで、荷物をまとめると奏向をおんぶする。
「あの、大丈夫ですか?」
両手には大量の紙袋を持ち、奏向を背中におぶってる姿は女性一人の持てる限界を超えているように見えるだろう。でも、こうなってしまったのも私があの話をしたのが原因だ。だから、私が頑張らないと。
「大丈夫です!大丈夫です!ご馳走様でした!」
店員さんに伝えるとダッシュでお店を出る。
「お客様!これ!」
店員さんが何か言ってる気がするが構う暇はない。出せる全速力でショッピングモールから出ると、タクシーを拾って家まで帰宅した。
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「と、こんな感じです。家に着いた時には奏向は寝てたので、とりあえず部屋の布団まで運んだんです」
そっか、俺は気絶してたのか。話を聞いてる間に、頭の重みは消えていた。
「その……。ごめんなさい!奏向が疲れているのにあんな話をして」
エリスが頭を下げる。別にエリスのせいではないと思うのだが。顔を上げたその表情は涙目になっていた。
「いやエリスのせいじゃないよ。これは、俺の問題だから」
あの時の記憶を、無意識に考えないように、忘れるようにしてた。逃げて、逃げて、逃げて。その結果がこれだ。もう一度触れただけで気絶するくらい取り乱した。
「奏向……」
「とりあえず、風呂入らせてよ。汗かいちゃってさ」
そういって起き上がって廊下へと向かう。エリスに腕を掴まれる。
「わかりました。でも、私も一緒に入りますからね!」
そういうと、風呂場へと連行される。脱衣所に今日買ったばかりの下着を置いて、二人で風呂場に入る。
今日は疲れているのか二人で入るとか、裸を見るとかに対してあまり恥ずかしさを感じなかった。むしろあの事が頭の中をぐるぐる回っていつのまにか髪を洗われたことにも気がつかなかった。
「奏向?奏向!大丈夫ですか?次、洗いますよ」
「へ、あ、うん。お願い」
ダメだ、どうしても考え事をしてしまう。俺は怖くて、悲しくて、寂しくて、あの時あの場所から逃げ出した。逃げるしかなかった。でも、時間が経っても、何も変わっていない。
いいのか?このままで。ただ怖くて震えているだけで。あの時から逃げ続けるだけで。本当にいいのか?変わらなくて……。
バシン!
突然背中を叩かれた。
「痛っ!」
「終わりましたよ」
「だからって叩かなくても」
考えがまとまらない中、エリスは洗い終わったみたいだ。いつのまにか、エリスに洗われるのにも抵抗がなくなっている。鈍い痛みを発する背中をさすっていると、ふと鏡に目が止まった。そこには俺とエリス、二人が映っていた。
「どうしたんですか?」
「いや、なんか姉妹みたいに見えて」
鏡に映っている二人は特別そっくりというわけではない。ただ、なんとなく仲の良い姉妹のように見えてしまう。
「私たちは一応双子の姉妹ですよ?まあ、顔立ちはそこまで似てないので二卵性双生児ですけどね」
エリスがどうでもいい双子設定を言ってくる。俺たちは今は姉妹……。
「姉妹……」
「そうですよ。私たちは姉妹なんです」
思ったことが声に出てしまった。
「冷えちゃいますし、湯船に浸かりましょう」
狭い浴槽に入ると、自然と息がこぼれてしまう。エリスの体と少し密着しながらもお湯の温かさに浸る。
「姉妹、嫌でした?」
「えと、そうじゃなくて。その、自分が別人なのが不思議で」
鏡に映ってたのは仲の良さそうな姉妹。それは前の自分とは程遠い存在で、それが自分だということが不思議でならなかった。
ぎゅっと体が抱きしめられる。
「奏向、今日最後のわがまま、聞いてもらってもいいですか?」
真剣な眼差し、抱きしめる強さ、それらからなんとなく何を話すのかがわかった。
「うん。いいよ」
ぽと、ぽと、という水音が反響する。
「私が奏向を女の子にしたのは、女の子の方が人と仲良くなれると思った他に、もう一つ理由があるんです」
もう一つの理由。エリスは話を続ける。
「奏向には、別人になって欲しかったんです。あの時とは関係ない、別の人に」
あの時、という言葉に体がビクっと震える。
「でも、逃げて欲しいわけではないんです。むしろ、向き合って欲しい。そう思ってます」
少しずつ抱きしめる強さが強くなっていく。
「別人として、あの時のことと向き合って、前に進んで欲しい。そう思ってその姿になってもらったんです!」
過去の辛い記憶、トラウマはただ辛いだけではなくその人の行動にも影響を与える。いじめがトラウマの人は、人との関わりが取りづらくなったりもする。
でも別人になって過ごす。それは前の自分とかけ離れるということ。過去の出来事とも関係ない別の人になるということ。つまり過去のしがらみから解放されることだ。
けど、それは過去を全て捨てて逃げることと同義であるとも言える。でも、エリスは向き合うためにこの姿にしたと言った。トラウマなんて関係ない、この姿でもう一度あの時と向き合うために。
「少しずつでも構いません。ゆっくりでも大丈夫です。ただ、前に進んで欲しいんです!昔の、あの奏に戻って欲しいんです!」
俺は一度閉じこもってから外が、人が、いつの間にか怖くなっていた。また一人になるのではないか、助けてくれる人などいないのではないか、その思いがすごく不安だった。そうして、外と繋がることを断った。
でも、今は助けてくれる人がいる。不安を一緒に抱えてくれる人がいる。今の俺は一人で部屋に閉じこもっていた俺じゃない。だから、どんなに不安でも、どんなに怖くても、一歩を踏み出せる!
「俺は……変わりたい。今の自分を、変えたい。ずっと怖かった。前に進むことが、また何かを失うんじゃないかって。でも、エリスが、居てくれるなら。支えてくれるなら、頑張れる、気がする」
体は震えている。でも、エリスを見る目だけは揺らいでない。強く、強く!ただエリスを見つめる。
「私にできるのは、奏向を応援することだけです。それ以外のことなんて、ほんの些細なことしかできません。でも、これだけは約束します。あなたを支える!あなたのそばに必ず居るって!」
その言葉が壊す。恐怖も、悲しみも、さびしさも。全てではない、でも体を縛ってた、心を縛ってた、足枷のようなものは綺麗さっぱり消え失せていた。
「応援するだけって、些細なことって、人の体をこんなにすることが些細なのか?」
「奏向の問題に比べたら些細なこと、って思いませんか?」
「ん、そうだな」
そして、二人して笑い合う。覚悟は決まった。俺は、エリスとともに前に進む。あの時のことを乗り越える。昔の自分に戻る。もう立ち止まらない。
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「ごちそうさまでした!」
「お粗末様です」
風呂から出た後は、エリスが作ってたという夕飯を食べた。今日はカレーだったが、隠し味がなんとかかんとかで結構うまかった。
「でも、奏向が元気になって良かったです」
「そうか?」
「そうですよ。前より生き生きしてます!」
実感が湧かないが覚悟が決まったことで気分も変わったのだろうか?
ピンポーン
「あれ?誰だろう?」
時計を見るともう九時をまわっていた。こんな時間に来る人なんて、せいぜい母が頼んだ宅配ぐらいだろうか。エリスも気になって近づいてくる。インターホンの受話器をとって返事をする。
「はーい。どちら様ですか?」
訪問者は宅配の人などではなかった。
「あの、私!天ヶ崎高校一年の祠堂利麻って言います!こちらは柏木奏向さんのご自宅でしょうか?」
え、俺の高校の同級生?




