父の遺志
ーバルガルド帝国 パゼル市内 グリム宅ー
グリムの家は、あまりパゼル市へは来ないため、普段はテント暮らしなので顔馴染みが営んでいる雑居宿のような所の一室を借りて暮らしていた。
借りる…というより貸し切っているという方があっているぐらいである。
まず出向先に行く時買ったものなどの物置場にもなっているし、調子に乗って長期滞在の時は痩せた野良猫を保護したりもしていた。
グリムはこれでは流石に悪いと、宿代としても1年間貸し切っても困らないぐらいの料金は置いていってある。
その金は軍部の給料の貯金で、それを伏せている宿主には出処を疑われている。
「リズルさん、ただいま」
リズルはこの宿の女店主で控えめな胸と長い髪を後ろで纏めた髪、獣人の証である耳と尻尾が特徴的な、看板娘の役割も兼ねたこういう店にしては中々若い方の人だ。
彼女は帝国の生まれではなく、獣人の国であるピルリア共和国から来た人間であり、純獣人でもなく父親は人間であったらしい。
以前までは叔父と2人でここを切り盛りしていたようだけれど、俺がここを使い始める前に逝去していたようだった。
今は街の強面の料理人を雇って、厨房はそちらに任せてその他の作業を全てこのリズルが行っているらしかった。
俺は宿の横にある郵便受けに何か来ているか、と思ったがここの住所を知る人も少ないので何も来てはいなかった。
「グリムくん、今回の旅は長かったのねえ」
俺は大体半年〜1年ぐらいのサイクルで度を繰り返しているけれど、今回は1年半に満たないぐらいの期間だった。
「うん、ちょっと面倒くさいおやじが商売相手でさ、取引に時間がかかっちまったよ。思う存分ここで休ませてもらうさ」
今回は西の国での動向を調べるために帰還を延期していたのだが、一応軍事機密なのでそれを言えるはずもない。
ただ、長旅で疲れたのは確かだっただしこの宿の居心地は相当良いので羽を休ませたいのは確かだ。
…が、今回は後ろに連れがいるのでそれも叶わない願いであることは俺も分かっている。
「ほほう。中々雰囲気の良い宿だが、我の肌には合わぬだろうな。外で喧嘩をしている者がおるが、あれは止めなくてもよいのか?」
アポロンはどうやら天界のよく分からない様式のベッドや料理を基準に言葉を話すので、この星生まれこの星育ちである俺にとって理解の外にある事物を想像出来ないのは仕方のないことだと思う。
「ああ、あれはもうここ名物だよ。さっさと部屋に入ろう」
と言って、部屋に入り本題へと促す。
「それで、お前はなんで俺の元にいるんだ」
そう、まずそれなのだ。
過去を振り返ってもそれらしきものはひとつも見当たらなかった。
「貴様の父親に頼まれてな。それがきっかけだ」
父親?俺の両親は既に他界しているが、父親は戦場で亡くなっている。
「悪いが、俺の父親は死んだ。先の戦争で亡骸も見つからない程に無残な死に方をしたようだけれど」
死については、自分ではもう整理は付いているし、もっと言えば現在はファナの親代わりのようなポジションになっているので、死について考える暇もなかった。
亡くなった両親のことは日頃の感謝もあるし、死なれた恨みもあるなら何も思わないのが得策であると考えて、今ではほとんど気にはしていない。
「クク、貴様の父親は死ぬ寸前になって我を奉る神殿に来おってな。妻と息子と娘…家族を頼むと言って自分の体を差し出してきたのだ」
何だって?今まで戦死だと思っていた父親の死因を今更聞かされて動揺を隠しきれない。
つまり、俺の父親はアポロンに取り込まれて死んだということだろうか。
確かに驚きはしたが、改めて考えれば父親の命ひとつではいまいち対価としては足りないような気もする。
「何故、命ひとつで請け負ったんだ」
と、純粋な疑問にして返す。
「ふん、その時の気分だ。頭から血を、目から涙を流してそれだけを言う奴は滑稽だったが、何かを感じた我は奴の思い通り加護を与えた、というわけよ」
なるほど、確かにアポロンは神にしてはどうやら忙しくはないようであるし、少し話しただけでも変わり者であると言うのは分かるところなので、きっと本当にその場の気分だったのだろう。
まあ、神の心は人間には測り切れないけどな。
「ははあ、じゃあファナの精霊もアポロンの部下だったりするのか?」
もしかしたらファナが独自で友達になった精霊なのかもしれないと思い、問う。
「そうだ。まあそちらも名無しの力天使だがな。力の行使については我が保証しよう。なにしろ、我の力を1番純粋に代行できるのは奴ら力天使なのだからな」
なるほど、ではファナも自分が精霊魔法が使えるというのは知らないということかな?
まあ俺も今日に至るまで全くと言っていいほど気が付かなかったし、それでも仕方ないだろう。
「じゃあ、次だ。ヨアムは正義執行というのを使っていたけれど、俺もなにか使えるようになっているのか?」
ヨアムのあれは中々かっこいいものであった。
ああいうのが使えれば、おとぎ話のような救国の英雄にだってなれるかもしれない。
「いや、使えぬよ。我が貴様に力を与えれば使えるだろうが、我は力は貸さぬ主義なのでな」
何だって?じゃあ何で力を司る力天使なんか寄越したんだ、と聞くと、
「ふん、精霊は人間と協力しなければまともな力が出せぬから、人間の手も借りずに相手をねじ伏せられる程度の天使となれば、上級天使を遣わすことにもなるだろう」
まあそれ以外にも理由はあるがな、と不機嫌そうな顔で付け足して話を締めた。
微妙に力の居れどころがズレているような気もするのだが、アポロンは人間に力を貸すことに何か思うところがあるのかもしれない、と思ってそれ以上深追いするのをやめた。
「アポロン、ヨアムはアテナの力を使っていたけれど、あれはどう思ってるんだ?」
アテナとアポロンの関係性はよく分からないが、高位の神として面識くらいはあるだろうと考え、それを聞く。
「ふむ、正直未だ眉唾物と思っておるよ。あれはアテナと共同で行使している力ではなかった。アテナが単独で力を使っているか、もしくはヨアムがアテナと力を一方的に使っているか…。まあ、ただ力を抜いているだけかも知れぬがな」
神が疑っているのだから、何かあるのは間違いないと言ったところだろう。
しかし、アテナの力はあんなものではないというのを間接的に言われ、本物の神の力はどういう物なのだろうかと疑問に思う。
俗には、世界を滅ぼす邪神と同等なので世界を滅ぼすぐらいの力はあると言われてはいるが、神話の部類まで入ってしまうので、それは流石に誇張はあるんじゃないだろうか。
「ああそういえば、今回はアテナとアポロンが同時期に召喚されているけど、結構神さまって下界に降りてきてるのか?」
すると、アポロンが苦い顔をして、
「何人か降りて来ている、というか調査に乗り出しているというのは知っているがな。このような事態はしばらくはなかった。遡るとしたら巨人の神が暴れた時に何人かが降りた時以来のことだろう」
と言った。
そんなに大事であるなら、そのアトラスとやらが暴れた時以来の災厄がこの世界に降り注ぐということなのだろうか。
正直そんな大事には巻き込まれたくはないけれど、アポロンが俺に付いているので神々の戦争が始まれば真っ先に巻き込まれるのは俺になるだろう。
「早死はしたくないな」
気の早すぎる独り言であった。
戦場のなんたら4を買ってしまったので更新が遅れたりするかもしれません!
今でさえ落としているので、2日に1回は頑張ろうと思います!