盗み聞き
ーバルガルド帝国 パゼル基地 情報部長室ー
ヨアムは俺に争いが起こるだろうと予見して、俺がそれを考えているうちに言葉を続ける。
「まあ、今日はもう陽も暮れてきているし1度持ち帰って整理してから明日また話し合おう。アポロン様と積もる話もあるだろうしね」
俺はそう言われて窓を見ると、夕焼けがアポロンの赤色の髪と重なって見えた。
話に没頭していてすっかり時間の感覚を忘れていたけれど、もうすぐ夕刻の時間も過ぎ去って夜の時間になるだろう。
パゼル基地周辺は整備されていて、深夜にならない限りは周辺を照らすように火の精霊魔法によって動く照明が点在している。
それでもパゼル基地というのは帝都でも郊外気味の場所に存在するため、少し出たら辺りは真っ暗なんてことはざらである。
ただでさえ、工場付近はスラム街に隣接しているというのが有名で、アビーほど強い子は問題ないが、その他の女がこの辺りを出歩くのは自殺行為と言っても過言ではない。
アビーより弱い俺が盗賊に襲われでもしたら十中八九身ぐるみを剥がされて終わりだろう。
あ、今はアポロンがいるんだったか。
まあ何にせよ危険なことには変わりはないし、その辺もきちんと心配してくれるヨアムはやはり良い奴であった。
「ああ、そうだな。アポロンには聞きたいことが山ほどあるんだ。答えてもらうぞ」
言いつつ、アポロンを見やる。
「クク、もちろんだとも。答えられる限りは答えてやろう。どんな事実にも耐えられるように心構えをしておいた方がよいぞ」
と言ってアポロンは薄く笑う。
そこまでの衝撃発表があるのだろうかと思ったけれど、そもそもアポロンが何故俺の元にいるのかというのが心当たりもないものなので、それがかなり意外な事実だったりするのかもしれない。
「ああ、楽しみにしておくよ」
と言って、その場を切り上げた。
ーバルガルド帝国 パゼル基地 情報部長室前 廊下ー
「何だって…?グ、グリム殿は…アポロン神の加護持ちだと…!?」
ユゴーは目を見開いて口を開けていた。
彼は資料室で紡織科に関するめぼしいものをいくつか見つけて、
彼の妹のアビーが火の精霊の使い手なので、アポロンといえばその系統の魔法の頂点という立場にいる神だろう。
ユゴーがその目で直接見たことがあるのは焔の魔法までで、それ以上の魔法は名前すら知らないというのが正直なところ。
アポロンという神の名前を聞いて凄いというのは分かったが、その程度は理解出来なかったのはいくら秀才であるユゴーといえども仕方がないものであった。
「い、いや…それよりもヨアム様です…。今まで天才の元で働いていると感じていたのに、神の加護が?」
ユゴーは自分が優秀であるために、ヨアムの異次元さは十分に理解していると思っていた。
いや、思っていることすら烏滸がましいのではと思っていたほどだった。
それを考えると、神の加護が付いているというのは理由としては納得できるのものであるし、ヨアムの力を底がようやく見えたような感覚がしていた。
「知恵と正義の神、アテナ…。そうですか…ようやく理解しました。あの戦火の中、私とアビーを連れ出せるような力は今までのヨアム様からは感じられなかった」
ユゴーとアビーはムドール=モノロー戦争によって帰る場所をなくしているが、当時のヨアムは教会の家事の中彼らを助け出しているので、当時17だった彼を考えると年齢にそぐわない活躍をしていることがわかるだろう。
ユゴーは戦争が終わってからこれまでヨアムの最側近として配置されていたが、あの時見たほど足も早くはなかったし、ユゴーとしては切羽詰まった状況だったので目が錯覚を起こすのも仕方が無いと、半ばあの時のヨアムは幻想だったのだと思ってさえいたのだ。
扉の前で聞き耳を立てていただけなので、実際にヨアムの動きは見えていなかったがーーーー正義執行、きっとそれは自分を助けてくれた時の能力に違いないと確信した。
今回の件でまた新たな悩みごとが増える。
「今後の身の振り方か…」
具体的にはこれでヨアムの能力の根源を知ってしまったので、それを包み隠さずヨアムに言ってしまうか、言わずに今まで通り傍で支え続けるのどちらか、ということになるだろう。
離反するという手もあるが、助けて貰った過去があるのに仇で返すというのはユゴー自身の美学に反するものであったので、ユゴーの頭の中にはその選択肢はなかった。
しかし、ここの選択でユゴーは間違いを起こしてしまうことになる。
ーーーー幼少期のヨアムで神が召喚出来るのなら、自分にも出来るのではないのか。
そう、思ってしまった。
ヨアムはアテナの召喚に成功しているが、彼が完全に術式を成功したわけではなく、アテナ本人ががヨアムという人間を気に入ったために下界へ降りていった訳であって、そこを履き違えてしまえばもう後戻りは出来ない。
運命の歯車は少しずつズレていくのであった。
ーバルガルド帝国 司法院 監査部 執務室ー
バッシュはアビーと別れた後に実の兄であり第4皇子でもあるギースが働いていると司法院の監査部へと来ていた。
司法院はバルガルド帝国でも中央部付近に存在し、一際目立った城のような建物で業務が行われている。
そのような重要な場所であるので、普通は事前の予約なしで入れるような所ではないのだが、バッシュは関所を避け、持ち前の身体能力で木を登る…というより駆け上がって塀を飛び越え、見事な着地のあと何食わぬ顔をして歩き出す。
開いている窓を探し出し、2階の会議室あたりが空いているのを見て横の木から欄干へと足を掛け、中を覗いてみると、
「兄貴!」
とギースの姿を見つけることに成功した。
したが、ギースはそれを見るなり青筋を浮かべ
「表から入ってこい!」
と周りの鳥が逃げ出すようなドスの効いた怒声を上げてそれを叱る。
これは会議中に窓から現れたバッシュが完全に悪者であるが、本人は窓から参上は捻りがなかったかあ、と全く反省する気色がないのも考えものである。
大人しく表の衛兵に声を掛けて、軍営院所属で大尉の身分証を提示し、堂々と表から入って客間で兄の到着を待つ。
バッシュの兄は周りに厳しくするタイプの文官的な性格であった。
弟がここまで奔放的な性格になった原因の半分は兄のギースにあるのだが、ギース本人は自分の教育が足りなかったとさえ思っているし、バッシュもこの方が兄が構ってくれるので、あえてやっている節もあるのだ。
「バッシュ、この際先程の狼藉は不問にしよう。今日はなぜ来た。事前に連絡を入れてくれたら…いや、それも意味のない注意だな」
ギースは弟に注意をする無意味さを知っていた。
礼儀を教える無意味さを知っていた。
皇子たる振る舞いをする気がないのを知っていたのだ。
ギース本人はあわよくば皇帝に、という姿勢はずっと保ってきていたので、バッシュのような端から興味がないような人間が何を考えているのか掴みかねていたのだ。
「それで、本題は何だ」
皇子をやる上で相手の裏をかく議論は慣れっこであったが、弟のような直情的な人間には裏をかく事の無意味さを知っていたので端的に本題だけを聞く。
「あのさ、兄貴。精霊が住む場所ってどこか知ってるか?」
それをギースは、
「知らん」
と一蹴する。
「頼むよ兄貴。それっぽい事件とかさ、教えてくれよ」
精霊に関する事件ならいくつか知っているが、住処に繋がるような事件は…と考えたところで、1つあったのを思い出す。
「確か、パゼルの近くの村の遺跡に盗賊が押し入った件で、精霊を見たとの報告があったが…」
あれは不思議な事件だった、と覚えている。
何しろーーーー、と考えたところで、
「ありがと兄貴!待ってろ、精霊。絶対に戦って勝ってみせるからな!」
と立ち上がるなり、駆け出して行った。
この行動力は兄ギースも見習いたい所だと思っていた。
しかし、忠告をし忘れてしまったことが心残りだ。
何しろ、あの村に押し入った盗賊は村を助けに言った帝国軍が到着する前に、遺跡で死に絶えていたと記録に残っているからであった。
昨日は忙しくて投稿出来ませんでした。
作者としてはバッシュ君が1番好きなキャラです。
バッシュは友達になりにここまで来ましたが、兄の話を聞いて倒して力を貸してもらうという方向に転換したようです。