神との邂逅
俺はヨアムに、俺が世界から愛されているという自分自身でも分からないことを何故知っているのか、と問う。
ヨアムは笑って、
「答えはグリムの後ろにいると思うよ。アテナの目で視えていると言っただろう」
とヨアムは言うが、俺が後ろを見ても壁や扉が映るばかりで彼と呼ばれるような男性は見当たらない。
ヨアムは笑顔を消し、
「もう良いでしょう。十分楽しんだのではないですか?私はあなたの知るアテナという女神によって気配は察知出来ます。私に如きには姿を見せなくても構いませんが、加護を与えているグリムにはいい加減お姿を見せてもよろしいかと愚考します」
ヨアムはまるで公の場のように恭しく振る舞い、虚空へと話しかける。
すると、そこの時空が歪んでだんだんと小さな人の形になっていき、ちょうど妖精のような大きさの誰かが現れた。
羽はなく、赤色ーーーーというより燃え盛るような逆立った髪が目を引く、顔は少年のようであるがその体躯から威圧感を含めた老健な雰囲気を醸し出す何かが現れた。
その瞬間、思わざるを得なかった。
これは高位の神である、と。
その何かが、
「ふん、顕現したのはよいが、どうもこの体だと不自由だな」
と言った。
思わず俺は、条件反射で
「お、お前は…誰だ。」
と聞いた。
すると、
「お前、だと?ふん、不遜だな。まあよい。よく聞け。我が名はアポロン。全ての世界を照らす者であり、貴様に力を貸す者だ。分身体だがな」
また言葉の意味の量が理解力の容量超過を起こした。
これは俺の素の理解力が足りないのではなくて、情報供給量を多くする世界の方が悪いのでは?と思ってしまう。
百歩譲ってアポロンさんが神の頂点に立っているとして、何故俺なんかに力を貸すのだろうか。
思い当たることはひとつもない。
人生で神に祈ったことはほとんどないし、信仰心は薄い方だから神の恵みではないだろう。
通りすがりで神を助けたこともないし、恩返しの線も薄い。
召喚についても、軍部で教わりそういう方法もあるぐらいの知識で実際にやってみようなどとは一度も思ったことがない。
聞きたいことはいくつもあるが、とにかく何故俺の所にいるのかを聞こう。
「アポロン…様、あの、いったい何故俺の元におられるのでしょうか」
そう言うと、アポロンはクッククと笑って、
「その口調も悪くはないが、我はたかが分身体だ。そうだな、人間と精霊の間柄でよく言う『友達』に当たるのだからそう畏まらずともよい」
と返した。
アポロンは空中で足を組んで背中を倒し、さながらここが家であるかのような態度を取り、本人はその偉そうな姿勢を崩さないものだから、器用なことをするもんだと笑ってしまう。
「ふん、何がおかしいのかは知らぬが、我が貴様の元にいる理由を説明するのは後にしよう」
と言い、目線をヨアムの方へ向ける。
それを感じたヨアムは、
「それで、グリム。そこにいる神は一体誰だった?」
と、逆に俺の方へ目線を向ける。
「ああ、名はアポロンーーーー全ての世界を照らす者と言っている。真贋は分からないけれど、きっとお前の友達のアテナとやらが本物ならこのアポロンも本物ということになるだろう」
それを聞くなり、ヨアムは知っていたと言わんばかりに存在を認識し、言葉を綴る。
「アポロン様、私のアテナもお見せ致しますのでお姿を拝見させて頂けないでしょうか」
それを聞き、ゼウスが俺に問う。
「グリム、我の姿を見せるのは構わないが、貴様から見て奴は信用に足ると思うか。グリムという男に神の加護があると知れれば、その命を狙われるのはこの国内だけでは済まぬだろう。アテナが奴に付いているという話も、それらしき者が近くにいるのは分かるが、本当にそれなのかは知らぬ」
なるほど、まあ確かに国家戦力が神なんて話があれば、間違いなく世界征服出来るだろう。
…今思えば、俺がヨアムを敬愛していた理由もその天才的な頭脳があるからだったが、アテナというタネが出た以上は彼はただの人間ということになる。
しかし、俺としてはヨアムはそこまで悪いやつではないとも思う。
それこそ、正義執行を使えるほどなのであれば、少なくとも悪のために力を使うとは考えられない。
アポロンが姿を見せるのを厭わないのであれば、見せてもいいだろうと本人に言う。
「ふん、貴様はお人好しだな。いいだろう。さあ、見せたぞ。ヨアムとやら、アテナーーーーいや、その部下を見せるがいい」
と、ゼウスが言った。
それを聞いてヨアムはため息を吐いて言う。
「参ったなあ。アポロン様には最初から全てお見通しだったというわけかな。分かりました。姿を見せていいよ、代行者・智天使」
そう隣に話しかけると、小さな羽の生えた幼女のような者が現れ、さらにヨアムが言葉を続ける。
「さて、まずはグリム。騙すような真似をして済まなかった。紹介しよう、僕の友達の智天使だ」
そう言うとその子は頭を下げた。
その姿を見たアポロンは、
「ふん、やはり名無しの智天使か。あの忙しいアテナが自分で出張ってくるはずがないと踏んでいたのよ。まあ、代行権を与えた部下を送るだけ貴様のことを気に入っているのかも知れんがな。」
と言った。
どうやら話を聞く限りは、あの天使は力の代行をさせたアテナの部下らしい。
「アポロン、その代行って何だ?」
と、俺は純粋な疑問をぶつける。
「ふん、神は子飼いの天使達に代行権を与えて自分に近しい能力を付与させることが出来るのだ。…まあ特に、自分にやることがあって自由に動けない時や自分が動きたくない時ぐらいしか使わんがな」
なるほど、確かに神一人でこの世の全ての出来事に対応するというのは酷な話かもしれない。
ん?でもそうなると…
「じゃあ、なんで俺のとこにはアポロン本人の分身体が来ているんだ?」
それを聞いたアポロンは表情を変えず、
「最初は力天使に任せていたが、どうも貴様と行く旅が楽しくなったみたいでな。姿を現す許可を取りに来たのだ。いい加減貴様のことをほぼ見るだけの仕事をしたくないだけだろうと思って、視察に我の分身を出したが、自分が面白くなってそのまま分身体を置いておくことにしたのだ。最初の力天使には悪いことをしたと思っている」
と言った。
つまり片手間のつもりが、俺の物を買って違う土地で売る旅が好きになっていたということか。
何だ、意外と可愛いとこあるじゃないかアポロン。
そんな事を思っていたところ、表情を悟られたのか舌打ちされた。
アポロンは話を戻す。
「ヨアムとやら、何故貴様がアテナの加護を受けている。あいつは気難しいというか…つけ込むのは容易ではなかったはずだが」
それを聞いてヨアムは、
「あはは、つけ込むだなんて酷い言い草だなあ。アポロン様、僕がアテナと出会ったのはかなり昔ですよ。書斎に籠ってて精霊関連の本を見つけたから、その時は禁術とか知らなかったし、見よう見まねで召喚したらなんとアテナが!運命ですよねえ」
と言った。
知らなかったとは言え、素人が召喚術を成功させるのは相当すごいことなのではないのだろうか。
しかも当時はそこそこ幼かったのだろうし、アテナの能力がなくても元々の頭の作りは良かったのかもしれない。
しかし地頭が良くても禁術を成功できるとは思えないし、最初から天才の部類にいたのだろうと思う。
「ヨアム、話の内容はだいたい分かった。けど、なんで今になってアポロンを呼び出したんだ?」
そう言うとヨアムが笑って、
「ああ、これから争いが始まる気がしてね。力を貸して貰えるなら、是非アポロン様も参加して欲しいと思ったのさ」
争い?ここ最近で何かあっただろうか、と頭の中の記憶を探った。