ユゴーの嫉妬
ーバルガルド帝国 パゼル基地 情報部 資料室ー
「…くそっ…どうして私には…ッ」
ユゴー・イエドリアス。
彼は現在19歳で、ヨアムの最側近を務めている男であり、ヨアムに最も忠誠を誓っていると自負するほどにヨアムに心酔している崇拝者でもある。
そもそものヨアムとの出会いは、4年前のムドール=モドロー戦争にまで遡る。
当時は現地の教会の孤児として暮らしていて、最年長者であるということがこのユゴーという者の人格を形成した由来でもある。
しかし、元来のしっかり者の性格が転じて頭や態度まで固くなってしまったのは玉に瑕であるとヨアムには評され、彼自身もその点は気にしているが、持ち前の固さでたとえ上司であっても彼自身のプライドが許さないという次第であった。
そこを直すと言わずに律すると表現するあたりが、彼の性格を如実に現れている点だろう。
更にはヨアムには恭しい態度でいる彼であったが、彼自身の部下には当たりがとても強い。
行うこと自体は間違ってはいなく、ヨアムに必要な事務や雑務を一手に引き受けているのが文官ユゴーであり、それらの仕事をこなせない部下の無能振りに嘆息する毎日を過ごしていた。
自身が有能すぎるのも考えものである。
ヨアムはそれらの欠点を許容、というより丸ごと愛して自分の元に置いているので、ユゴーにとってはこれ以上ない上司だと言えるだろう。
固すぎる兄の存在によって、辟易した者たちが妹のアビーの部下になりたがるのはある意味必然であった。
アビーはその可愛らしい顔と豊満な体躯、精霊魔法を纏わせた確かな剣の腕で、一部の者の間では『戦姫』とまで呼ばれ、崇め奉られる勢いで熱狂的な部下を持つ情報部でも異色の人物だ。
ただし、兄ユゴーのように机上の仕事では基本的には使い物にならず、兄のカバーを含めて何とかやっているという状況だった。
ユゴーは妹に対してはかなり甘く、ほかの部下には行わない仕事上のミスのカバーも厭わない程に溺愛していた。
何故かと言えば、自分の庇護下にいて欲しかったためとしか言いようがない。
そもそも、情報部での仕事で使えないとなればおそらく適正も考えて前線行きになってしまうとユゴーは考えていた。
孤児院出身であり、物心付いた頃から血が繋がっている者はアビーしかいないため、死んで欲しくないと思ってしまうのは必然であると言ってもいいだろう。
問題は何故ヨアムがそういった状況を放置しているのかと言えば、ヨアムはヨアムで頭の中に『ある構想』があったため、アビーは手元に置いていたということになるが、ここでは語らないでおこう。
…さて、最近のユゴーには悩ましい問題があった。
グリム・ベガマルタの存在である。
グリムが来る前まで、ユゴーは重用され、名実ともに1番の部下として働いていた。
しかし、彼を見た瞬間ヨアムの目の色が変わってあれよあれよという間に自分の右腕として扱うようになっていった。
ユゴーの頭では測りきれないが、恐らくヨアムの最優先である喫緊の問題に関してもグリムに任せるようになっていき、いつの間にかユゴーの元に来る仕事は文官的な雑務であったり、判を押すだけの機械的な作業だけになっていた。
ユゴーは優秀だった。
内政的な仕事において右に出るものはいなかった。
自分にないものをねだってしまうのは、優秀であるが故の悪癖であったかもしれない。
もしかしたら、彼であればグリムを認めた上で自分にあってグリムにないものを見つけられたかもしれないが、彼の頭は自分にないものを持っているグリムに対しての敵対心で埋め尽くされてしまっていて、もう既にその可能性は万に一つもなかっただろう。
「何故です…何故私の仕事を彼に奪われるのか…何故…何故……!!」
そう言いながら、紡織科設立の資料を片っ端から洗うユゴーであった。
ーバルガルド帝国 パゼル基地 訓練室ー
時を同じくして訓練室。
パゼル基地の訓練室は、複数人が鍛錬できるようにかなり大きな構造になっている。
今も何人かが訓練をしていたり、手合わせをしているが、その中でも一際目を引く美少女が大の大人を剣戟で圧倒していた。
「アズー!爆加速!!」
そう精霊の名前を呼んだ瞬間、木の剣の速度が爆発的に上がって肉眼で見えるか見えないかの速さで相手の鉄の剣の横っ面を思いっきり叩き、根元からへし折った。
折れた剣は宙を舞って、カランカランとコンクリート製の地面に踊る。
「お、おぉい!おま、それ禁止だろ?俺は精霊魔法使えないんだぜ!?」
それを聞いて美少女ーーーーアビー・イエドリアスは持っている木の剣を投げ捨て、背負っている鋼の剣に手を伸ばし、
「へえ、じゃああたしも自分の剣で戦ってもいいかなあ?それなら精霊の力を借りずともバッシュの剣を折れるわよ?それでも物足りないなら骨の1本くらい…」
と言ってニヤリと笑った。
「い、いやそれはダメだ!参ったあ!」
叫ぶように嘆願したバッシュと呼ばれた男は両手を挙げ、呆れたように息を吐き、
「はあ…これで100敗目か…。あぁ!何で勝てないんだ!俺はこれでも武芸を叩き込まれた皇子だぜ!?まだまだ足りないってことか…」
首を傾げて言葉を綴る。
バッシュは正真正銘の第5皇子であり、腹違いではあるが同い年のヨアムの形式上は兄である。
「あはは、あたしに精霊魔法を使わせるくらいなんだからもっと誇ってもいいんじゃない?」
この世界の魔法は、精霊たちに気に入られた人間しか行使することは出来ない。
アビーは精霊の里と呼ばれたムドール=モノローの孤児院にいる時には既に精霊と友達になっており、4年前の精霊の里が巻き込まれた戦争時に精霊と共に逃げ出し、現在力を借りて剣の腕を上げている。
精霊の里はその名の通り、精霊の下界の憩いの場であり、アビーの帰る場所でもあったが、戦火に包まれて今はさながら荒野かと言わんばかりの廃れ様であった。
オルコール連邦は、そこにいる精霊たちを自分の国のものにしようと企んで領土主張したと帝国内で言われているが、その真相は定かではない。
とにかく、アビーとその精霊は長い付き合いでとても仲が良く、連携もばっちりであるためにバッシュが地力も劣るアビーに勝てるわけがなかったのだ。
バッシュは勢いよくアビーのものに駆け寄り、
「なあなあアビー。精霊の里は焼けちまったけど、精霊がいそうな所をその精霊…アズーに聞いてくれよ。俺も精霊と仲良くなりに行くからさ」
と言った。
アビーの精霊は里を抜けた時点で独りになったも同然で、同族の居場所は精霊自身も知りたいところであった。
恐らく天界にはいるだろうと思うが、精霊自身あの永遠の時が流れる天界で過ごすのが退屈で、それをしのぐために下界に来たようなものであり、上に戻ってまで同族と仲良くするというのは望まないというのが本心である。
精霊は横に首を振ると見えていないバッシュへと説明する。
「アズーも知らないみたいだよ。やっぱりもう何年か経ってるし、友達の行方も分からないって。」
それを聞くとバッシュは上を見上げ、
「うーん、まあそうだよなあ。…んぁあっ!閃いた!要は精霊も場所が分からないなら自分で実際にいそうな場所を探しに行っても良いんだよな!じゃあ、俺行ってくるぜ!」
そう言ってバッシュはどこにいるとと限らない精霊を見つける旅に出ていってしまった。
「うーん、バッシュの行動力は凄いけど、あたしのお兄ちゃんみたいにちょっとは考えるってことをしないのかなあ。ね、アズー?」
精霊はアビーの友人であるバッシュが行く旅の身の安全を、自分の主である神に祈るのであった。
バッシュは精霊魔法がカッコイイ!と思っているので探しに行くのは仕方がないです。
それだけではなく、ユゴー以外誰も頼る人がいない中、帝国に来たアビーが気丈に過ごして来れた原因でもある精霊のことを単純に気に入っている節もあります。
作者のモチベになるので、時間があれば感想をよろしくお願いします(ニッコリ)