アレスの思惑
アレスはこの男は面白いな、と思っていた。
なにしろ体の運びが流麗であるし、アレスの攻撃にも、最初は致命傷を避けるだけで精一杯だったがきちんと適応してきている。
仮にも軍神とも呼ばれるアレスは、自分の剣技には自信を持っていた。
けれど、バッシュはそんな軍神であるアレスにも察せられない良い攻撃をしてくるので、元々の素質がいいのか良い師匠が付いているのかは分からないが、剣の筋が良いのは確かだった。
特にアレスの魔法を混ぜた一撃必殺の攻撃に反応して、それはきちんと避けて戦っているところが素晴らしい。
優れた危機察知能力は死なないことに直結するし、その延長線上には危機管理能力がある。
それは無謀な馬鹿とは反対側にあるものだ。
また、アレスはこのバッシュという奴に協力してもいいのではないかと思い始めていた。
そもそも何故アレスが下界に降りてきたのかと言えば、神々が次々とここに集って来ていたからだ。
軍神アレスは古代の神々や人間の戦いでも平等な立場で戦争を取り仕切っていた。
つまり、理由としてはこれから大きな戦争が始まるのであれば自分がいなければ古代のように人間側が暴走するのではということを考えてのことである。
何故いくつもの神が降りてきているのかは知らないが、何かよからぬことが起こりそうな気もしないでもないと感じていた。
アポロンのような暇な神が動いたとしても見過ごしていたが、アテナまで出張ってくるとなればやらねばならないと思っていた。
他にもアポロンが来たと聞き付けてポセイドンの奴も降りてきているようなので、悩みの種は増えるばかりである。
神の力は、相性があるとはいえ全員が拮抗した力を持っている。
が、人間と協力した場合はその限りではない。
それ程に人間に力を使わせるというのは便利であり恐ろしいものなのだ。
せっかく降りてきたのに敵わないからといって住処であるここの遺跡に引きこもっているようではお笑い草だ。
早速バッシュとやらに協力を提案した。
俺は戸惑っていた。
確かに向こうが力を貸してくれるというのは願ったり叶ったりだが、元々は精霊を探しに来たのに流れで軍神アレスと戦うハメになっていたのだ。
分からないことばかりである。
なので、本人に直接聞くことにした。
「その前に、教えてくれ。お前の能力は?」
アレスと戦っている時に感じた力の増幅はどういう理屈でああなっていたのか。
見たところ無機物にも付与されていたようなので、アビーの精霊とはまた違うものだろう。
まあ、格も桁違いなんだけど…。
それを聞いてアレスは、
「ああ、アレは殺戮戦場という能力だ。神は司るものの特色に沿った能力をだいたいひとつかふたつは持っているからな。そのひとつだ」
と事も無げに言う。
俺は能力の説明をお願いしたんだが…。
だが、こと戦いにおいて察しの悪い俺ではない。
戦場という単語と戦っている時の物質付与の違和感を併せて考え、つまり攻撃手段となるものは無差別に能力向上をするということだろうか、という推測に達した。
とんでもなく強いじゃないかと思わないでもないが、軍神であるのでこれぐらいの力はあってもおかしくないとすぐに考えを改める。
他にも聞きたいことを聞いてみよう。
「アレスの目的はなんだ?軍神が俺だけに世界のバランスが崩れちまうぜ」
これは最も危惧していたことだ。
俺が世界に正しい選択を出来るとは限らないだろう。
間違った行いを神の力で行えば世界ひとつは滅亡しそうな気さえする。
それを聞きアレスは微妙な表情をして、
「ああいや、俺は世界のバランスを正しに来たんだ。既にいくつかの神がこちらに来ていてな。それを貴様に手助けして貰おうという話だ」
と言った。
なるほど、神の力が暴走して世界を滅ぼそうとしたらそれを阻止できるのは同格の神だけとなる。
しかし、いくつかの神が来ていると言っていた。
抑止力としてアレス1人では足りないんじゃ、と言う。
すると、
「そこでバッシュ、貴様の出番だ。精霊種は人間と力を合わせることで力を増やせることは知っているな?見込みのある人間と神でも上位の俺ならバランサーとしては役割を果たせるという訳だ」
と考えを明かした。
確かにアビーとその精霊アズーが協力した時は何百倍にも跳ね上がるその剣速に首を切られるのではと肝を冷やしたものである。
それを軍神とやれるとなれば、俺の想像出来ないくらいに力が増幅出来ることだろう。
バッシュは一瞬考えたあと、
「いいぜ!俺は元々精霊と友達になるために来たんだ。それが神になっただけさ」
とアレスの目を見て言い放つ。
アレスはそれを聞いて、ふんと鼻を鳴らし、
「貴様に付くのは俺ではない。名無しの代行天使、力天使を付けよう」
代行天使?デュナミス?とは一体なんだろうか。
聞こうと思った時に向こうの言葉が続く。
「それと、殺戮戦場は使わせない。使いこなせるとも思えないしな」
と二の句を継いだ。
殺戮戦場って切り札だよな?
それが使えないとなると逆に何が使えるのだろうか、とそのままアレスに質問する。
「ああ、それは力の増幅のみだ。単純な力が上がったり、剣速があがったりだな」
何だって、と思わず声に出てしまう。
精霊魔法を使ったものでないとなると、アビーが使う火魔法での爆加速のようなものも扱えないということになる。
火や炎での魔法はカッコいいのと二次効果があり実用的なので密かに憧れていたが、魔法が使えるのであればぜいたくは言えない。
しかし、天使は精霊よりも行為の存在なのだろうか。
それをそのままアレスに聞いてみると、
「いや、そもそも精霊は精霊王の元に存在している。つまり精霊と天使はトップがそれぞれ違うということになる」
なるほどな、であれば悪魔も違う神が王の元に存在しているのだろうなどと考えている間にもアレスの話は続く。
「まあ、下級天使よりは力天使の方が上位だろうな。普通の天使や大天使辺りならいい勝負だろう」
名前はよく分からないが、きっとどの派閥も下っ端は下っ端ということだろう。
それより、アズーより高位の存在を遣わせてくれるのだからアビーに勝てるかもという希望が湧いてくる。
早速アレスにその力天使というものを呼んでもらうことにしよう。
「アレス、その力天使というのを呼んでくれないか。世話になるのだから挨拶しなければ」
とアレスに提案した。
するとアレスは、
「もう呼んであるぞ。貴様の後ろに隠れているのだろう。出てこい力天使」
すると、その声に応じて俺の後ろから背の小さな女の子が現れた。
借りてきたネコのように挙動不審で、まるで小動物を彷彿とさせるような容姿だ。
本当にこの子が神の力を使えるのだろうか、と少々不安になる。
するとその表情を悟られたのかアレスが、
「ふん、まあ頑張れよ。代行天使と和解して、一緒に戦わなければ力は使えないからな」
何だって?アレスは最後の最後に爆弾を落として、最後の言葉を話す。
「もう行け、俺はやることがあるからな。それと、多少は認めたが剣の腕はまだまだだ。もっと伸ばせば、俺が付いてやってもいい」
と言い残し、その場から見えなくなってしまった。
未だにおどおどしている力天使に一抹の不安も抱えながらも、訓練場へ帰ってアビーに天使を自慢して一戦交えることに思いを馳せる俺だった。