遺跡の主
遺跡の最奥にいたその存在は、楽しませてくれよと言った瞬間その体からオーラのようなものを醸し出す。
バッシュも剣戟の師匠や猛者との勝負の時、同じような不思議なオーラが出ているのを感じていたが、今はさながら自分の身の回りまでそのオーラによって包まれているような気さえしていた。
自然の体が強ばり、鼓動が速くなるのを感じた。
すると、遺跡の主かどこからともなく石の剣ーーーーに、精霊魔法が掛かったような剣を展開する。
これにはバッシュも驚き、目を瞬かせる。
すると、
「何だ?精霊魔法は初めてか?」
と余裕のある、少し嘲りが混じったような声で遺跡の主は話しかけた。
精霊魔法はもう何回も受けて来ているバッシュには『それ』が精霊魔法どころの話ではないことは理解出来ていた。
精霊魔法以上のものとは?と一瞬考えたバッシュだが今はそれどころではないと持ち直す。
その質問へと返答を返した。
「いや、精霊魔法は見たことがあるぜ。けどいつも見ているのは下級精霊のものだし、大戦で垣間見た最高位の魔法も上級精霊のものだ。でもあんたのはそんなのとは違う。」
そこまで言ったのち、息を呑んでバッシュは言葉を続ける。
「あんた、一体何者だ?」
そこまで聞いて、遺跡の主は独特な笑い方をして喋る。
「フハハハハハ、名前を聞くならもう帰すことは出来んな。俺はアレス。お前を殺す神の名前だ」
神、と聞いた瞬間にバッシュは納得していた。
バッシュは仮にも皇子で、更には武芸まで習得しているので、アレスという名を知らないわけがなかった。
ーーーー軍神アレス。
本人が言うのだから、間違いがない。
バッシュは未だに剣で師匠に勝てた試しがない。
なにしろ師匠は先の戦争で名を馳せた剣聖ヴァルヘムという男であった。
彼は始皇帝の再来とも言われる吊りあがった眉が特徴的な苛烈な性格で、弟子入りですら三顧の礼どころか、三年の礼を経てやっと弟子入り出来た程であった。
師匠から吸収してバッシュ自身強くなっている感覚はあるが、剣を交える度に新しい技を繰り出してくる師匠はのそれは正しく天才の所業であり、未だにバッシュは剣で勝てる気は全く湧いてきていなかった。
そんな師匠が崇め奉るほどの存在ということを考えれば、自分が敵わないということぐらい察せないバッシュではなかった。
が、逆に良い機会だとも考えた。
バッシュは、剣を扱う者として自分が全力を出してそれで敗けて死ねるなら本望だと思っている節があった。
そこで、軍神とまみえれば相手にとって不足なしと考えるのは自然なことだろう。
「俺の名前はバッシュ。よく覚えとけ!」
今すぐ逃げ出したいほどだったが、胸を借りるつもりでアレスに挑もうとしていた。
今俺は全力で殺戮戦場という能力を使っている。
これは使ってしまえば、鍛練を受けていない者はすぐに自殺してしまう程の恐怖を植え付けることが出来る代物だ。
だが、目の前の人間は震えてはいるものの、極力それを俺には見せようとせずに気丈にたっているように見える。
もちろん、この殺戮戦場は恐怖を植え付けるだけのものではない。
その能力は使われている場所で戦う者全ての攻撃の威力を高め、手助けするというものだ。
大体倍ぐらいの力にはなるので、その力を使いこなせないものも出てくる上に、そもそもの単純な実力差が大きくなるので俺にとってデメリットはほぼない。
あとはこの人間がどれだけこの空間を上手く使えるかによって変わって来る。
本来この力は人間に力を貸すためにあるものだし、精霊種の力は全てそういうものになっている。
神も霊に漏れず、単体で使うより人間に行使させた方が強い。
殺戮戦場を使わずに戦ってもいいが、多少は見どころがある人間をそのまま殺してしまうのも勿体ないと思ったからチャンスを与えた。
負けることはないが、力を上手く使えるのなら能天使か、気に入れば力天使を付けてやってもいいか。
そう思って石の剣を携えて、
「ふん、バッシュとやら。力試しだ」
そう言って遺跡の主は走り出し、言ったわりには一般的な速さでこちらへ向かってくる。
無策の特攻か、と思ったが何かあるに違いないと思ってどう来るかを考える。
圧倒的な力で押されるか、何か変則的な技か罠があると考えた。
何かないか、と考えた時に石畳の床をえぐって視界を遮って見ようかと考えた。
相手の出方も見れるし、どういう狙いなのかも分かるのでそのままやってみる。
すると、何故か剣の入りが良く自分の力も上がっているような気がした。
アレスの能力のせいかと考えれば、アレスも同じように上がっているはずなので、それならば力押しで来るのではと思ったため石を弾いて、布石として師匠に教わった力を受け流す剣技を使うために独特な構えをする。
アレスは砕き飛んだ石礫を剣の腹でさらに細かく砕いて砂埃となったそれを素振りで霧散させる。
アレスの動作は一つひとつ綺麗で見とれてしまいそうだが、そんなことをしてしまえば次の瞬間には胴と首はオサラバだ。
…そう言えば神と言っても精霊種の上位互換であることは変わりないんだよな?
アビーの友達の精霊アズーは、アビーの剣のみに力を付与していたのできっと単体付与の能力なのだろう。
それが下位の身分のせいなのか、特性なのか分からないが、そこから考えるにこのアレスの能力は全体付与である。
よく見れば柱や地面にも効果が掛かっているみたいだから、地面を砕いて石礫にした先程の攻撃もそれなりの威力になっていたということだ。
ゾワッとした。
今までアレスの攻撃は受けていないし、警戒して剣の風圧すらも丁寧に避けているのでその一端も食らっていない。
しかし、それを逆手に取れば、俺もそういう攻撃を使えるということになる。
見よう見まねで俺の剣に力を込めた。
するとアレスが、
「ほう、そこまでは気が付いたか。人間よ」
と言い放つ。
だが足りんと付け加えて、その数倍は練度の高い『それ』を飛ばしてくる。
アビーの炎の飛ぶ斬撃より練度の高い純粋な力による剣の風圧ーーーーここまで来ると剣とは別の兵器に感じるが、その風圧は俺に迫ってくる。
「んらぁぁああああああ」
俺の持つ全ての力でそれを切り裂くが、押し切られて壁に叩きつけられてしまう。
…これは死ぬ。
アレスへの恐怖と絶望で頭の中が埋まってしまい、正常な思考が出来ない。
だが、奴は足りんと言った。
それ即ち、もっと純度を上げれば奴と同じ土俵に立てるということなのだろう。
壁から抜け出して空間のオーラを件に纏わせる。
その間も小競り合い…というより俺が一方的に逃げ惑うだけだが、一度でも喰らえば再起不能になるという緊張感のある時間が続く。
そして、俺の準備が整った。
「ハハ、アレス。お前の力借りるぜ。俺は、剣聖になる男だ!」
そう言い放ち、ありったけの力を込めて切り裂かんと飛びかかる。
すると、剣に力を込めていたはずなのに自分の速度まで上がっている。
その速さのまま、アレスの頭を割ろうとするが、アレスはまともに剣で受けて微動だにしない。
「う、嘘だろ。どうやって」
間違いなくアレスの力なしでも自分史上で最高の斬撃だった。
しかし止められてしまったのは事実だし、潔く負けを認めよう。
「…負けだ。お前に勝つ想像が出来なくなった」
そう言うとアレスはニヤリと笑い、
「フハハ、まあ多少は見どころがある奴だったよ」
と俺の健闘を称えてさらに続ける。
「そもそも俺はこの地に腕の立つ人間を見つけに来た。どうやら他の神も何やら企んでいるようだし、1枚噛まないと厄介なことになりかねないからな」
そうアレスはよく分からないことを言う。
分からないが、
「つまりアレスの目に適ったということか?」
と単純な問を言う。
アレスは、
「ああ、そうだ。よろしくなバッシュ」
と、最初の厳かな雰囲気はどこ吹く風であった。
昨日は投稿できなくてすみません!
今日はもう1話書く予定です。