バッシュの行先
ーバルガルド帝国 バゴ村ー
「よっしゃあ!着いたぜー!」
バッシュは兄に精霊の居場所を聞いて、パゼルを出て近くの森を抜けた先にある小高い丘の上に存在する精霊の目撃情報がある村に来ていた。
ここ、バゴ村は酪農が中心産業であり、どこもかしこも牛糞や鶏糞の臭いに包まれていて、普通はこういった場所は病原菌の出処になったりする。
並の貴族であればこの状況に音を上げて早々に帰ってしまうだろうが、この男バッシュにはそんなことは些細な問題であった。
なにしろ彼はその気になれば鳥だって取って食べてしまうし、子どもの頃は何でも焼いて食べては医務室に運び込まれるというような生活を送っていたのだ。
世話役の者はそういった振る舞いを辞めさせるのは諦め、逆にどういったものが体に悪く、食べてはいけないものなのかということを教えた。
バッシュはその教えすら興味がなく、蔑ろにしてしまう所だったが、世話役の者の鬼気迫る表情といつか死にますよ、という脅迫の元に半ば無理やり知識を叩き込まれていた。
そんな彼には空気の臭いなど些事に過ぎなかった。
「おっさん、この牛ずいぶんデカいなあ。触ってもいいか?」
今のバッシュは最小限必要なものと銅貨を入れたポーチとマントのような外套を巻いているため、さながら旅人のような様相であったので、農家の主人も彼が皇子であるなどとは察し取れなかった。
「ああ、いいぞ。けどなボウズ。そいつはもう出荷寸前だからあんまベタベタ触んなよ。あと終わったあとは手を洗え」
主人は最低限の注意を告げて、現在やっている作業へと目を移す。
ここの家は牧場のような形で養殖をしていた。
バッシュは柵を軽い身のこなしで飛び越えて丸々肥えた牛へと駆け寄る。
しばらく戯れた後、触らせてもらった主人に礼を言って、ようやく自分の目的を思いだす。
「そうだ!この村に妖精がいるって聞いたんだけど、おっさん何か知ってるか?」
主人はその言葉を聞き、一瞬眉をひそめて、
「ああ、そうやって精霊の気配を悟ってこの村に来たやつは沢山いたが、結局見付からずに帰ったということは知ってるな」
彼は皮肉っぽい笑みを浮かべて、バッシュにこれ以上詮索しても無駄だぞという意志を伝える。
バッシュは兄から端聞いた内容から聞き方を考える。
「この村には遺跡があるらしいけど、そいつは何処にあるんだ?」
兄は村の遺跡に同族が押し入った、と言っていた。
そしてその遺跡で精霊の目撃情報があったと。
農家の主人は渋い顔して、
「バゴ村には精霊の遺跡はない。ただ、地域の奴が信仰してる神の遺跡のようなものがあるな。」
バッシュはそれを聞いた途端顔色を変えて、
「おっさん、多分それだよ!何処にあるんだよ!」
と言い放つ。
ううん、と唸って主人は言葉を綴る。
「いや、俺は村のはじかれ者でね。よくは知らないが…その神はどうやら盗賊の侵入を防いでくれたらしい。それからよく分からない地下遺跡から神の遺跡になったみたいなんだが、信者が過激なんだ」
過激…?
過激な宗教であればバッシュもいくつから目にしたことがある。
人柱を毎年釜で茹でて神への供物としてするものであったり、時にはどう見ても人間で生命を保っている者を崇め奉り、村の若い女を献上するものだってあった。
それらを見てきたバッシュは驚くこともなく、それはどういったものなのかと聞いた。
「ああ、神への供物として領土を献上しようとして、隣村へ攻め込んだり、宝物狙いの盗賊が来たら皆殺しにして人とも判別つかないそれを供物にしたりする危ないものだよ」
なるほど、武力的な解決をする宗教だったのか。
なぜそんな事になっているのか聞いてみても、主人は誰も自分とは仲良くしないためそこまで知ったことではない、と話を締めくくる。
「ありがと、おっさん。邪魔はしてくると思うけど、出来るだけ殺さないくらいにして遺跡に入るよ。」
バッシュは主人に場所を聞いて、遺跡へと歩き出した。
ーバルガルド帝国 バゴ村 地下遺跡前ー
農家の主人は村の西側にあると言っていたが、西と言われてもよく分からないので、あっちに歩けばそれっぽいのがあるという情報だけ持ってバッシュは歩いていた。
本当かよとも思ったバッシュだが、歩いてきてみれば本当に遺跡跡地のようなものが見えていた。
警備の兵も含めて。
状況からして恐らく民兵であると思ったバッシュだが、練度の低い相手にいきなり武力を振りかざす程に脳筋バカでもないので、最初はきちんと遺跡に入る許可を得ようとする。
「やあ。俺の名前はバッシュ。旅をしているんだが、ここに盗賊を倒した神がいるって聞いてさ。旅のついでに挨拶をしたいんだ。ここは通れないのか?」
旅人を装い、親近感が湧くような口調で兵に近づく。
自分でもこんな口調で話したことはなく、声が上ずって思いの外どうも芝居がかった感じになってしまったと自分を恥じる。
「ああ?何だてめえ。確かにここは神の居場所だが、お前みてえなよく知らない奴に通すほど甘くはない。とっとと帰るこったな」
まさに取り付く島もないような対応だが、こうなってしまえば後は武力で何とかしても文句は言うまい。
「わかった、じゃあ剣で説き伏せるとするか」
そこからは早かった。
鮮やかな剣さばきにより峰打ちで胴を打ち抜き、その勢いで隣にいた兵士も足で蹴飛ばす。
まさかただの旅人に負けると思っていなかった村人で、しばらくは呆けた表情でいたがそれもすぐ直り、安物の銅剣を握り直し、バッシュに襲い掛かる。
バッシュもこれ以上は意味がないと分かったので剣の腹で死なない程度に殴り倒した。
民兵は気絶し、その場に倒れ込む。
「うーん、張合いがない。こんな村の神って、どんな奴なんだろう?」
静かになった遺跡前でそう呟いて、地下遺跡の入口へと足を踏み入れる。
その瞬間、内部から突風が吹いてバッシュは体勢を崩しそうになったが、地面に剣を突き立てて耐える。
「なるほど、歓迎はしてくれないってことか」
その力を楽しみにしつつ、再び遺跡内に入った。
そこからバッシュはもうこれでもかという程に激しい抵抗を受けていた。
突然の強風から遺跡が崩れたガレキが飛んできたり、風によって生み出されたかまいたちがマントを切り裂いたりと、散々な探検だった。
ガレキは剣で切り砕き、かまいたちは薙ぎ裂いた。
更に内部は迷路になっており、地頭の良くないバッシュはそういったギミックにかなり振り回された。
「んぁああーーーー!めんどくせえ!」
バッシュは叫んで、その声がよく響いた方を自分が持てる最大の剣戟で壁を壊して回った。
すると、何やら大広間のような場所に出て、そこで待って…いや、どちらかと言うと待っていなかった者が不機嫌そうな顔で出迎えた。
「帰れ」
そう言って無愛想な顔になり、『それ』は目を閉じた。
「そういう訳にも行かねーぜ!お前がここの主の精霊だな、俺と勝負しろ!」
広間に響く大声で叫んだその声で、神と呼ばれし者は玉座のようなものを座り直す。
「精霊の力を持たずにどうやって俺に勝つつもりだ」
腹の底に響く、その低い声に気圧され、冷や汗を流したバッシュは気を持ち直して反論する。
「それは…やってから考える。お前の強さがどのくらいか分からないからな」
その言葉を聞き、神は、
「フフ、そうか。まあ魔法を込めた今の声で立っていられるなら精神は鍛えてあるようだ。」
それまでの抑揚もない声から、少し変化した声でそう言った。
「楽しませてくれよ」
彼は勝負を受け入れ、バッシュでは測りかねるが恐らく格上である『それ』との勝負が始まった。