弱肉強食
「あの砂防壁が本当に必要だったかは、誰もわからないよ。」
ヤツの手紙を読み、田舎村の老人たちの話を聞きながら、小梅はジンゴロに語った。
「役人は国から補助がでるから追加費用はいらないといって、工事を進めた。業者も作業員も材料もすべて村の外から運んできた。村人たちは、自分たちのために汗を流してくれている作業員に、毎日のように差し入れを持って行った。万一の場合も壁が村を避けるように土砂を誘導するから安心だといった。」
「設計ミスだったんですか?」
ジンゴロは小梅に尋ねた。
「どうかな。後々、役人は想定外だと言ってきたよ。業者も、土砂だけなら防げた。植えっぱなしで放置してある木々が倒れ壁にせき止められて階段のように積まれたために壁が機能しなかったと説明した。山の木々を放置してきた村に問題があると言った。天災ということで保証はない。工事費用も国の補助金だからと返すこともない。」
「ひどい話ですね。」
ジンゴロにはあの親切な日出国の話とは思えなかった。
「朱に交われば赤くなる。もとは気のいい人たちでも、一旦都会にでれば弱者は餌食にされる。自分が弱者にならないようにするのが精一杯さ。他人を食わなきゃより強い者に骨の髄まで食い尽くされる。まるで地獄さ。せめて、私たち料理人が底辺の者を腹一杯してやらなきゃね。」
小梅がジンゴロを弟子にした理由がなんとなくだが彼にも分かった。
「ロクさんの頼みだ。仕方あるまい。」
小梅は照れ隠しにそういうが、きっと、より弱者のジンゴロ達の島の人たちを飢えさせないようにと思ったのだろう。
約束の5年が過ぎた。ロクさんはすでに料理長を引退していた。島へ向かう船の上で二人は初めて上下関係のない会話をした。
「旅をしながら、どこかで店を持つつもりだ。一生料理人。」
船のコックは体力勝負だ。年老いたロクさんには、きつい仕事だったに違いない。
「お前を、船に乗せた理由か?色々あるが、最大の理由は帰る理由があったことだな。」
以外な答えだった。
「船のコックは命がけだ。必ず帰ってくるという強い意志がなければやっていけない。船乗りなんてのは、どんなにきつくてもうまい料理がでてくれば疲れなんぞ吹っ飛ぶ。俺たちが諦めたら、その船は終わりなのさ。」




