田舎村
旅の終わりにジンゴロにはどうしても行きたいところがあった。それが、小梅の育った田舎村であった。震災の後、村はダムの底に沈んでしまっていた。静かに水をたたえているダム湖を見ていると、
「昔、ここに村があったんじゃ。貧しいが平和な集落じゃった。」
一人の老人がジンゴロに語りかけてきた。
「雨が降ると、度々小さな崖崩れが起こってな。でも、死人が出る事はなかった。しかし、役人が来て、このままでは危険だからといって山を切り開き、土砂をせきとめる仕切りを作っていった。それから数年間は崖崩れが起こる事も無かった。じゃがある日、未曾有の大雨で決壊した。今まで経験したこと無いほどの濁流が大量の岩や木々を押し流していった。たくさんの死人が出たよ。お前さんはどう思う?」
ジンゴロは少し考えると
「何十年に一度というような災害ならしかたがないでしょう。」
と答えた。老人は深いため息をついた。
「よそ者は皆、そういう。しかし、ここに住んでいたものたちは知っている。これは人災だ。たくさんの小さな崖崩が大きな崖崩れを防いでくれていた。小さな崖崩を無くしたことで蓄えられていった力が一気に爆発したんだ。」
「では、小さな災いに怯えながら暮らすのが幸せですか?」
ジンゴロには老人の考えが理解できなかった。
「禍福は糾える縄のごとし。万事塞翁が馬。大きな幸せを手に入れようとすれば、やがて大きな災いがやってくる。わしらは、毎日の小さな災いと小さな幸せでええ。」
ダムの近くにダムに沈んだ田舎村の移住者たちが暮らしていた。老人はジンゴロを案内した。村人にヤツの書いた手紙を見せた。
「小梅は元気にしているかい?」
村人は小梅の話を聞きたがった。
「あの子の家は特に被害がひどかった。両親も家も田畑もすべて流された。それでも、誰を怨むでもなくひたすら生きることを選んだ。同情ではなく、自分の力で生きようとした。たしかに、ロ・サンジの元にいれば苦労はなかったかもしれない。でも、自分ひとりがぬくぬくと暮らすのは嫌だったんだろう。あえて外国に出かけていったんだ。」
小梅はジンゴロに自分の生い立ちはほとんど話さなかった。
「どうして、師匠は私を弟子にしてくれたんでしょうか?」
ジンゴロはいつか小梅に聞きたいと思っていた疑問を村人にぶつけた。
「さあな。あの子の心の中はわしらにも計り知れないよ。この国では職業も技術も代々受け継がれていく。あの子も、自分の得たものを誰かに託したかったのかもしれないね。」
その後、ジンゴロはヤツから手紙を受け取ると、小梅の元へ帰っていった。