クジラに乗った人々
昔の小さな島の小さな国での話。争いも無く、人々は海とわずかな大地からの豊かな恵で不自由なく暮らしていた。ある日、見た事も無い大きな黒い船が沖に現れた。
「お化けクジラだ。」
島中が大騒ぎになった。
島の周囲は浅いサンゴ礁のため、船は近づけなかった。何艘もの小型のポートで船員たちが上陸してきた。船は遭難し、水と食料を調達するためにやってきたようだった。
住民がいるとわかると、船員たちは身振り手振りで交渉をする。
「すべては、自然の恵。」
彼らが困っている事がわかると、島の人たちは気前良く食料を分けた。彼らは元気になるまで島で暮らした。ぼろぼろの服を島の女性たちは島では貴重な布を貼り付けて起用に補修した。男たちは、彼らに食料となる木の実を運んだ。
言葉は通じなかったが、船員たちは島の人々に感謝の印としてナイフやロープなど島にない品を置いて去っていった。
翌年、島には数隻の船団がやってきた。通訳も乗っていた。何人もの通訳を経て、会話が始まった。
「昨年は、わが国の船を助けていただき、女王も感謝しております。」
船長は女王の親書を手渡すと、金銀の装飾品や反物などを島の長に渡した。夜になると、宴が始まった。島の料理と外国の料理が並ぶ。
大人たちは初めての料理に戸惑ったが、子供たちはその味の豊かさにすぐに虜になってしまった。むしろ大人たちは、見た事も無い金属製品に興味があった。
何度かの訪問により、島の連中は異国の珍しい品がもっと欲しいと考えるようになった。
「本国では島で修復した服に人気がある。パッチワークで作られたものがあれば交換しよう。」
船長の申し出に
「島には、材料となる植物がほとんど無い。」
と、島長は答えた。
船長が材料は調達すると言うので取引が始まった。はじめは島民のペースでキルト生地が作られていた。しかし、人気がでるにつれ要求量が増えていく。島の女たちは家事をそっちのけで働かされるようになった。収入が増えるにつれ、男達は猟に出なくなった。わざわざ猟にいかなくても食べ物を輸入すれば済むようになったからだ。
「これで、幸せになれているのだろうか?」
島の若者ジンゴロは浜辺で沖に泊まっている巨大な船をみながらつぶやいた。