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夕凪ノ終ワリ  作者: 白雪 蛍
序章
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遭遇 part -2


「日本?」

「ええ、日本。彼女が受け取るはずだったレガリア、その真作は極東の島国にあるそうよ」


 暖かな日差しが差し込む庭園で、向かい合って座る二人の男女。テーブルの上には二人分の紅茶とケーキが載せられている。怪訝そうな表情を浮かべる男、対照的に、女は紅茶が入ったカップを片手に悠然としている。


「事実か?」


 厳しい口調と共に、鋭い眼差しで女の瞳を睨みつける。それを受けた女は、紅茶を飲もうとする動作を中断し、柔らかな微笑みをもって返す。


「”あるそうよ”と言ったでしょ。私も確認はできていないの。……ただ、彼女が日本に向かったということは、確かな事実よ」


 言い終わると、中断していた動作を再開する。優雅かつ余裕を持った女の態度は、紅茶やケーキに手を付けようともせずに神経を研ぎ澄ませている様子の男との、精神の温度差を表しているようだ。


「いいだろう。ならば、お前の話が事実だとして、なぜ俺に話した?」


 変わらず厳しい口調の男だが、女もまた優しい口調を崩さずに答える。


「だって、これくらいの情報を提供してあげないと、貴方は私の所に来ようとしないでしょ?」 


 苦笑を漏らしつつ、茶目っ気のある微笑みを浮かべる。そんな女に対し、男は感情を表さないままそっけない態度で応える。


「いずれは来るつもりだったさ」

「私は今日会いたかったの」


 ――互いの温度差を保ったまま、ふと、男が周りへと意識を向ける。右手には石造り風の豪邸が鎮座しており、左手には数多の薔薇が咲き乱れる花園が広がっている。


「……貴方が、いえ、貴方たちが最後に来てからもう何年も経ってしまったけれど、ここは変わらないでしょう? これでも、屋敷の手入れには気を使ってきたのよ?」


 寂しげに話す女だが、そこには同時に懐かしさも含まれているかのような、ほのかな温かみが感じられる。


「そのようだな」


 男はその一言を返して席を立つ。それは、女に同調して感傷に浸ることを拒否するという意思の表れの様にも取れる。少なくとも、女の方はそう理解したようだ。


「久しぶりに話すせっかくの機会なんだから、そう急ぐこともないのに……」


 呟きながらカップをソーサーへと戻すと、男に視線を向ける。いや、正確には、向けたつもりだった。


「悪いが俺は急ぐ、お前の相手は次だ」


 目の前にいたはずの男の声が背後から聞こえたかと思うと、女の首筋には冷たく鋭い物が触れていた。


「そう。……残念ね。けど、貴方が乗り気じゃないのなら、ええ、仕方がないと思うことにするわ」


 女が落ち着き払ったままに言い終わろうかというタイミングで、首筋にあった鋭い圧迫感は消えており、同時に男の気配もまた、すっかり消えてしまっていた。


「――ああ、私って哀れな女ね」

 

 ほとんど手つかずのままのテーブルを眺めて、独り呟く。


「ここまで御膳立てをしておきながら……、そう、肝心のラルス、貴方にフラれてしまうんだものね」


 静かに瞼を閉じ、天を仰ぐ。――先ほどまで晴れ渡っていたはずの空は、今や急速に曇り始めている。

 そして、雲間から降り注ぐ一筋の日差しが、スポットライトのように女を包み込んでいる。


「ええ、でも貴方の気持ちも分かるの。彼女は……、クリスは、私にとっても妹のような、この上なく大切な子だもの。――ええ、ええ、ええ」


 雲間が閉じられていく。厚い雲が空を覆っていく。それと反比例するかのように、女の瞼がゆっくりと、静かに、開かれていく。


「だから、今回は見逃してあげるわ」


 完全に開かれた瞳、歪んだ口角、そして、世界を凍り付かせるような声音。


「”ケーキの苺は最後に” ……昔、あの子がよく言ってた」


 女の周りに花弁が舞い始める。色とりどりの、薔薇の花弁だ。庭園に咲き誇っていた、薔薇の花弁だ。


 ――気づけば、庭園の花々はその全てが消え去っていた。

 その中で、女は独り呟いた。


「ふふっ。それなら先に、邪魔なスポンジを片付けないとね」

 

 優しさなど微塵も感じられない、酷薄な微笑みを浮かべて。



***************************



 極東の地は、夕暮れに包まれている。

 多くの住宅が立ち並んでいるというのに、不気味なほどに人の気配はない。

 

 静寂の黄昏時、クリスティナ・マリフィードは困惑していた。

 「レガリアの崩壊」、それが事の発端だった。

 

「申し訳ございません。その件に関しましては我々も鋭意調査中でありまして、ご回答は差し上げられません」


 魔術教団へ足を運んだ結果が、その回答であった。

 当然のごとく途方にくれ、暗闇の中を探るような状態に陥ってしまった。


 しかし現在、彼女はその時以上の驚きに包まれている。


「えっと、これ?」


 見知らぬ少年が、見知ったペンダントを首から下げている。

 不確かな情報だった。信憑性は薄く、期待などなく、ただそれ以外に試すものがなかったから試しただけ。しかし、現に今、クリスの目の前には「最優のレガリア」があるのだ。


 そして、彼女は手を伸ばし、こう言った。


「渡してくれませんか?」


 



  


 



 

 


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