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高貴な王子は甘く囁く  作者: ミケ~タマゴ
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♡05話 婚約破棄─そして婚約

 


「私、ジロートラヤ・エルリック・マッドオタ・ノースリッチモンドは」


 涙がこぼれ落ちるのを堪えていると、そばにいた青髪の青年がサッと離れて、突然声を張り上げました。


「今、この場で、イーストラブボンド家のユーキサンドラ嬢との婚約を破棄させていただく!」


 青髪の青年が、声も高らかにそう言い切ったとたん、回りから大きなどよめきが起こりました。

 驚いて、青年の顔を見てしまいます。涙が引っ込みました。


「ちょっと、待ったー! 何を考えてるんだ!」


 大きな声を上げながら、父が走り寄ってきました。


「婚約時の契約に従ったまでです。結婚前にお互い別に好きな人ができたら、面倒な手続きをせず、決めた慰謝料を払って、即、婚約破棄できましたよね? そちらも了承した事ですよ」


 軽い調子で青髪の青年が父に確認します。


「な、何だと! 他に女ができたとしても、こんな場でよくも言い出したものだ! 許さんぞ!」


「私じゃなく他に好きな人がいるのはお嬢さんの方です。あ、別に慰謝料は入りませんよ」


 青髪の青年がこちらを見ると、父もこちらを見ます。


「な、何だと……まさか」


 驚愕した父が呟くと、王子様が椅子から立ち上がる気配がしました。


「ユーキサンドラ嬢」


 聞きたかった声で名前を呼ばれて、父達の方から声のした方に向きます。


 王子様がすぐ近くに立っていました。目が合うと王子様が優雅な所作で目の前に跪きます。


「あなたを愛しています。あなたの笑顔が、あなたの声が、あなたの全てがわたしの支えです。あなたなしの人生は考えられません。どうかわたしの妃になっていただけませんか? あなたにずっと側にいてほしい」


 差し出された手を信じられない思いで見つめます。震える手でその手に触れました。

 手が触れた瞬間、足りなかった何かが体を満たしていくのを感じました。


「……はい」


 口から言葉がこぼれるのと同時に涙もこぼれました。


「本当に!?」


 王子様が叫んで立ち上がりました。触れた手をギュッと握りしめられます。


「わたくしも……わたくしもあなたを愛しています」


 この会いたくてたまらなかった気持ちが何なのか、もう分かっています。青い目を見つめてそう言うと、王子様が握っていた手を離して、大きく腕を広げました。


「ちょっと、待ったー! それは認められん!」


 父の叫びに抱きしめようとした王子様の動きが止まります。


「イーストラブボンド公爵、命令だ。公の娘を王太子妃として差し出せ」


 高い位置から威厳のある声が響きました。ヒュウと音を出して息を飲んだ父が声がした方を仰ぎ見ます。


「お、恐れながら、そ、それはわが家に滅べという事ですかな。直系の血すじを絶やしてかまわないと?」


 震える声でそう言った父に、王様は大きく首を振りました。


「なぜそうなる? 公の娘はたいそう丈夫だと聞いている。たくさん子どもを産んでもらえばよかろう。公はまだ、若かろう。孫が育つまで粘って生きるがよい」


 王様の言葉に、父は大きく目を見張りました。何やら少し考えるような様子が見えます。


「ふむ。女の子だったら、当然うちがもらうとして、男の子の場合は二人目か……」


 ぶつぶつ何か言った後、王様の方を見ました。


「分かりました。ご命令に従いましょう。ですが産まれる子どもに関しては、きちんとお約束をいただきたいと思います」


 声に張りが出て、急に乗り気になりました。


「わかった。婚姻の契約の時にちゃんとすればよかろう。娘をもらい受けていいんだな?」


「どーぞ、どーぞ」


 にっこりと笑顔になった父に少し呆れます。王命に逆らえるわけはなかったのですが、複雑な気分になりました。


 王様が椅子からゆっくりと立ち上がります。


「みなのもの、見ての通りだ。ここにイーストラブボンド家のユーキサンドラ嬢を王太子妃として迎える事を宣言する。この宣言をもって婚約は相成った。祝福せよ」


「ご婚約おめでとうございます!」

「殿下、ユーキサンドラ様、おめでとうございます!」

「お二人の前途に幸運がありますように!」


 王様の宣言の後に、回りから次々と祝いの言葉が投げかけられました。


 広げたままだった王子様の腕が、やっと体を抱きしめるように回りました。

 自分も王子様の体を抱きしめて感動に浸っていると、背中をバンバンと叩かれました。


「婚約おめでとう、ようやくね。これでジロートラヤ様も自由ね。あなたが素直じゃないから、ジロートラヤ様とわたくしに迷惑がかかったのよ。浮かれてるだろうけど、そこは反省しなさいね」


 回りの喧騒をものともせず、近寄ってきたエイレーネ様が、相変わらずの調子で話しかけてきました。今度は王子様の背中をドンドン叩きます。


「頭がゆだってるお従兄様、ねえ、貸しを返してくださらない?」


 一瞬、嫌そうな顔でエイレーネ様を見た後、王子様は腕をほどいて回りを見渡しました。


「ジロートラヤ!」


 王子様に呼ばれて、近くにいた青髪の青年がすぐに近づいてきます。


「お呼びでしょうか」


 胸に手を当てて一礼した青年に、王子様が言葉をかけます。


「今まで名前を借りた礼を言おう。褒美にわが、うっとおし、いや、美しき従妹姫をやろう。オトートダヨン公爵家に婿に行け」


 そう言った王子様の視線は、青髪の青年から反らされ、口もとは言いづらそうに歪んでいます。


「はあ!? 褒美? 今、褒美とか言いましたか? それ、褒美じゃないでしょ!」


「ジロートラヤ様~。エイレーネは、ずぅ~と、あなた様をお慕いしておりましたぁ~」


 叫んだ青年の腕にがっちりと、気持ち悪い甘え声でエイレーネ様がしがみつきます。


「げええぇ! も、申し訳ないが、ご、ご辞退……ガッ」


 エイレーネ様が片手を伸ばして、青年の口元を手で叩くように塞ぎます。


「まさか! まさか! 女性に恥をかかせるようなマネはなさらないですわよね?」


 青年が逃げようとしても、地にしっかりと足をつけているエイレーネ様はのがしません。自分の思う方向に、もがく青年を引きずっていきます。

 ダンスで注意されていたエイレーネ様がいました。


「すまない……尊い犠牲だった」


 王子様がポツリと呟くのが聞こえました。




 


 場が静まると、王族への挨拶が再開されました。今度は王子様の隣で、改めて祝福の言葉をいただきました。


 しばらくして王宮舞踏会の開催の宣言がされます。両陛下が大広間に進み出てると、楽団の奏でる音楽に合わせて、ダンスを始めました。見事なダンスです。


「次だよ。きみと舞踏会で踊れるなんて、わたしは今、とても嬉しいんだ」


 弾む声でそう言った王子様が、こちらの顔を見つめてきます。うっすらと上気した頬が喜びを伝えてきます。自分の頬も緊張と喜びで熱くなっていました。


 両陛下のダンスが終わり、入れ替わりに王子様と大広間の中央に進み出ると大きな拍手が湧き起こりました。


「あ、曲は早いやつにしてもらったからね。二人で踊ったろう、アレ」


「え?」


 向かい合わせになったとたん、そんなことを、王子様はおおせになり……やがりました。とんでもないです。


 初めて王宮舞踏会で踊る初心者に、何をさせようとしているんだと思いました。ここは優雅に、初心者向けにワルツだろうと思い込んでいました。


 音楽が始まってしまいました。もう、仕方ありません。複雑なステップを踏みながら、大広間をかけるように踊ります。

 一瞬、しんとした後に大きな拍手と歓声が上がりました。これは絶対狙っていたに違いありません。

 親切にダンスの相手をしてくれていたのには、こんな理由があったのです。

 うっとりダンスをするつもりだったのに、はっちゃけてしまいました。

 

 しばらく二人で踊っていると、曲調が変わりました。ワルツです。ゆっくりしたものにかわると、次々と他のカップルがダンスに加わり始めます。

 お肌ツヤツヤのエイレーネ様と青ざめてよれた青髪の青年のカップルも加わりました。

 引きずられるようにダンスを踊らされている、元婚約者は見ないようにします。王子様のリードで離れました。






 曲が終わり、一旦、中央から引き揚げます。次は今日社交界デビューする、白いドレスの女性を伴ったカップルだけのダンスです。


 もう一度踊るのかと思っていると王子様が手を握ってきました。大広間の奥にある王族専用の扉の方に向かいます。


「あの、次は踊りませんの?」


「わたし達が加わっては主役の座を奪ってしまう。今日デビューする者達が可哀相だろう」


 王子様の言葉になるほどと頷きました。扉をくぐり抜け、広い廊下に出ます。

 

 王子様に手を引かれ、歩きます。階段を昇ったり、降りたり、右や左に曲がります。中庭のようなところも通り抜けます。

 王妃教育の時に来ていましたが、知っていたのはほんの一角だったようです。すでにどこをどう歩いているのかわかりません。広い王宮は迷路です。


「……一緒に踊ってもよかったんじゃ、ありません?婚約発表したんですもの、記念に思ってもらえた気がしてきましたわ。わたくし達がこうして抜け出してしまったのは、まずかった気がしてきました」


 急ぎ足で無言で歩く王子様に、何か不穏なものを感じ始めました。握られた手がいい意味じゃなく熱い気がします。


「着いた。ここはわたしの部屋だ。さあ、入ってくれ」


 言い出すのが遅かったようです。豪奢な扉の両脇に立った衛兵が、王子様の合図で扉を開けました。


 手をひかれ、部屋に入ります。部屋に入るとすぐに扉は閉められます。

 足もとの感触が変わりました。厚い絨毯が床に敷かれています。天井の高い広い部屋です。

 大きな窓にかかった深みのある赤いカーテンは厚みのある豪奢なもので、置かれている調度品も上品で趣味のいい良い物ばかりです。


 壁には他にも扉があり、いくつかの部屋と繋がっているのが分かりました。


 ここには大理石のテーブルや革張りのソファが置かれ、壁には凝った装飾のある額縁に収められた絵が、何点か飾ってあります。

 入ってすぐのこの部屋はくつろぐ部屋ではなく、応接間も兼ねた部屋のようです。


 さすが王子様の部屋は豪華だと感心しながら、ぐるりと部屋の様子を見ていると壁に飾られた絵の一つが目に止まりました。


 近寄ってよく見ると、他の絵とは趣の違う、それは黒いうさぎの絵でした。




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