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高貴な王子は甘く囁く  作者: ミケ~タマゴ
4/6

♡04話 会いたくて

 


「ユーキサンドラ様、そこの発音は違います。下唇を噛んで『ヴィ』です」


「ブゥ」


「ホホ、豚の鳴き声ですわね」


 学院を卒業した後、なぜか王宮でエイレーネ様と王妃教育を受けています。今は近隣諸国の一つである、べー国の言葉を習っているところです。

 年配の男の先生に発音を注意されました。ついでにエイレーネ様にバカにされました。


「ハア、もう、王太子妃はエイレーネ様でお決りでしょう。なぜわたくしが王宮で王妃教育を受けなくてはいけないのでしょうか」


「あら、一人でこんな面倒くさい勉強をしろと?頭の残念なあなたを見て、優越感を感じながら、自分を励ましているのに、冷たいこと」


「もう、氷女(こおりおんな)と呼んでくれていいですわ。学院も卒業したし、自分の領地の勉強をしたいんですけど」


「やあ、頑張っているかな」


 要望を口にしたところで若い男性の声がしました。部屋に王子様が入ってきます。


「あら、アレクサンダー様」


 エイレーネ様が座ったまま軽く頭を下げます。


「殿下、今日もいらしたんですね。お忙しいと伺っていましたけど」


 おざなりに頭を下げます。


「なんだか、最近態度が悪くなってる?」


「いえ、そんな事はありませんわ。もう王太子妃候補の選出は終わったのに、なぜわたくしが王妃教育を受けているのかと、不満に思っただけですわ」


「それはわたしが希望しているからだね。エイレーネも彼女と一緒ならいいんだろう?」


「ええ、ユーキサンドラ様と学ぶのは楽しいですわ」


 親しげに会話する二人を見ていると、何だかみぞおちが重くなりました。


「殿下はわたくしを、愛人にでもするおつもりですの? 殿下の妃はエイレーネ様にお決まりになりました。

 わたくしに構うのは、エイレーネ様に対して不実ですわ。エイレーネ様も殿下が他の女性に気があるのは、お嫌ですわよね?」


「いいえ、全然。『愛人、百人できるかな』に挑戦して、後宮を作ってハーレム王になろうと、腰痛になろうと、干からびようと全く気にしませんわ」


 エイレーネ様に話を振ると、にこやかな返事が返ってきました。

 最初にあった時は嫉妬しているような感じだったのに、考え方が変わったようです。


「世継ぎをつくるのもお仕事でしょう。わたくしの方に迷惑がかからなければ『どーぞ、どーぞ』ですわね」


 ニコッと笑いかけられて、呆気にとられました。さすが未来の王妃は言うことが違います。


「すごいですわ。そのぶっとい神経には感服いたしました。わたくしだったら、わたくし一人を愛して欲しいと思ってしまいますわ」


「その辺のいち貴族なら、そんな我が儘も当然言えるでしょうけど、わたくしだって言いますけど、王妃となると話は別でしょう。王を支え、王の癒しになり『頑張れー』と股間に向かって応援するくらいの度量を持たないと。ま、他人事だと適当な事が言えますわね」


「え?」


何か変な事を言ったエイレーネ様に首を傾げます。


「おい、適当な事を言うのはやめてくれ。誤解されるだろう」


 空気になって黙ってエイレーネ様との会話を聞いていた王子様が、慌てて口を挟んできます。


「誤解されるのが嫌なら、ちゃんとお話合いされるのが、よろしいですわ。わたくし、失礼いたしますわね」


 王子様にそう言うと、エイレーネ様は立ち上がって部屋から出ていきました。

 エイレーネ様が出ていくと王子様は、空いた隣の席に腰かけました。


「誤解のないように言っておくが、わたしは何人も女性を囲うような人間ではない。愛するのは一人だけだ」


 ジッと王子様が顔を見つめてきます。


「ずっときみを想ってる」


 見つめられて胸が締め付けられるような思いがしました。何だか痛いような感じがします。


「愛しているのはきみだけだよ」


 甘い声でそう囁くと、王子様がこちらに体を傾けて、顔を近づけてきます。何かを期待しそうになって、慌てて立ち上がりました。


「一人だけでも愛人はお断りしますわ。夫となる人に不誠実な事はしません。これからは王妃教育は辞退させていただきますわ」


 目を見張る王子様をキッと睨みつけます。


「もう、会いにこないで! 迷惑ですわ!」


 そう言い放つと、走って部屋を飛び出しました。


「ユーキサンドラ!」


 目の端に愕然と叫ぶ王子様の顔と、困りきって埴輪(はにわ)のような顔になった空気先生の顔が映りましたが、鍛えた足で一気に王宮から走りでました。

 『入る時は大変でも、出る時は簡単』というお約束通り、誰にも咎められず王宮から出る事ができました。


 走りながら、惑わされてはいけないと何度も自分に言い聞かせました。






         ◇◇◇




「これからは、もう少し会いに来て、仲を深めていただきたいですな」


「ええ、そのつもりです」


 父の言葉に、ユーキサンドラの隣に座った青髪のほっそりとした青年が、にこやかに答えて頷きました。


 今日は冬の王宮舞踏会の日です。


 この国の貴族の女性は16歳になると、年4回ある王宮舞踏会のうち、誕生日に近いものに白いドレスで婚約者と出席し、社交界デビューするのが普通です。ユーキサンドラは冬の王宮舞踏会に、婚約者の青年と出る事になっていました。


 迎えに来た青髪の青年と両親と4人で王宮に向かう馬車に乗っています。

 初めて会う青髪の青年は、細身の長身の方で、目鼻立ちは整っていますが、目を細めて笑う顔がキツネのようで、どこか油断ならない雰囲気を持つ方でした。


 王宮に着いて受付を済ませると、大広間に向かいました。


 大広間に続く赤い絨毯の敷かれた広い廊下を、両親の後について、青髪の青年と腕を組んで歩きます。


「私のお贈りした首飾りや耳飾りは、つけられなかったんですね」


 青髪の青年がこちらに顔を向けて、尋ねてきます。ギクリとしました。

 どうせ従者か何かに頼んで買わせた物だろうから、同じサファイヤなら気がつかないだろうと高を括っていました。


 16歳の誕生日に届いた2つのプレゼント─どちらもサファイヤの首飾りと耳飾りのセットでした。


 あの王宮を飛び出した日から、王子様は現れません。5歳の時に目をつけて、学院に上がる年から、ずうーとつきまとっていた怪しい人のくせに、ちょっと迷惑だと怒鳴ったら現れなくなりました。


 高貴な身分のストーカーはいなくなりました。


 人影を見ると、つい王子様かと思ってしまいます。カーテンや柱の影、背後の気配が気になってしまいます。

 あの柔らかく微笑む顔が、あの宝石のような青い目が脳裏にちらつきます。

 あの砂を吐きそうな台詞を、囁いて欲しいと思っている自分がいます。あの甘い声が聞きたくてたまらないなんて、自分の正気を疑ったりもしました。


 お誕生日に届いた物は、1つはこの婚約者の青年からで、もう1つは王子様からでした。

 『16歳のお誕生日おめでとう。愛をこめて』と、ただそれだけが書かれたカードを見て、涙がこぼれました。


 何かが足りなくて、どこかが寂しくて、会いたくて、会いたくて……。


 久しぶりに会えるかもと期待に胸をざわつかせ、ためらわず王子様からのプレゼントを身につけました。つけているところを見て、喜んで欲しいと思いました。


「……それは」


 胸元の首飾りのサファイアの粒を手で握りしめて、青髪の青年の顔を見ます。何か言葉を紡ごうとしたところで、青年は首を振りました。


「あ、気になさらなくていいんですよ。言い訳はいりません」


 青年の視線が首飾りを握りしめる手元に向きます。


「あなたの胸を占めるどなたかがいらっしゃるようですね」


 青年の言葉に、首飾りを握る手に力が入ります。


「それは……」


「あ、いいんですよ、本当に。だいたいね、賢者の塔に籠りっぱなしって何でしょうね。いつ仕事するんですか。どこの隠者だって話ですよね」


 軽い調子で話しかけてくる青年に首を傾げます。


「あっと、髪が乱れた。慣れない格好したから、窮屈でしょうがない」


 そう言いながら、額にこぼれた前髪を手ですいて、後ろに流します。手の平でなであげると、青年は表情を引き締めました。


「公爵と離れてしまいました。もう少し急ぎましょう」


 落ち着いた声になった青年に促されて、少し早足で歩き始めました。




 大広間につくと、王族への挨拶への列に青髪の青年と並びました。

 ついつい前の方に視線を送ってしまいます。早く王子様の姿が見たくてたまりません。

 列が進むにつれ、前の様子が見えてきました。

 3段の階段上には豪華な椅子に座る王と王妃、両陛下─階段下の向かって左脇には王族の方々が並んでいます。

 王子様は1人だけ椅子に座っていました。

 椅子の背後には側近だと思われる赤髪と青髪の青年が控えています。

 すぐ脇にエイレーネ様が白いドレス姿で立っていました。髪を結い上げて縱ロールが消えています。


「今日は王太子殿下の婚約発表があるみたいだぞ」

「ああ、だからエイレーネ様がお側に立っているのか」

「前評判通り、エイレーネ様だったな」


 回りのボソボソと話す声が、耳に飛び込んできます。

 鳩尾に鉛を流し込まれ、血の気がザッと引いて、足から力が抜けていくような嫌な気分になりました。


 でも……それでも……一目会いたくて、声が聞きたくて……。


 順番がきて両陛下と対面します。青髪の青年と二人で挨拶をした後、両陛下の視線がこちらに注がれます。


「ほう、そなたがイーストラブボンド家のご令嬢か。なるほど。まあ、あれをよろしく頼む」


「お美しい方ですわね。これからよろしくね」


「はい。よろしくお願いいたします」


 親しげに声をかけられましたが、返す言葉は上の空になってしまいました。


 陛下と妃殿下への挨拶が終わると、はやる気持ちで王子様の前に来ました。


 端や襟に金糸の刺繍がほどこされた濃紺の燕尾服。白のドレスベスト。先に星型の勲章がついた左肩から右腰へかけられた明るい青のサッシュ。左肋に豪華な勲章。首もとは幅広の柔かめの白のボウタイに大きなサファイア。


 金色の髪は後ろに流され、いつもは髪がかかっていた額がでています。

 今まで見ていた王子様とは違う雰囲気になっていましたが、顔を近くで見たとたん、心臓の鼓動が早くなりました。

 

 椅子に座る王子様の顔をじっと見つめてしまいます。きれいな青い目がこちらの目を見つめ返してきます。


 ああ、この目が見たかった……見つめられたかったと思ったとたん、目が熱くなって、涙がにじみました。



 

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