♡03話 お友だちではありません
「入学おめでとうございます。皆様には、これから未来の王妃を目指して頑張っていただきたいと思っております」
教室の壇上で、教壇に手をついて年配の男性が挨拶をしています。この眠気を誘う声音の持ち主は、入学式で挨拶をしていた学院長だったような気がします。
入学式が終わった後、張り出されていたクラスに向かおうと思ったら、教員に声をかけられ別の教室に連れて来られました。
「皆様は王太子妃候補として選出された、優秀で由緒ある高貴なお血筋の方々ばかりです。
王妃教育は少々厳しいですが、お教えした事を身に付けて立派な王妃になってくださると信じております」
学院長の背後の壇上には、教師らしい男女が何人か並んでいます。この教室の席についているのは、自分を含めて11人の少女です。空いてる席も見受けられます。
どうやら王妃教育を受ける王太子妃候補の教室らしいのは分かりましたが、なんでここにいるのか分かりません。
学院長の挨拶が終わると、背後の教師達が出てきて挨拶を始めます。
一通り教師達の挨拶が終わると、もう一度学院長が出てきました。
「……以上ですが、何かご質問などはございますか?」
またゴチャゴチャした話の後にそう聞かれました。言い出すタイミングがなくて困っていたので、ここぞとばかりに元気よく手を挙げました。
「はい! わたくしは婚約者がもうおりますので、ここにいるのは何かの間違いだと思うんですが」
「間違いではなくてよ。ユーキサンドラ様。わたくしがあなたを学友として指名させていただきましたの」
学院長が答える前に、教室の真ん中に座っていた少女が立ち上がって、こちらに顔を向けました。
見事な金髪縦ロール、つり目がちな目、見下すような視線──何かが頭の中の古い記憶を刺激します。
「わたくしが、回りがライバルだけなんて気が休まらないのでないかと陛下にお願いして、王妃教育をお友だちと受けられるようにしていただきましたの。
わたくしはあなたを呼んでいただきましたけど、他の方々は誰も呼ばれていないご様子」
そこまで言って、金髪の少女はぐるりと回りの少女達を見ました。
「お友だちのいない方に、いらない気づかいでしたわねえ、オーホッホッホ」
口元に手の甲を当てて笑う姿を見て、この少女が誰なのか分かりました。王様の姪にあたる方です。
むかーし、赤いドレスのこの少女に睨まれた事があるのを思い出しました。
笑い終わると、少女はこちらに来て、ユーキサンドラの隣に座っている少女に視線を向けます。
「……気のきかない方ね」
ポツリと金髪の少女が呟くと、ザッと一斉にユーキサンドラの回りから、座っていた少女達が消えました。空いた隣の席に堂々と金髪の少女が座ります。
「エイレーネ・マリリン・ララハ・オトートダヨンと申しますわ。陛下の姪で、オトートダヨン公の一人娘ですのよ。イーストラブボンド家のユーキサンドラ様、同じ一人娘同士、共に学びましょうね」
どうやら、自己紹介はいらないようですが、やっぱりここに呼ばれた理由が分かりません。別にお友だちではありません。
「あ、あのー、わたくしあなた様と特に親しくはしていなかったというか、全然交流はなかったような気がするのですが、なぜわたくしを呼ばれたのでしょうか」
隣に座った偉そうな少女におそるおそる質問します。
「わたくし、あなたに穏やかではない気持ちを持ってますの。殿下の求婚をお断りになられたとか……。
わたくしのお慕いするあの方に、わたくしの方が優秀だと示したいからですわ。わたくしよりダメなあなたを見て、嘲笑ってさしあげますわ」
金髪少女の言葉に青くなりました。とんでもないです。
「はい!とっても辞退したいです!」
手を挙げて、今まで金髪少女とのやり取りを、黙って見ていた学院長の方をすがるように見ました。
学院長の視線が見比べるように、金髪少女とユーキサンドラの間を行ったり来たりします。
「あきらめなさい」
ピタリとユーキサンドラに視線を止めた学院長が静かに言いました。
「えっ!? 学院では身分の上下関係はないんですわよね。わたくしの意思はどうなるんですの」
「今日は長いものに巻かれる姿も見せられましたね。そう、世間には本音と建前というものがあるんですね。保身という言葉は大切です。分かりますか」
学院長の言葉に、金髪少女とユーキサンドラ以外の少女達が、コクコクと深く頷いているのが目に入りました。
金髪少女と一緒に王妃教育を受けるのが決定しました。
◇◇◇
「ホホ、ユーキサンドラ様、足がもつれているのではなくて?こんな簡単なステップも覚えられないなんて、残念な頭ですこと」
「フフ、そういうエイレーネ様はステップは覚えても、ドタドタとロバのような足運びですわね。残念な体重ですこと」
学院に入学してから、四年近い年月が経ちました。最高学年になりました。
今は王妃教育の中でダンスのレッスンを受けています。受けている生徒は二人だけです。それぞれパートナーの方と踊りながら、言葉を交わしています。
王妃教育を受けているのは二人だけになりました。他の方々はいなくなりました。エイレーネ様の毒舌と苛めに皆さま挫折していきました。
「なんですって? わたくしが重いとおしゃっるのかしら」
「あら、ごめんなさい。いい直しますわ。残念な体ですこと」
「残念な頭のユーキサンドラ様、パートナーの方の足を踏んでますわよ。青くなってらっしゃるわ。あなたと踊らなければいけないなんて哀れですわ」
「残念な体のエイレーネ様、パートナーの方に体重をかけるのはお止めになったら? 冷や汗をかいてらっしゃるわ。あなたと踊る方もお気の毒に」
決して、こうしてエイレーネ様と二人で言い合う、ギスギスした雰囲気に耐えられなくなった訳ではないと思います。
曲が終わるのと同時に、一緒に踊っていたパートナーの方々が床にガクリと跪きました。
「ガハッ、胃があ~胃があ~」
「グフッ、足が~足が~」
ダンスが上手だという男子生徒を、先生が見繕って連れて来ていましたが、どうやら体の弱い方々だったようです。
「はい。今日はありがとう。あなた達はもう帰っていいですよ」
学院の稽古用のダンスホールの隅で、ダンスの様子を見ていた先生が近づいてきて、男子生徒に声をかけました。先生は初老のご婦人です。
とたんに男子生徒達は、四つんばいでシャカシャカと手足を動かしてホールを出ていきました。ダンスより切れのある素早い動きでした。
「まずはエイレーネ様、ご自分でリードを取ろうとなさるのはお止めください。
体重をかけて、ご自分で思う方に進もうとするのはよくありません。
しっかり地に足をつけて、相手に動かされまいとする時があるのはどうかと思いますよ。
爪先立ちで、相手に任せる位のお気持ちを持たれた方がよろしいかと」
先生が、エイレーネ様にそう言った後こちらを向きます。
「ユーキサンドラ様、まずはステップをちゃんと覚えましょうか。
相手の足を踏みながら、違うステップだったかと確かめるのは止めましょう。
軽やかな足捌きで、次々とお相手の足を踏んでいくあなた様を見て、お教えした事は何だったのかと情けなくなりました」
先生はそう言った後、大きなため息をつきました。
「そして何より、ダンスの最中に言い争うのはお止めなさい。
ダンスの上手い下手よりそれが問題です。困りました。あなた達の相手ができる生徒がいなくなりましたねえ」
「では、わたしがお相手しよう」
先生の言葉の後に澄んだ青年の声がホールに響きました。
「こ、これは殿下」
扉の方を見た先生が深く頭を下げます。
「アレクサンダー様、いらしたのね」
隣の金髪少女が、膝を折り、身を沈ませます。
「アレク殿下、またいらしたの」
両足を広げて、前に膝を折りました。しゃがむ一歩手前のような感じです。長いドレスの中、どんな膝の折り方をしようが見えません。上半身がそれらしく見えればいいだろうと楽をしました。
「こら、それはダメだろ」
ツカツカと近寄ってきた王子様に怒られました。
「まさか、学院にまでいらっしゃるとは思っていませんでしたわ」
何を怒られたのか気づかない振りをして流します。
「仕方ない子だね」
王子様は呆れた様に言って、手を伸ばすとポンポンと頭を軽く叩いてきました。
「きみに会いに行っても、いつもあの教育係が邪魔してくるからね。
ここならこれないだろ。来年には王宮舞踏会に出席するきみと、ダンスの練習をしようと思って」
「あら、アレクサンダー様はわたくしとは踊らないつもりですの。
それに女性の頭をそんなふうに叩くのはどうかと思いますわ。
子ども扱いしてるような女性と踊るよりも、大人のわたくしと踊る方がよろしいのではないかしら」
王子様の言葉にエイレーネ様が身を乗り出してきます。王子様とエイレーネ様の視線が合いました。
「もちろん君とも踊るつもりだが……そうか、そうだな」
何かに納得したように頷くと、王子様は優雅に一礼して、こちらに手を差し出してきました。
「一緒に踊っていただけますか」
正式なダンスの申し込みのような態度をとられては、承諾せざる負えません。空気を読みました。
エイレーネ様の睨みつけてくるような視線は感じてない振りです。
ここで『お先にエイレーネ様とどうぞ』などと言って、譲ってはいけません。『このわたくしをバカにしてるの? 譲ってやったとかいい気になってるのかしら』などと言われるに決まっています。
「喜んで」
手抜きじゃなく挨拶を返して、王子様の差し出された手を取りました。
向かい合って、ダンスの姿勢になると先生が天井に向けて手を振りました。音楽が流れ始めます。二人で曲にのって踊り始めました。
何度も足を踏みそうになりますが、王子様は華麗に躱していきます。
「もう一度、繰り返そうか。左足じゃなくて右足からだよ」
おまけに親切に指導までしてくれます。何度も繰り返してステップを覚えた頃、曲が止まりました。
回りを見ると、エイレーネ様も先生もいませんでした。ホールに二人だけです。
「きみはもう、大きくなったんだよね。子ども扱いしてたら、いつまでも子どもの反応を返されるか……」
王子様がそう言って顔を見つめてきます。
「きみを愛しく思ってる」
そう囁いた王子様の顔がこちらに近づいてきます。心臓がドキリと跳ね上がりました。
「はい! 終了~! 学院で不埒なマネは許しませんことよ。陛下にはチクらず、貸しにしておきますわ」
ホールの扉からエイレーネ様が腕を組んで現れました。王子様が手の平で顔を覆います。
「ワナにはまった気分だよ」
情けない王子様の声を聞きながら、ドキドキと脈打つ心臓に、不思議な気持ちがしていました。