一章 その2「芹沢空18歳」
目を覚ませば、視界には見知った天井が広がっていた。
技師団学校男子寮1階104号室。僕、芹沢空とルームメイト、ライ・フォンが暮らしている部屋の天井である。時刻はちょうど朝6時だ。同時にいつものように通信技具から着信音が鳴り響く。間違いなく彼女からだ。
「おはよう、ソラ」
「おはよう、アリス」
通話状態に切り替えるとただ一人の家族である芹沢有栖の声が聞こえる。僕からすればこの声を聴かないと一日が始まらないくらい大事な日課のモーニングコールだ。まあ生の声ではないのが残念だが。
「いつもモーニングコールありがとう。じゃあいつも通りいってくるよ」
「ええ、いってらっしゃい」
通話をすぐにやめて身支度を始める。身支度といっても制服に着替えるわけじゃない。日課のトレーニングで訓練場に向かうため、運動着に着替え、ここに戻ってきたときすぐに登校できるようにするための準備である。本当なら訓練場から直接着替えを持って行っておいてそのまま登校できるようにしておくのが楽なのだが、それができない事情がある。
「……」
「すーすー……」
……うん、やっぱり起きる気配ないな。
ルームメイトのライは寝坊助だ。文字通りたたき起こさないと起きない。起きてもマイペースで動きが基本緩慢だ。だからルームメイトである僕が注意しないと絶対遅刻する。しかし、技師としての彼は誰よりも俊敏なのだから奇妙な話だ。
フレイムさんといい、ライといい、技師とは難のある人物ほど強くなる法則でもあるんだろうか……僕はそんなことを思いながら部屋を後にした。
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「おはようございます、空先輩」
訓練場に着くと綺麗な青い髪をした女の子が先に到着していた。彼女はあのシャリー・ベルだ。
彼女とは4年前会ってからの付き合いで、年は僕より一つ下だが、国技団にいる年数は圧倒的に長い。技師団学校に通っている年数でいえば誰よりも長い古株中の古株。僕の心力法の師匠でもある。年齢でいえば先輩だが、それ以外では彼女のほうが先輩という何ともややこしい関係である。
「おはよう、シャリー。毎回のことだけど先輩呼びやめない?」
「何を言ってるんですか!! 先輩は先輩じゃないですか」
「あと二人しかいないのだし、無理しなくてもいいんだよ?」
僕の言葉にしばらくの間彼女は黙り込んだ。
「……いいえ、このままでいかせてください。空先輩以外に知られる可能性は極力排除したいので」
丁寧な喋り方をシャリーは意識している。以前、世界接続状態のときに本当の彼女を見た僕からしたら無理をしているのは明白だった。しかし、やめるつもりはないらしい。
「うーん、無理しないでほしいんだけどなぁ……」
「無理をしてないわけではないですが、私にとって今の私の在り方も必要なんです。だからあまり気にしないでください。……お気持ちだけで十分ですから」
彼女は少し顔を赤らめながら言った。
……いかん、いかん。アリスに匹敵する可愛さだななんて思ってしまった。
「……それならいいけどさ」
「……」
「……」
「……では組手を始めましょうか」
お互いしばらくの間黙っていたが、彼女の言葉を皮切りに組み手を始めることにした。
結果、前半は僕の勝ち、スキル有りの後半は僕の惨敗だった。