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ソラハツナグ  作者: 国立司
1/5

序章 芹沢空14歳

――あなたには『世界』がどう見える?

――美しく見える?それとも汚く見える?

 『世界』とは僕ら個人個人で違って見えるものだ。

 現実という名の『世界』は一つだけしか存在しない。だけど僕らが持つ心はそれぞれに違った見方や考え方……いわゆる個性があり、その個性はある種の『世界』を形成している。そういう意味では、僕らは現実という共通した『世界』にいながら個別の『世界』を持っている。

――何が言いたいんだ?と思うよね。

 僕らは同じ『世界げんじつ』を生きている。だけど同時に別の『世界』の住人で、そこには世界の主しかいない。『世界』は繋がっているようで繋がっていない。それが普通だ。

 でも僕はそうじゃない。僕は本来繋がっていない『世界こころ』を繋ぐことができる。

 繋ぐことでその人のことをよく知れる。趣味嗜好から過去、そして現在も。

――まあ無条件にとはいかないから安心してね。接続中の君のことも正確に把握できてないからさ。

 とはいえ、僕にはどうしてこんな力があるのか……僕はその理由を知らない。

 この力を喜ぶべきなのかもわからない。

――なぜって?

 だって僕は力のせいで普通ではないのだから。

 芹沢空という人間は異質な人間として生まれてしまったのだから。


-------------------------------------


「どうして……どうしてよ」

 だだっ広い空間で独り女性が泣いていた。何かを抱えて泣いていた。

 彼女の周囲は赤黒い液体で満たされている。その量から考えたくないが血だ。大量の血で彼女の足元は満たされている。何かを抱きかかえる手も血塗れだ。何かは人の形をしているようにも見えるがピクリとも動かない。それでいて大量の血は現在進行形で流れ続けている。悲惨な状況と言わざるを得ない。

 だけど助けは来ない。生死不明の誰かを救う者も泣いている彼女を救う者も現れない。

 彼女がいくら泣き叫ぼうが救いは訪れない。ただ悲しい光景……救いのない状況。

 それを眺める僕は何もできない。あくまで僕はこの世界の傍観者だから。

 ただ世界を繋ぐだけで、この世界の主を救うことはできないのだ。

 誰とも分からない世界の主が嘆くそんな光景を眺めているだけの無力な僕には……


-------------------------------------


「起きて……起きてよ、ソラ。朝だよ」

「ううう……おはよう、アリス」

 僕は悪夢から目を覚ました。すると目の前には綺麗なブロンドの髪と碧眼の女の子が笑顔でいた。

 彼女の名前は芹沢有栖。僕のただ一人の家族。そう……ただ一人の家族だ。

「朝食ももうできるから早く着替えてね」

「うん、わかったよ」

 僕は彼女に笑顔で返事した。日頃の感謝を込めて名いっぱいの笑顔で。

 そして、彼女が部屋から出て行ってすぐに着替え始めた。彼女を待たせたくないから全速力だ。

「よし、着替え完了」

 所要時間は50秒。目標の30秒には程遠い。

 それよりも早く1階に降りて二人で朝食だ。今の僕にとって幸せな時間を嚙み締めようじゃないか。

 ああ、そうだ。現在接続中の君に自己紹介しておこう。

 僕の名前は芹沢空。14歳学生。

 趣味は特にないけど、あえて言うならアリスの顔を見ることかな。

 好きな言葉は家族。嫌いな言葉は妹、またはシスコン。

 好きな食べ物はアリスの料理。嫌いな食べ物はかき氷。

 ……君さ、僕のことシスコンだと思ったろ?

 違うからね。断じて違うからね。だって、アリスは家族だし。

 家族が家族を大切に思うのは当たり前だろ? そうだろ……そうだよね!!

 ……今度同じことを思ったら、同じ説明を君の心にいくらでも送り届けるから覚悟してね。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ご馳走様でした……今日も美味しかった」

「ふふ……それはよかった。じゃあ、少しゆっくりしたら学校行きましょう」

「……そうだね」

 幸せな時間が終わってしまった。それが残念でならない。

 朝食を食べて、学校へ行く……僕はそれが嫌だったから。

 学校の奴らがあの日から益々僕らを蔑む様な目で見てくるから。僕もアリスも被害者なのに。

「ねえソラ……やっぱり学校は嫌い?」

「……うん。捨て子だった僕らを見下しているからね」

 僕とアリスは捨て子だった。実の両親から捨てられた子供だ。幸か不幸か僕らは実の両親のことを覚えていない。まあ、おそらく精神に相当なショックを受けて思い出さないようにしてるだけだろうけど。

 そんな僕らを拾ってくれたのが育ての親である芹沢陸三だ。父さんは世界最高峰の発明家で莫大な財産を持っていた。だから拾われてから経済的に困ったことはない。それに父さんは僕らを本当の家族として愛してくれていた。幸せな日常がそこにはあった。だからだろう、この頃はほかの人から捨て子のくせにとか馬鹿にされても気にならなかった。でも今は……。

「アリス……どうして父さんは殺されてしまったんだろうね」

「ソラ……」

 父さんは1年前何者かによって殺された。

 犯人は父さんを何度も何度も凶器の刃物で斬りつけたらしく、父さんの死体はもはや原型を留めないレベルで損傷していた。現場となった離れにある研究室は血塗れ。壁も床も血でいっぱいだった。

 犯人の目撃者は僕一人。といっても凶器の刃物くらいしか記憶にない。偶々研究室の近くにいて、凶器を振り下ろす光景をチラッと見ただけだ。それ以上は怖くて無理だった。気づかれないように自分の部屋に戻り、クローゼットに隠れて震えていた。

 アリスは何も見ていない。自室でぐっすり眠っていたらしい。犯人が離れの研究室からこちらに来なかったのが救いだ。来ていたら僕らも殺されていたかもしれない。

 僕らは死なずに済んだとはいえ、父さんが死んだのは変わらない。幸せな日常が破壊されたことは事実だ。幸せであるという余裕は消え失せてしまった。父さんが死ななければ、学校の連中のことなんか気にならなかったのに。死ななければ、今でも三人で幸せな日々を送れたのに。どうしてあんなに無残な殺され方をされたんだ。

「ごめん……気まずいこと言っちゃって。父さんが死んだことはもうどうしようもないことなのに」

「ううん、仕方ないわよ。私だって今でもあの時のことは引きずっているから」

 アリスはあの日から変わった。何がと言われれば色々だ。そのくらい以前とは多くの点で変わってしまった。例えば、僕が知る限り昔のアリスは今みたいに世話好きではなかったし、医療の勉強なんてしていなかった。父さんが殺されたあの日から、僕が立ち止まったあの日からそうなった。彼女なりに前に進んで強くなったとも言える。僕から言わせれば引きずってなどもういない。

「だけどね、ソラ……私がいるよ。私があなたの傍にいるから。私があなたを守るから」

 僕の手を握りしめ、彼女は笑顔で言った。

 父さんが殺されてから立ち止まった僕。僕が今生きているのは彼女の支えあってこそだ。彼女が傍にいてくれたからこそ、少しずつではあるけれど立ち直ってきた。けれど……。

「ははは、本当に僕って情けないな。アリスにそんなこと言わせるなんてさ」

 本来なら僕が彼女を守れるくらい強くなるべきだと思う。彼女から支えられるだけじゃない。お互いに助け合う関係……それを目指すべきだ。なのに立ち止まっていた1年間が僕らに差をつけさせた。その結果がアリスに守られてばかりの僕だ。本当に情けない。 

「ソラは大切な家族……私にはそれだけで十分よ」

「……ありがとう」

 彼女の手を握り返し、僕は彼女の顔を見つめる。それにしても人形のように整った顔立ちだ。

 綺麗でいつまでも見つめていたい……記憶にしっかりと焼き付けておきたいとさえ思う。

「アリス……」

「ソラ……」

 僕らは自然と顔が近づいていく。そして……。

 ピンポーン!とインターホンが鳴り響いた。

 こんな朝早くから誰だろう?と思いもしたが、まあいいや無視しよう。

 今はそんなことよりアリスの顔を見ていたい。

「アリス……」

「ソラ……」

 ピンポピンポーン!!と今度は連打された音が聞こえた。

 うるさくて僕ら二人だけの空間はぶち壊しだ。はあ……。

「僕が行くよ」

 インターホン前のカメラの映像を確認すると見覚えもない男が映っていた。髪も眼も紅く燃え盛る炎を彷彿とさせる。服装は……何というか軍服の類のように見える。……通話状態に切り替えて話を聞くとするか。

「おはよう!!」

「どなたですか……」

「俺はフレイム・バーンド。国家連合技師団の技師だ」

 技師か……科学国家であるこの国では珍しい存在だ。アリスみたいに医療の勉強の延長とかで稀にスキルを身に着け技師になる人がいるにはいるけど、僕らの住む科学国家ジパンでは、胡散臭い魔法扱いされていてスキルを使う技師の人口は1%にも満たない。それに男は国家連合技師団の技師だと言った。国家連合技師団は国家連合直属の軍隊だったはずだ。どうしてそんな軍の人間がここに来たんだ。僕らに何の用だ。

「何の用ですか……」

「お前は芹沢空だな。君の妹の芹沢有栖に用がある。家に入らせてもらうよ」

 彼は質問に答えた。ちょっと待て、こいつ……今なんて言った?

「アリスに? 僕ら今から学校に行かないと……それに」

「安心しろ。学校側には話してあるから行かなくてもいい」

 聞き捨てならないことがあると言ってやろうとしたが、それよりも先に彼が喋り遮った。

 ええい!! そんなことどうでもいいから話を遮るな!!

「いやそうじゃなくて……」

 僕は彼の発言に不満があった。絶対に譲れないことを言った。

 僕らにとって言われると不愉快極まりないことをこの男は言ったのだ!!

「何だ?」

「間違っていることがあるから訂正してほしい。アリスは妹じゃない……家族だ!!」

「……はい?」

 少しの間、沈黙し、その後何言ってんだこいつって顔で僕を見ている。

 まあそれでもいいさ。理解してくれれば……理解してくれればね!!

「ええと……芹沢有栖はお前の妹だろ」

「家族だって言ってるでしょ!!」

「いや、家族で、お前の妹だろ!! あってるだろ!!」

「いーや家族であって妹ではありません!! 間違ってますよ!!」

 インターホン越しに僕は男と譲れぬ言い争いをし続けた。何回したかは正直覚えていない。男が思ったよりもしつこく理解してくれないから終わらない。まったく……。

「……ぷっ。フレイムさんここは折れましょう。話が進みませんから」

「え……」

 言い争いを続けていたところに笑いを堪えきれず吹き出す声がした。よく見ると男の後ろには少女がいた。アリスにも引けを取らないくらいに綺麗な少女だ。歳も僕らとそんなに変わらないように見える。

「ああ、申し遅れました。私はシャリー・ベル。これでも国家連合技師団の技師です。歳はあなた方より一つ下です。どうぞお見知りおきを」

「あ……はい」

「まあ、もういいや。おい、芹沢空。とにかく家に上げてもらえるか。話はそれからだ」

「……わかりました」

 僕とアリスが兄妹じゃないと理解してくれたか怪しいが、ひとまず二人を家に上げることにした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「というわけで、国技団からのスカウト……受け入れてもらえるか?」

「お断りします」

 アリスは笑顔で断った。

「というわけで」

「お断りします」

「……何でだ」

「お断りします」

「……話聞けぇ!!」

 フレイムさんは大声でツッコミをいれた。話を説明するとこうだ。

 フレイムさんたちは国家連合技師団(略して国技団)の再編成にあたり、将来有望な技師をスカウトするため世界中を移動しているらしい。そこで今回優秀な人材としてアリスが選ばれたという。まあアリスは医療の知識が豊富で医科技師としてはかなりの腕前だ。その噂をどこからか聞きつけてきたのだろう。しかし、そのスカウトに対して文字通り彼女は聞く耳を持たず、「お断りします」を繰り返す機械と化しているのが現状だ。

「私、国技団に入りたくありません。そもそも……中央大戦が終わってから解散したはずでしょ? なぜ今更復活させようとしているんですか?」

 国技団は確か4年前くらいにもう必要ないからと解体されたというのは僕も聞いたことがある。

「フレス連邦の件……知ってるか?」

「ええ……1年前内乱が起きて国自体が滅んだのでしたね」

「あの一件以降、国家連合は国技団がやはり必要だと判断したのです。中央大戦で九帝連合が倒れ、大規模な技師団は不必要だと一度は考えましたが、フレス連邦の内乱、アランド帝国の急速な成長、世界的テロリストたちの存在……解体後の数年でその必要性を、世界の平和を保つための抑止力として必要だとです」

「私には関係ありません。『国家戦力級ランカー』の皆さんとスカウトに承諾した方々で頑張ってください」

「芹沢有栖……お前の治癒スキルは国技団としてはそう簡単に見逃せないレベルの腕前だ。俺が聞く限り、お前はこの国で瀕死の人間を10人以上救っているそうじゃないか」

「褒められるようなことじゃありませんよ。医療知識を身に着けるために、私自身の技量を確認するために研修先の病院で瀕死の人たちを利用したにすぎませんから」

「理由はともかく救ったのは事実だろ。それなら問題ないだろ。以前お前みたいな動機でたくさんの国技団の技師を救ったやつもいたしな」

「お断りします」

アリスは再び機械と化して断った。こういうときでも笑顔な当たり、彼女にとって笑顔は表向き取り繕うための、誤魔化すための一つの手段に変わってしまっているのだとわかってしまう。彼女の本当の笑顔はもう帰ってこないのではないかと不安になる。

「やれやれ……頑固だな。まあいい。俺たちはしばらくこの国に滞在するからその時までに承諾してもらえるよう頑張るさ」

「お断りします」

「はあ……じゃあまた明日来るぞ。明日も学校に行かなくてかまわんからな。俺が事情を説明すればあいつらは文句も言えまい」

「では私もこれで失礼しますね」


「アリス……本当に良かったの?」

「ええ、だって私は多くの人を救いたいから治癒のスキルを身に着けたわけじゃないもの。私はソラが死ぬような可能性をなくすために身に着けたの」

「……」

 アリスは前を向いて進んでいる。そう考えていたけど違うのかもしれない。僕が父さんの死を引きずって過去を見ているとすれば、彼女はそんな僕を見て、僕に縛られて生きている……そんな気がする。

 僕は本当に弱いな。彼女のためにも強くならないと。そのためにもできることから始めよう。

「アリス、僕は少しの間出かけるよ。昼食の時間までには戻るから」

「ええ、わかったわ。いってらっしゃい、ソラ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「シャリー、お前はどう思う?」

 国際ホテルの傍にある喫茶店で私たちはコーヒーを飲んでいるとフレイムさんは突然私に尋ねました。

「どう、と言いますと?」

「芹沢有栖、あの子がスカウトを受け入れてくれない理由だよ」

「え、わからなかったんですか? 鈍すぎますよ、フレイムさん」

 半目で私は彼を凝視しました。フレイムさんは優秀な技師です。こと戦闘においてはですが。

 はっきり言って周りの空気は読めない、好意にもなかなか気づかない残念な人です。

「悪かったな、鈍くて!! いいから教えてくれ」

「そうですね……ではお聞きしますが、芹沢空さんについてどんな印象を抱きましたか?」

「重度のシスコン野郎」

 ぴしゃりと即答。間違ってはいないけど本人の前で言わないでくださいね。

「うわードストレートですね。芹沢有栖さんは?」

「本心を表情に出さない頑固者かな。それがどうかしたか?」

 おや? 思ったよりも性格については見抜けていたようです。

 ですが、そこから先を見抜けないあたりは流石ですね!!

「スカウトを受け入れてくれない理由は空さん、有栖さんどちらも同じだからですよ」

「……?」

「二人ともお互いのことを大切に思いすぎていて、その点において頑固者だってことです」

「つまり、芹沢空がシスコンなら芹沢有栖はブラコンで、それが理由で断ったのか?」

 正解ですけど、お願いですから説得の時に本人たちの前でそれ言わないでくださいね……。

「……まあそういうことです。だから私たちがするべきことは有栖さんの説得ではなくて空さんの説得です」

「芹沢空の説得ねぇ……あいつはあいつで妙な噂を聞いたが」

 芹沢空の噂。それは彼が他人の心を読むという噂です。昔、彼とババ抜きをしていたら一度も勝てなかったとか、困っていること、秘密にしていたことを何も教えていないのに知られていただとか、そんな話をいくつか耳にしました。

 だから彼には近づくな、あれは人の形をした化け物だ、なんてことを私たちは言われました。

 もしそれが事実なら彼もスキルを持つ技師なのでしょうか。

 だとしたら一体どんな……。

 思索していた私に突然声が聞こえました。

「(シャリーさん、聞こえますか?聞こえるなら心の中で返事してください)」

「(……??……はい)」

「(協力ありがとうございます。ええと……現在地は国際ホテルの傍にある喫茶店ですね。話があるのでそちらに向かいますね)」

 突然、心の中に話しかけられて、現在地を一方的に特定されてしまいました。

 これは……

「あのフレイムさん……噂本当なのかもしれません」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 僕はシャリーさんの『世界こころ』と接続して、居場所を特定した。

 そして、二人の前にやってきた。

「芹沢空……お前も技師なのか」

「僕の力のことならこれは生まれつきです。心力を使っているかも自分でよくわからないんです」

「へえ……となるとお前、特異能力者か」

「特異能力者?」

「生まれつき異質なスキルや性質を持つ天然の技師だ。世界的にも極めて稀だ。喜んでもいい」

「喜べませんよ。ただでさえ捨て子だった僕は周囲から蔑まれる存在だったのに、この力のせいで悪魔だの化け物だの言われてきたんですよ。それにこの力は繋いだ『世界こころ』を救えるわけじゃない……」

 悪夢のような誰かの悲惨な『世界』。

 僕はそれを見るだけで何もできない。助けたいのに何もできない。

 ただ眺めるだけ。苦しみ、悲しみ、嘆く光景を眺めているだけだ。

 弱く無力な自分を呪いたくなる。どちらの世界でも弱っちい自分を。

「まあ、そんなものは捉え方次第だろ。俺だってこれでも凄腕の技師だと自負してるが、仲間の命を救えるとは限らない。駆けつけるのが遅くて救えなかったことも、より多くの命を救うために少数の命を犠牲にするしかなかったこともある。目の前で仲間がたくさん殺されたことも……な。だけどな、俺はそれならもっと強くなればいいじゃないかと思う、いやそうなってやるって自分に約束してる」

「はあ……」

「空さん、フレイムさんはポジティブに前をみろって言いたいんですよ。弱いと自覚しているなら努力しろ、自分の力だって捉え方を変えれば役立つものだって言いたいんです」

 シャリーさんが簡単に言い直した。

 フレイムさんはいざ言い直されて少し気恥しそうにしながら言った。

「ま、まあ……そういうことだ。だから自分の特異能力を悲観的に考えるんじゃねえよ」

「ははは……ありがとうございます。僕も前を見て努力しようと思います。アリスだけじゃなくて僕も国技団に入隊させてくれませんか?」

 僕は前に進むために自ら国技団への入隊を志願した。

 不思議と緊張とかすることなく言えたのはフレイムさんたちのおかげなのかもしれない。僕が言うよりも先に前を見ること、努力することが必要だと示してくれたのだから。

「いいんじゃないかと言いたいところだが、まあなんだ、面接でもしようか」

 面接? まいったな、準備してないぞ。

「フレイムさん、別にしなくてもいいでしょう。それ……」

 シャリーさんがあきれた様子で言った。

「う、うるさい!! 第一、シャリーお前は次期国技団元帥に対して無礼すぎないか!!」

「よく言いますよ!! 仕事のほとんどはリルさんにやらせるつもりじゃないですか!! どうせ元帥ってだけで威張るような人に敬意なんて持てませんよ!!」

 突然、喧嘩が始まった。

 さらっとフレイムさんが次期国技団のトップであることが明かされたが、同時にこの人ダメな上司なんじゃと思う情報も聞こえてきた。

 僕はこの組織に入って大丈夫なんだろうか……

「よし、決めた!! 最初の質問はお前の力で見たシャリーの秘密を答えてもらう」

「はあ……」

 あ、こっちに飛び火した。勘弁してくれよ……

「空さん、もしかして答えられちゃうんですか?」

「少しだけなら」

「う、嘘ですよね……」

 シャリーさんの顔が青ざめる。

「本当です。と言っても大した内容じゃないですよ。身長や体重、スリーサイズ、国技団に入った動機とか……」

「ストップです」

「よし、空よ答えろ」

「やめましょうか、フレイムさん。空さんも答えるのはなしです」

 シャリーさんはアリスみたいにニコニコしながら言った。

 ニコニコしているがものすごいプレッシャーを感じる。

 はっきり言って怖い。

「次期元帥命令だ。空、答えないと国技団に入隊を許可しない」

「ええ……」

 困ったな。というか、シャリーさんのいった通りになってるよこの人。

「空さん、フレイムさんはあなたのこと重度のシスコン野郎だって言ってましたよ」

「ほう……」

 僕の中でスイッチが入った。

 僕が重度のシスコン野郎だと?

「シャリー、お前……」

「自業自得です」

 シャリーさんは満面の笑みでフレイムさんにそう言った。

「何度も何度も言いましたよね……」

 この後のことは省略しよう。

 理由は……わかるよね?


-------------------------------------

 

 私はソファーに寝そべりながら、一人小型端末で地図を見ていた。

 ソラがいない時、よくやることだ。

 傍にいないのは嫌だな。落ち着かない。後で彼の枕でも抱きしめて匂いをかいで落ち着こう。

「はあ……どうしてこんなことに。私は国技団に入隊なんかしたくない。ここで二人で仲良く暮らしながら一生を終えれればいいのに……」

 私はこの世界が嫌いだ。

 自身の運命を呪いたくなるから。

 大好きな人と静かに平和に幸せに暮らすことを許してくれないから。

「ソラは国技団の人たちに会いに行ったのでしょうね」

 彼らの現在地は知らないが、ソラの現在地はわかる。国際ホテルの傍の喫茶店だ。

 こんなこともあろうかとソラの制服、私服には発信機を仕込んである(縫い付けてある)。

 彼らに会いに行った理由も私がソラに気を使っているから国技団のスカウトを承諾しなかったと考えてのことだろう。

 ソラの予想は間違っていないといえば間違っていないし、間違っているといえば間違っている。

 私はソラと一緒にいたい。一人で国技団に入隊したくない。

 でもそれだけじゃない。国技団に入隊すれば厄介ごとに巻き込まれる。私もソラも二人そろってだ。

 それはリスクを高めてしまう。ソラが危ない目に遭うリスクを、だ。

 私が一番望まない展開そのものだ。陸三さんの死よりも辛い展開。

「限られた時間くらい幸せに生きたいのに……」

 まったくこの世界の支配者は意地悪だ。望んだ展開を与えてくれないのだから。

 内心ぶつぶつと不満に思っていると、

 ピンポーン!とインターホンが鳴り響く。

 カメラで誰か確認。

 はあ……とため息がでる。

 知った顔だ。会いたくもない人物。でも無視すべきではない。

 私は要件を聞いて、銀行に向かった。

 そして、やっぱり望んだ展開は訪れないのだとこの後、私は再認識させられた。


-------------------------------------


「入隊を認める」

「ありがとうございます‼」

「それで確認だが技師についてどのくらい理解してる?お前は科学国家ジパンの人間だからスキルや心力法について教育を受けてないはずだ」

「アリスが医科技師ですから基本的なことなら」

 僕やアリスが暮らすこの国は今では世界で唯一の科学国家ジパン。今から約2000年前、世界に根付いていた科学技術を研究し、それを活用した道具や技術で国が成り立っている。科学自体は便利だと僕は考えているが、かつて地球環境を汚染し、地球を滅ぼしかけた危険な旧時代の技術というのが現在の一般的な見解だ。だからこそ科学を中心にしている国はこの国しかない。

 一方で科学の衰退と共に世界的に普及しているのがスキルと心力法である。大昔でいう魔法とか魔力とかみたいなものだ。まあ技師とはこのスキルや心力法を駆使する魔法使いって考えると分かり易いかな?

 スキルも心力法も心力と呼ばれる非科学的エネルギーを源としている。心力法は心力をそのまま操る技術、スキルは心力を別のエネルギーに変換して活用する心力法の上位技術だ。

 例えばアリスの場合、心力法の基礎レベルはマスター済みであり、そこから発展して治癒スキルを会得している。

「基本的ですか……ご自身の特異能力については?」

「さっき初めてスキルの類だと知りました。だからまだ何が違うか理解できてないです」

「なら俺が説明してやろう。さっき一度言ったが、特異能力者ってのは生まれつきスキルを身につけた天然の技師だ。まあこの言い方だと特異能力者なんて大層な言い方馬鹿みたいだろ?」

「特異能力者なんて呼び方する理由は二つ。一つはそのスキルが強力なものが多いことだ。通常のスキルとは比較にならないでたらめな性能のスキルが確認されてる。そして、二つ目は特異能力者は特異能力の影響か異常な性質を持つからだ」

「異常な性質?」

「まあ、例えば一般的なスキルや心力法の会得が通常通りいかないことが多いな。会得できるスキルに偏りが生じたり、心力そのものに特異能力が常時作用したりすることが確認されてる。俺が知っているので一番ひどいのは不老になったやつもいたな。これらの異常を特異性質と俺たちは呼んでる」

「じゃあ僕も何か異常があるってことじゃ……」

「はっはっは、そうなるな」

 笑いながら、お前は普通じゃない宣言された。

 他人事だと思ってないか、この人。勘弁してくれよ。

「空さん、だからこそ聞きたいんです。あなたの特異能力のことを教えてください」

「大した能力じゃないですよ……」


「……つまり、会ったことのある人間にならテレパシーができて」

「相手が許可すれば、自分と相手の心を繋げて情報の共有とか覗き見ができる……わけですか」

「そんな感じですね。ただ補足すると、相手が絶対に隠したいと思っていることは見れません。相手から情報を聞き出すにも中途半端になりかねないし、相手の世界を覗き見できるだけで何も干渉できない強力なのか怪しい能力です」

「うーん、特異性質の手がかりもこれだとわからないですね。特異性質って特異能力に因んだものが多いんですけど」

「まあ、特異性質がない可能性もあるんだからいいことだろ」

 そんなこともあるのか。そうだといいな。

「……そうですね。それでは後は……」

「芹沢有栖の説得だな。空、頼めるか?」

「はい!! 僕も一緒に行くって知れば、アリスも断らないと思いますし早速行ってきます」

「おう、頑張ってくれ。それと報告はせっかくだからお前の特異能力を使って報告してくれ」

「わかりました」

 こうして喫茶店から離れようとしたときのことだった。

 壁に取り付けられたテレビが目に入り、その映像を見て唖然とする。

「え……」


-------------------------------------


 現場には警察も野次馬も集まっていた。

 銀行強盗が人質を取って立て籠もり中……報道機関の人がカメラの前で事件の様子を伝えている。

 どうしてこうなったの……

 人質である芹沢有栖は外の様子に目をやり、内心ため息をついた。


 彼女は知人から頼まれ、銀行に来ただけだ。

 すると、不運なことに銀行強盗がやってきた。

 銀行強盗というのは正しくないのかもしれない。男は会話が成立しないくらいまともではない。まるで、中に別の何かがいるかの如く、苦しみ続けている。そして、「金を出せ」とも言わず、現れて早々、凶器の銃とナイフを持って暴れまわる始末だ。

 この時、アリスは逃げ出さなかった。けが人を助けることを優先し、スキルを使って被弾した人の傷を治していた。しかし、それは失敗だった。

 不運なことに男はそれを見て、彼女を捕まえ人質にしたのだ。そして、彼女に言った。

「助けてくれ……助けて!! 助けろよ!!」

 目線も碌に安定しない男はそれだけを何度も何度も彼女に言った。

 首元にナイフを突きつけられた彼女はそれを聞くことしかできない。男の苦しむ原因が自身のスキルでどうこうなることではないと理解したからだ。

 幸か不幸か、彼女が捕まったおかげでほかの人たちは銀行内から逃げ出すことができたらしい。男が暴れまわり、人が逃げまどい滅茶苦茶になった銀行内には彼女と男の二人だけしかいない。

 勿論、彼女からしたら災難でしかないが。


 そして、現在大事になっている。

 静かに平和に幸せに暮らしたいと願う彼女にとっては望まない展開だった。

「ちくしょう……どうしてだ……俺は……死にたく……」

 「どうしてだ」と言いたいのはこちらのほうだ。

 アリスは一人ぶつぶつと独り言を言う男の様子を見て、内心イライラしていた。

 報道カメラに晒され、野次馬に見られ、警察は建物の外で待機。

 目立ちまくり。ソラにも現在の状況を知られてしまうのは時間の問題だ。

 心配をかけたくないのに……。

 隙をついて逃げ出したいが、喉元にナイフを突きつけた手は緩まない。下手に動けば、のどを掻っ切られてしまうのは明白。救助を待つしかない。

――誰か……早く助けて。

 彼女はそれだけを願った。


-------------------------------------


 現場に到着したとき、アリスの「助けて」という心の声を聴きとっていた。

「警察から状況は確認しました。人質は有栖さんだけのようです」

「そうか、なら……」

 腕をぶんぶんと振り回し、フレイムさんが前に出ようとする。しかし、シャリーさんがそれを手で静止した。

「フレイムさんは大人しくしていてください。『国家戦力級ランカー』が下手に力を振るったら後々問題になりますから」

「だが俺がスキルを使えば……」

「やめてください。建物ごと吹っ飛ばすとか特にやめてください」

「……はい」

 しょぼーんとした様子でフレイムさんは返事した。

 というか建物ごと吹っ飛ばすつもりだったのか、この人。

「だから私が行きます。警察にも被害は最小限に抑えてほしいとの要望を受けてますので、私が犯人の動きを止めて、有栖さんが逃げる隙を作ります」

「僕はどうすれば……」

 何かできることはないかと思い、尋ねる。

「有栖さんに接続してますよね? だったら今から私がやることを事前に伝えてください」

 僕はその指示に従い、アリスにこれからのことを説明した。

「(……ということだからその隙に逃げて)」

「(わかったわ)」

「(ああ、それと僕は国技団に入ることにした)」

「(……やっぱりそうなるのね。なら私も入るしかないわね。あの人たちにもそのことを伝えておいて)」

「(わかった。伝えておく)」

「伝えました。後アリスも国技団に入隊します」

「それは良い返事だ。シャリー、任せたぞ」

「はい……『氷結界』」

 その言葉と共にシャリーさんの周囲に冷気が充満し始める。発生した冷気はまるで意思があるかの如く、物理法則を無視した生物的動きをさせながら、建物の方へ向かっていく。その動きは獲物に近づいていく蛇のようだ。

「すごい……これがシャリーさんのスキル」

「正確にはスキルで心力を冷気に変換し、その冷気を心力法で操作しているのさ。まあ、あの歳であの技量はかなりすごいことには変わらんがな」

 あの蛇のように動く冷気を操作しているのはシャリーさん自身だ。自身の肉体から離れれば離れるほど操作は難しくなると以前アリスから聞いたことがある。

 年下の女の子がそれを難なくこなしている。僕もこれから頑張らなくちゃいけないなと心に誓った。

「それにしてもアリスのスキルとはまた違うから見ていて新鮮です」

「スキルのバリエーションは無限大だ。単純に炎のスキル一つとっても使い手である技師の個性で変化していく。治癒のスキルも同様だ。技師によって能力差が大きく出る。そのあたりはお前のほうが詳しいだろ?」

 アリスのスキルは使い手であるアリス自身の傷を治せない。代わりに他人の傷を治す力は強力だ。これがフレイムさんのいう個性による変化なのだろう。

「二人とも無駄話はそこまでです。対象への攻撃を始めますから集中させてください」

 蛇は気づけば男の足元に迫っていた。男は気づいていないが、アリスは気づいている。予定通りだ。

 そして……

「凍てつけ」

 その言葉とともに男の手足に蛇は絡みつき、熱を奪い、ゆっくりと凍らせていく。アリスはまともに動かなくなった男の腕から抜け出し、建物の外へ逃げ出した。しかし、男も凍り始めた体を無理やり動かし、アリスを捕まえようと外へ出てきた瞬間だった。

「加減しすぎだ、シャリー……」

 男の頭上に火球が現れる。男もそれに気づき、頭上を見上げたが手遅れだった。

「『小玉落とし(プチファイアー)』」

 フレイムさんが男に落としたそれは名前に似合わない衝撃を周囲に発生させる。あと男の悲鳴が聞こえた。同時にシャリーさんがフレイムさんに大人しくするように言った理由がわかった。

 この人、格が違う……

「さすがは『国家戦力級ランカー』ね」

 僕が火球の威力に唖然としている間にアリスは僕のところにまで逃げ出していた。

「『国家戦力級ランカー』って?」

「世界に20人しかいない最高峰の戦闘力を持つ技師に与えられる称号よ。私も今ので思い出したけどあの人、その中でも最強と呼ばれている闘技師だったはずよ」

「その通り、俺こそが『国家戦力級ランカー』の一人、『炎神』フレイム・バーンドだ」

 こっちを向いて、フレイムさんはどや顔で再度自己紹介した。

「ドやらないでください。大人しくしてくださいと言ったじゃないですか」

 半目のシャリーさんが早口で愚痴った。感情を抑えた喋り方だ。

 ああ、怒ってるな、シャリーさん……

「はっはっは、安心しろ。加減したから建物を焼いてない!!」

「笑わないでください。犯人を丸焼きにしたじゃないですか」

「殺してないから問題ない!! ほら警察もこっちに来て……」

「話と違うぞ!! 国技団だか知らないが弁償してもらうからな」

 警察がそう言うのも無理はない。

 建物は焼いていないが、犯人は重傷。おまけに火球が落とされた時の衝撃で近くに止めてあったパトカーや銀行の窓ガラスは割れてしまっている。被害総額いくらだろう?

「おい……シャリー事情を説明してくれ」

 どや顔から一変、困り顔で助けを求める。

「自業自得です」

 シャリーさんは笑顔でそれだけ告げて放置した。僕らも助けを求めるフレイムさんを無視して、その場を離れた。

 こうしてフレイムさんは犯人もろとも警察に連行されることとなったとさ。

 


 



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