ある夏の日
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「80年前、第2次世界大戦終戦の2か月後に突如としてそれは現れた。日本の各地に現れたそれは当時日本を実質統治していたGHQの調査により我々の世界とは別の世界とつながった扉のようなものであることが分かった。我々は大いに驚いたが何よりも驚いたのは別の世界から来た住人たちであった。別の世界からの住人たちは我々のような人間や神話や古来から伝わる物語に出てくる異形の姿があった。GHQは終戦間もない日本を混乱に陥れないよう極秘裏に処理しようとしたがダグラス・マッカーサー元帥は彼ら異界の住人との対話を望んだ。だが当時の上層部は「他の世界から来たものに言葉が通じるのか。そもそも危害を加えられる可能性も考えなければいけないじゃないか」という考えが浮かび上がってきていた。そこで打ち出されたのが「戦犯への刑の無罪放免と引き換えによって異界の住人とのコンタクトを取らせる」という方法だった。今の日本では考えられないことだが当時はそれで生き残った者たちもいた。ほとんどは拒否した結果、銃殺刑や獄死による死を迎えた。そしてファーストコンタクトを行った最初の日本人と異形種、それこそが大和・龍馬とハンニバル・チェーザレだ」
「とある高校の現代史の授業より」
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「そりゃあ、やっぱ元の世界が懐かしくなる時もあるさ。でもこっちは煙草もうまいし、料理もうまい。それに家族も出来た。帰る理由なんかないねぇ」
「労働者エリック・トマス(オーク族・32歳)のインタビューより」
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所変わり、現代。2025年、夏、日本の中心、東京。世界有数の電子機器の街であると同時にサブカルチャーの発信地でもある秋葉原。その街の一角、大通りから外れた場所にその店はあった。
「喫茶パニーノ」。イタリアで人気の軽食を店名にしたこの店は名物もパニーノでありそこそこ人気の店だ。店内はシックな黒のインテリアやあたたかな色の照明でなかなかにオシャレだ。
しかし、店員に問題があった。カウンター席は年代物のバーカウンターを移植したような作りだが、そのカウンター内に鎮座しているのは、2メートルほどの身長に頭陀袋を被せた大男であった。上半身は黒のTシャツに黒地にピンクのデフォルメされたブタの顔が染め抜かれたエプロン、下半身は迷彩柄のカーゴパンツというメキシコマフィアも真っ青な風貌だ。今はドアに「休憩中」のプレートが掛かった店内には彼を含めて3人の異形がいた。
カウンターに2人。一人は少女。160センチメートルほどの身長に整った顔立ちと青い髪、黒いパーカーに青いジーンズといったストリートファッションに身を包んでおり頭には人間のものではない猫の耳が生えている。つまらなそうに雑誌を捲りながらコーラを飲んでいる。
もう一人は青年。身長180センチメートルの長身痩躯に黒髪。これといった特徴がないのが特徴といえるが全身黒ずくめの服は一般的に行ってファッションセンスを疑われるだろう。クーラーの効いた店内でも暑そうに唸っている。
「クソあちぃな。ここクーラー効いてんのかよグレコ?」
黒ずくめの青年、黒霧明楽は今にも消えそうな声でカウンターの中でグラスを拭いていた男、グレゴリオに声をかける。
「故障中だ。それにお前、そんな服、着てるのが悪りぃ。そして、お代わり無料のアイスコーヒーをずっと飲んでるようなやつぁ客じゃねぇ」
「ツレねぇこというねぇ親友~。俺たちの仲じゃねぇかよぅ」
「あんた達、喧嘩するようなら河岸変えてやっとくれよ。もっと暑苦しくなるじゃないか」
そこに店の奥から出てきたのは一人の老婦人。着物と割烹着に身を包んだこの店には似つかわしくない服装だが妙にしっくりとくる。髪は銀と呼んで差し支えない見事な白髪。刻んだしわは年輪のようだ。ひっつめにした頭の側面からは羊のようにねじれた角が伸びている。
「斎藤の奥さん、コイツに言ってやってくだせぇな。親友の俺のためにクーラー一つ直しちゃくれねぇんだぜ?」
「嬢ちゃん、お代わりどうだい?奢るよ」
「大丈夫。奢らせるのも悪いし」
「無視してんじゃねぇよ!ったく・・・」
そのまま手元に残っていたアイスコーヒーのガブリと飲み干し氷を嚙み砕き飲み込むとテーブルに勘定を置いて立ち去る。
「しょうがねぇから彼女に慰めてもらってくるわ。そろそろ時間だしな」
アンティーク調の扉を開けると、真夏とは思えないさわやかな風が吹いた。耳にかかった髪が揺れる。一度、息を吐きだすと歩き出した。
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所変わりまして秋葉原地下鉄前の小さな公園。数年前は風情ある空き地だったが今はコンクリ固めの面白みのない公園になってしまっている。そこで少女が待っていた。
白いワンピースに身を包みベレー帽をかぶり、足元には大量の本が詰まった紙袋。眼鏡と黒い三つ編みが知的な印象を与える。こちらを向くと、
「あ、来た来た。見てよ~こんなに買っちゃった!」
明楽は少しあきれたように苦笑した。
「ま~た金欠になっちまうぜ。この間俺に金借りに来たのはどちらさんでしたっけ?」
「そ、それとこれとは別だよ。年上でお金に余裕あるくせにそういうこと言わないで」
「へいへい、わかりやしたよ。ほら、袋貸しな」
そんな会話とともに彼女の紙袋を持つ明楽。そこに寄り添うように歩く彼女。
黒霧明楽 吸血鬼種 御年150歳
石田翔子 人間種 御年18歳
異形と人間の稀有な恋愛模様をご覧あれ




