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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

淫獣ロドリゲス

作者: ジョン猫山

もうすぐ夜が明ける。

高層ビルが立ち並ぶオフィス街は怒号に包まれていた。ビジネスマンがひしめき合う日中の喧騒とも異なる、いささか異様な光景だった。


「淫獣を完全に包囲しました!!」


「手を上げろこの淫獣め!!」


何百という警官隊の声とサイレンの音が街中に響き渡る。



淫獣と呼ばれる『それ』を取り囲む警官隊。パトカーの横に立ち、その様子をじっと凝視し続ける男がいた。そのトレンチコート姿の初老の男に伝達役の警官が駆け寄った。

「淫獣の動きを止めることに成功、捕獲作戦を継続します!!」

警官隊の責任者と思われる男は報告を聞いた後、表情を変えずにこう言った。

「撃て、淫獣を」

「し、しかし部長・・・!!」

「構わん、淫獣を撃て」


男の命令で、その場に吹き荒れていた感情の嵐が一瞬にして静かな、しかし明確な殺意に変わった後、無数の銃声が高く低く鳴り響いた。


ターン、ターン、ターン。


「(淫獣淫獣うるせえな・・・。

  よりによって淫獣ってなんだよ)」


ターン、ターン。


「(俺はロドリゲスだ)」


ターン・・・。


そして、時が止まったかのように銃声が止んだ。

淫獣と呼ばれた『それ』は数秒間立ち尽くし、その後スローモーションのようにゆっくりとした動作で背中から倒れていった。誰もが息を潜める静寂の中、後頭部が地面に当たる鈍い音とともに頭が一度バウンドし、そして完全に動かなくなった。





「おーい!!ロドリゲス!!大丈夫かい!?」

呼ぶ声に促されるように目を開けてみた。その瞬間、強烈な光の束が目を襲った。

「(ここは何処だ?)」

少しづつ慣れてきた目で辺りを見回してみたが、後頭部に感じる激しい痛みのせいか意識がまだはっきりしない。ただ、先程の自分の哀れな最期だけは鮮明に頭に残っているので「天国ではない」ということだけは理解できた。

「(この強い光は・・・まるでサーチライトのような・・・)」

「おっ、気がついたかい?」

声の方を見ると白いシャツにジーンズ姿の眼鏡を掛けた若い男が心配そうに俺を覗き込んでいる。

「(誰だこのメガネは)」

他にも、ヘッドホンを付けた男が数人、スーツを着た女の姿が目に入った。その人間達はしばらくのあいだ俺の顔を不思議そうに眺めた後、何やら小声で話し合っていた。しばらくして、スーツ姿の女が確認のようにメガネに声をかけた。

「このまま続けても大丈夫なのかしら?」

「うーん・・・どうでしょうか」

「しっかりしてよ。あなた、相棒でしょ」

「はっ、はい!おい、ロドリゲス!」

「(なんだよ)」

「イスから転げ落ちた時に頭を強く打ったみたいだけど・・・具合はどうだい?」


イスから転げ落ちた時に頭を強く打った、だと?


「(・・・まだ少し痛いぞ)」

「うーん、そうかぁ。じゃあ少し休んでからのほうが良いかな」

「(ああ、そうだな・・・って、おい!)」


こいつ、俺の言ってることが理解できるのか!?

最期まで誰にも理解されなかったこの俺を!?

このメガネはいともあっさりと理解しているというのか!?


俺とメガネはその場を離れ、スタジオ内の壁際にあるベンチに席を移した。メガネはすぐ横に設置された自動販売機でジュースを2本買い、穏やかな笑顔のまま1本を俺に手渡した。


「(おいメガネ!!これはいったいどういう状況なんだ!!)」

「状況って?」

「(俺はさっき警官どもに撃たれて死んだんだぞ!!)」

「頭が混乱してるのかなぁ」

「(ここは何処だ!!俺はいま何をしているんだ!!)」

「・・・いいかい、ここはテレビ局の収録スタジオ」

「(収録!?何の!?)」

「『お兄さんとロドリゲスの新作AVまるかじり』のコーナーだよ」


メガネによると『お兄さんとロドリゲスの新作AVまるかじり』は深夜のバラエティ番組『今夜も眠れま千円』の中で特に人気のコーナーだそうだ。巷では俺とメガネのキャラクターグッズまで売られているらしい。そんなもん誰が買うんだよ。


「ねえ、そろそろ再開してもいいかしら?」

先ほどまで俺達がいた場所からスーツの女が呼んでいる。





「お疲れ様でしたー」

AVを眺めながら、やたらとハイテンションなメガネに適当に相槌を打っているうちに収録は終わってしまった。ただ、いつもの俺はメガネ以上にハイテンションらしい。

番組の関係者達がひとり、またひとりと撤収していく中、俺とメガネも楽屋に戻った。

「(つ、疲れた・・・)」

メイク用の椅子に腰掛け、大きな鏡に映る自分を見つめた。その姿は間違いなくあの夜、ビルのガラスに写った獣の姿だった。

「お疲れ様。なんとか無事に終わって良かったね」

「(ああ。状況が状況とはいえ、仕事は仕事だからな)」

「さすがプロだね」

「(いやいや、お前のサポートのおかげだよ)」

俺の言葉にメガネは軽く微笑み返した。どういう人物かはまだ分からないが、この男の笑顔は好きだと思った。


「さてと」

メガネは立ち上がり、帰り支度を始めた。

「ロドリゲスも早く着替えなよ」


着替える・・・?


「(着替えるって何言ってんだお前!!着ぐるみじゃあるまいし!!)」


と、振り返りつつ鏡に写った自分の背中を見ると、チャックが付いていた。


「(チャック!!)」


頼むからちょっと一人にしてくれないか、とメガネを楽屋から追い出し、深呼吸をひとつした。


自分の背中にチャックを発見したことにより整理半ばの記憶がさらに混乱してしまった。

『淫獣』と呼ばれ忌み嫌われた『俺』は警官隊に取り囲まれて射殺された。『ロドリゲス』と呼ばれる『俺』は深夜番組に出演する人気者らしい。では、この『淫獣ロドリゲス』の着ぐるみを着ている『俺』はいったい何者だ?


俺は震える手で背中のチャックに手をかけた。内臓が出てきたら嫌だな、と思いつつ。

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