六話
訪れた場所はデトックスの本部。晋揶が働いている場所だ。芙蓉はきょろきょろとしていると女性に声を掛けられた。
「何か御用ですか?」
「あ、あの…えっと…こ、心莵晋揶…さん、っていますか?」
「心莵さん?何か特別な御用でも?」
女性が少し警戒したように尋ねてきた。
「あ、いえ…その…。特にないです…。ごめんなさい」
芙蓉がそういうとますます警戒した様子の女性が何かを問い詰めようとしたとき、晋揶が声を掛けてきた。
「何しているんだ、お前。こんな所で」
「お父さん…!」
「え、む、娘さん…!?」
驚いた風の女性に晋揶は軽く会釈と挨拶をすると女性は焦った風を見せながら立ち去っていった。そんな父の姿を見て芙蓉は今まで堪えていたものが決壊しそうな予感がしたため思わず父の腕の中に飛び込む。
「…?どうした、芙蓉」
「私…わからない…。怖いよ、お父さん…」
晋揶はその表情を緊張させ、芙蓉の肩を掴んで自分から少し話すと顔を覗きこむ。
「何が…あった?」
晋揶の問いかけに芙蓉は首を振るだけ。晋揶は少し困った表情をしつつ、奥の部屋へ連れて行く。相談室と書かれた札のある部屋に入ると晋揶は使用中の札を下げて芙蓉をソファに座らせる。
「話せるか?」
「怖い。何が何だかわからないものほど怖いことってないよ…お父さん」
震えた声で話す芙蓉に晋揶は困ったといった表情で唸る。
「何があった、芙蓉。落ち着いて話せ」
晋揶の優しげなその声に芙蓉は震える。果たして彼らの事を言って良いだろうか。彼らのことを言ったら晋揶はすぐさま殺しに行くだろうか。
「殺して欲しくない…」
半泣き状態の芙蓉はぼそっと言う。それを拾った晋揶は不思議そうな顔をする。
「何を…?」
「わからない…でも嫌だ…っ!」
「……。落ち着け、芙蓉。話が全くわからん」
晋揶はそう言ってお茶を一杯用意してくれた。それをゆっくりと飲むと芙蓉はふっと一息つく。目が赤く晴れて重たいまぶた。
「…デッドリィ=ポイズンを……」
芙蓉は小さな声で晋揶を見上げるように言うと晋揶は酷く驚いた顔をした。
「ごめんなさい!私…でも…」
動転している芙蓉をしばらくの間見下ろした後、晋揶は着いて来いと言って部屋を出て行く。呆然としつつもはっとしてその後を追う芙蓉。
デトックス本部の地下深くへ芙蓉は晋揶につられて移動していた。本部にこんな地下があったことを今初めて知った。
「殆どの連中も知らんさ。正直ここの本部部長も知らん」
「…はい?」
晋揶のとんでもない発言に芙蓉は固まった。
「ん…。実はな、ここは俺達が特別に作った場所なんだよ」
「……お父様、仰っている意味がさっぱりわかりません」
「だろうな」
混乱の域を超えた芙蓉はその混乱の現況の背を見詰め続けた。
しばらく地下通路を行くと小さな扉があった。ポケットから鍵を取り出した晋揶はそこをあける。
「えっ…?」
そこは牢屋。それもちょっとしたものではなくかなり大きい。
「デトックスの本部からこんな所に繋がっているなんて…」
驚きを隠せない芙蓉。それも無理はない。そもそも警察組織と違ってデトックスの役割はデッドリィ=ポイズンの取り締まり。そして彼らは危険性故に即、射殺。だからこそ、デトックスにこのような収容する場所は必要とされていない。その牢獄の奥で蹲る者達の服装は皆それぞれ。別に囚人服といったものがあるわけでもなさそうだった。
「ここは…何?」
恐る恐る尋ねると晋揶はけろっと言ってのけた。
「全員デッドリィ=ポイズンだ」
「…は?」
我が父ながら本気で何を言っているのか理解できなかった芙蓉はぽかんとした。
「なんだ、晋揶。それは」
一人が声を掛けてきた。牢屋の中に居る割には随分な明るい声音。
「あぁ、芙蓉といって俺の娘だ」
そして捕らえた側とは思えない爽やかな回答。なんじゃ、こりゃ。
「お、お父さん…?」
「奴らには奴らの何らかの目的があるようだ。詳しくは全く教えてくれないがね。根は悪い奴らじゃない」
「………。すいません、一回ちょっと考えさせてください…」
「好きなだけ時間を使うと良い」
寛大な父の発言に甘えて考える。これは一体どういうことだろうか?何故デッドリィ=ポイズンの連中とデトックスの父が何となく親しげに話しをしているわけだ?根は悪くないっておかしいにも程があるだろうとか考えた結果。
「はい、意味がわかりません」
「考えるだけ考えてそれか」
少し呆れたように晋揶は笑った。
「幾らデッドリィ=ポイズンとは言え殺すことには抵抗があってね。ほらこれ」
晋揶の両脇には大抵いつも二丁の拳銃がある。その右側を持って芙蓉に渡す。
「それは麻酔銃。どんな生物でもほぼ一瞬で落ちるよ」
「…は?」
「ここにいる連中はほとんど俺が打った奴ら。まぁ本当の銃弾を打ち込んだ連中もいるから怪我人もいるが」
確かに見てみれば包帯をしている人も見受けられる。しかしそれはどう見ても致命傷になるような場所ではない。腕だったり足だったり。しかもそれのほとんどがかすり傷より少し深手といった具合らしい。
「なんで…」
芙蓉の声に反応して晋揶がふむと唸る。
「芙蓉が殺さないで欲しいといったから教えるために連れてきた」
晋揶は軽々という。混乱と驚きで戸惑う芙蓉の顔を見ずに晋揶は続ける。
「一体何を思ってそんなことを言ったのか、尋ねたところで答える気はなさそうだから俺も尋ねはしないが。ただこうしてデッドリィ=ポイズンを無闇に殺してはいない、ということを芙蓉に伝えたかっただけだ」
晋揶は優しく言うと腰に手を当てる。この体制はおおよそ、相手の出方を伺っているときの晋揶の待ち体制だ。芙蓉は眉間に力を入れながら牢屋の中にいるデッドリィ=ポイズンたちを見る。皆一様にこちらを見ている。その目はそれぞれの光を放ってはいるがうらんでいるようには見えなかった。
「…。お父さん。この人たちだけで話がしたいの。その…」
「退席ならしてやろう。扉の向こうで待っている。話し終わったら声をかけろよ」
晋揶はそういって芙蓉の返事も待たずに扉の向こうへ消えていった。
「ははは!良く出来たオヤジだな!」
誰かが言った。その声に振り返ると皆が驚いた表情をした。恐らくあまりの芙蓉の不安げな表情に驚いたのだろう。
「何でみんなは…ここでこうして笑っていられるの?外では貴方達の仲間が沢山捕まって…。お父さんでなければ殺されてしまうんだよ?!」
芙蓉の言葉に周囲は沈黙した。沈黙の後、一番手前にいた女性が小さく答えた。
「私は、つい最近ここに来たばかりだから正直良くわからないわ。あの男に確かに殺されたと思ったの。でも撃たれたのは致命傷ではなくて驚いた」
突然話し出したのは恐らくこの間晋揶が捕まえたといった女性のデッドリィ=ポイズンだろう。
「それでも私はいいと思ったのよ。恐らくここにいるほとんどの人がそう思っているわ。何故って、わかる?」
芙蓉は首を横に振る。女性は静かに笑った。
「みんな覚悟が出来ているからなの」
「覚悟?」
「死ぬ覚悟と生きる覚悟よ」
女性の言った言葉に酷くショックを受けた芙蓉。
「こっちは全力で生きている。それと共に私たちが行っていることが悪いことくらい百も承知よ。だからこそ、デトックスに殺される覚悟は出来ているの」
「そんな…」
「そして敬愛すべく我らが長のためにこの身を投げ打つ事だって覚悟しているのだから」
「…六椰真に?」
「……えぇ、そうね」
芙蓉は紫髪の少年の姿を思い浮かべる。
「貴女に比べてはるかに年下でしょう?」
芙蓉がそれを言った瞬間、周囲が凍った。
「何を…言っている…の?」
「私、貴女たちの長、六椰真と会ったんです」
「そんな馬鹿な!」
目の前にいる女性ではないほかの人が叫んだ。
「あの人が会うわけない!会ってもわからないはずだ!」
「教えてくれた。自分はデッドリィ=ポイズンの長だって」
芙蓉がいうと周囲は黙り込んだ。しんとした時間が過ぎる。
「彼はとても苦しそうだった」
芙蓉がそういうと全員がはっとした空気を流した。
「あなたたちも…同じように苦しいの?」
芙蓉の疑問に皆は答えない。黙り込んでしまって何も言ってくれない。
「あなたたちは何が目的なの?何が…?」
「…信用なら無いわ。本当に…」
「丹刻快という青年と一緒にいた。赤髪の」
「丹刻さんのことまで…」
周囲はどよめく。
「目的を教えてよ!どうしてなの?!どうしてそんな苦しい思いをしてまで人を殺めるの?!」
目の前の女性は俯いて喋らない。すると奥にいた男性が口を開いた。
「俺は笹貝圭という。キミは…芙蓉というのか?」
「…はい」
恐らく先程晋揶が呼んだから知っていたのだろうが、圭と名乗った彼はどっかりをすわり腕を組んでこちらを見ていた。
「六椰真に会ったのは本当みたいだが、何故そこまで気になるんだ?俺たちは悪い奴ら、対峙して当然の存在じゃないのか?現にキミは我々は朽ちるべきだと思っていたのではないのか?」
「なっ…なんでそれを…!」
「晋揶がそういっていた」
「お父さんんん!!!」
扉に向かって叫ぶ。何を言っているのだ、我が父よ。まさか、デッドリィ=ポイズンに対してそんなことをもらすか。
「それで芙蓉さん。どうなんだい、俺たちは…」
「それでもダメだと思いました!というか、目的が知りたいと思いました!」
「はは、率直だ。真が気に入る理由がわかるな」
圭は笑って肩を揺らす。
「だが、はっきり言ってここでどれだけ芙蓉さんがここで喚いたって騒いだって泣いたって怒ったって喜んだって…とにかく何をしたってここにいる連中は『何がしたいか』の回答をくれるような奴はいないよ」
圭は堂々と言う。まるで芙蓉がいる側のほうが牢屋の中のようだった。どっちがつかまっているのかわからないくらいの錯覚を得るくらい、圭には自信と風格が存在した。
「わかったら出て行くんだな」
「ならもう一つ聞かせて」
何度問いかけても答えてくれない相手に縋りつくほど芙蓉はしつこくない。なら別の質問を尋ねるのが一番だ。
「今、人が苦しんでいるの。貴方達がやっていたこととはまったく別の、数日間の猶予を与えて生かすけれど結局死んでしまう現象が起きているの。それは何故?」
半数ほどが驚いた顔をし、半数ほどが沈んだ表情をした。
「どういうことだ?」
圭が不思議そうな顔をして尋ねてきた。
「…知らないの?」
芙蓉がたずねると手前の女性が声を発した。
「あの辺の連中はそれが盛んになる前から捕まっているから知らなくて当然ね。でもアレは私たちの意志ではないわ。恐らく…裏切り一派よ」
「ほほう。奴らついに動き出したのか。真に見つかったら相当怒られることを覚悟の上ってか」
「知らないわ。でも何故か六椰さん、見つける事が出来ないみたい。うまいこと隠れているらしいわ」
「なんだ、真が見つけられないのか?快もいながら情けない」
「そんなことを言ってもね…」
「あ、あの…、私を忘れないでください!」
完全に二人の独擅場となっていた会話を芙蓉が切る。
「あぁ、すまんな」
「ごめんなさいね。つい熱くなってしまって」
女性がここに来て初めて笑った。
「不思議な子だわ、あなた。いい子ね。私は鏡野冴。よければ覚えておいて」
冴は小さく笑った後肩を竦めて壁にもたれかかった。
「私らの中でも裏切りをもくろむ変なやからがいてね。前から六椰さんが随分押さえ込んでいたけれど…どうやら暴発したようね」
「…何かの目的があって人を殺めているんですよね…?」
「……今更隠しても仕方ないからそれにだけは肯定と答えるわ」
「なら…彼が救おうとしているということはその裏切り者さんたちがやっているのはその…いわゆる対象外ってこと?」
芙蓉の質問に笑いながら圭が是と答えた。
「さ、変な勘ぐりはよしな。晋揶ですら首を突っ込まないほうがいいと判断したくらいなんだからな。ま、実際に突っ込んでこないかは知らんがな」
圭は笑って扉を指した。
「もうお父さんを呼びな」
「…」
芙蓉は納得がいかないなりに仕方なく扉を開けて壁に背を預けていた晋揶に声をかける。
「…一応話し終わったよ」
「そうか。何かつかめたのか?」
「何も。むしろ遠くなってしまった気がする」
それに晋揶は小さく笑って頭を数回叩くと牢屋にいる人々に声をかけて扉を閉め鍵をかける。
「さ、上に戻るぞ」
「……うん」
芙蓉はそうしてデトックスの本部へ戻った。