五話
休日。芙蓉は家でソファに座り暖かい暖房の元ぬくぬくとしていた。晋揶はテレビを最近気にしているようでしょっちゅうテレビを見ていた。
「お父さん、最近これ多いね」
「そうだな…」
芙蓉が復活、そして美香子の父、文久が復活という事件がたてついてからと言うもの、デッドリィ=ポイズンの行動が盛んになってきた。それに伴い、その毒素をいつの間にか中和し復活する人も増えてきた。一体それが何なのか、さっぱりわからない。
「ま、お前が全部やっているわけじゃないだろう?」
「当たり前でしょう!学生生活をしている私に何ができるのよ!」
「…この前学校サボったらしいな」
「………なぜご存知?」
「さて、何故だろうな?」
「当然、学校から連絡ありましてよね?」
「わかっているようで何よりだ」
美香子の父を救いたい一身でフードの彼を探しに学校を飛び出した。あの日は文久復活と言うことで学校側もあたふたしたのだろうが、落ち着いてみれば心莵芙蓉が学校に来ていないという不安を覚え、きっと晋揶に連絡をしたのだろう。
「ま、きっとあの丸薬でも探していたんだと思えば納得せざるを得ない、からあまり説教するつもりはないよ」
「さすがお父様!」
芙蓉はパチパチと手を叩きながら笑う。晋揶は溜息をついていたけれど。
その日の午後、随分と陽気もよく、出かけることにした芙蓉はテレビと新聞にかじりついている父に声を掛けて家を出た。
散歩しているとあちこちに残った先日の雪で遊んでいる子供達をたくさん見かけた。それでも以前に比べてはるかに少ない。何処にデッドリィ=ポイズンがいるかがわからないのが大きな原因だろう。大人も子供も今の生活には不安を抱えている。よってこの街からは随分の人が引っ越したと聞いている。残っている人たちは経済的な面でここにいるのか、はたまた自分は…そんな事を思っているのか、詳しいことは勿論わからない。芙蓉はそんな街を散策した後、結局その足を自分の家へと向かわせる。
家が見えるとこまで来て芙蓉はその足を止めた。
「あ…れ?」
どこかで見たことがあるような、でも全く見たことのない少年がいえの前にいた。紫色をした髪が風に遊ばれてその少年は芙蓉の家を見上げている。
「あっ!」
思わず大きな声が出て少年が此方を向く。それから尋常ではないほど驚いた顔をして固まった。芙蓉は彼の元へ駆け寄った。
「あなた、薬くれた人だよね?!私とそんなに年齢変わらない感じだね!この間はありがとう!美香子のお父さん、元気になったよ!」
芙蓉がにこやかに言うと彼は至極困った表情であたふたしていた。
「どうしたの?」
「いや…それより、キミはどうしてここに…?」
「え、ここ、私の家」
「え……」
少年の顔が青ざめたのがわかった。一体何故そんな顔をするのかわからないが、とにかく命の恩人の顔を拝むことが出来てどこか満足する芙蓉。
「芙蓉?」
家の中から晋揶が顔を出す。少年ははっとしてフードを被って立ち去ろうとする。
「あ、待ってよ…!」
芙蓉が腕を掴むと困った様な呻き声を出す。
「…誰だ、それ?」
「えっと、何て言ったら良いかなぁ…」
「…?俺はちょっと出かけてくる。近くで事件が起きた」
「あ、うん」
晋揶はそう言って私服のまま出かけていった。流石にオフ中にデトックスの制服は着ないのだろう。見送った後、芙蓉は少年へ言う。
「ねぇ、うちによっていってよ。お礼とかしたいからさ」
「いや…あの…」
「何、ナンパ?」
聞こえた声は丹刻快のもの。
「違うよ!あ、丹刻さん、この間はどうもでした。助かりました!」
「快でいいよ。そうか、それは良かったね。おい、いつまでここにいるつもりだ?」
後半は少年に向けての言葉。彼は至極困ったように俯いていた。そのまま彼はさっさと快の隣へ移動して小さな声で何かを言っていた。
真は快の隣へ行って耳打ちをする。
「顔…見られちゃった…」
「わっほぉい!?なにしているの?!」
驚きの声を上げるのも当然だが。芙蓉は疑問そうな顔をしていた。
突然声を上げた快に芙蓉は首を傾げつつも、二人になんとしても礼がしたくて家へ招く。
「…俺はどっちでもいいけど…お前は?」
「…ボクは……」
快はにやりと一度笑ってから少年、六椰真へ耳打ちをする。何を言ったのかは芙蓉には当然わからないが、どこか納得したように真は頷く。
「わかった…。では少しだけお邪魔させてもらうよ…」
その回答に芙蓉は機嫌よく笑う。
家に招いた二人にお茶を出す。快はどこか真の様子を気にしている。
「へぇ、きれいにしてるもんだね」
「快!失礼…!」
真が叱責するが、芙蓉はそれを笑って返す。
「お父さんが綺麗にしろってね。あんまり散らかっていると怒られちゃう」
「へぇ?お父さん、厳しい人なんだ?」
快がニヤリと笑う。芙蓉は肯定もしたが否定もする。厳しいがうるさいわけではない。その辺の節度はわきまえている。そんなこんなしている内に晋揶が帰宅してきた。
「ん?客か」
「あ、うん。そうなんだ」
芙蓉は少し罰が悪い気がしながらもそれを肯定する。晋揶はその視線を真で止めた。
「……ん?」
「どうしたの、お父さん?」
「…いや……なんでもない」
晋揶はそういって自室へ戻っていった。芙蓉は首を傾げつつ、ソファに腰を下ろした。
「アレが…芙蓉ちゃんのお父さんかぁ。すごいな」
快がどこか納得したような口調でそういった。その意味が芙蓉には全く理解できず、怪訝な表情をすると真が突然立ち上がる。
「どうした?」
「…やっぱり帰ろう。ここにいるのはダメだ」
「ほっほぉ~?」
真の言葉に快が奇妙な声を上げる。
「ま、いいでしょう。何となくわかったし」
「何を…言っているの?」
「いいのさ、気にすることじゃない」
快も立ち上がる。
「え、もっとゆっくりしていけばいいのに」
「いや、ここは引かせてもらうよ…」
真は小さく頭を下げると玄関へ向かった。
「あ、そういえば名前を聞いていなかったよ、なんていうの?」
「…知らないほうがいい。知ってしまったらキミはきっと酷く傷つくことになるよ」
真はそれだけしか言わなかった。
部屋に入ってきた心莵晋揶は確実に真でその視線を止めた。そしてその視線は真自身も感じ取っていた。フードを深く被っていたとはいっても感じるその視線。鋭さ。晋揶は真から何かを恐らく感じ取っている。その事が恐ろしかった。真はさっさと芙蓉の家を出た。玄関で見送った芙蓉にも曖昧な回答を返して玄関を急いで出た。
「慌てているな、大丈夫か?」
「…すこし焦っている。心莵晋揶、やっぱり普通じゃないなぁ…」
真がそんなことをぼやくと、上から声が聞こえた。
「助けてくれてありがとうな?」
「え?」
真が見上げると、芙蓉の家の二階窓から晋揶が窓枠にひじを突いて見下ろしていた。
「何のことだよー?」
快が声を張って叫ぶ。晋揶は指で輪を作って笑う。
「娘に薬をくれたのはあんたらだろう?礼を言うよ」
それに快が否定の言葉を言おうとしたが晋揶はさっさと窓の向こうに頭を引っ込めてしまった。
「…おいおい、どういう神経しているんだ、あいつ…」
「何故ボクらだとわかったのだろう…」
「やっぱりアレだろ、デトックスの勘って奴?」
真は黙り込んで俯いたまま拳を握り締めていた。快はその様子をただ見ているだけしか出来なかった。
芙蓉は誰もいなくなった部屋でぽつんと考え事をしていた。嫌な予感と言うものが芙蓉の中で渦巻く。デッドリィ=ポイズンの毒を解毒できる薬を幾つも持っている二人組み。片方は名前を明かすことが出来ないという少年。想像したくないけれど、まったく以って想像できないことだけれど。もしかすると彼らは…。芙蓉はその思考を頭から振り払う。
「あんなに良い人たちなんだ…。まさかデッドリィ=ポイズンの仲間なんて事はないでしょう…」
芙蓉はそう言って立ち上がる。
芙蓉はある雪の降る中、買い物に出ていた。オフだった晋揶がデトックスに呼ばれて本部へ向かったため、休日で学校が休みの芙蓉が買い物に出ることにしたのだ。その途中、曲がり角を曲がってきた男性と激突した。
「あ、すみません」
「こちらこそ、ごめんなさいっ!」
急いで謝ってその男性を通過する。ぶつかったその男性は前にどこかで見かけたような気がしたが気のせいだったかと思い歩き始めた。スーパーに着くごろから呼吸が苦しくなってきた。その途端、嫌な予感が頭をよぎった。
「こ、この感じ…」
早々に息があがりどこか苦しくなる。芙蓉はその嫌な予感が的中していることを感じつつ、スーパーには入らず、急いでデトックス本部へ向かおうとした。しかし、途中でその足を止める羽目となった。苦しい、息が出来ない。このまままたあの激しい嘔吐感が襲ってくるのかと思うと頭が壊れてしまいそうだった。そして誰にも知られることもなくこの人気のない路地で死ぬのだろうか。
「命は繋いであげるから…」
後ろから聞こえてきた優しい声音。芙蓉は振り向く力もなく悶えていた。そして急にふっと身体が楽になるのを感じて急いで振り返った。フードを被った少年。
「あ、あなた…」
「…本当はこんなことしたくないんだ。でも、関係ない人を巻き込むような事はしたくないんだ。だから助けたけど…。キミは…どうやら心底狙われてしまっているようだね。これをあげるから飲んでおきな」
彼から渡されたのは今までとは違う丸薬。
「これは…?」
「…薬、だよ」
彼はそういうと踵を返した。はっとした芙蓉は彼の腕を鷲掴みする。
「誰!?あなたは誰なの?!何なの?!」
「知らないほうが良いって…」
「知りたいよ、あなたは…私を助けてくれたんだもん…」
芙蓉がそういうと彼はすっかり黙り込んでしまった。
「ボクが何者か…?」
「うん…」
「知ったら二度とキミを助けてあげる事は出来なくなるよ?」
「どうして?」
「きっとキミはボクを避けるからだよ」
目の前の少年が放ったその言葉で芙蓉は自分が想像していたことの確実性を得た気がした。
「デッドリィ=ポイズン…だから?」
芙蓉が漏らしたその言葉に彼は苦しそうな表情をした。それから小さく頷いた。
「それだけじゃないよ」
「え?」
「ボクの名前は六椰真…」
「…え?」
信じられない言葉に芙蓉は我が耳を疑った。今、なんと?その名はデッドリィ=ポイズンの長の名前ではないか。
「どういう…こと?」
「そのままの意味だよ。ボクはデッドリィ=ポイズンの長だ。無残にも人を惨殺する…最低の殺人鬼だ」
彼の言ったその瞳があまりにも悲しそうで芙蓉は混乱する。彼の…六椰真の発言に戸惑う芙蓉。もっと…酷い姿を想像していた。人の命なんて何とも思ってない残虐な姿。しかしどうだろう、目の前の少年は。人と触れ合うことを恐れた目をする怯えた少年。
「どうして…?どうして人を殺すの?」
「…それがボクらに課せられた仕事だからだ」
「あなたは長なんでしょう?!だったら…」
「デッドリィ=ポイズンっていつから存在しているか知っている?」
「え?」
「ボクは四代目の長。引き継いだからには完遂しなければならない理由がある」
真は強くそう言った。それでも心のどこかでそれを恐れている。その姿があまりに辛かった。芙蓉は何かこみ上げてくるものをぐっと堪えて落ち着いて言葉を選ぶ。
「どんな理由があっても…人を殺すなんて事…してはいけないよ…」
「ならその言葉をそっくりそのまま、キミの父親に返そう」
真から放たれた辛らつな一言に芙蓉は愕然とした。以前、晋揶も言っていたことではあるが。
「ごめん、ひどいことを言った。彼は特別だったね…。でもボクらの仲間だって大勢殺された。デトックスにね」
謝ってきた真の特別だといった意味が理解できなかったが、今それに頓着しているほど芙蓉に余裕はなかった。
「それでも…それでもあなたたちは…」
「ボクらが何の理由もなしに人を殺している、と言いたいんでしょう?世間がどういおうがボクらは構わない。自分たちのやるべきこと遂行するまでだからね」
真はしっかりとした目で芙蓉を見据える。そしてその視線を少し外してトーンを落とす。
「でも最近の彼らの行動には参っているけれど…」
「…え?」
「……即死させない連中さ。あれは…ボクらの掟に反している。だから見つけて……、いや、こんなことキミに話すようなことではないね。ごめん。それじゃボクはもう行くよ。その薬、信用ならないかもしれないけど一応飲んでおいてね」
真はそう言って立ち去る。芙蓉は追いかけることすら出来ずにその場に放心していた。