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ポイズン  作者: ノノギ
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四話

「芙蓉、入るぞ」

考え事をしている間に眠ってしまっていた芙蓉は父のその声で目を覚ました。入ってきたのは父ともう一人。

「浪能さん…?」

晋揶の仕事仲間。つまりはデトックス。

「やあ芙蓉ちゃん。久しぶりだね。具合はいいのかい?」

「はい、もうすっかり」

デトックスの組織図として頂点に所長が存在し、その下に副所長、そしてA所、B所、C所となっていく。晋揶はB所。浪能と言う彼はA所で働いている。

「デッドリィ=ポイズンの症状、本当に出ていたのか?」

「間違いない」

浪能の言葉に晋揶は確信を以って答える。無論、疑うような発言こそしたが、浪能とて晋揶の言葉を疑ってはいない。つまりはそのくらい、芙蓉が回復しているということだ。

「一体何故…」

「詳しいことは聞くな。だが現に回復はした。不可解すぎて困っている。だからお前に来てもらったんだよ」

「処理係か、俺は」

「そのつもりはないが」

二人は悠々と会話を続ける。しかし二人とも芙蓉を凝視している。正直居心地悪い。

「あの…」

「あ、ごめんよ、芙蓉ちゃん。本当に…元気?」

「はい…」

あまりに疑われると自分でもよくわからなくなってくる。浪能は不思議な表情をしつつも、こう発言した。

「よし、このことはなかったことにしよう!」

「…え、いいんですか!?」

「俺もその方が助かる」

「お父さんまで!?」

浪能のきっぱりした言葉に晋揶まで賛同したため芙蓉は驚愕の声を上げる。

「お前が何かを隠しているのが悪い。それがなければ何も問題ない」

「うっ…」

痛いところをつかれて黙り込む芙蓉。それを見下ろす晋揶と浪能。

「ふう。仕方ないな。わかった、この件は俺が預かる。なかったって方向に」

「すまんな」

「いいって。晋揶には随分世話になったしな。これくらいは」

浪能はにっこりと笑って部屋を出て行く。それについていく晋揶。

「デトックスは言ってからは蓮眞に世話になってばかりだと思うがな」

そんな旧友同士の会話をしながら二人は部屋を出て行った。浪能蓮眞。立場こそ、晋揶のほうが下だが、学生時代からの旧友でどちらかと言うと彼のほうが晋揶には頭が上がらないらしい。詳しいことは芙蓉も知らない。

 お昼頃、晋揶が昼食を持って部屋に入ってきた。

「具合、本当に大丈夫か?」

「うん、もうすっかり。死ぬかと思ったけど」

「冗談抜きで俺は本気でそう思ったよ…」

流石に今の状況でそれは冗談にならないらしくて晋揶は肝を冷やしたような顔をした。

「ごめん…」

「なぁ芙蓉」

晋揶は芙蓉の要るベッドに腰を下ろして片手をベッドについて芙蓉に向かう。

「本当に…言えないのか?あの丸薬のことを。俺にも」

「…うん」

約束だから、それすらもいえない。当然のことだが、誰かから貰ったという事実がこの一言で明確になってしまう。それはきっといけないことだ。芙蓉は俯いて謝罪の言葉を述べる。

「そうか。まぁ、その、なんだ。無理に聞くつもりはないが。悪いものではなかったわけだしな」

「…ごめんなさい……」

「何度も謝るな」

晋揶はそう言って部屋を出て行った。昼食をほおばりながらはて、これからどうしようか思案していた芙蓉の頭をよぎった一人の泣き顔。

「美香子!」

そう、彼女の父がデッドリィ=ポイズンの毒を喰らって確か死の宣告を受けている。もし、芙蓉に効いたあの丸薬がまだあれば、彼を救うことが出来るかもしれない。芙蓉は思い立ったが吉日といわんばかりに外に出かけようとして当然のように父に止められるのだった。

「お前、そこまで頭が悪かったか?」

呆れたように晋揶が言うので頬を膨らませながらもしゅんとする。

「だって…。美香子のお父さんが…」

「…だからといってお前が行ってどうする。何になる。もうあの丸薬はないんだろう?それともとってくるのか?そういうのなら俺はお前を尾行しなければならなくなるぞ」

はっきりといってくれたことに感謝しつつ芙蓉は黙り込んだ。晋揶が尾行すれば芙蓉など撒くことは絶対に出来ないわけで仕方なく、大人しく部屋に戻った芙蓉。確か一週間と言う猶予があったはず。だからまだ日としては余裕がある。そんな事を思っていた甘い考えを近いうちに芙蓉は後悔する。

 学校を休んだ美香子。それもそのはず、今日が丁度一週間の日だから。芙蓉はそれを思って慌てて駆け出した。学校のことなんてそっちのけで。友人の父が死にそうなのにじっとなどしていられるわけがない。ただひたすら走った。あのフードの彼はどこかにいないだろうか。

「痛っ!」

「おっと、ごめんよ」

曲がり角を猛進したために人と激突した。ひっくり返りそうになった芙蓉の腕を優しくもしっかりと掴んでくれた誰かがいる。

「いたた…あ、いえ。此方こそすみませんでした」

芙蓉は体制を整えつつぶつかった相手を見た。僅かにピンクみがかった赤い髪の青年。眼鏡をかけた彼は優しそうに微笑んでいた。

「おろ?」

「はい?」

「もしかして芙蓉ちゃんかな?」

突然名前を言い当てられて驚いた芙蓉。固まっていると彼は笑う。

「ごめんね、俺は丹刻快。つってもキミは俺の事知らないしね。自己紹介してもどうしようもないか」

「あ、あの…え?」

「ごめんごめん、急いでいるようだったけどどうしたの?」

「いや、あの…なんで私の名前知っているんですか…?」

この寒い時期に薄手の長袖だけしか来ていない彼を不思議に思いつつ、快と名乗った青年を見上げる。優しげな目はどこか面白そうに笑っていた。

「知り合いがキミと知り合いみたいだからさ。話を聞いていただけ」

「えと…誰でしょう?」

「誰、ねぇ。たぶん名乗ってないんじゃないかな?」

「え?」

芙蓉はここで急激に腹の底が冷えるような感じがした。

「も、もしかしてフードの人ですか?!」

「おっほ、理解早っ!」

彼のその言葉は芙蓉の言葉を肯定している。芙蓉は彼の服を掴んで叫ぶ。

「お願いです!私の友人の父が今日、死んでしまうんです!助けてください!」

突然の芙蓉のその申し出に快はぽかんとした様子を見せた。

「何?どういうこと?」

「デッドリィ=ポイズンにやられているんです!私を助けてくれたあの丸薬なら…!だからお願いです!あなたは…あなたは持っていますか?!」

「デッドリィ=ポイズンの毒素を抜く方法のことを言っているのか?できるが?」

快はどこか不敵な笑みを浮かべてそう答えた。

「えっ…!?本当に!?なら…」

「やらんぞ」

「え?」

「俺は奴ほど甘くもないし優しくもない。一緒にしないで貰おうかな?」

非道な彼の言葉に芙蓉はぐっと詰るものを感じる。それからそれを解き放つように叫ぶ。

「助けて欲しいの!お願いします!」

「…ったく。名前は?」

「え?」

「その死にそうな奴の名前だよ」

「あぁ…えっと、文久さんだったと思います。夏導文久さん」

友人の父の名前まで的確に覚えてなどいない。でも確かあっているはず。

「ふみひさ…ねぇ。えっと…」

快は何かを考える動作をしてしばらくの間動かなくなってしまった。その様子を怪訝そうに見詰める芙蓉は内心酷くあせっていた。今日、いつ死んでしまうかわからない友人の父が念頭にあるためどうにも気が焦る。

「該当なし、か」

「え?」

突然そんな事を言う快。そしてどこか面倒臭そうにポケットから携帯電話を取り出す。そしておもむろにどこかに電話を掛け始めた。

「…おう、俺。フヨーちゃんから依頼だよ。ん?俺がそんな事で電話するわけないだろう?該当者外だよ当然。そそ、そゆこと。んじゃ場所はわかるだろう?待っているから」

快は電話を切って腕を組んで壁にもたれかかった。

「少し待っていな」

快はそれだけ言って眼を伏せてしまった。芙蓉は不安と焦りであたふたしていた。

 しばらくするとあのフードの彼が姿を現した。

「え…?!」

「来た来た。おう、お疲れ」

「何を呑気な…。これじゃ万屋と間違えられそうだよ…。ボクらは奉仕でこういうことをしているんじゃないよ…」

「何言っているのかな?それは俺がよくわかっていることさ。それが出来ていないのはお前のほうだろう」

快が悪戯気味ににやりと笑うとフードの彼はくっと俯いた。

「それで?」

事情を求めてきたので芙蓉は急いで説明をする。すると彼はしばらくの間考えるそぶりを見せた。それから長いローブの中から白い手を出してきた。

「これ、あげるから…」

少し困った様な声ではあったが彼はそう言って例のあの丸薬を芙蓉にくれた。

「ありがとう!これで助かるんだよね?!」

「わからないけどね。話からするともう随分と時間が経ってしまっているから…」

「え?どういうこと…?」

フードを深く被る彼は申し訳無さそうにそんな事を言った。芙蓉はそれに驚きで返すことしか出来なかった。彼はそれきり黙り込んでしまって次を喋ってくれない。痺れを切らしたのか快が口を挟む。

「つまりは死ぬか生きるかわからないってことさ。死ぬ可能性のほうが高いって事。ま、直接見てやれば別なんだろうケドナ」

「快!」

快の言葉に少し怒ったような口調で彼が叫ぶ。

「悪かったよ、口が滑った」

「滑ったどころの話じゃないよ!」

怒った彼の声はとても若い。まぁ身長も低いわけだが。快は飄々と笑っていた。

「ほら、急げよ。こうしている間にも手遅れになるかもよ?」

快のその言葉に芙蓉はバネのように走り出した。向かう先は病院。

 残った二人はその芙蓉の背を見送っていた。

「あれが最近落ちてきた女の子?」

「まぁ…」

快は腰に手を当てながら芙蓉を見送っていた。その脇でフードとローブで全体を覆い隠す少年、六椰真は怪訝な表情で快を見上げていた。

「それにしてもデッドリィ=ポイズンの長様がデッドリィ=ポイズンに犯された人を救うなんてなぁ?」

「その言い方止めて…」

真は少し苦しそうに顔を歪めて俯いた。

「悪かったよ」

快はそんな真の頭を数回叩いて歩き始める。

「ほら、帰ろうぜ」

「……うん」

真は俯いたまま歩き出した。フードをさらに深く被りなおして。

 病院へ着いた芙蓉は一目散に美香子の父親の元へ駆け寄った。

「容態は?!」

「も、もう…息が殆ど…」

美香子が顔を涙でぐしゃぐしゃにして泣いていた。その先に横たわる彼女の父親。青白い顔でまさにこれは死体と呼ぶに相応しいほどだった。手遅れだったかと芙蓉は思ったがそれでも諦めるわけにも行かず周囲に美香子とその家族しかいないことを確認してそっとフードの彼から貰った丸薬を横たわる男性の口に放り込む。飲み込まなければ意味がないのだろうが、何分彼に飲み込む力などない。意識すらないのだから。はて、どうしたものかと悩んでいたが、口に入った丸薬は静かに溶けていきなくなってしまった。これでよかったのか芙蓉にはわからない。ただ無事に回復することを祈って美香子を見詰めた。この状況に芙蓉がここにいるのは間違えていることくらいわかっている。だから芙蓉はそっと病室を出た。

「何をしているんだ、芙蓉」

「うあっ、お父さん?!そっちこそ!」

「…今日が…だろう?」

私服に身を包んだ晋揶が首を病室へ向けながら言った。

「俺はまあ…管轄外だが。気になるし様子見だ」

「そっか。美香子…私の友達だから」

「あぁ、そうか。娘さんと…」

晋揶は納得したように頷いていた。すると病室から母親が飛び出してきた。その表情は何とも信じられないものを見たといった具合に驚きに満ちていた。

「あっ!心莵さん!お願いします、ちょっと来てください!!」

焦りの具合からするとどう見ても亡くなってしまったように見えない。晋揶は怪訝そうな顔をしつつも病室へ飛び込んだ。

 晋揶の表情が凍ったのが芙蓉にもわかった。しかし別にこれは恐れや悲痛からではない。あまりの驚くべき現象からだ。

「夏導…文久さん…?」

「………い、は…い…」

晋揶の声に反応し答える美香子の父、夏導文久。ドクターも飛んできて様子を見る。

「なんと…」

回復するはずのないものがこうして意識を戻してこちらの言葉に答えている。そのことがどれほど驚くべきことか。これは既に死体が蘇ったといっても過言ではないほどの驚きである。芙蓉は僅かに手を震えさせながらもその様子を窺っていた。

 他のデトックスたちも来て人騒ぎした後徐々に落ち着きを取り戻し、取調べや体の具合調査を終え、家族との時間を設けることとなった。芙蓉と晋揶は家への道を歩いていた。

「…お前が何かしたのか」

「うっ…」

いきなり核心をつく一言で芙蓉は言葉を詰らせる。

「…はぁ。ったく、お前は一体何を隠しているのやら。なんだ、お前は。デッドリィ=ポイズンか?」

「ちっ、違うよ!」

「知っているよ」

「…ですよね……」

晋揶はそれ以上、芙蓉に突っ込んで聞いてくることはなかった。そのことを感謝する思いとどこか問い詰めて欲しい思いとが混在して気分が悪くなる。そして晋揶の言葉を聞いてはっとした。もしかして彼らはデッドリィ=ポイズン?芙蓉の心に浮かんだその疑問が渦巻いて芙蓉の気持ちを混乱へと導くのだった。


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