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ポイズン  作者: ノノギ
3/10

三話

 はっと目を覚ましたとき。芙蓉は汗だくだった。時計を確認する気力も出ない。尋常ではない強烈な眩暈、吐き気。視界もぼやけ辺りの様子を確認することすら出来なかった。息苦しくて悶えるが声すら出ない。異常なその状況に父、晋揶を呼ぼうとしたが寝返りを打っただけで信じられない吐き気が襲う。胃の奥底から何かがこみ上げてくるような嘔吐感。呼ぶに声が出ない。呼ぶに動けない。芙蓉は正直この時ほど死を覚悟したことはなかった。これは死ぬ、絶対に死ぬ。感情的な涙と生理的な涙が混ざって零れ出る。

―助けて、助けて、助けて…!

「芙蓉、入るぞ?」

晋揶の声。芙蓉は歯を食いしばって拳を握り締めてその声を切望した。

「ふよ…芙蓉?!どうしたっ?!」

慌てて入ってくる晋揶の足音が聞こえた。涙でぐしゃぐしゃになった顔を何とか晋揶へ向ける。視界が晋揶を捉えた瞬間、芙蓉は衝撃を受けた。

「おと……さ………?」

芙蓉を見るその目はもはや絶望状態。信じられない、こんなことあるわけないと必死で抵抗しているようなそんな表情を晋揶はしていた。

「芙蓉、芙蓉っ!」

駆け寄って名を叫ぶ晋揶。こんな状況でありながらどこか冷静な芙蓉の思考が晋揶へ声を掛ける。

―らしくないなぁ、そんな慌てて…

音にならないその声を晋揶が聞けるわけもなく、晋揶は芙蓉を何とか仰向けにすると肩を鷲掴みにして叫ぶように言う。

「どこで…何処で会った?!一体何処で…!!」

悲痛な叫びが芙蓉の鼓膜を震えさせる。一体何故ここまで晋揶が焦るのかがわからない。泣きそうな晋揶の顔を見詰めるだけの芙蓉。もはや身体が動かない。意識も遠くなる。そんな中、聞こえてきた声。

―具合が悪くなったときに使えるもの

ぼんやりとする頭でそれを理解して僅かに頭を動かす。それに気付いた晋揶も芙蓉が見た方向を見る。

「芙蓉…?」

「…て…」

「…え?」

「と…って…」

晋揶は複雑な表情をしつつも、芙蓉が見詰める先にあるものを必死で探した。基本、整頓されている芙蓉の部屋にはあまりものがない。そんな芙蓉が見詰める先は制服が掛けられているハンガーだった。

「制服か…?」

芙蓉は首を振る。制服以外に掛けられているものといえば。

「コート?」

晋揶の言葉に頷く。晋揶はバネのように動いてコートを取る。芙蓉の元に持ってくるが、それ以上何をするのかわからない。

「芙蓉、とってきた。どうしたい、どうすれば良い?」

焦りながらも何とか冷静さを保ちつつ、晋揶は言う。芙蓉はどうしようか必死で考えた。鈍くなっていく頭。出づらい声。でもやはり声が一番伝わりやすい。

「け…ぽけ…」

「…ポケットか…?」

晋揶は芙蓉の頷きを待たずにポケットを漁り始めた。そうして見つける丸薬。

「これは…」

丸薬を見つけて疑問そうにしているが、芙蓉の目がそれを切望する。晋揶は悟ったように立ち上がると急いで水を持ってきて丸薬と水を芙蓉の口の中に流し込んだ。芙蓉の記憶が持ったのはここまでだった。この後、父がどれほど苦しい思いをしたのかは明確に知ることは出来なかった。


 目を覚ました芙蓉は僅かなだるさを覚えつつも身体を起こした。すると目の前にまるで死人が蘇ったといわんばかりに驚いた表情の晋揶がいた。

「お父さん…?」

「芙蓉…?平気か…?大丈夫なのか?何処も、どこも悪くないか…?!」

「え…」

肩を掴んで必死で尋ねてくる父に違和感を覚えつつも芙蓉は漸く首を縦に振った。

「うん、平気だよ…お父さん。大丈夫」

その言葉を聞いて晋揶はがっくりと膝を折ってベッドに突っ伏した。

「…よかった……本当に良かった…」

軽く震えている晋揶の肩にそっと手を添えるとがばっと顔を上げてあろう事か、抱きしめてくる。

「ちょっ?!何、何?!お父さん?!どうしちゃったの?!えっ?!」

あまりの行動に驚きすぎてあたふたする芙蓉を無視して晋揶は力を込めて抱きしめる。

「ちょっと、幾ら父親でも変態だぞ!」

叫ぶようにして父を突き飛ばすとそこで初めて晋揶の表情をしっかりと確認した。

「……っ?!」

あまりの苦しそうなその表情に芙蓉は驚愕した。

「ど、どうしちゃったの…?」

「死んだかと思った」

一言漏らしたそれがどれほど重たかったか。

「な、何言っているの、お父さん!私…」

「症状はデッドリィ =ポイズンのものだった…間違いなく」

晋揶が異常なまでに焦っていた理由が今、漸くわかった。

「私が…?」

「あの症状は確実に死ぬ寸前の症状だった。最近は即死させないからそういう症状が出ることがわかっていたが…。まさか芙蓉に出るとは…」

本気で安堵し、しかし焦っていた様子が見受けられる晋揶に芙蓉は心から大丈夫だと伝えたかった。こんなに必死な顔をした晋揶を見たことがなかったから。

「…お父さん、大丈夫だよ」

「……あぁ、そうみたいだな」

未だ苦しそうではあるが多少は落ち着いた様子を見せた晋揶に芙蓉は僅かに安堵する。

「所で芙蓉…」

「ん?」

「あの丸薬は…なんだ?」

「え、あ、あれは…」

芙蓉は言葉をここで切る。誰にも言うなと念を押されている。まさかこんな結果を招く丸薬だったなんて考えもしなかったから芙蓉は戸惑った。あの丸薬のことを、くれたフードの彼のことを言えばデトックスが優位になる可能性もある。だから言いたい。デトックスの父にそれを。しかし芙蓉は一度した約束をたがえることもしたくなかった。

「…」

押し黙る芙蓉を見て何かを悟ったらしい晋揶はそっと芙蓉を横にさせる。

「これを」

「何?」

何かのスイッチのようなものを握らされる。

「何か少しでも異変が起きたら押しなさい。何が出来るわけではないが…。俺も今日はここで寝る。問題ないよな?」

「うん。一緒が良い」

芙蓉は頷いてスイッチを握り締める。そしてどっと溢れてくる強烈な疲弊感と眠気で意識が朦朧とし始める。

「明日は学校を休め…」

晋揶のそんな声を最後に芙蓉は眠りについた。晋揶が一晩中、起きて様子を確認してくれていたことを知らずにぐっすりと。

 翌日、目を覚ますと晋揶がほっとした表情でそこにいた。

「おはよう、お父さん」

「あぁ、おはよう。すっかり良さそうだな。顔色も良い」

「本当?良かった」

笑った芙蓉の顔を見て晋揶も小さく微笑む。それから立ち上がると電話を手にどこかに電話をし始めた。時間からすると学校ではない。もうとっくに始まっている時間だから。

「心莵です。はい。少し事が起こりまして…」

喋り方から察するにどうやらデトックスへ電話を掛けているようだった。それも相当なお偉いさん。上層部に位置する晋揶が敬語を使うとなるとそれしかない。

「どうしたの?」

電話を終えた晋揶へ尋ねる。

「デッドリィ=ポイズンの被害者だからな、報告をしなければ」

そう言って晋揶は着替えを済ませると部屋を出て行った。すっかり完全に体調のよくなった芙蓉は今からでも学校に行けるといわんばかりだった。しかしあんなことがあった後だ、いけるわけがない。そこでベッドに横になって念のためスイッチを手に握りながらぼうっと考える。

 デッドリィ=ポイズンの技は一度喰らうと手の施しようのない死の業。今まで奴らの毒を喰らってその命を取り留めたものは誰もいない。それがどうしたことだろうか。芙蓉は確かにデッドリィ=ポイズンから受けた毒の症状が出たと晋揶は言った。だからあそこまで冷静な晋揶が取り乱したのだ。それなのに芙蓉はたった一つ、丸薬を飲んだだけでその毒から生還した。すごいのは芙蓉じゃない、あの丸薬だ。それを手渡してきたフードの彼だ。一体何者だろうか。


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