二話
翌日、昨晩、元気なかった父を気に留めつつ芙蓉は教室へ入っていった。そして教室内の雰囲気が何かおかしいことに気付く。奥へ入るとクラスメートの一人が机に突っ伏して震えていた。美香子という少女で話によるとデッドリィ =ポイズンに父親がやられてしまったらしい。
「でもおかしいの…。お父さん、まだ生きていて…」
「え?」
美香子の言葉に芙蓉は硬直した。話によると男が突然やってきて父に毒を注入して言い放ったらしい。
―今から一週間の猶予を与えよう。何も喋ることは出来ないが家族のほうに惜しむ時間があるだろう?
男はそういって姿を消してしまった。医者が言うには助かることは無いだろうということだった。
「男ってまさか六椰真!?」
「デトックスが言うには違うって…」
美香子は泣きながら答える。やり口が汚いからっていう理由でどうやらデトックスはそう判断したらしい。
「何それ!奴らの長でしょう?!汚くて当然じゃん?!」
「それ、違うよ…」
芙蓉は警戒しながら言う。父、晋揶がデトックスであるわけで良く話を聞いているので芙蓉も良く知っていることだ。六椰真という人物は迅速即死がモットー。まどろっこしいことは一切しない。故に姿を見たものがいない。
「怖いよ…あんなの人間じゃない!化け物よ!」
実際に目の前でその男を見た美香子は震えてしまって混乱しているようだった。
「あんな…あんなののボスをしている六椰真ってどれほど怖いの…?!想像しただけで吐き気がする…!」
苦痛に顔をゆがめて美香子は震えていた。
学校へ行ったほうがいいといわれていた美香子だが結局学校は途中で帰っていった。放課後、一人帰宅中に芙蓉は思う。いかに犯罪者で理解することなんて出来ないと思っていてもこんなにも沢山の人を傷つけ苦しめ、一体何がしたいのか。それがわかればもう少し被害を減らす事が出来るのではないかと芙蓉は思うのだった。そんなことを考えているとお気に入りの場所へ足は向かっていた。近くの廃墟のようなビルだが、人気が無く落ち着く事が出来る場所。
美香子の父は生きているけど…その生存率は低い、というより無いに等しい。
「でもそれっておかしいよ…」
どうして生かしたか。それは六椰真の意思だろうか。芙蓉にはどうにもそれは思えなかった。瞬殺をモットーにしているために今回のような出来事は今までに無かった。しかし晋揶が捕まえてきたデッドリィ =ポイズンの連中の話を聞いても長である六椰真の意思に反した行動をするようなものは誰もいなかった。やはり、彼の意思なのだろうか。
「うわああああ!!!!」
そんなことを考えていると頭が壊れてきて暴走をする芙蓉。その勢いが芙蓉に不幸をもたらす。
「え…?」
よろめいた先にあると思った柵がない。老朽化のせいか、柵が壊れていた。
「嘘…でしょ…?」
芙蓉の身体は6階を超える建物から投げ出された。死ぬかもしれないと本気で思った。
「あらま」
身体に妙な衝撃が走ったと同時に不思議そうな落ち着いた声が耳に入る。驚いて芙蓉は閉じていた目を開けるとあのフードの人物が映った。
「空から少女が落ちてきた…。罪を犯して落とされた天女かな?それともラ○ュタ?」
意味のわからない不思議なことを言っている彼だが、良く見れば芙蓉とそう身長が変わらない。それなのに良く受け止める事が出来たものだ。
「それで、キミは大丈夫?」
「あっ、はい、あの、ありがとうございました!」
命の恩人へ礼を述べる。
「自殺止めたようだったら謝ろうかと思ったけどそうじゃないみたいでよかった」
「は、はい…」
本当に不思議なことをズバッというものだ。芙蓉はもう一度しっかりと頭を下げると逃げるようにその場から走り去った。その様子を見ていたフードの人物は感慨深い雰囲気で芙蓉の背を見送っていた。
「よっ」
そんな彼の頭にぽんと手を載せて声をかけた青年。
「か、快…」
眼鏡をかけた赤い髪の青年はにこりと笑う。
「驚いた…」
「ヒシシシ、何言っているのさ」
「本当に驚いたんだから…」
困ったような声を上げるフードの人物に対し快と呼ばれた青年は笑う。
「そんなんでいいのかよ……真!」
「…よくない……」
笑いながら快は真と呼んだ少年に言う。
「デッドリィ =ポイズンの長がそんなヘボでいいのか?」
「ヘボ言うな…!」
デッドリィ =ポイズン、長。六椰真はかわいらしい顔を不貞腐れさせて快へ文句を募っていた。
芙蓉は家に向かっている最中に良く考えてみればさっきの彼の行為のあまりの人間業ではないレベルに困惑していた。一人で困惑していると突然声をかけられる。
「何かあったのか?」
「ぬはっ!?」
突然の父の登場に驚いて騒ぐ芙蓉に笑って返す晋揶。
「驚きすぎだろう。ぼけっとしているのが悪い」
そんな晋揶へ慌てて美香子の父親の話を持ちかけると当然知っているわけで臨時集会が開かれたらしい。
「芙蓉はどう思う?これが六椰真の意思だと思うか?」
「え…?」
「俺にはどうにも奴のしていることには思えなくてな」
芙蓉も同じことを思っていたために嬉しさが若干こみ上げる。デトックスの父と同じ考えなら自信というものが持てるわけだ。
「とはいっても、症状は奴らのもの。六椰真の考えで無いというのなら…」
デッドリィ =ポイズンの組織の中で反発が起きているということになる。長に対して忠実な連中だがその中にも反抗心を持つものがいるということだろうか。
「え、でも反発ってことは人を殺さなくなるんじゃ…」
「いや、違うぞ芙蓉。むしろ悪質になっている」
殺気の篭ったその言葉に芙蓉はしり込みする。果てしなく怒っている。普段柄起伏があまり無い晋揶だがここまで怒りを表すということは相当怒っているという事だ。
「お、そうそう。集会のあと俺はしばらく休暇になった。自宅待機かな?」
怒りを表立たせたことを反省するかのように苦笑いをしながらそういった。
「え、本当?!」
普段柄あまり家にいないのでそれが普通となっている芙蓉としてはそれが驚きでしかない。
「そ、それって…クビ…?!」
「なわけないだろ」
笑いながらも困った顔をしている。
「デッドリィ =ポイズンが最近あまり活動しないためにこちらデトックス側も参っているんだよね」
「あ…そういえばあまり聞かない…」
そんな会話をしている中突然聞こえてきた叫び声。
「デッドリィ =ポイズンだ!!」
その超えに驚いた芙蓉とは逆にすぐさま走り出した晋揶。さすがデトックスだけあって動きが早い。
街中で倒れた人をゆすっている一人の女性。
「誰かデトックスを!」
泣き叫ぶ女性に晋揶が声をかける。
「俺が見よう」
「その服はデトックスね…?!」
興奮している女性を何とか宥めながら晋揶は様子を見始めた。その様子を見ながら芙蓉は思うのだ。どうしてこうも何も無い人たちを傷つける事が出来るのか。
「ん…?」
晋揶は眉を寄せてから立ち上がった。
「専門外だ。警察を呼べ」
「え!?」
その言葉に周囲の野次が飛ぶ。
「デトックスの癖に何を言っているんだ!」
「その症状が毒じゃないって言うのかよ?!」
周囲の野次などどうでもいいような表情をしつつため息をつく。
「毒ではあるがこれはデッドリィ =ポイズンのものではない。ただの毒薬だ」
晋揶のその言葉に周囲はさらに罵倒する。毒薬を使う可能性だってあるだろうと叫び上げる。
「あ?」
―あ…めっさ怒ってる…
芙蓉は即座にそう思った。周囲の連中もさすがに黙り込んだ。あまりに鋭く睨むものだから。
「デッドリィ =ポイズンの専門はお前らか?違うだろ。奴らは決して毒薬など使わん。だからそっちの毒は専門外だ」
言い放った晋揶の言葉をようやく飲み込んで慌てて警察を呼び始める人々。
「お、お父さんがあそこまで怒るなんて…」
あまりの状況に驚く芙蓉。帰るぞと声をかけられ芙蓉ははっとして父の後を追う。
晋揶の背を追いながら疑問をぶつける。
「どうして薬を使わないと言い切れるの?一般の殺し風に見せることも出来るわけでしょう?」
「奴らはああ見えて己らの力に誇りを持っている。今まで捕らえた奴らもそうだった。絶対の誇りを持っている。自分達の力以外のものは流儀に反するとね」
晋揶は力をこめてそういった。しかし芙蓉としてはそれに不貞腐れた。
「何よ、流儀って。人を殺すことに変わりは無いじゃない!」
「そうだね」
晋揶は振り向きながら笑う。その表情が何処か切ない。
「人を殺せば誰でも罪になる」
「当然だよ!」
「俺たち…デトックスもね…」
晋揶のその言葉に芙蓉は絶句する。
「クク、びびったか?」
「び、ビビってないもん!」
笑った晋揶に向きになって返す芙蓉。
「デッドリィ =ポイズンは人を涙で苦しませるもん!そんな悪い奴らなんて…」
「芙蓉。それを本気で言っているのなら俺はお前に失望したぞ。今は興奮しているからという理由で見逃しておく。もっと落ち着いてから良く考えろ」
言葉を失って俯く芙蓉。
「そうしたら見える世界も変わってくるぞ」
晋揶はそういってさっさと歩いていく。時折あのように冷たい一面を見せる父に芙蓉は俯く。
「あっ、ごめんなさい!」
ぼうっとしていて人とぶつかったためにとっさに謝る芙蓉。てっきりあのフードの人物かと思ったけれど全く違う人だったことに僅かに落胆する。以前、逃げるようにしてしまったので改めて礼が言いたかったのだが。そんなことを思っていると黒いローブのフードを被った人物が視界に入る。驚きつつも高揚して走り出す芙蓉。
「…後追ってみようかな…」
どこに行くのか付けてみようかとか思い彼の後を追う。
角を曲がったところを覗き込むと声をかけられる。
「何か用かな?」
「ぎゃっ!」
つけていた事がばれていたことに驚く。
デッドリィ =ポイズン、長の六椰真は小さくため息をつく。何かしらと出会う不思議な少女。何処か縁があるのだろうかと悩ましい真。軽い溜息をついてその場を離れようとした直後、彼女から異質の気配を感じ取った。
芙蓉は見つからないと思ってつけてきたというのに意図も簡単に見つかったことをショックに思いつつ、以前救ってくれたことの礼を述べた。フードの彼は軽い会釈だけして立ち去ろうとした、その時、突然動きを固めて芙蓉を凝視した。凝視したかどうかはフードのせいでよくわからないけれどとにかくそう感じた。
「何…?」
「見知らぬ人との接触があった?ほんの、一、二時間の間に」
「貴方くらいだと思うけど?」
「…ボク以外で…」
少しトーンを落とした声でそういうので芙蓉は考える。一人称はボクなんだなぁとか呑気なことを思いながら。それからやはりそんな記憶なんてないので首を横に振った。
「そう…。ねぇ、キミ名前は?」
「あ、私芙蓉っていいます。貴方は?」
「そう…、芙蓉。キミにこれをあげる」
「え?」
「ボクからもらったということを…何処から入手したかどうかを絶対に言わないと約束してくれれば、これをあげる」
そう言って彼はローブの間から手を出してきた。白い肌が浮き立つその手に乗せられていたのは小さな玉だった。
「何、これ?」
「丸薬、かな」
「薬…?」
芙蓉はそれを見つめた。
「何の?」
「…。具合が悪くなったときに使えるもの」
「……そりゃ、薬だからね?それはわかるけど…」
「いいから、約束してくれないかな?」
何かどこか、焦っている様子にも見える彼の発言に押されて芙蓉は頷いて約束をした。
「なら絶対に言わないでね」
彼は念を押すようにそう言って芙蓉にその丸薬を渡してきた。芙蓉はそれを受け取るとポケットにしまって彼のほうに顔を向けた。
「それで、貴方はなんていうの?」
「出所を知られたくないから名乗らないでおくよ」
それだけ言うと彼は踵を返して立ち去ってしまった。追おうと思ったけれど足の速さに着いていくことが出来ず、人にもまれて結果、見失ってしまった。
「何だろう…」
芙蓉は首をかしげて帰宅する。
家に帰った芙蓉は僅かに呼吸が荒れていた。確かに急いで帰って来たが体力にはそこそこ自信があるしこのくらいで息があがるなんてと不思議に思っていた。そして家の中に入ると父、晋揶が何ともおいしそうな匂いを漂わせて待っていた。
「遅かったな」
「ちょっとね」
芙蓉は誤魔化しつつ、席に着いた。そして美味しい父の料理をほおばる。そんな食事の途中、晋揶が不安そうに尋ねてきた。
「芙蓉、具合悪くないか?」
「え?」
自覚があまりなかった芙蓉は疑問の表情を浮かべて晋揶を見返した。晋揶の様子から察するに結構不安そうだった。
「特には…ないと思うけど…。どうして?」
「顔色が悪い。何か異変とか…?」
「ん~…」
落ち着いてよく考えてみれば確かに息切れはしやすかった。でも別に今は食事だって美味しいし他に違和感のあるものなんて何もない。
「…何もないなら…いいんだが…」
晋揶がやたらと不安そうな表情をしているので芙蓉まで不安に思えてきた。この父の不安げな表情はどこか見覚えがある。不安を通り越した恐怖の表情。恐れる、悲痛の顔。一度だけ見たことがあるこの表情。だから芙蓉は異様なまでに焦って不安を覚えた。
「お父さん…?大丈夫だからね?私、元気だから」
「…あぁ、そうだな。でも不安もある、食事が終わったら直ぐに休め」
「…うん」
晋揶の不安そうな表情が芙蓉を煽った。
言われた通り、自室に戻ってベッドに横になる。何も変なことなんてない。なのにどうしてあんなに晋揶は安否を尋ねたのだろうか。そんな考えをしている間にもうとうとと眠りの世界に落ちていく芙蓉だった。