一話
近代化した街並みが広がる中。大きな声が空へ鳴り響く。
「見つけたぞ!そっちへ行った!」
捕らえろと叫ぶ男達の声の中、一人の女性が駆け抜ける。息を切らし方で呼吸をしながらも必死で逃げる。そうして逃げた先は彼女が思っていた道とは異なるものだった。
「行き止まり…!?そんなっ!」
「先日の工事でふさがったばかりだ」
追ってきた一人の男が声をかける。女性はそれに鋭く反応して振り返る。そこに居たのは切れ目の男が一人だけ。男は手元の電子端末に映し出されているリストを見ながら言う。
「リストと同じ顔…。デッドリィ=ポイズン…だな?…が、奴ではないな?」
首を傾げるように男は言う。
「どうだ、ボスの居場所と引き換えにお前の命を…」
「誰が言うものか!」
男の言葉を遮って女性は叫び声を上げた。
「あの人のことを喋るつもりなど一切無い!」
力をこめたその言葉に男はため息をつく。
「なら仕方ない…。この場で粛清する」
そういって銃を構えると男は女に向かって発砲した。冬の寒い空に空しく発砲音が鳴り響いた。
「奴は…何処に…」
男は俯いて唸る。
デッドリィ=ポイズン…。その名のとおり『猛毒』を意味する。この世界の陰に潜む異能の力を持つ凶悪殺人犯罪集団。そしてそれらを取り締まるのが解毒を意味するデトックスという組織。先ほどの銃を構えた男はそのデトックスの一員。
「お父さん!」
臨時で入った彼が仲間に借りていた銃を返していると一人の少女が駆け寄る。
「また一人捕まえたの?!」
寒い中走ってきたのか頬を赤くして彼に声をかけるのは心莵芙蓉。
「あぁ、そうだよ、芙蓉。また奴じゃなかったがな」
彼女の父親、心莵晋揶がため息混じりに言っている『奴』とはデットリィ=ポイズンに長。凶悪集団を今も維持させ、その異能の力は計り知れぬもの。実際にその姿を見たものは一人も存在しない名前だけの犯罪者。故に、存在しているかさえも危ぶまれる奴の名は。
―六椰真
どれほど、凶悪なのか、一般人である芙蓉には理解が及ばなかった。
「どうして違うってわかるの?」
「いや、リストあるからな」
「はっ!そうだった!」
「後はまー、勘だな」
「え…」
余裕で答えた晋揶に芙蓉は驚くばかり。
デトックスの父を持つ芙蓉は高校二年。病で母親を亡くしているためにこの父、晋揶との二人暮らし。そんな芙蓉が学校へ向かっている途中、なにやら騒がしい集団を見つけた。その集団の中心は一枚の張り紙だった。デトックスからの注意事項が書かれているものだった。内容は『デッドリィ=ポイズン、長、六椰真。近辺をうろついてる可能性あり、気をつけろ』とのものだった。実際これもこのあたりで多くのデッドリィ =ポイズンの仲間を捕まえているから出されているだけで実際に確認されたわけではない。彼らはその異能を使い沢山の人間を名のとおり毒殺していく。故に猛毒。
「早く捕まえないと不安をあおるよね…。捕まえるの私じゃないけど…」
芙蓉はそんなことを思いながらもいつもギリギリの学校へ急いで向かうのだった。
「ひゃっ?!」
急ごうとした直後、人とぶつかった。
「ごめんなさい…。ぼうっとしていて…」
「こちらこそごめんなさい…!」
濃い紫色のローブに深いフードを被った怪しげな男、だと思う。顔がなにぶん見えない。不思議な雰囲気をかもし出すその人物を気にしつつも芙蓉は学校への足を速める。
学校についてそろりとドアを開けて後ろを通過していると教師から声が飛ぶ。
「はい、心莵ー。遅刻なぁ?早くせきつけー」
棒読み状態の教師の声にしゃきっと背筋を正してしゃきしゃきと歩いていく。クラスの何人もがくすくすと笑っていた。席に着くと隣の席の友人、 ••が小声で声をかけてきた。
「遅いねぇ~?いつもギリなのに今日はアウトねぇ?寝坊?」
肩を揺らしながら笑う彼女に苦笑いで張り紙の話をする芙蓉。気になったわけかと笑うのに対してつい熱くなって思わず叫ぶ芙蓉。
「デッドリィ=ポイズンだもん!お父さんの敵!」
「はいはい、デトックス精神は学校では消しなさい」
小声で返すのに対し気張る芙蓉を黙らせたのは当然この声。
「はい、遅刻した奴~。黙って席に座ってろー」
「すいません、先生…」
そうして芙蓉の学校生活が送られていく。
放課後、友人に遊んで帰らないかと誘われたがそれを断って帰宅に向かう芙蓉。今日は父の帰りが早い。めったに早く帰らないので芙蓉も出来れば早く帰りたい気持ちがあった。
帰り際にもデッドリィ =ポイズンのことを考えていた。何を目的にしているのか不明だが実際悪い奴が考えるようなこと、わかるわけないのだ。そこへ声をかけてきた一人の男性。
「ねぇ一人なの?僕と遊ばない?」
こういう輩は大体下手に刺激すると余計に面倒くさくなるのは当然わかっているのだがどう考えても断り方がわからない。
「ほら、行こうよ」
芙蓉の腕を掴んで連れて行こうとするので芙蓉が困っていると。
「うわっ?!」
「あ、ごめんなさい」
聞き覚えのある声。あのフードを被った人物が声をかけてきた男性にぶつかった。
「何しやがんだよ!ぶつかってくるんじゃないよ!」
「だから謝ったじゃない…」
少し内気な回答に余計に怒る男性。手が離れたために芙蓉は一歩ずつ足を引く。今朝ぶつかった人だと確認しながらも逃げる体制を作っていく。
「今日はよく人にぶつかるなぁ…。前がよく見えないからかな…」
「フード取れば!?」
若干芙蓉もそんなことを思ったためここでは彼と意思が一致する。
「ま…いいじゃない。それよりキミ気付いたらあまりやっていいことじゃないよね?そういうの…止めておきな?」
最後の言葉に何処か殺気が込められているような気配が放たれる。それに男性は怯えたようで足を引いた。そんな隙に芙蓉はさっさと逃げ出す。正直、フードの人物を方って逃げるのは良くないとは思うけれど、雰囲気から察するに大丈夫そうだし無責任だと思いながらも家へ走った。
「ただいまー」
……。
「あれ、今日は早いはずなんだけどな…?」
晋揶が帰っていると思ったのだがお帰りの言葉が無いために芙蓉は疑問に思いつつ家の中に入る。
「あ…」
部屋に入ると寝ている晋揶がソファにいた。
「寝ていたんだ。仕方ないなぁ。夕飯は私が作るか」
芙蓉は鼻歌を歌いながら着替えてキッチンへ向かう。
ふと、目を覚ました晋揶。時間を確認して飛び起きる。
「寝過ごした…!」
晋揶は慌ててキッチンへ向かう。そこには芙蓉が居て晋揶に気付くとにこやかに笑った。
「あ、起きた?ご飯で来たから一緒に食べよう!」
それを聞いて晋揶はぽかんとして夕飯を芙蓉が作ったのかと尋ねる。それに爽やかに肯定する芙蓉。それを聞いて晋揶の表情は果てしなく苦い顔をする。
「そう…」
晋揶は内心で思うのだ。我が娘ながらどうしようもなく困る事がある。それが…料理。実はこの芙蓉こそ、デッドリィ =ポイズンなのではないかと疑いたくなるような料理がテーブルに並んでくるのだから。
―そう、我が娘の料理は…毒だ
「芙蓉ちゃん、今日のメニューはなんだい?」
「ん?カレーだよ!」
にこやかに笑う芙蓉。晋揶は引きつった笑みを浮かべる。何処の世界にプシューやらポコやら鳴るカレーが存在するだろうか。しかし一番の問題はそこではない。
「ん~、美味しい!」
自覚が無いこと。
―俺…いつか死ぬかも…
遠い目をしながら晋揶はスプーンを手に持って固まっていた。
「食べないの?」
芙蓉に催促されてはっとして晋揶は食べるよと苦笑いをしつつカレー(らしきもの)を口へ運ぶ。一体この口の中で暴れまわる異物はなんだろうか。晋揶はしばらく固まる。しかし芙蓉の手前、どうにも出来ず晋揶はただカレーらしきものを口へ運ぶことしか出来ない…。
夕食が終わり、晋揶は自室へ戻ると胸の当りを抑えて必死にもがく。
「月夜…っ!俺もお前のところに行くかも…!」
月夜は芙蓉の母にして晋揶の妻。彼女のところ…といえばもうあの世しかないだろう。
「我が子はいつからあんなになった…?本当に俺いつか死ぬ…」
引きつりながら水を飲む晋揶だった。