1-2 こんにちは大地
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「大丈夫ですか?」
俺の意識を覚醒させたのは、そんな言葉と、ゆらゆらと続く振動。
どうして俺は心配されているんだ?
ああ、そうか。事故にあったのか。
意識がそれを認識すると同時に何か大切なことを忘れているような、そんな悪寒にも近い何かが俺の身体を通り抜けていった。
「母さんっ!」
「きゃぁ!」
どうやら横になっていたらしい俺は母さんのことを思い出すと同時に飛び起きていた。
視界が少しずつ鮮明になっていく。事故ったということは病院か?
にしてはどうも様子がおかしい。
「び、びっくりしたぁ」
「あっ。すみません」
看病をしてくれていたのであろう看護婦に謝罪とお礼を言おうとしたのだが、やけに声が若いような。
視界を横にズラした俺は固まった。
「あ、あの」
心配そうにこちらの顔を伺っているのは一人の少女だった。
随分と可愛らしい娘なのだが、若過ぎる。どんな天才だとしてもこの年で看護婦になるなんてことは無理だろう。
周囲を見回してみると病院というより普通の民家っぽいな。
状況的にこの娘に助けられたのは確定的だ。
それにしても、もう俺は上半身を起こしているのだが、どうしてこんなにも不安そうにしているんだ?
プルプルと怖がっているようにも見える。
「お、起き上がって大丈夫なんですか?」
「え? まあ、多分……あれ?」
急に全身から熱が抜けて行くような。そんな感覚に突然襲われた。
「わ、わあっ!」
少女の慌てた声がかすかに聞こえた。
すみません。どうやら大丈夫じゃなかったみたいです。
そう、心の中でつぶやいた後。俺の意識は再び真っ暗に染まった。
☆ ★ ☆ ★
その後。どれくらい時間が経ったのはわからないが、俺はもう一度目を覚ました。
いやー。焦った。今度こそ永眠することになるんじゃないかと思うと、マジで焦った。
高校浪人している俺だが馬鹿ではない。今度はちゃんと学習し、目覚めた後も身体を起こすことなく、おとなしく横になっていた。
それにしてもさっきはなんであんなにも急に起き上がったんだ?
事故った後なんだ。そんなことをすればどうなるかなんて簡単に想像がつくだろう。
そもそも事故るとか……確か信号無視……うん。一○○パーセント俺が悪いな。
運転手の人、本当にごめんなさい。治療費はいつか返したいと思うので貸してください。お願いします。
母さん……心配してるかな……。
あれ? 母さん?
ズキズキと急に頭が痛み始めた。
今まで経験したことのないレベルの激しい頭痛だ。
やばい。もしかして想像以上に重症?
「あっ。起きてたんですね!」
十畳ほどの部屋。唯一の扉が開き、丸いタライ的なものを持った少女がトテトテと横になっている俺の側までやってきた。
どうやら俺はベッドの上らしい。
「あっ! 今度は起き上がっちゃだめですよ!」
人差し指と親指を伸ばし、L字みたいにしてめっと突き出す少女。
なんだろう。和む。
俺は改めて命の恩人を見た。
ずっと思っていたことがあるのだが、どうしてこの娘の髪は、
水色なんだろうか。
「あの。どうかしましたか?」
「あ、いえ……なんでもないです」
急に不安そうになった少女が恐る恐るといった具合に聞いてくる。
水色の髪なんて現代の日本ならそう珍しくないよな。……多分。
いや、絶対に珍しい。茶髪とかならまだしも、水色だよ? 早々見る機会なんてないと思うのだが。
長い水色の髪を二つにわけて結んでいる娘。所謂ツインテールというやつだな。
紺のシンプルなワンピースを着ているその少女はタライ的なやつの上でうんしょと意気込みながら何かを、おそらくはタオルを絞っていた。
「突然倒れた時にはびっくりしましたよぉー」
「ご迷惑お掛けしました」
「へ? あっ、ごめんなさい! そういうつもりじゃなかったんです!」
慌てた様子で両手を胸の前でパタパタと振っている少女を見ていると、なんというか、心が癒されるな。
大丈夫ですと言うと、ニコニコと笑みを浮かべながら俺の額に濡れタオルを置いてくれた。
事故の時にもこういうことするっけ?
「あっ。熱は引けたみたいですね」
「熱?」
「へ? あっはい。倒れた時頭が凄く熱くなってたんですけど……それが原因で倒れてたんじゃないんですか?」
「いや……」
そういえば激しい頭痛に襲われたな。もしかして打ち所が悪かったのかな。
「それにしても、その傷、何があったんですか?」
「いや、どうも事故にあったみたいで」
「事故……ですか?」
俺のお腹あたりに視線を落としながらいう少女。
それにしてもなんでこの娘は疑問符を浮かべているんだ?
「そういえばまだ名乗っていませんでしたね。俺は橘一輝です」
「あっ。わたしは刀白水連です」
姿勢を正して深々と頭をさげる水連。
「ここってどこですか?」
俺にとってそれは何気無い質問だった。
だってそうだろう? 普通、事故にあったら病院に運ばれるはずだ。
しかし起きたら普通の民家らしき場所。ここがどこなのか疑問に思うのは仕方ない。
……の、はずなのだが、なんだかめちゃくちゃ心配そうな目で見られているんですけど?
「えと、その、頭、大丈夫ですか?」
うぐっ。きっと水連としては悪気はないのだろう。本当にこれっぽっちも。
だが、その言葉が強く胸に突き刺さった。
「あ……ち、違いますよ!? そういう意味じゃなくて、頭痛くないですかって意味です!」
「……うん。わかってる。わかってます」
「ならどうしてそんなに激しく胸を掴んでるんですか!?」
「いろいろ……あるんですよ」
結果的に一○○パーセント俺の被害妄想なのだ。本当に気にしないでほしい。そんな風に罪悪感の満ちた顔をされると、俺の方が罪悪感に潰されてしまう。
「えーと、ここは【木枯】の端にある街ですよ?」
「【木枯】?」
「あはは……もしかして一輝さんはギルドの人なんですか?」
……ん? ギルド? なんだその割と聞き慣れてるけど聞き慣れない単語は。
苦笑いしながら放たれた水連の言葉に俺は酷く動揺していた。
「この街、これと言った特産もないですし、知名度低いですよね……」
知名度の問題なのか?
「ギルドの人がこんなところにどんな用があるんですか? この近くにはそんな凶暴なイーターなんていないですよ?」
イーター? そしてまた聞いたギルドという単語。
俺の頭の中には勉強の合間に息抜きとして読んでいた漫画のテンプレがリピート再生されていた。
「あの水連さん?」
「あっ。たぶん同じぐらいの歳ですし敬語じゃなくていいですよ?」
「そうですか……いや、そうか。わかった。水連も別に普通でいいぞ?」
「あっ。わたしのこれはいつもの癖なので気にしないでください。それで、どうかしましたか?」
「あ、ああ……この国の名前ってなんだ?」
「突然どうしたんですか?」
「頼む……教えてくれ」
「……わかりました。この国の名前は【刀和国】。もっとも幻操術が発達している国です」
「……そっか」
確定だ。
どうやら俺は、異世界に来てしまったらしい。
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次回更新は明日です!
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