1-1 プロローグ
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季節は冬。いや、暦上では一応春ということになるのだろうか。
三月のある日。
俺は中学を卒業した。
というか現在進行形で卒業式が行われていた。
三年間同じクラスだった奴もいれば、今年だけの関係の奴。あるいは全く関わることのなかった奴だっている。
たとえ同じ学年だとしても全員と友達になるなんて無理な話だ。
卒業式も終わり、部活で一緒だった在校生や卒業生と校庭で話している生徒が多い中、俺は一人校庭の端にあるこの学校の自慢らしい巨木の根元に座っていた。
「それじゃあ実久。高校でも頑張ってね!」
「……うん」
ふとそんな声が耳に届いた。
無論、実久というのは俺の名前ではない。
顔をあげてみると少し離れた所で大勢に囲まれている可愛らしい女の子がいた。
その子こそがこの学校のアイドル的存在でもあった美少女。月澤実久だ。
長いストレートの黒髪で、スタイルも中学生とは思えないほど整っている。
表情の変化が異様に少なく、口数も少ないのだが、それが良いと男女共に人気が高い。
実久と俺は一応三年間同じクラスだった。けど、関わることなんて一度もなかった。
なんせ俺はクラスじゃ目立つことなんてまったくない根暗だったからな。
友達と言える相手は少なかったけど、この三年間はそれなりに楽しかった。
問題はこれからだ。
「橘」
ため息と共にまた俯いているとふと声を掛けられた。
顔をあげてみるとそこにいたのは美少女……ではなく、
「……なんだ。ゴリラ先生でしたか」
「……お前、本当にキャラが変わったな」
「そうですか? まあ、一応優等生でいたかったので」
根暗だけど先生たちからの評判は良い。俺はそんなどちらかと言えばガリ勉タイプの生徒だったはずだ。
少なくとも先生相手にゴリラだなん言うキャラじゃない。
だけど先生は怒らない。
それどころか何を考えているのか隣に座った。
「……これからどうするんだ?」
深刻そうに、心配そうに、先生はそう言った。
「……ほんと、どうしましょうね」
高校受験に失敗した。
俺の家は母と二人の所謂母子家庭というやつだ。そのため私立高校に行くという選択肢はなく、安いからという理由で国立を目指して日々勉強していたのだが、
「試験当日に倒れるなんて情けないですよね……」
一応テストは受けたのだが、体調は最悪。結果はアウト。当然だ。
都立の方だって落ちた。
二次も三次も全部落ちた。
そう。行く高校がないのだ。
「まあ、浪人……ですかねー」
高校浪人。なんというか、情けない。
選らぶことさえしなければ高校なんてどこかしら入ることが出来るはずなのだが、目指していた国立高校に落ちたショックでなのか、全部落ちたのだ。
「橘。頑張れよ」
「……はい」
☆ ★ ☆ ★
次の日の早朝。
母さんはパートをいくつも掛け持ちしていて、帰りも遅い。
そんな母さんの負担を少しでも減らそうと、朝食は俺の仕事だ。
「おはよー一輝。今日も早いわねー」
「おはよう母さん。もう少しで出来るから待ってて」
目を擦りながらキッチンまでやってきた母さんは「はーい」と片手をあげながら返事をすると、テーブルの上に倒れるようにして座った。
息子の俺から見ても母さんは美人だと思う。
そんな母さんをこんなに疲労するまで働かせてしまっていること自体、心が痛い。
「はい母さん」
「ありがとー。一輝のごはんは天下一品だねー」
「ありがと」
二人して席につき、両手を合わせてから食事を開始する。
「母さん。俺……」
「バイトなんてしちゃだめよー?」
俺のセリフにかぶせるようにして先手を取られた。
「けど……」
浪人になってしまったのだ。少しでも働いてお金を稼がないと母さんに悪い。
日々やつれていく母さんを見るのはもう嫌だ。
「母さんなら大丈夫よー」
「けど……」
そう言って笑みを見せてくれる母さん。その優しさが逆に俺の心をきつく締め付けた。
「あっ、そうだー。これ、ポストに入ってたわよー」
そう言われ、手渡されたのは、封筒?
受取人には俺の名前。差出人の名前は、うん、見覚えのない名前だ。
しっかりと俺の名前が書いているわけだし、とりあえずは読んでおくか。
「それじゃあ行ってくるわねー」
「……行ってらっしゃい」
俺よりも遅く帰ってきたというよにこんなにも早い時間に家を出る母さん。笑顔を浮かべているのだが俺にはそれが作り笑いにしか見えなかった。
母さんはダメだと言っていたが、やっぱりただ浪人をしているのはダメだ。大学浪人ならまだしも、高校浪人なんてなおさらだ。
バイト募集のパンフレットを貰ってこようと外に出る準備を始めるが、ふとあの封筒を思い出した。
(……先に読んでおくか)
封を切った後、中に入っていた用紙を開いてみたのだが、
「……真っ白」
どうやらいたずらだったらしい。
そこらへんに封筒ごとぽいした後、俺はソファーの上に倒れこんだ。
名前を知っているって事は学校の誰かか? いや、俺の家を知ってるほど仲の良い奴なんていなかったな。
……ダメだ。わからん。
これ以上は考えた所で意味ないだろう。てことでよし、予定通りパンフレットでも取りに行くか。
バイト募集のパンフレットなら最寄りの駅にでも行けばあるだろう。
そう思い、家を出たのだが、運が悪い。いつの間にか雨が降っていた。
「……母さん。傘持ってったかな……」
玄関に置いてる傘立てに目を向ければ、いつも母さんが使っている奴が見当たらない。
良かった。途中で降り出したわけじゃないらしい。
「予報じゃ雨だなんて言ってなかったんだけどな」
俺は朝見たニュースの内容に愚痴をこぼしながら、愛用の傘を開き、駅に向かった。
雨のせいか外は思った以上に寒かった。少しだけ早歩きになって、俺は駅に急いだ。
「これこれ」
黄色の目立つそのパンフレットを早々に手に入れた俺は、このまますぐ家に戻るよりかは近くの店で読んだ方が濡れなくていいだろうと思い、駅の中にあるファーストフードの店に入った。
朝ごはんはしっかりと食べているため、飲み物だけ注文した後、カウンターに座ってパンフレットを読み始めた。
バイトのために勉強の時間を削り過ぎては本末転倒だ。それに母さんに気付かれてもいけないため、短時間で出来るだけ給料の良いものを探すのだが、
「……いいのないなー」
中々これだというものが見つからずに、ため息が出た。
いっそ時給のことは気にしなくていいかと割り切ることにした矢先、ポケットの中で何かがブルブルと震えた。
ごそごそとポケットの中に手を入れて、震えているそれを取り出した。
なんてことはない。携帯電話だ。
俺としては必要性をまったく感じていないのだが、母さんが持っていると強く言うので仕方なく持っている。
携帯代……勿体無いと思うんだけどなー。
どうやら電話が掛かってきたらしい。番号は知らないものだ。
店内だしいつもなら無視をするのだが、今回に限ってなんとなく俺は通話ボタンを押した。
「はい。もしもし。橘ですけど」
言った直後にここは苗字じゃなくて名前を答えるべきだったかな、などと、割とどうでもいいことを考えていた。
この時は。
『もしもし』
知らない男の声だった。
詐欺とかそういうやつかと思い、切ろうと思ったのだが、どうも声色に焦燥が交じっているように感じた。
「ーーえっ?」
男が続けた言葉に俺は言葉を失って、呆然と固まってしまっていた。
「……母さんが……倒れた?」
☆ ★ ☆ ★
相手は母さんの職場近くにある病院の者だった。
内容は母さんが職場で倒れたというものだった。
過労らしい。
俺は傘を差すことも忘れ、そもそも持ってきていたことも忘れ、ただがむしゃらに雨の中を走っていた。
(母さん、母さん、母さん!)
頭の中にはもはやそれしかなかった。
父さんを早くに失い。たった一人で小さな俺を今の今まで育ててくれた母さん。
母さんは美人だ。探せば再婚くらい簡単に出来ただろう。それをしなかったのは単純に出会いがなかったから。
日々を仕事一色に染めて働いていた母さん。
母さんの事で頭がいっぱい過ぎたんだ。
息をぜえぜえと荒くしながら走っていた俺の視界には上の方が映っていなかったんだ。
俺の視界は一瞬、眩い閃光に染まった。
世界が回る。回る。回る。
全身に激しい衝撃が走った。
(あれ? なんで俺……)
倒れているのだろう。
意識がぼんやりとしてきた。
人が集まったきた。うるさい。邪魔だ。俺は母さんのところに行かないと……。
最後に見たのは、赤く染まった地面。赤のライト。そして、目を丸くしているアイドルの姿だった。
☆ ★ ☆ ★
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