最終話
いつも以上に時間が経つのが早く感じられた。
いつも颯人と二人でいる時は楽しくて、でもそれ以上に父と母の事を考えていると更に時間が早く過ぎて行った。
「もう、こんな時間なんだ、、、」
「そうだね、やっぱりお母さんは来なそう?」
「うん、あの人凄く頑固な所あるからこうと決めたら絶対覆さないタイプだから」
「そっかー、でも玲音が来てくれただけでも武雄は嬉しいと思うよ!」
いつもそう、颯人は前向きに解釈してくれる。
私の心が揺らいでる時、いつだって良い道へと方向性を正してくれる。
最近は颯人と一緒に居る事が心地良くなっていて、もはや頼りになる存在となっていた。
「そろそろ時間だね、昨日の席で待ってて?準備してくるから。」
そう言って颯人は玲音の元を離れ、取り残された玲音はそのまま昨日の会場へと向かった。
もう一度父に会えるドキドキ感と暁美が来ないという残念な気持で玲音は複雑だった。
何て言おう?何を話せば良いだろう?
父との言葉のキャッチボールを暫くしてなかったのでどう話を切り出したらいいかが分からなかった。
「ま、成せば成るよね!うん、自分らしく、」
会場に着いたが、まだ誰も居なかった。
ウッドベースとサックスとピアノだけが置かれていた。
何分経過しただろう?一人の中年の男性が入ってきた。
ニコニコ笑みを浮かべてこちらをみている。
「武雄さんのお嬢さんかな?私は武雄さんと同じバンドでサックスを担当していた端野といいます、今日は宜しくねー」
少しかすれた声だったのでお爺ちゃん位に思えた、そう考えると私の父は若く見える方なのかも?
するとその端野さんは一人でサックスを吹き始めた。
流れるような、まるで生きている様なメロディで、ついつい目を瞑ってそのメロディに浸っていた。
目を空けると目の前に颯人が現れた。
「よし、準備は良いかな?始めるよ。」
玲音はこれまでに無い緊張感で押し潰されそうだった。
ステージ後ろから父武雄も現れた。
武雄は周辺をみて玲音だけを確認すると、どことなく寂しそうな笑顔でこっちを見た。
(ごめんね、お父さん、、、)
武雄がまずベースを弾き始めた、重低音が室内に響き渡る。
心臓まで一緒に揺れているのが分かる。
凄いっ、ベースを弾くパパがこんなに格好良いとは思わなかった。
玲音は興奮していて前のめりになっていた。
今にも立ち上がりそうだったのを腰で抑えてる感じだ、まだ終わってない!
演奏がちゃんと終わるまでは座って見てないと失礼な気がしたのだ。
そして、颯斗と端野さんが目を合わせて合図をとっている。
颯斗が息を大きく吸い込むと同時に端野さんも大きく吸い込んだ。
3つの音が重なる時、それは玲音が昔父に聴かせてもらった時の感動を思い出した。
目を輝かせて聴いているとお父さんは嬉しそうに次から次へとレコードを持ってきて玲音に聴かせた時の事を思い出した。
「何で今まで忘れてたんだろー、、、」
玲音の目からは大粒の涙がこぼれた。
この日演奏していたのは
SONNY CLARK『Cool Struttn’』
軽快なサックスから始まりピアノのソロにうつるという誰しもが耳にした事のあるような王道メロディーである。
玲音はまだ幼い頃の誕生日にこれのCDを貰いわけが分からず大泣きしたのを思い出した。
本当はオモチャを期待する年頃にこれはないなぁー、と今思い出してクスクス笑い出した。
多分武雄もそれに気づいたであろう、一緒に微笑んでいる。
大体JAZZは1曲が長くて、この曲に関しては10分近くあるのだ。
でも時は直に終わりを迎えた。
三人は一堂に例をし、顔を上げたそのときだった。
武雄が驚きの表情をしてこちらを見ている。
いや、、
玲音の後ろを見ていた、、、
玲音はふと振り返った。
そこには両手で口元まで隠して目は涙で赤くなっている暁美が居た。
絶対来ないと言っていた頑固者の暁美が立っていた事にビックリした玲音はただそこに立つ事しか出来なかった。
むしろ今の主役は自分ではない、暁美と武雄なのだと判断したのだ。
すると、ゆっくりではあるが武雄が暁美に近づいて言った、、、
ふと玲音の横を通り過ぎる時に、玲音の頭を撫でながら。
(あ、り、が、と、う)
と声には出さなかったが口パクで玲音に伝えた。
今にも泣き崩れそうな暁美の肩を武雄は優しく抱き寄せた。
何分経ったのだろう、いや、むしろずっとこのままでいて欲しいと玲音は願った。
「武雄は自分の力を最大限にまで持っていってる、本当はこんな時間までこっちの世界には滞在出来ない決まりなんだ。でも武雄は強い心を持っている、多分声も出せない、歩く事もやっとなんだと思う。」
玲音の隣で颯人が言った。
「そして玲音、、、僕も今日でお別れなんだ、、、」
玲音は分かっていた、、、
こんな素敵過ぎる事があってまだ何かを求めちゃ欲張りだもんね。
「うん、分かってた、颯人がこの皇綺羅図書館で宙に浮いた時から住んでる世界が違うんだなって。そして、この図書館も最初からなかったんだよね?近所の人達に聞いたんだ、、、そしたらこの町には図書館すらないよって言われちゃった、、、薄々分かってはいたんだけどね。お父さんと私達を会わせるための架け橋として颯人があの世からの案内人してたんだよね?最初嘘みたいな話、って思ってたんだけどね?転校する前に居た学校でそんな話を聞いた事があったの。最初は全然そんな事あるものかっ!て、でもね?この図書館と颯人に出会った時に、不思議な力が湧いてきて、もしかしたらって思ったの。そしたら本当に死んだお父さんに出会えたんだもん!ビックリッ!」
玲音は小学生の子供の様に目を輝かせながら喋っていた。
それを見つめていた颯人はとても愛おしく思えた。
そして颯人は玲音を見つめながら無言で頷いた。
今言葉にしたら泣いてしまいそうだったからだ。
何故かお互い清々しい笑顔になっていた。
別れるのは寂しい。でも世界中の何億の人間の中でこの二人を引きあわせた事が何よりも嬉しかったから。
「あっ、そうそう!」
ふと玲音がポケットから取り出した。
そして颯人に手渡した。
「これは?」
「へへへ、ちょっと下手くそだけど、、、徹夜で作ったんだ。ミサンガっていうの、お守りだから、颯人の願いを叶えてくれるよ?」
少し照れくさそうに頭をかきながら舌をだした。
「あ、ごめんね!気に入らなかった?なら全然はずしてもかまーー」
颯人が玲音を優しく抱き締めた。
「嬉しい、、、ありがとう。」
颯人は玲音の作ったミサンガをギュッと握り締めた。
そして玲音はその持っているミサンガを颯人の左腕につけた。
お別れの時は刻々と迫っていた、、、
武雄とずっと後ろで見守っていた端野さんの下半身が透明になっていくのが分かった。
暁美は気づいていたのだと思う。
でも二人はそのまま抱き合ったままだった。
玲音はそれをただただ見つめていた。
スゥッ、、、とまるで水蒸気が換気扇に流れていくように段々と武雄の身体が蒸発していく。
悲しいのだけれどそれ以上に綺麗という発想が玲音の脳裏に焼き付いた。
暁美は武雄が消えてもそのままの体制で動けずにいた。
お母さんはずっとこうしたかったんだ、やっぱりいつもは強がりで、常に笑顔で、元気で。
そんなお母さんの願いが叶って良かった、そしてお母さんの本心が分かって玲音はやはりこのお母さんとお父さんの娘に産まれて良かったと心から実感したのであった。
「そろそろ、、、僕も行かなきゃ、、、」
スッと顔が近づいてきた。
そして、、、
颯人は玲音と口づけを交わした。
玲音は涙をこらえきれずにいたので、もはや、ファーストキスは涙の味がした。
苦くもなく甘くもなく。
やっぱり不思議、、、
すると颯人と周りの建物が一斉に黄金の粉の様に天空へと登り始めた。
玲音はそのまま上を見上げた外はいつの間にか夜になっており、そこは満天の星空が広がっていた。
隣で暁美も玲音の肩を抱き、一緒に見上げていた。
「行っちゃったね、、、」
「うん、行っちゃったね、、、」
「お父さん、かっこ良かったね、、、」
「当たり前でしょ?私が選んだ人なんだから」
「これって、夢だったのかな?」
「夢でも現実でも、素敵な物語じゃない?」
「二人だけの秘密の物語ねっ!」
二人は笑った
そして
星となり消えていった颯人を見送った玲音は思った
これも夢だとして
私はまた歳を取りながらきっと幾つもの夢を見ていくのだろう
そして私の終わりの夢が来たとして
その時その幾つもの夢が走馬灯の様に駆け巡るだろう
その、幾つもの夢が私の脳の中で綺麗に光輝くだろう。
まるで、万華鏡の様に。
最後まで見て頂いた方々に改めまして御礼を言いたいです。
ありがとうございました。
いや、時間かかりました。環境が変わりバタバタしていてなかなかこの物語の続きを書けずにいました。
やっとここで完結して一息ついてる所です。
僕はかれこれ小説を書き始めて9ヶ月が立ちます、ですが全部終わりの無い日常ストーリーなので勿論完結の作品が今まで無かったので、この『真夏の夜空』で初めての完結ストーリーが出来ました。
今はやり終えたと言う達成感と、誰かと乾杯したい気持ちでいっぱいです(笑)
後は、のちのち全てを見直して改稿したいと思います。
と、話は変わるのですが、実は、もう次回作を1話目書き終えてます。題『猫になる日』です
なので来週には投稿出来ると思うのでそちらも楽しみにして頂けると幸いです。
おかぴ先生