表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

後編

第六章



 船のチケット購入して、船の出航まで十分な空きがあったので六人はそれぞれ街を散策することにした。言えば焦ったところで何も始まらない。これからの長い戦いに備えるためとリオネが提案したからだ。

「こんないい町がジョーカーによって壊れるのは防ぎたいな」

 カイトはクオリア共に街を散策した。ふとカイトはクオリアの過去について話しを振る。「なぁクオリア」

「何?」

「クオリアって作られた当初のことを覚えてるの? ほらグレイ先生の日記があったようなさ」

「何百年も前だからそこまで覚えてないわ。ただ、作られた時は研究員が皆私たちの完成を喜んではいなかったわね」

「どうして!? 実際ジョーカーの攻撃の手を止めたのに? それがなんの……」

 すっとクオリアはカイトに指を指す。

「そのジョーカーの二の舞になるんじゃないのか、って言ってたわ。なんでそんなリスクを背負ってまで作ったといえば歯止めが利かないジョーカーがもういたこの世界に複数体殺戮兵器がいても変わらない。だけど可能性があるのならばという理由からよ」

「そんなめちゃくちゃな……」

 カイトは苦虫を噛み締めるような顔で言う。

「でも研究員はそんなやっつけでやってないわ。本当に対抗するために、世界の破壊を止めるために」

「それで君たち、ホムンクルスが出来たと」

「そう言ってたわ」

「それでさ、ジョーカーと戦ってた時、何も思わなかったの? 怖かったとか」

「そんな感情を元から持ち合わせないように作られたから何も思わなかったわ。全員が全員、ジョーカーに対して全力で――」

 クオリアは何かを思い出したように話していた事を止める。そしてカイトに改まって話す。

「そういえば、三人のホムンクルスは武器を持って戦っているのは今でも同じなのだけれど昔と今で違うことがあったわ」

「それはなんだ? もしかしたらジョーカーとAを倒せる事かもしれない!」

 カイトの言葉に間を置いて、色んな記憶をまさぐるようにクオリアは言う。

「今の歴史の文献では、『《タクト・ディーラー》と呼ばれる指揮棒を携える三人の勇士である人間を眷属として共に行動させ、ジョーカーを封印させるための《封戦》が始まった。』と言われているけれど、人間が遠方からタクトを操って戦うってことは言ってないわ」

「それはどういうこと?」

 カイトの頭では理解が追いつかない。クオリアはパズルの紐を解くように言葉を連なる。

「人間も同様、ホムンクルスと同じ戦前に立っている。今のように一歩後ろに引いた形ではなく」

 カイトはその言葉で理解する。

「それはっ……。でも武器は!? クオリア達みたいに武器なんて……」

 そのカイトの戸惑いも分かってはいたがクオリアも決定的な記憶の欠如に苛まれる。

「そこから私も思い出せない。肝心な所だけ靄が掛かったように思い出せないわ」

 クオリアは申し訳ない顔をしてカイトに言う。

「そっか……まぁ考えて出なかっからしょうがないよ。誰を責めるもんじゃない」

「カイト……」

 クオリアはカイトの言葉に曇っていた顔から安堵が満ちた。

「こんな話し言いだしたの俺だけど、今は忘れて買い物を楽しもう。今だけしか楽しい事満喫することないしさ」

 カイトの言葉にふっと笑みを浮かべるクオリア。

「そうね。あ……」

 クオリアは露天商に置かれていたダイヤとハートをベースに作られた髪留めに目が止まる。その姿は使命を背負った人と匂わせない人形のような可愛い子が何か物欲しそうな顔をするもので、いつもの無表情とは違う輝いた顔をしていた。

「それ欲しいの?」

 カイトは彼女が見ているその髪飾りを指を指す。

「……」

 クオリアは何も答えないが、目がそれ一点で見つめていた。カイトはその髪飾りを店員に渡し、袋に詰めてもらいキョトンと目を丸くするクオリアにその袋を渡した。

「ほら、クオリア。何も言ってないけど目がものすごく欲しそうにしてた」

 カイトから差し出された紙袋をクオリアは少し頬を赤らめて受け取る。

「あ、ありがと……」

 消え入る声で感謝の言葉を言うクオリアにカイトは満足していた。


「決定的な何かが足りないわね」

「嬢、さっきから隠れて何をしているんだ」

「尾行に決まってんでしょ!?」

 アカネとJは二人で初々しくあるくカイトとクオリアを追跡していた。

「はぁ。年頃の男の子があんな可愛い子を前にしどろもどろしてるのが許せないわね。押し倒せばいいのに」

「それは非常識だ」

「あんたいい顔してる癖に恋愛なんて一回もした事ないんだから黙りなさいよ!」

「恋愛感情なんか俺には今必要ない。ただジョーカーを倒すだけに作られたホムンクルス」

 アカネは路地裏に隠れながら尾行していた体勢を崩してJに向かって呆れたように言う。

「もし、あんたの言うジョーカーを倒してこの世が平和になったらどおすんのよ? あなたの使命は果たされて次は何を求めるのよ?」

 アカネの言った質問にJは表情に見せないが少し戸惑う。

「それは……分からない。俺たちはその為だけに作られたからな」

「あんたもホムンクルスって言うけどほとんど人間なのよ? Aやジョーカーをちょいちょいって倒して、目標が消えたら今度は世界中の女を手玉にするくらい、あんたもいい恋愛をしなさいよ。それがあんたの次の目標、はい決まり」

 Jはその言葉に意表を付くように言う。

「それは嬢も手玉にしろ。と言う事か?」

 あまりにも意外な返答にアカネはどもる。それはJがアカネに対して意識するものがあっての台詞か、命令に忠実に実行するために言ったのか顔を赤くする純粋な心を持つアカネにはJの気持ちの推察が付かない。

「でぇっ!? ばっ! 馬鹿な事言わないでよ! なんであんたなんかみたいな奴に弄ばれなきゃいけないのよっ!?」

「嬢が全ての女を手玉にしろと言ったのだろう。全ての女に嬢は含まれないのか?」

 その言葉にアカネは今までの焦りが意味のなかったものと察する。それは完璧に実行しようとするJの忠誠心からの言葉でアカネを思う本音ではなく、何も意味を持たない台詞だと感じたから。

「なんか今ので萎えたわ。あなたのお好きなように、ただ私からはジョーカーを倒す他に考えた方が良いって言うのは伝えとくわ」

「そうか。いつになく俺に説得するんだな」

「別に好きでしたんじゃないわ。何もないならそうすれば? って思っただけよ」

「嬢」

「何よ?」

 Jの手はアカネの頬を伝う。その動作にアカネは瞬時にJの手を弾き、後ろにずり下がる。

「なっ、なっ、なぁ?! 何!? 私何かしました!?」

「ありがとう」

「なんでよ?! あんたにそんな絶大的な感謝をされるような事……」

 Jは距離を取ったアカネに近づき、二人がカイトとクオリアを追って隠れた路地裏で軽いキスをする。アカネはさらに頭の中がこんがらがり正常な思考を成さない。

「さっきからなんなのよ!? あんたAとの戦いで頭打ったの?!」

「嫌か?」

「嫌っ――じゃないけどっ……でも突然過ぎるのよ! 若い女の子は敏感なの! 分かる? び・ん・か・ん!!」

「嫌じゃないならいいんじゃないか。嬢がそう喜んでくれるなら俺はそれで良い」

「はぁあ。あんたどっかで頭を強く打ったに違いないわ」

 アカネは唇に残る感触を指で伝いながら、もう尾行はいいから買い物をしようと、急遽Jに提案を下し、路地裏を勢いよく飛び出した。そのアカネの表情はどこかしか嬉しそうに。


 アカネとJの一部始終をアカネ達がいた路地裏から見た対面の建物の屋上から二人は観察していた。

「ねぇ今の見たK? 青春って良いわねー」

「それは今に始まったものだったのですかね?」

「さぁどうだか? 私達は一番遅い加入だったから」

「隅に置けませんね二人共」

 屋上で高みの見物のようにリオネとKは涼しい風にあたりながら話している。リオネは向こうの二人の動向見終え、タバコに火を付ける。

「そのタバコ好きですよねリオネさん」

 Kは高級感が漂うケースに入っている煙草を指を指す。

「タバコが好きというよりも一度吸ったら止められなくなるのよ」

「そういうものですか?」

「異性に夢中になったらその人をずっと目で追うように私はこの煙草を通じて追っているんでしょうね。あっ、その人は煙草吸っていないのだけれどね」

 最後に付け足すように言いながら空を見上げる。

「誰かを、ですか? 私は人間に作られたホムンクルス。他の人への強い思いは昔の奏者達と今のあなた達以外には特に感じた事ありません」

「なかなか物事ばっさりと言うあなたの事好きよ。……でも極端すぎるのは少しやりすぎはあるわね。あの研究馬鹿のように……」

「それはどなたですか?」

 Kは大空を見上げるリオネに質問する。

「……昔の話しよ。今はもう別に何も思ってもないわ。それに今のあの人はそんな事思っている暇はないでしょ。研究の成果を早くに出したくて生き急いだ結果、この世に大きな悪を作り出してしまったのだから」

「リオネさん。それって――」

 リオネは吸った煙草を携帯灰皿に落とし、立ち上がる。

「さて、そろそろ時間も時間ね。必要なもの買い揃えて少し長い船旅に備えましょ」

「……はい」

 二人は屋上を後にし、下の露店街を練り歩いていった。


「また長い船出か」

 六人はそれぞれの時間を大陸の町で有意義な時間を過ごし、孤島を目指すために船に乗っていた。大陸からカイトの住む島に行くためには普通の船で直進すれば早いのだが、大陸の某所に船は何回か泊まるのでその分を加味すると長い船旅となる。

「こんな短期間で大陸とおさらばとは、新鮮なことしてなかったなー」

 カイトは船旅の折り返しまで来て夕暮れに染まった空を誰もいない甲板で一人、ため息を漏らす。

「でもそれは全てが終わった後にすればいいのか。今度はナギサも連れて行ってやろうかな」

 ふとカイトの脳裏にナギサが過ぎる。船の出航時間の影響で街を散策していたとはいえ、その間も刻一刻と命を削られている。カイトは自分の行いをナギサに謝るように一人呟く。

「ごめんナギサ、あと少しだ。俺はお前のことを絶対に助けるから……」

「ナギサちゃん。あなたにとって大事な子のようね?」

 カイトの後ろに気配も無く、壁に寄りかかっている人がいた。

「リオネさん!? 今の聞こえたんですか?!」

「聞こえなかったも何も結構声は大きかったと思うけれど」

「そうだったかな? ははは……」

 照れくさそうに笑うカイトにリオネは言う。

「私のお爺さん、前にグレイと研究に携わったって言ったような気がするけど覚えてる?」

 カイトは覚えていると答える。リオネは潮風に煽られる銀髪を隠すようにフードを被る。そしていつもより増して重い口調で身の上話を語る。

「お爺さんはAの失敗によってAの手で殺された」

「え……?」

 甲板に吹く風が強い。その風は二人を突き刺すように流れる。

「グレイを軸に錬金術師のメンバーでホムンクルスの作成をしていたのだけれど、私はその作戦について知らなかった。言えばそんなに私も錬金術に詳しい、っていうわけでは無かったから」

「……」

 カイトの返事を待たずにリオネは続ける。

「それに私に言えば反対すると思ったんでしょうね? グレイが錬金術について学ぼうとした時に私の弟子をしていたから」

「グレイ先生がリオネさんの弟子?!」

「そんな驚くところ? 私こう見えて二十二だし、グレイはその一個下」

 カイトの頭の中で年功序列が入れ替わる。リオネは煙の臭いがないタバコを取り出し、火を付ける。その姿はどこか悲しい姿をしていた。

「もう一つ驚く事を言うと、あなたの先生だったグレイは私と恋人同士だったのよ?」

「へぇ……。えっ!? あのグレイ先生と!?」

「なんかグレイを馬鹿にしてないかしら? あの子が研究所に来たのも十八とかそんな年よ。青春を謳歌するには十分な年齢だと思うけれど」

 グレイとリオネ似合っているのかないのか。カイトの頭の中では失礼な事を考えていた。

「似合っている似合ってないなんか外見で判断するもんじゃないわよ。要はお互いに心が合うか合わないか、そっちの方が重要よ」

 カイトの考えたことが手に取るように汲み取られ、リオネが答えた事に返事にならない声を上げる。

「図星だったようね。カイト君もお子様ね」

「からかわないで下さい」

 カイトは不貞腐れるように海の方を見る。その広大な海は波のうねりを穏やかに、潮風を舞い散らせ、空と海の織り成すオレンジ色と深い青の世界を演出していた。その世界に前方から灰色の物体が海面を滑空し、波しぶきを上げている。それを見たカイトはリオネに叫ぶ。

「リオネさんあれ!」

 指差す方向を見るとリオネは即座にカードを取り出し換装する。そのタイミングと被るように気配を察知したのかKが甲板にやってくる。

「あれは!」

 Kは向こうから来る灰色の相手に静かに殺意を向ける。その殺意に気づいたのか灰色の物体はこちらにビームを打つ。

「カイトさん! 下がって下さい!」

 咄嗟にKはカイトに向かって伸びるビームを一瞬の換装で飛んでくるビームを斧で防ぐ。

「早いお出ましね。」

 リオネは灰色の物体、Aにタクトを向ける。その合図にKは船から躊躇なく飛び降りる。

「K!? 下は海だぞ!?」

 カイトの言葉は遅く、落ちていくKは船体を借りてAに向かって標準を合わせ、海に落ちるギリギリのラインで横一直線に飛ぶ。

 スペードを模した斧の形を変えて大剣に切り替わり、Aに向かって大剣を振り上げる。その速さに防御の態勢を取らなかったAは大きな波しぶきを上げながら空中高くに体が上がっていくのが見えたと同時に、さっきまで海面ギリギリを飛んでいたKがAの首元を掴んでいた。

 さっきのKの振り上げた攻撃に上空に飛ぶ事を予想して、KはAの軌道に乗るために攻撃を当てた後のコンマ数秒で首を掴んだのだろう。

 その空中で掴んだAよりも上に上がったKは手を離して、大剣を思い切り海に向かってAに振り落とす。空中で身動きが取れないAはそのまま垂直に海の中に沈んでいった。

「K! これに掴まれ!」

 この騒ぎに気づいたアカネとクオリアがこちらに向かい、そしてJが槍を伸ばして上空に舞うKを拾い上げる。

「助かります!」

 伸びてくる槍を器用に掴み、縮む槍と共に甲板にKは着地する。

「無茶な事をするなよK! あれで失敗したら海中に沈められていたぞ!」

 カイトはその行いにKに心配を込めた言葉を投げる。Kはすみませんと謝り、落ちていったAの行方を見た。

「中々な手応えでしたがどうなんでしょう」

「前の戦いでも分かるようにあいつはタフだ。こんなんで死にはしない」

 Jは悟るように言う。その期待に応えるかのように海の中から透明な円のオーラに囲まれAが現れる。船から遠い場所から船に乗る全員に聞こえるかのような声でAは喋る。

「やるな旧型ホムンクルスよ。こちらの攻撃をかわしながら一手を俺に交わせてくるなんてな、あれまでの短期間で何がそこまでを揺さぶるのか……」

 この声に船内にいた一般人が何事かと外に様子を見に出てくる。

「ふっ。ちょうどいい、人間がいるこの船の連中に俺はお前らに宣告してやろう」

 Aは両手を上げ、一つのパフォーマンスするかのように演説が始まった。それを静止させようとカイト達は空中に浮かぶ相手にどう戦うか考える。

「今宵、この世界は新鋭ホムンクルス《エージェント・ジョーカー・ルール》が統治する! それはお前らのわがままに付き合わされたホムンクルスの反逆と思え!」

「そんなこと俺らがさせない! お前にこの世界を壊させない!」

 カイトはAに叫ぶ。Aはその言葉にカイトに向け言葉を放つ。

「現代の奏者、以前の戦いで分かっただろうに。お前らじゃ俺を倒せない。そして俺の野望は人間が勝手に俺たちを生み出し、ホムンクルスの気持ちを感じずに振り回した事に逆襲するため。その憎みとお前ら奏者のカリソメの正義がどちらが勝つか明白だろ」

「違う! 人間はそのために生み出したんじゃないはずだ! 現に今ここにホムンクルスはそんな事をしていない!」

 カイトはK、Q、Jの顔をそれぞれ見回す。その顔はカイトの言葉に肯定を表す態度で立つ凛々しい姿があった。

「黙れ人間! 口答えするな! ――人類が勝手に生み出した最初のホムンクルス。一番最初に錬成されたジョーカーの気持ちを考えて言っているのか!? お前らは使命しか持たされていないホムンクルスになんの疑問を持たず、それに享受しているだけだ!」

 Aはこれまでの思いを吐く。Aがジョーカーを含むこれまでのホムンクルスにしてきた人間の報い。それを晴らすために時代を超えて現代のグレイの手によって作り出されたのだ。

 カイトは胸に手を当て、自分の中で思いを巡らせる。野望に囚われたAと和解し、人間とホムンクルスが共存して生きていく世界が作れないか……と。

「俺はジョーカーの錬成を元に作り出された全ての感情を持つ完成されたホムンクルスなんだよ! お前ら人間に物のように扱われる気持ちを……考えてみろ!!」

 Aの一瞬の言葉の間に手から大きな刃が構築される。その刃を大きく船に向かって薙ぐ。

 斬撃が船体を切り裂き、巨大な船は大きく船体を揺らす。その振動に耐えるために船にしがみつくようにして振り落とされないように耐えた。

「これは俺からの軽い洗礼だ! 今日の日付が変わる頃にまたお前ら人間新たな恐怖を与えてやる!」

 そう言い放つとAの姿がブレる。

「またあいつがっ!」

 カイトは自分を換装させてAのいる空中に行く手立てもないというのに身を乗り出す。感情だけで動くカイトにクオリアは揺れる船に耐えながら叫ぶ。

「カイト!」

 その声にカイトは乗り出した体を止める。しかし、船体が大きく傾き、バランスを崩したカイトは海に向かって放り出される。

「カイト!!」

 それを見たクオリアは捕まっていた柱から手を離し、放り出されたカイトを追って船から飛び降りる。

「Qちゃん駄目ぇ!!」

 アカネは無謀な救助に対する警告の言葉を叫んだ。

「やっば死ぬ死ぬ!!」

 振り落とされたカイトは何も出来ずに海に近づく。

「カイト!」

 上から小さな女の子がカイトの元に加速を付けて落ちてくる。

「クオリア!?」

 その言葉が交わされたかないかの所で二人は海中へと姿が消えていった。

「二人は?! どうなったのよ!?」

 混乱するアカネは何ふり構わず声を上げる。

「分かりません! とにかく今は自分の無事を優先に!」

 Kは全員を落ち着かすように声を大にして促す。

「こんな状況でそんな事……!」

 徐々に沈んでいく船体が海のもくずになることを船内の人たちが直感する。

「もう……ダメ」

 アカネは全てを投げ出すかのように呟いた。


『――なぁ? 俺達って死んだの?』

『そんな事あるわけないわ。私たちにはやる事がある。それを果たせず、死ぬ訳いかないわ』

 そっか、それってクオリアの本音? それとも使命に動かされただけの心が抜けた機械的な言葉?』

『……。私たちも心のどこかで願っているんでしょうね。カイトが思う、人間とホムンクルスが手を取り合い共存する世界を』

『ははは、俺の思うこと筒抜けか、なんか恥ずかしいな』

『人の思うことをここまで共有できるのは、カイトと私が奏者とそれに就くホムンクルスという縛られた関係あるからではないと私は思うの』

『え? それはどういうこと?』

『鈍感なのね。選ばれた奏者、カイト。あなたに私はどこまでも付いていく。それがそんなに辛い道であっても私はこの手を離さない』

『クオリア……』


 船を囲うように大きな光が、沈んで行く船体を上空に浮かせている。揺れていた船内はまともに立てる程に安定していた。

「なになに? この光!?」

 アカネは次々と起こる事に慌てている。

「分からない。けどこの桃色の光……」

 リオネはこの船を包む光を誰が放っているか理解する。

「カイトとQですか」

 リオネの後ろでKはそう呟く。

「あれを見ろ」

 Jは船の上部に浮かぶ二人の影を指を指す。そこには二人が手を繋ぎ、祈りを込めるように目を閉じている姿。

「カイト!? それにQちゃんも! 無事だったのね!?」

 アカネは安堵の声を上げる。

「……ん? あっ、皆! ……なんか俺すごい人になってる?」

「凄いってもんじゃないと思うけど……」

 リオネは少し笑うように小さく突っ込む。

「とにかく! この船を陸地に持っていく! それでいいよね?!」

 四人は親指を立てるように、上にいるカイト達に見せる。それを見てカイトとクオリアは意識を合わせるように腕を上げて船体を前に動かした。

「動いてる!? 凄いわね……」

 アカネは心の底から感心する。

「あの二人はそういう運命なのかしらね」

 リオネはその場に座り込み、煙草に火を付ける。

「昔にあんな事ありましたかね? Jさん」

「いや、無い。俺も驚いてる」

 全員はこれほどの幻想的な光景に呆気を取られ、ただただこの船が大陸を移動する様を黙って見届けていた。


 船は大陸の船着場に静かに着水され、乗っていた客に大きな怪我を負う事態がなかった。しかし、この事件は公にホムンクルスによって企てられたものとして、民衆は歴史の再来を恐れていた。

「まずいな……」

 リオネは顔に焦りを出していた。

「ホムンクルスによって起こされたとされればローウルフ一族の捜査も遠くないでしょう」

 Kは現実を突きつけるように冷たく言い放った。しかし、その顔は悲しさが滲みだしていて薄ら涙を浮かべている。

「なにそれ!? 全部は作られた側のホムンクルス、人間が世の中を便利するために作っておいて、それが害とすれば捨てるなんてほんとに人間は勝手だと思うわ!」

 アカネは怒りを上げるその最もたる言葉にJは冷静に返す。

「しかし、錬金術を知らない人から見れば勝手に作っておいて害があると分かればそれを冷たい目で見るのは避けられない」

「でも全然知らない人だってその時代を便利になるって知れば好印象抱くでしょ?! 科学者が人類を便利に変える画期的な発明して世に放つのと何が違うのよ!? それが人間に近いホムンクルスだった……。 それだけでしょ……?」

 アカネは人間の身勝手な振る舞いにやるせなさを感じたまま、最後に泣き出した。

「ちょっと皆さん聞いて下さい!」

 船を降りた四人の後ろから声が聞こえてきた。それはここまで船を運んだカイト達だった。

「あの! この事件を起こしたのは確かにホムンクルスです……。それは逃げようのない事実です。しかし、皆さんよく考えて下さい。」

 カイトはざわめく民衆に問いただす。

「この事件の発端はそう、何百年の前に起きた錬金術のせいとおっしゃいます。でもその錬金術は自然に生まれたのでしょうか? 俺は違うと思います」

 民衆のざわめきはシンと静かになり、カイトの言葉を聞いていた。

「人々が自分の世界豊かにするために生み出した産物だと俺は思います。そして錬金術は豊かにすることに大いに貢献し、その目覚しい文明の中、ホムンクルスを作り出した……」

「しかし、文明の発展を急がせた結果、それは不完全なままで世に現れ、この世界を恐怖に陥れてしまった。だから錬金術というのは怖いもの、排除するべきもの、そうなんですよね?」

 民衆にまた声が上がる。錬金術が悪い、ホムンクルスを作るからだと色んな罵声が飛び交う。

「だけど! ホムンクルスも作られたくて錬成されたわけでもないし、人間もあんな事件になるとも思っていなかった。人間のエゴでホムンクルスの生き方をなじったんですよ!? それはどう説明するんですか?! 私には無関係、錬金術師がと言う人は、ペット、そして自分の子供とかを考えてください。ほんとにあなたに飼われたくて、家族になりたくて生まれてきたと思うんですか!?」

 民衆は黙る。

「これは錬金術と言うものだけが悪いとか括りに出来ません。全ての悪は自分のエゴで生んで蔑ろにしてしまった事が原因なのです」

 カイトはクオリアと共に船の上部で話していた場所から地面に降り立つ。

「俺は、何百年前に生んでしまった過ちを正すために、長い長い血筋を経て選ばれた運命に贖い、歴史に残る奏者として最後の決着を付けます。俺の隣にいる子、ホムンクルスと共に、そしてホムンクルスと共存できる世界になり得ると信じて」

 最後のホムンクルスという言葉に民衆は目を丸くしてたが、静かにカイトの言葉を聞いていた民衆はパチパチとまばらな拍手から大きな拍手へと変わっていった。

「あの子も言うようになったわね」

 リオネは成長したカイトに感心の言葉を上げる。


「皆!」

 カイト達は群衆にもみくちゃにされながら抜け出して、群衆から外れた四人に掛けてきた。

「ごめん。皆の意見を聞かずなんか言っちゃって……」

「自信ない割にはあそこで言ってた姿は堂々としてたけど?」

 アカネはからかうようにカイトに強めに肘をカイトに入れる。 

「いやぁ夢中になったというかなんというか、俺の気持ちを伝えたかったというか……」

「『なになにというか』ってうるさい! あんたの言葉が民衆に響いたんだから良いのよ! それだけを誇りに思えば! それにもうAを倒すということを言ってしまったんだから負けるなんていうカッコ悪いこと許されないわよ」

 アカネはなよなよするカイトに一喝する。カイトは真剣な顔つきで言う。

「それは覚悟している。これは遠い先祖が俺に与えた運命だから。それから逃げるなんてしないよ。クオリアも皆もいるし」

 カイトの意志に運命を背負った全員が一つになる。その中、割って話すアカネは重要な事をぽろっとこぼす。

「でも船が壊れた今どうやってあの島に行くのよ? 仮に定期便が動いても間に合わないわよ?」

 アカネの言葉に皆がハッとする。

「誰も考えていなかったのかしらね……」

 苦悩するメンバーに歩み寄る一人の青年が六人に声をかける。

「私が船を出します」

 六人に助け船を出すように現れた青年にリオネは咄嗟に口を開く。

「あなたは……グレイ?」

 リオネは驚いた表情でグレイと見合わす。

「久しぶり、リオネ。髪型変えたの? 似合ってるね」

「う、うるさい……」

 照れくさそうにリオネはフードを被る。

「ちっ、グレイ先生に先客いたのね。よりよってあいつとかっ……」

 小さな声でアカネは呟いていた。

「グレイ先生!? どうしてこんなところに?」

 カイトは偶然の遭遇に嬉々としてグレイ先生に歩み寄る。

「それはこの近辺に住んでいるわけですし、港の方で何か騒がしかったもので……」

 グレイ先生は咳払いして付け足すように喋る。

「私の過ちで生んでしまったAと清算するためにも私は協力したいのです」

「グレイ先生……。分かりました、行きましょう。全てを終わらせる為に、そして未来の錬金術の繁栄を願って!」

 六人はグレイの船に乗り、民衆の応援を背に最後に待ち構えるジョーカーとAがいる孤島へと向かった。


「今の時間が二十時、先生あとどれくらいで着けますか?」

 カイトは時刻を見ながら運転するグレイ先生に言う。

「普通ならあと四時間半かな……。でも最大のスピードで行けば0時には着くように行きますよ!」

 加速する船の先に一本の光が見える。

「あれは?」

 カイトはその光を指す。

「Aもなにやら動き出しているのかもしれないわね」

 リオネがそう呟く。

「あの光の先に……! グレイ先生あの光に向かって全速力で!」

「カイト君も無茶を言いますね……!」

「先生も無茶な宿題出すんだからおあいこですよ!」

「そうですね、分かりました。皆さん振り落とされないように掴まってて下さいっ!」

 さらに船のスピードが増し、鋭い風が体に突き刺さってくる。船の揺れる衝撃に耐えながらカイトは手を強く握ったクオリアに話しかける。

「ねぇクオリア、船に乗ってこうやって猛スピードで走った頃の事思い出すね。」

「そんなこともあったわね。遠い昔のように感じるわ」

「ほんの一日前だよ。でもこの一日がまるで一年のように色々なことがあったような気がするよ」

「そうね。たった一日でもあなたとの関わりは濃いような気がするわ」

「そうだね。でもこれからは平和な世界でもっと関わる事になるよ」

「……そうね」

 船は徐々に遠くにあった光の柱との距離を縮め、数時間経ったのか分からない程に目の前に大きく伸びる光が眼前に広がった。

「近づいてきた」

 カイトは猛然と掛ける船の上で立ち上がる。バランスを上手く整えて態勢を保ち、五人に叫んだ。

「あともう少しで全てが終わる。この為に俺たちは色んなことを知り、そして真実を知った。この過ちから払拭するために俺に力を!」

 カイトは不安定な場所で勢いよく手を広げて掲げる。

「そんなの当たり前よ。なんのために私たちここに来たと思ってるの?」

 アカネの素っ気なさとは違って心の中に精一杯の力を感じる。

「カイト、俺はいつでも力を貸す」

 Jはいつものように落ち着いた雰囲気でカイトに言う。

「私もJと一緒よ。錬金術の歴史を変えなければ始まらない」

 リオネも錬金術師としての誇りを胸にこの戦いに挑んでいる。

「僕も皆さんと共に明るい未来を望みます」

 Kもあどけない顔でも譲れない気持ちをぶつけてくる。

「カイト、私はいつでもあなたの傍に」

 手を握るクオリアの手から力をもらう。

「着きますよ!」

 島の外観が目の前に聳え立つ。掲げた手を握り締め、カイトは叫んだ。

「よし! 行こう!」

 カイトの言葉に全員は今一度心を一つにさせ、孤島に降り立った。



第七章



 船を降り立ったカイト達は、グレイには危険だと言ってグレイを船に待機させてこの島から離れてもらうことにした。その危険性を考慮してグレイは船を動かし、島から離れていく。そしてカイトが進む道案内を頼りに、カイトとクオリアが会ったあの洞窟へと急ぐ。

「ここだ」

 洞窟が来るものを圧倒するような存在感が立ち込める。

「凄い気配ね」

 リオネはこの先にいる巨大な力に気圧される。

「ここから引き返せない。行くしかないんだ」

 カイトの言葉で洞窟の中へと一歩一歩と進んでいく。

 洞窟の中は普通の空気とは違うオーラを放つ。それは過去にここで実験をしていただろうジョーカーの錬成の傷跡。カイトたちは先に進むと図書館で書物の記憶にあった両扉で構えるあの扉はやはり片扉しかなく、扉の役割を果たさず今も残っていた。

 カイトはその扉を触れる。そこには絵が書かれているのだが半分しか書かれていなくて何を表すものなのか分からない。しかし、その模様はあの書物にあった扉と同じ模様が描かれていたのが分かる。

「やっぱりここがジョーカーが作られた場所だ。そしてこの先に……」

 扉を抜けるとそこは開けた場所。月夜に照らされ、神秘なる空間が漂っていた。中央には四方から伸びる頑強な鎖で四肢を固定され、空中に固定されたままピクリと動かないジョーカーが吊り上げられていた。

「ジョーカー!?」

 カイトは身構える。しかし、クオリアがカイトの前に出る。

「生気を感じられないわ。まるで死んでいるようね」

 ジョーカーは島で出くわした時のように動いていた面影すらも残していなかった。

「何百年前に最後に放った術による寿命。ホムンクルスにも活動できる限界はある。最初に動けただけでQからのダメージを受けた後、パタリと動かなくなってしまった」

 カイト達が来た方向とは反対側の向こうの方から人の声が聞こえる。

「Aか?」

 カイトはその見えない人物に対して呼びかける。だんだんと近づく足跡は、銀髪にくすみかかった色の髪に汚れたジーパンを履き、上半身は何も着ていない。灰色の気を纏うその人間の姿をしている人物はカイト達に言う。

「私の分身、デビルAはいかがだろうか? そしてそれを操る本体、私がA」

 緊張感が走る。張り詰めた空気に切り込むようにカイトは放つ。

「お前の野望を止めに来た。こんな事やめて俺たち人間とホムンクルスが共存出来る世界を作ろう」

「……」

 Aはカイトの言葉に俯く。

「あなた達はそう言って実験だのなんだのと人と扱わない、人と同列に扱わない行動をしてきた」

「今回は違う! Aと真面目に……。」

「それは私を恐れての言葉であって本質の言葉ではない!」

 相手の気に風が巻き上がる。その風に辺りの岩が宙に浮き始める、同時にカイト達の体も浮き上がり、この空間から上空へと上がる。空中へと投げ出されたカイトたちの体は不思議と地に向かって落ちずに滞空をしていた。

 宙に浮く場所は地面に付いてる感覚で立つことが可能だった。空中に降り立つカイトに向かって上空の何もない空間から階段のように一段一段降りてくるAがジョーカーを引き連れ、カイトの場所へとやってくる。

「ここなら戦いやすい。せっかくのジョーカーの生成場を荒らされたくはないのでな」

 Aは透明の階段を降りる足を止め、両手を静かに合わせる。

「あなた達に私の錬金術をお見せしよう。そしてその力を思い知りながら共に死ね」

 日が落ちた夜の世界を吸い込むかのような禍々しい光を放つ。

「死者の魂の復活、《練禁術、生き血の代返》」

「その錬金術は――! 止めろ!」

 リオネは相手の錬金術を止めようと動くが、目の前のAは光に飲まれ、小さな結晶を残して消える。

「消え……た?」

「消えてはいない。おそらくはあそこだ」

 リオネはカイトの言った言葉に解答を示すようにジョーカーを指した。Aの後ろで力なく浮遊していたジョーカーにその結晶が近づく。

「あの錬金術は自らを素材に錬成をする《練禁術》の一つだ。自分の体を引き換えに力を増幅させ、対象となる相手を乗っ取り、意のままに操る」

 結晶はジョーカーの胸の中へと入り込んだ。ジョーカーはロボットのようにぎくしゃくしながら四肢が動く。不気味な動きが止まり、死んでいた目から灰色の光を放ち、ジョーカーは自分の足で階段を降り始めた。

「ははは、居心地がいい。生まれ変わったようだ」

 ジョーカー、もといAはカイトと同じ高さの位置に足を付ける。そしてそれぞれの思いに決着をつけるようにカイト達に言葉を放つ。

「さぁ、始めよう。 お互いの理想の為に!」

 カイト達はすぐさま換装すると同時にアカネは先制攻撃とばかりにタクトをAに向かって振りかざした。

「J! あいつの理想を止めるのよ!」

 Jはその言葉を受けて、アカネの後方から飛び出し、相手の胸に三叉槍を突き刺す。がしかし、その動きを読んでいたかのようにAはその攻撃をいとも容易く横に回避をする。

「クオリア! 続け!」

 カイトの合図にクオリアも前に出る。横に避けた相手を捉え、すかさず双剣を構えてAに振るう。

「甘い」

 Aはその双剣を両腕で止める。お互いの力が押し合い交錯する中、クオリアとAの頭上からKが攻撃があがる。

「K! 今よ!」

 タクトを振り下ろすリオネの意志に同調し、Kは斧をAの脳天に振りかざす。それと同じくしてAの後方から態勢を反転させ、Jの槍もAに向かって飛ぶ。

「その程度の同時攻撃なんともない」

 Aはクオリアの剣を弾き、頭上から振り下ろす斧をギリギリの所で拳を斧の刃がない横を叩いて軌道反らせて攻撃を空振りさせ、後ろからくるJの攻撃を避けてJの攻撃が当たらずに通過するその一瞬にAは腕を下ろしJの体を地に叩きつける。

「――ぐあっ!」

 Jは相手の拳によって地に叩きつけられ、Aの足に押しつぶされる。すぐに態勢を整えたクオリアとKはJの自由を利かすためにAへと攻撃を加える。

「ぬるい。何も変わっていないな」

 Aはジョーカーという素体を使い、つまらない顔を浮かべて二人の乱撃を止める。

「ねぇ!? 相手に攻撃食らってないよ!? このままじゃ……」

 アカネは泣き言を吐く。

「まだ始まったばかりだ! 俺たちにはこいつを倒さなきゃいけない使命があるんだ!」

 カイトはアカネの泣き言を打ち消すように声を立てる。

「人間に私の復讐を止められてたまるか!」

 Aは指先をこちらに向ける。指の先端に黒い球体が出現し、カイトに向けて放たれる。

「くっ!」

 カイトは二人を守るようにタクトを構えてカイトの前に桃色の透明なオーラが出現し、いくつもの球体がそのオーラにぶつかり合う。

「俺らは……ここまで来て負けるわけにいかないっ!」

 カイトは力を上げ、黒い球体の攻撃を耐える。オーラと球体が擦り合う摩擦で煙が立ち込め、球体の消失と視界が阻害される煙幕を掻っ切ってAは拳を上げてカイトに距離を詰める。

「――っ!」

 カイトは反射が遅れ、その拳を直に食らう。相手の攻撃を受けた反動でそのまま後方に下がって倒れる。

「――くうっ!?」

「カイト!」

 二人は合間を縫ったAの動きに反応出来ずに、事の結果を負うことしかできなかった。

「俺の事はいいっ! 二人共気をつけろ!」

 Aは次の標的にアカネの体を掴み、力を入れてく。

「――いやっ! かはっ!」

「アカネ!」

 リオネはタクトを振り、Kに指示を入れる。それにKは瞬時にAの脇腹へと斧を薙ぐ。その怯みでアカネは掴まれていた腕から解放されたアカネはすぐに反撃の為にタクトを振る。

「げほっ! ――J!」

 アカネの復活にJが槍を器用に使い、Aへと乱舞する。

「K! 行きなさい!」

 さらに追い打ちのようにリオネはアカネの元へと駆け寄りながらKに指示を与える。

「アカネ大丈夫!? あんた気を取られすぎよ」

「ケホッ。はぁ……。あんた私を名前で呼ぶの初めてね……リオネ」

「それはお互い様よ。そんなことよりも……」

 JとK、そして遅れてカイトの力を借りないまま戦うクオリアによって猛攻を食らうAだが、一人一人をなぶり倒し、床に転がす。三人のホムンクルスと三人の奏者は膝を地に付けて今にも戦意喪失しうる絶望的な状態だった。

「やはり、お前らの理想はそんなもの。私の復讐の怨念の方が強かったみたいだな。しかし」

 圧倒する力で全員をねじ伏せ、六人が倒れる中で悠然と佇む。

「そんな……。こいつ強すぎる……。私たちじゃ」

「……」

 リオネとアカネは最強の相手に成すすべなく、うなだれる。

「……絶望的ね」

「くっ……」

「すみません。私に力がないばかりに……」

 三人のホムンクルス達も力の格差を思い知らされる。しかし、一人だけは地に付けた膝を上げて立ち上がる者がいた。

「――おい。皆の力はそんなものか? まだ諦められねぇだろ……」

 一人、小さな可能性を心に宿し、強大な敵に向かおうとする青年がいた。

「……カイト、だっけか。お前はなんのためにそこまで命を張る? この世界の為か? 名誉か?」

 執拗に立ち上がり、少しでも残る小さな可能性を拾おうとするカイトにAは最後の情けのように質問した。

「俺は……。今あるこの世界が好きだから、島も島の皆も大陸もそしてホムンクルスをも、そして島の友達を助ける為に!」

「カイト……。私は――!」

 クオリアの声がカイトに響く。カイトはクオリアに笑みを浮かべる。

 静かにカイトの中で揺さぶる闘士が目覚める。その気にカイトを包み込むように虹色の光が現れる。カイトの服装が変わり、白いスーツから黒いスーツへと変わり、それに合わせて虹色の光に包まれるクオリアの衣装が純白なドレスへと姿が変わった。いつも以上の力が二人に膨れ上がる。

「なんなのあれ!?」

 アカネはカイトの光に仰天した顔つきで言う。

「まさかあの子がここまでの力を秘めてるとはね。『ホムンクルスと共に闘う勇士』」

「奇跡だな」

「これほどの偶然があっていいのでしょうか?」

「何百年前の文献だったからそうだと思わなかったけど、まさかね」

 リオネ達は目の前に立つカイトの背を見守る。

「お前……その術は何百年前に消えたはずっ! 何故一般のお前が使える!?」

 Aはカイトの輝きに驚きを隠せなかった。カイトを包む光は増大し、天へと伸びる一本の柱のように虹色に輝く。

「全ての知識と力が俺の中に入ってくる……。A、これで決着を付けよう」

 天に伸びる柱から二つの剣が舞い降りる。それはクオリアと同じ双剣。その剣を手に取ると柱が消え、カイトは言った。

「過去から現代へ長きに渡る激突に今、終止符を打つ。《錬金剣スート・ソード》」

 二つの剣から虹色に輝く光を放ち、その場からAへと斬りかかる。

「クオリア!」

 カイトの指示にクオリアが動く、Aの正面からカイトは立ち向かう。

「うおおおおお!」

 カイトの剣はAの体を貫通するように斬る。

「なっ!?」

 クオリアがその攻撃に続くようにAの後方から剣をクロスさせて斬りかかる。

「――っつ!」

 Aは二人の剣撃に地に膝を付ける。

「攻撃が段違いだと!? こいつら!」

 Aはさっきまでの威力の差異に怯んだ体を即座に起こした。

「このままお前らの勝手な真似をさせない!」

 Aの両手から黒い球体が次々と現れる。その攻撃に瞬時にカイトはアカネ、リオネ達をクオリアはJとKを庇うようにして、無限に飛び交う相手の攻撃を防御する。

「お前らに分かってたまるかっ! 作られてから毎日毎日激痛に耐えて体を調べられ、たくさんの苦痛を強いてきた人間と共存など私は認めない!!」

 カイトの防御が崩れ去り、黒い球体が縦横無尽に被弾する。即座にアカネとリオネがカイトを覆うように二人で防御をする。

「あいつも気が狂ってるわね!」

「しょうがないわ。人間に恨みを凄く持ってるいるもの。その恨みをジョーカーと共有して膨大な力に変えているだろうし」

 咄嗟にカイトは防御の壁を抜け、乱打される黒い球体を切りつける。

「カイト無茶よ! その黒い球体に当たったら……!」

 アカネの心配を他所にカイトは飛んでくる球体を避け、Aに向かう。

「人間風情がぁぁぁぁあああ!」

 カイトは地を蹴り、Aへと間合いを詰めた。

「A! お前は間違っている!」

 カイトはAに剣を振るう。その攻撃をAは傘でガードする。

「何も間違えていない! 俺は人間がしてきたホムンクルスへの恨みを……」

「そんなくだらない理由で世界を壊そうとするな!」

 カイトは吠える。その咆哮にAは圧されて傘を弾かれてその隙間を縫うようにカイトの剣がジョーカーの胸に傷を与える。しかし、Aはそのまま倒れずに耐えた。

「くだらない……!? お前にあの苦痛を知って言ってるのか!?」

 Aはカイトに向かって蹴りを繰り出す。それをカイトは双剣で受け、後方へと飛ばされる。

「俺には過去に何をされてきたのか分からない。だけど、過去に縛られたままじゃ何も望めないんだ!」

 カイトは武器をしまう、それを見たAは同じように武器をしまった。距離が一定を保たれた場所から拳と拳のぶつかり合いが二人の間合いを詰めた。

「なんなのよ。これじゃただの喧嘩じゃない」

「違うわ、人間とホムンクルスの決着。カイトの最後の説得よ」

 アカネの言葉に付け足すようにクオリアが言う。目の前で武器を使わず己の体で戦う様を全員は見届ける。

「カイトォォォォ!」

「Aェェェ!」

 二人の拳が両者の顔にヒットする。その衝撃に空気の波が揺れ、振動が発生する。

 両者は相手の拳に仰け反るが態勢を整え、相手に立ち向かう。

「カイト、お前の言っていることは分かる。だが、私の理想はもう変えられない!」

 カイトの拳を振り払い、顔面を殴打する。カイトは顔面に食らった攻撃に後ろに仰け反るが、その仰け反った反動を利用して2メートルの巨体に向かって飛び、Aに頭突きをかます。

「今ならまだ考え直せる! 俺らと一緒に……!」

 頭突きを食らったAは額から血を流しながらカイトに言う。

「カイト……、私はもう引き返せないんだ。これはジョーカーと私が宿した宿命」

 宿命、ホムンクルスに与えられた使命と似たもの、それは不変の運命。

「お前と会うのが早ければお前を救う事が出来たのかな……?」

「……これは変えられないものだ。カイト、これで最後にしよう」

 Aは両手を広げ、宙へと体が浮いていく。

「過去に大陸を消滅させたジョーカーと同じ錬禁術アース・クェイク

《プログラムガセッテイサレマシタ。残リ六十秒》

 第三者の機械音が周りに響く。

「待て止めろ!」

 カイトの言葉よりもクオリア、K、Jが動く、後ろからアカネとリオネがタクト上げていた。

「あんた時間がないわよ!? 今はジョーカーの術をどうにかしないと私たちしてきた事が無駄になるわよ!?」

 アカネはタクトを伸ばし、Jに指示を送りながらカイトに発する。

「でも! あいつだってこんなことしたくないはずだ!」

《残リ五十秒》

「早く! Qちゃんに指示を!」

「時間がないわ。躊躇している暇じゃない。あなたの島の友達がどうなってもいいの?」

 リオネが冷たく吐き捨てる。ナギサを救うには種を植え付けた親であるジョーカーを倒す以外に方法は無い。しかし、今の親となるのは最後まで人間を恨み、人の温かみを知らないで生きてきたA……。

《残リ四十秒》

「カイト!」

 二人の声がカイトを急かす。カイトは他の五人望む行動とは意を反し、クオリアたちが向かった空高く上がっていったAの元へと飛ぶ。

「お前を死なせるわけにいかない!」

 三人のホムンクルスは空中で中央に仰向けで浮かぶAをトライアングルの形に三人が位置を取り、何かを唱えている。カイトは自爆しようとするAの体を掴み、Aを呼びかけようとするが、返事が全く返ってこない。

「カイト、これから封印儀式をする。そこから離れろ」

 Jの声が頭の中で語りかけてくる。カイトはその言葉に応答する。

「封印?! そしたらお前たちもまた海の中に……!?」

「俺たちの使命だ。止むを得ん」

「そうね……」

「僕たちの生きる意味です」

 三人のホムンクルスは言葉ではなく直接脳に語りかけてくる。全ては昔作られたホムンクルスとしての命を受けて、ジョーカーを封印するためだけの動く機械のようなものとして今まで生きてきた事をカイトは悟る。

「使命使命ってお前らは生きたくないのか!? 生きて与えられた生に喜びを感じながら生きようとしないのか!?」

「私たちにそのように教えられていないわ。全ては……」

「ああもう! 分かったよ! 俺が何とかしてやる! その使命を俺が三人の代わりに受け持ってやる!」

《残リ十五秒》

 カイトはAの体を掴んだ手を離し、仰向けで横になるAの体に乗り、腰にしまった双剣を取り出す。

「ジョーカーの機能を停止させれば……!」

 カイトが図書館で見た映像に全てを賭けて、額で小さく光る結晶に双剣を突き刺した。

「カイト時間が無い。早く離れろ!」

 Jの言葉に聞く耳を持たずにカイトは力込めて結晶を割る事に全力を注ぐ。

「硬い! ヒビが入るのにどれだけ中は頑丈なんだ!?」

《残リ十秒、カウント入リマス》

「Q!? 何をする気だ?! 戻れ!」

 クオリアがJの言葉を無視してカイトの元に飛んでくる。そしてカイトが持つ双剣に力を貸すように手を添える。

「クオリア!?」

「今は集中して! このまま力入れて!」

 剣と結晶の力のぶつかり合いを表現するように大きな火花が散る。

《7、6》

「嬢。本当にいいんだな? 後戻りはできないぞ?」

「リオネさん分かってますよ」

 下のリオネとアカネの命を受けて、カイトの元にJとKが駆け寄り、剣にさらに力が加わる。四人の力が一点の結晶に重くのしかかる。

《5、4、3》

 だんだんとジョーカーの体から光が伴う。

「うおおぉぉぉぉぉおお!!」

「カイト! 全てはカイトに掛かってる!」

 下からアカネとリオネが叫ぶ。その言葉を背に受け取って渾身の力を腕にかける。

《2、1、0。リミットデス》

 ジョーカーから漏れる光は増大し、体ごと大きく弾ける。それと同時に剣で刺していた結晶が割れる音が小さく鳴る。爆裂なフラッシュがカイトの目を一時的に遮断する。


 ――体が下に向かって落ちていく感覚の中、カイトは気付く。

「…………? 何も起きていない?」

 落ちていく状況から周りを見渡してもAが最後に放った術の傷跡がないように見える。

 徐々に落下するカイトの身体は穴が空いたあの空間に着地する。

「カイト! やったじゃない!」

 先にいたアカネがカイトの元へと駆け寄ってくる。後ろからリオネも安心した顔付きを表していた。

「俺やったのか? そっかぁ……。これで全部終わったのか……」

「カイト君!」

 安堵に包まれた空間に血相を変えたグレイが走ってきた。

「グレイ先生!? なんでこの島内にいるんですか!?」

 カイトの忠告を無視したグレイは真剣な顔付きで言う。

「音楽が流れてきたんです」

「音楽?」

 グレイの言う事にカイトは首を傾げる。

「言葉で表現出来ないけども勇ましい音楽が聞こえてきてあなた達、奏者が奏でる音ではないかと思いまして」

 グレイは奏者が奏でる音楽を耳にしてここに戻ってきたと説明し、さらに話す。

「自分が生み出したホムンクルスが世に害を及ぼす事になってしまった以上、親である私にも罪はありますからね。その償いを晴らすためにも非力な私に代わってカイト君達が果たしている姿を見ずに、自分だけ逃げるなんて出来ませんでしたからね」

「先生、無茶しすぎです」

 Aが道を誤った償いとして反省と言う形で残ったグレイに怪我は無く、全ての事が終わった。しかし、カイトには一つだけ心残りがあった。

「グレイ先生。Aは生まれてきたのは失敗だったんでしょうか?」

 カイトの言葉にグレイは自分の見解を言う。

「いや、そうとは私は思いません。何故なら人間が生まれて来ることも最初は誰も失敗なんて思っていません。ホムンクルスも人間と同じように接して真っ直ぐな子に育て上げればこのようなことにはならなかったんではないでしょうか」

「そうですよね。グレイ先生はまたホムンクルスの研究を続けるんですか?」

「どうでしょう。人類の進歩のためとは言え、リスクが大きいです。けど……」

 グレイは突然空を見上げる。その目線の先には小さな光を発しながらカイト達の元へと降りてくる結晶があった。

「あれってまさか?」

 カイトの言葉にグレイはこくりと頷く。

「ホムンクルスの源の素材である《賢者の石》。私はホムンクルス生成と向き合い、人間とホムンクルスが共存出来る環境を作り出したいと思います。失敗を繰り返さないように私は更なる研究を重ね、新しく生まれ変わるAの為にも」

 落ちてくる石をグレイはやさしく手に取ると石は小さかった光が大きくなり、Aの姿がホログラムのように現れる。

「グレイ、私は……」

「A、君はまた新しく生まれ変わる。君はもう過去の錬金術によって作られたエージェント・ジョーカー・ルールではない。全てを一からやり直して私と共にホムンクルスと人間が分かり合える新錬金術として頑張りましょう」

「グレイ……。申し訳ありません」

 Aは一言そう言い残し、グレイの手の上で大きく輝いた光は徐々に薄れて消える。グレイはそれを優しく握り締める。

 この世の害と称された一つの文明が三人の奏者、並びに何百年と戦い続けた三人のホムンクルスによって幕が下ろされる。


 「ねぇカイト。本当に私ただ単にすっ転んだけなの?」

「そうだよナギサ。お前が砂浜で転んだら気を失ったんだよ」

「なーんか嘘っぽい。私が生きてきてそんな事なかったのに」

「人生なんか色々と起きるもんだよ」

 あれから幾日が経ったカイトはあの時の仲間と別れを告げて島に戻った。カイトは一番にナギサの容体の安否を確認しに診療所に向かうとそこにはいつもどおりのナギサがベッドから体を上げて普通にしていた。ジョーカーから受けた傷は消えて、記憶が少し欠けている以外に別状ないと聞いたカイトは、自分が背負っていた運命を解き放ったかのようにその場で倒れて寝てしまった。それから数日後に何事もなかったように回復したナギサと一緒に畑の収穫をしていた。

「そういえばさ、最近グレイ先生見ないね。どうかしたのかな?」

 収穫する手を休め、思い出したかのようにナギサはカイトに質問する。

「なんか自分が住んでいる方での仕事が忙しくなってあんまりこっちに来れないみたいだよ。最後に俺にたくさんの課題を出してね」

「カイトが馬鹿だから手に負えなくなったのかな?」

「それは違うと言いたいよ」

 カイトとナギサは談笑しながら野菜の収穫を終えて、いつものようにカイトはおすそ分けをもらって帰宅をしようとする。

「あ、待ってカイト。今からカイトの家に行っていい?」

 カイトが家に向かって歩こうとした時にナギサが言う。カイトはその事に特に嫌がる事はないので二人でカイトの家へと向かった。

「おかえりなさい、カイト」

「カイト、おかえり」

 カイトの帰宅に二人の声がカイトを迎える。父親が大陸の方で仕事をしているこの家で母親とカイト以外に家に住む人は今までいなかったが、今は違う。

「ただいま母さん、それにクオリア」

「アミタさんお邪魔しまーす。あっ! クオリアちゃーん!」

 ジョーカーを倒し、使命を終えたホムンクルス、クオリアはカイトの家で母親と夕飯の支度を手伝っていた。そしてナギサはクオリアを見て、可愛い可愛いと抱きついていた。

「ナギサはクオリアを見てからここんとこ毎日来るよな」

 ナギサはせっせと動くクオリアを無理やり止めて、抱きついている。

「いーじゃん。ねークオリアちゃん?」

「カイト……」

 クオリアは前まで来ていたドレスからナギサのお下がりのワンピースの服を着て、少し困った顔でカイトの方に顔を向ける。カイトはそれに好きにさせれば良いよと答えた。

「そういえば母さん。クオリアまた変なもの料理に変なもの入れてない?」

「あら、クオリアちゃん結構物覚えはいいわよ? カイトよりかは料理センスはあるわ」

「なんか俺が不器用みたいじゃんそれ」

「実際にそうでしょ?」

「何も言えない……」

 弁解の口を封じられるカイトの前にナギサの抱きつきから逃げるように来たクオリアがスープを持ってくる。

「私の自信作」

 クオリアは前まで表情の質素さがあったが、今では色んな事を享受して表情のレパートリーが増え、誇らしげな顔でカイトに言う。

「へぇーこのコーンポタージュ、クオリアが作ったの?」

「そう、私がアミタに教わって作ったもの」

 カイトはそのコーンポタージュと口に持っていく。

「……。驚いた、美味いな」

「でしょ?」

 クオリアはVサインをカイトに突き出し、笑顔を振り撒く。

「クオリアちゃん。私にもちょうだい!」

 ナギサもクオリアが作ったという事に反応したのか知らないが、クオリアからスープを貰ってナギサはスープを口に運ぶ。

「……カイト、クオリアちゃんを私に頂戴!」

 突然ナギサは結婚を許してもらおうと恋人の家に来た男性のように突拍子なく言う。それにダメだと言うがナギサは引き下がらない。クオリアは駄々こねるナギサに世間的に見たら凄い事を簡単に言ってのけた。

「私はカイトに全てを任せて生きている。カイトの傍にいつでもいると言ったから。ナギサ、ごめんなさい」

「あらあら、カイトも結構大人なのね」

 母親は冷静にクオリアの言う事をそのまま受け取っている。

「えっ? えっ? ちょっとどういうこと?! 私のクオリアちゃんとどこまでいってんのよ!?」

「ちょっ! クオリアそれは言い過ぎ!」

「でも本当の事でしょ?」

 クオリアは少しムスっとした顔で反論する。正論といえば正論だが。

 ギャーギャーと三人が喚く中で母親は思い出したようにカイトに一つの手紙を差し出した。

「手紙? 誰からだ?」

 カイトはその手紙を裏を見ると宛名は書いていないが見たことある封蝋が押されていた。「これグレイ先生だ!」

 どれどれ? とナギサ、クオリアが見守る中、カイトはその封を開けると真っ白の紙が入っていた。

「なによこれ? 何も書いてないわね。グレイ先生もおっちょこちょいなのね」

「さすがに何も書いてないのに入れちゃうほどのおっちょこちょいは無いでしょ」

 ナギサの素のボケに突っ込みを入れたところでその紙を机に置くと、その紙から映像が現れた。

「なにこれ? すごいね! うわぉ! グレイ先生こういうところが大人ね!」

 ナギサは無駄に感動している。その映像にグレイ先生が現れて話し始めた。

『カイト君元気かい? あれから数日が経ち、街には錬金術という思想が変わりつつあるよ。それに錬金術の先駆け者としてリオネが立ち会ってくれているお陰で研究がはかどっています』

 映像の向こうから女性の声がグレイに向かって叫んでいるのが聞こえてくる。

「リオネさんも元気にしてるんだな」

「カイトはこの声の女性と知り合いなの? いつに大陸行ったのよ!?」

 ナギサがカイト一人で大陸に行った事にご立腹するのでクオリアに頼んでナギサと少し遊んであげてと言った。カイトは二人で遊んでいること見て、また手紙に視線を落とした。

『今はまだ過去の反省を活かすために研究を重ねて日々ホムンクルスの改善を向かっています。またこの世界に素晴らしい錬金術が出来る事を祈ってね』

 グレイ先生は今後の方針を連ねて最後にとグレイ先生が一旦画面から離れ、映像の前に一枚の紙を持ってグレイ先生が現れる。

『他の奏者達の記録をまとめたものだ。色々と発展があったみたいだよ?』

 一枚の紙にさらに映像が流れる。そこにはアカネとJが映し出されていた。

『ハロー! カイト宛にだっけ? ……はい。私アカネ、当然覚えているでしょうね?』

 その映像には前ほどではないが派手な衣装で喋るアカネがいた。

『まー率直に言うとJと私は……。ねぇグレイ先生、恥ずかしいんですけど……』

『俺と嬢は付き合った』

「えっ!? あの二人が?!」

 大きな独り言のようにカイトは声をあげる。映像には現れていないがJと分かる音声が映像に記録されていた。

「どうしたのカイト?」

 クオリアはカイトのリアクションに首を傾げていた。カイトはアカネ達の動向を話すと目を丸くしていた。

『はぁはぁ……。オホン! まぁそういう訳で私達の報告はこれでおしまい! たまには大陸に来なさいよ?』

 そうアカネは告げて手を振る中、映像の横からJが現れた。

『そういうことだカイト』

 イマドキの服装に身を包んだJは数日という間に、ますます美男子としての磨きがかかっていた。

『これがアカネ。で、次は……』

 映像が再び再生される。そこには椅子に座り、机の資料とにらめっこするリオネがいた。

『私、今忙しいんだけどグレイ』

 まぁまぁと音声にグレイ先生の声が混じる中で向こうから少年のような澄んだ声と共にKがリオネに飲みものを渡しながら出てくる。

『あっ、カイトさんこの説はお世話になりました。今はリオネさんの助手として新たな目標のために日々を充実に暮らしています。つきましては……』

『そんな堅苦しい説明はいいわよ』

 Kの説明を止めるようにリオネは割って入って簡単に説明した。

『今は新たな錬金術を開発するために、グレイと共に研究をしているわ。この紙に映像を載せる技術も錬金術よ。その内、実用化もあるから楽しみに』

 と、リオネは淡々と説明するところ何も変わってないなとカイトはしみじみと感じていた。

『これで全員ですね。気になるAですが今は素体となる賢者の石からあらたな生命の誕生を待って、私たち新錬金術師が日夜奮闘していきます。カイト君もそちらの島生活に区切りができたらこちらに来ることがあれば一度立ち寄って下さい。それでは、偉大なる奏者カイト・バックス』

 映像が切れる。ここで手紙の内容が終わった。カイトはこの数日しか経っていない皆の心境に耽る。

「カイトどうだった?」

「私にも見せてよ!」

 クオリアとナギサがカイトの元に寄ってくる。カイトはグレイ先生が言ってたように明日、大陸に遊びに行く予定を立てようと二人に提案した。

「さすがはカイト! よーし私、準備してこよ!」

 細かい予定を決めずに大陸に行くという事だけを聞いてテンションが上がったナギサはそのままクオリアと母親に挨拶をして去っていってしまった。

「行っちゃったよ。まぁいいかな?」

「そうね。何もかも平穏に戻ったのだもの」

「そうだな。母さんご飯!」

 カイトは自分の腹の音で夕飯を食べていなかった事に気づいて、良い匂いが立ち込める夕飯を三人で談笑を交えながら、平穏な毎日をホムンクルスと共に分かち合うように食事をしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ