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どうやらこの世界は、ぼくらのものじゃないみたい。

作者:


小さいころから、気難しい子供だった。


誰かの手記じゃないけど、確かに恥の多い生涯はおくってきたなぁ。


そりゃぁ年がら年じゅう暗い顔して、ろくに言葉も発さないぼくに、友達なんかいるはずもなかったし。


人間嫌いにも拍車がかかった九歳のぼくは、何かと言えば脳内でほかの人間を見下して、自分が特別な人間だとでも思っていたんだろうね。えらく達観した目をお持ちだったみたいだ。


そんなぼくにも好きな子ができたりして。


そんなあの子が嫌いなあいつを好きになったら、あの子のことも嫌いになる。そうすることでしか、悲しみをかいくぐる方法をその時のぼくは知らなかったんだね。


この繰り返しでおくってきた小学生時代は、なんていうのかな、そう、つまらなかったんだ。


日が経つごとに視力も落ちるし、目つきは悪くなるしもう散々だったよ。と言っても、今よりはもう少しいろいろ見えていたんだけどね。



それから三年経って中学生になったぼくに、なにか変化は見られたと思う?ううん、ご察しの通りなかったんだ。


むしろあらゆるものに無関心な癖も悪化していく一方だし、気が付けばきれいなものを見るたびに腹が立ってしまうほど、見事なくらい嫌な人間が出来上がってた。


そこからだな、ぼくがこの世界の仕組みに興味を持つようになったのって。


例えばね、自分たちが「この辺の地域人間すくねぇな。100人くらい増やすか」


そんな感じで誰かによって増やされたものだとしたら…


面白すぎない?


って、その時のぼくはほんとにそう思っていたんだよ。今思うとほんとにバカだよね。


その逆もまたしかりで、「ここ人間やったら多いな。何人か消しとくか。こいつは交通事故で、じゃああいつは自殺が一番自然だよな」みたいな感じで。


あーそれであいつ死なないかなーなんて、都合いいことまで考えてたりね。




まぁそれでもたちが悪いことに勉強だけはできたから、それなりの努力で今の高校に入学することはできたんだ。


相も変わらず、十五歳になったそのころにも、例のご都合主義の妄想癖はまだ治ってなかったな。


とうとう視力も眼鏡なしではなにも見えないくらいになっちゃって、一層自分の殻に引きこもって周りとのかかわりもなくしていった。


高校に真面目に通うのも飽きてきたし、かといって家にいてもすることもないし。


あのころのぼくは、よくもあんなに生きがいのない日々を過ごしてくれたもんだ。今はこんなに一分一秒を大切に生きていたいのにね。



でもそれからまた二年経って、ぼくはある事実に気づいてしまうんだ。


中学生の時にぼくがよくしていた妄想についてはもう話したよね。


あの、世界が誰か違う生命体によって作られたものなんじゃないかってやつ。


それがすべて本当のことだったんだ。


ぼくたちが目から映しとっている映像も、耳から聞き取っている細かな音も、すべてぼくたちを作ったなにか大きな存在によって圧倒的にリアルに見せられているだけのものなんだよ。


そのことに気づいた理由は、正直わからないんだ。


ある日の朝起きてみたらこの事実、そしてこの事実に気づいてしまった人がぼくのほかにもう一人だけいる、っていうことだけが脳内に強く焼き付けられていたんだから。


きっとこの世界を構築しているプログラムの一部が破損してそこから漏れ出した情報の一部が、眠っていたぼくとその誰かの無意識と繋がっちゃったとか、そんな感じだとは思っているんだけど。仮想現実は限りなく夢に近いだろうしね。


そしてそれと同時にぼくはなんだかものすごい焦燥感を覚えたんだ。


今までこのことを強く願っていたから繋がってしまったのかと思うと、もう怖くて怖くて。


自分が自分じゃないような気がした。今までぼくにとって唯一確かに存在していた自分という存在が不確かなものに変わってしまったんだから。ほんとうにいい加減な人間だよ、ぼくってやつは。



それでも意地っ張りなぼくは、ぼくをつくった見えない誰かとやらに対して、精いっぱいの虚勢を張ることにしたわけだ。


この程度のことに何も感じてなどいないといわんばかりに、いつも通りの時間に、いつも通りの道を歩いて、三年も通った割に特に何の思い入れもない学校へと向かうことにしたんだ。


ところがだよ。通いなれたはずの道でぼくは、少し変なものを目にしてしまうんだ。


まるでこの世の終わりのような顔をして電柱の横に座り込んだ、セーラー服の女の子。セーラー服を着ていたせいか、ぼくよりは少し年下に見えたなぁ。


目にかかりそうな程伸びた前髪は、整っているはずのその女の子の顔には少し似合わなくて、その子がぼくのような陰気な性格なんだっていうことを物語っていたんだ。


それと同時に、なんでかは分からないけど「事実」を知ってしまったもう一人の人間がこの女の子なんだってことも一瞬で理解したんだ。


こういうと少し失礼にあたるかもしれないけど、その女の子がぼくにどことなく似ていたからかもしれないね。


ロマンチックな言い方をしてみると、運命の人ってのは案外近くにいるものだよ。え、気持ち悪いって?そっか、慣れないことは言うもんじゃないね。


そこでぼくは確信を得るために、生まれて初めて赤の他人に自主的に話しかけたんだ。


その女の子、つまりきみも、話しかけてきたぼくのかおを見るとハッとしたようにこう言ってきたよね。


「…あなたですか、知ってしまったのって」


自分の話し方も忘れちゃうくらい久しぶりの会話だったから、ぼくもかろうじて返事を返すくらいしかできなかったなぁ。



それからしばらくして、高校卒業と同時になんの目的もなくなったぼくと、きみのなんとも言えない毎日が始まるわけだけど。


ぼくらは毎日、近所の公園で会った。特に何が話したかったわけでもないけど、なんとなくね。


ベンチに座って話すのはいいけど、いつも互いに一定の距離をおいて話してたから、不仲にこそ見えても、とても恋人同士には見えなかっただろうなぁ。まぁ恋人同士じゃないのは今でもそうなんだけど。


それでも、ぼくにとってあの時間はすごく楽しかったんだ。知っての通りろくに人と話したこともなかったぼくだから、ただの会話もすごく新鮮だった。


そのくせ、お互いに名前も聞かなかったよね。自分たちが他人に作られたものだって知った今、名前なんて無意味なものだってことをぼくたちは知らないうちに気づいていたのかもしれないね。


そういや一度だけ、どこに行くでもなくひたすら知らないところまで歩きとおしたこともあったよな。何時間も無言で歩いて、そんで二人そろって迷子になったあの時顔を見合わせて大笑いしたなぁ。


すごく楽しかったんだよ。今までの人生で笑わなかったぶんは、きっとあの時に消化したんじゃないのかな。


そうやってある意味きみと二人で過ごした二年間は、ぼくにとってかけがえのないものだったんだ、ほんとに。



まぁそんでこっからは、今の話になるんだ。


これはあくまで予想だけど、もうすぐこの世界からきみとぼくはいなくなっちゃう。


そう断定できるのは、きみもぼくも、この世界が誰かによってプログラミングされた仮想現実であるという核心に触れちゃったから。


核心に触れられた以上、このままぼくときみを残しておいたらいずれぼくらのように、この星に住む七十億もの膨大な「データ」が本当の意味での意思を持ってしまうだろ?そうしたら面倒じゃないか。手が付けられなくなる。この仮想世界のデータごと、すべて消去しなきゃいけなくなるからね。


と、いうわけで気づいちゃいけないことに気づいちゃったぼくらは、多分もうすぐいなくなる。


その時間がもうせまってきている、ってことも今のぼくにはなんとなくわかるんだ。



「ってことだ。昔話が過ぎたけど、わかってくれた?」


「わかりません。わたしはわかりたくないです」


「どうして?」


「じゃあ、もうすぐわたしたちはいなくなっちゃうんですよね?」


少し言葉をためて、きみは俯き加減でぼくに言った。


「わたしは、今この世界が好きだからです。誰かに操られていたとしても、作られていたとしても、あなたといるこの世界が、わたしは好きなんです」


ほんとは、信じられないくらいうれしかったんだけど悟られないようにできるだけ冷静を装いながらぼくは返した。


「今のは、初耳だったな」


「だって初めて言いましたから」


「でもさ、考えてもみなよ」


「なんですか」


「今、この世界中で、この世界の本当の仕組みを知っているのはぼくら二人だけ。これってすごいことだし、なんだかすごく痛快じゃないか」


「あなたは、ばかです」


「ひどいよ」


そう言って苦笑し、ぼくは顔をあげてきみを見た。すると、なんだろう。なんか違和感があるんだ。


「また、眼鏡の度が合わなくなってきたのかな」


「どうしたんですか?」


きみがそばまで近寄ってきた。


そこで近視のぼくは眼鏡を外してみたけれど、違うんだ。やっぱり違和感はぬぐえなかった。


「薄いよ」


「え?」


「色素が、薄くなってる」


これが何を意味するのかぼくたちはすぐに理解した。


「いよいよ、時間がないんですかね」


「みたいだね」


しばらくぼくらは黙り込んだ。


見慣れたこの公園のベンチからの景色は、いつにもましてきれいだったんだ。


皮肉なことに、もう少しでこの世界からお別れだ、ってなったら妙に寂しく感じてしまうんだ。


ほんとうにうまく作ってくれたもんだよね。悔しいくらいに。


この景色も、僕のとなりに座るこの女の子も。


「わたし、もっといっぱいお話したいです」


「奇遇だね、ぼくもだ」


「名前、教えてくれませんか」


「なんか改まると照れくさいな。きみから教えてよ」


「…笑いませんか」


「うん、多分」


「ひまわり、です」


「かわいいじゃないか」


「よくもこんな陰気な女にそんな晴れ晴れしい名前がついたものですよね、ほんとに。だから私はこの名前あんまり好きじゃなかったんです」


「でもいいと思うよ、似合ってる。ひまわり、ひまわりか」


確かめるように僕は名前を二回唱えた。


「んふふ、ありがとうございます。あ、あなたも名前ちゃんと教えてください」


「笑わないか」


「はい、多分」


あれ、さっきもおんなじやりとりをしたような…


そんなことを思いながらぼくは、ずっと嫌いだった自分の名前を口に出したんだ。


「たいよう」


「え?」


「ぼくの名前。たいようっていうんだよ。よくもこんな陰気な男にこんな輝かしい名前付けたもんだよね。」


「なんだかとても意外でした。ふふっ」


「笑わないって言ったじゃないか。えっと…」


「ひまわり、です。恥ずかしくても、ちゃんと呼んで下さいね、たいようさん」


「…うん。ひまわりは、いくつなの?」


「いくつに見えますか」


「年下には、見えるけど」


「今年で、十六歳です。多分」


「うそだ」


「うそじゃありません」


年下だとは思ってたけど、まさか四つも下だとは思わなかったなぁ。


「あ、そうだ。すごいこと思い出しました」


目の前の少女は嬉しそうにはにかんでそういった。


「なに?」


「ひまわりは、ゆっくり回転するらしいです。」


そのあと、少女は続けた。


「まるで、たいようを追いかけるように、ゆっくり、ゆっくり回転するらしいですよ!」


「…あ」


ここまで言われてぼくはふと気づいた。


「これって、なんだかすごい偶然ですよね」


「ぼく、自分の名前好きになれそうだな」


「わたしもです。だから、このあとわたしたちがどうなっても、わたしはたいようさんを追っかけます。絶対です」


「…ぼく、ひまわりが好きみたいだ」


「わたしも、たいようさんが大好きです」


照れくさいはずの言葉を真顔で言い合ったぼくらは、顔を見合わせて人生で二回目の大笑いをした。


どうしよう、楽しいな。


こんなどうしようもない幸せを、あと何時間、何分、何秒、噛みしめていられるのかな。



公園の近くの時計台がゆうやけこやけのメロディーを流し始める。


「五時か」


「今日が終わるまで、まだ七時間もありますね」


「少なくとも、その間の七時間はぼくは幸せでいられそうだな」


「なら、私もきっと幸せですね」


「ねぇ、ひまわり」


そこでぼくはおもむろに立ち上がり、こう告げる。


「どうやらこの世界は、ぼくらのものじゃないみたいだ。でもさ、ぼくと、ひまわりが今幸せだって思ってるこの感情は、多分誰のものでもないと思うんだ」


「そうですね、わたしと、たいようさんだけのものです」


この気持ちを共有するために、きっとぼくらは消えるんだ。えらく大きな代償かもしれないけれど。それでも、こうでもしなきゃぼくたちは出会えなかったんだろうな。


「…どうしたんですか、たいようさん。ぼーっとして」


「いや、なんでもないよ」


「もっといっぱいお話しましょう、お互いのしらないとこ、なくなるくらいに」


「…そうだね、ひまわり」



おしまい。



ひまわりは、たいようをけなげに追いかけたみたいです。

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