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赤紙襲来

学生にとって一番恐いものが、ついに逆木の元にもやってきてしまいました。

 赤紙。それは、旧日本軍の召集令状や差し押さえの封印証書の俗称として知られているが、私達の間ではまた、違った意味を持つ。

 赤。召集。差し押さえ。これで学生が連想するものと言えばただ一つ。そう、赤点。単位制の学校の生徒にとっては単位が取れない事を意味し、時には追試を受ける為に、教師の部屋へと呼び出される……。

 だが今回は、すでに成績などつけ終わった後。したがって、我々に残された道は通知、それだけ。

 つまりは、前期の成績表が届いてしまったのだ。



 その知らせは、私がバイトから帰ってきた後にもたらされた。

「たっだいまー」

 仕事で疲れ果て、その上台風が近づいてきている所為か雨にまで降られ、私は心身ともにくたくたになっていた。だから、タオルでも持って誰か出迎えてくれると思ったのに。その時は、リビングにも誰もいなかった。大方、皆自分の部屋に閉じこもっているのだろう。時刻は二十二時四十分。私以外、早寝早起きの健康的な生活を送っている我が家では、充分に有り得る話だった。

 しかし、この日は何かがおかしかった。いつもより部屋の温度が低い気がするのである。雨で体が濡れているからかとも思った。けれども、何かがいる。直感的に私はそう思った。

 カーテン、本棚、テレビと部屋の中にあるものを一つ一つ、注意深く観察していく。そして、ついに机の上を見やった後に、私はそれを見つけた。

「そうかついに……来たか。我が宿敵、赤紙よ」

 この薄青色の封筒に入った悪魔を前に、この時ばかりは、全てを忘れた。先週の彼氏とのデートの事も、先々週の実験でやらかした事も。刺身事件、BLフラグ、猫化、チューチュートレイン……etc。色々皆やらかしてくれちゃって、挙句の果てには、朝土下座しまくる詩衣菜という面白い構図まで見られたというのに。どうやってネタにしようか、あるいはどうやっていじろうか考えていたが、そんな楽しい事は頭から吹き飛んだ。

 代わりに心の底から呼び覚まされるのは、ほんの二カ月前のどす黒く塗りつぶされた記憶。一夜漬けに励み、目の下にくままで作ったあの一週間。なんとか補習課題は回避したものの、だからと言って単位が全てとれているかと言えばそんな事は無い。追加で課題を出してくれる心優しき慈愛に満ちた教師の方が、圧倒的に少ないのだから。

 果たして、今回はどうなる事やら。毎回この瞬間には慣れないなと怯えつつ、ごくりと息を飲む。しばしの間はそうやってにらみ合いを続けていたが、いつまでもそうしている訳にもいかないので、私は覚悟を決めて封筒を手に取り、気持ちを落ち着ける為にソファに腰を下ろした。

「ふぅ……。よし、いざ尋常に、参る!」

 再び深呼吸をし、気合を入れてから、とりあえず私は見分を開始する。どうやら開けられた形跡はないようだ。先に両親に見られていない事に一安心し、いよいよ自らパンドラの箱をこじ開ける。びり、びり、と少しずつ、ほんの少しずつだがしかし着実に、上部を破っていく。緊張と不安で、手に汗がにじむ。

「何やってんの?」

 ぽん、と肩に手を置き、私の集中力を切る者があった。反射的に私は

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

叫び声を上げた。真剣勝負の真っ最中だったのだ。致し方ないだろう。

「そんなに驚かなくても」

 肩を叩いた母の方が、逆に目をぱちくりさせている。私のあまりにも神妙かつ慎重な様子に、声をかけずにはいられなかったようだ。

「じゃあ脅かさないでよ……吃驚したぁ」

「それはこっちの台詞よ」

 あはははは、と二人で苦笑い。叫び声につられ、父と妹もやってきてしまった。折角秘密裏に処理しようと思っていたのに、計画は丸潰れである。

「ああ、そうそう。成績表届いてたのよ。って、まだ見てないの?」

「う、うるさいな。今から開けるの!」

「はっはっは。どうせ開けられないんだろう? 怖くて」

「うぐう」

 図星をつくのは父である。流石親、とでも言うべきか、普段はかまってほしいのかまとまりついてきてうざったいのだが、時折こうして核心を突いてくる。全く、この人には敵わない……。

「もう、意気地がないわねぇ。貸しなさい」

「やーめーれー!」

 母に開けられそうになる危機を何とか乗り越えながら、階段を駆け上がり、私は自室に閉じこもった。私の部屋には鍵が無いので、念には念を入れて突っ張り棒をしておく。以前家族内で冷戦状態になった時に、バリケードとして用意しておいたものだ。ドアをバンバン叩いて説得するようなドラマみたいな展開は残念ながら無かったので、まさか使う日が来るとは思わなかったけれど。でもこんな事になるなら、最初から自分の部屋に逃げ込んでしまえば良かった。

 ベッドの上に座り、気を取り直して作業の続きに取りかかる。

 びり、びり、びり……。少しずつ少しずつ、穴を広げていく。こうしていると、鋏を使って一気に行けよ、とすでにつっこまれていそうだが、部屋が嵐の後のように、物が狂喜乱舞しているので見つからなかったのだ。別に泥棒が入った訳でもなく、常日頃から私の部屋、特に頻繁に使用する机周りはごちゃごちゃしている。一応、捜索は試みたのだが、発見には至らなかった。記憶を辿ってみてもここ最近使った覚えはないから、かなり奥の地層に潜り込んでいるのかもしれない。片付けなくては、と思っているのだが。

 そうこうしているうちに、ついに中身が露わになった。後期日程のお知らせなど数枚の紙を払いのけ、ついに私は成績表と対峙する。

 相変わらず字が細かいなぁと思いながら、A4の用紙とにらめっこ。我が大学では評価が下から不可・可・良・優・秀となっていおり、不可だと勿論単位が出ない。“不”。なんとも否定されたような気分になる字である。そんな訳でとりあえず私が気にするのも、この字な訳で。必死に目を凝らし、奴がいないかどうかをまず確認する。この成績表の弱点は、以前の成績も全部まとめて表にされている所だと思われる。おかげで見づらい事見づらい事。

「……良かったぁ」

 どうにかこうにか、今学期の分の成績を全て見終わり、ほっと息をなで下ろす。どうやら今回は、敵の姿は発見されなかったようだ。必修ばかりでどうなる事かと思っていたが、先生方の優しさに感謝するしかない。流石に、下級生の中に数人混じっているあの悲しき上級生にはなりたくなかったし。

 その後、それぞれの教科を一つずつ丁寧に見ていくが、とりあえず全部単位はとれたという安心感で満たされていた私は、実は成績の平均が下がっていたなんて事には当然のごとく気が付かない。それが分かったのは安心しきって母に渡した時であり、その際良い感じに大目玉を喰らってしまった。

――いや、だって仕方ないじゃん! 単位なんてとれてりゃオッケー、とれてなんぼのもんでしょう!?

 心の中で叫んでみるも、後々の研究室選びにも関わってくるのは周知の事実。どこの学科でもそうだと思うのだが、私の所でも研究室あたりの定員は決まっており、しかも三、四人と割と少なく、希望が重なった場合は成績の平均が高い者から選ばれるので、有利になるのだ。去年までは出来るだけ希望を叶える形をとっていたらしいので、なんか不公平感が否めないが仕方ないだろう。

 よって、私は若干の自己嫌悪に陥り、後期はもっと真面目に受ける事を誓ったのだった。スローガンは、“脱☆一夜漬け”。……こらそこ、無理だな、とか言わない。


 こうして、すったもんだ色々あったが、何とか今期の単位は全て手に入れ、成績的には何とかなってしまった私であった。

 という訳で、ここからいよいよ戦争に入ろう。まずは先手必勝。私から仕掛けてみるつもりだが、果たしてどうなる事やら。


それにしても今回、通知表を開けるだけで一話書けるとは思いませんでした(笑)

今後もこうやって大学生の日常を切り取っていけたら良いと思っております。

まぁバイト先との駆け引きメインになるので、なかなか日常は書けないかもしれませんが。

そんな訳で、次話からいよいよ本題に入ります。


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