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追試課題

 生きていれば誰だって、一年に一度ぐらい、あるいはそれ以上に、ついてないと感じる日は存在すると思う。というか存在してほしい。いや、存在しない方が良いのか? ……訳が分からなくなってきた。まぁいいや。考え事など、所詮私には向かないのだ。とまぁ、それはともかくとして。

 私、逆木明由美にとって、あの日はそうとしか、ついてないとしか、言いようが無かった――。



「あづい……」

 サンサンと、というよりはジリジリと、と表現した方が正しいような照りつける日差し。わずかな命を目一杯、余す事無く全うしようと、大合唱する蝉。ミンミンとかツクツクボウシとか、そんな可愛い感じでは無く、ジジジジジジジジ鳴きやがる、蝉。そして太陽の光を反射して、負けじと輝くほとばしる汗。

「なんで、どうしてこんな事になってるの……」

 すでにテストは終わっているので、只今夏休み真っ最中であるはずなのにもかかわらず、私は何故か、俗に言う炎天下の中で一心不乱に歩いていた。

「元はと言えば、あのおじいちゃんの所為よね……」


 そのメールは昨夜、“いくら待ちに待った休暇だからといってだらだらと起きていてはそろそろお肌に悪いだろう、よしいい加減寝よう”と部屋の明かりを落としかけた、まさにちょうどその時に届いた。着信を知らせるバイブレーションが、机の上でけたたましく鳴り響く。

「? こんな時間に誰からだろう……」

 例の彼氏からかとも思ったが、彼とはもう二時間以上前にやり取りを終えている。という事は、もしかしたら比較的重要なメールかもしれない。私は素早く、ひったくるように携帯を奪い取った。友人からの遊びの誘いという可能性のがまだ高かったろうに、その時の私は何故かそんな風に考え、行動してしまったのである。

 そして、その嫌な予感は見事、的中した。

“件名:緊急事態発生!

 皆さんこんばんは。というか夜遅くにすみません、小林です。

 まぁ、一斉送信したんでアドレスのとこ見てもらえれば、何関連かはすぐ分かると思うんですけど、そうなんです、測量関連です。

 実は、僕達の班の測定値が間違っていたそうで(というか、場所がずれていて比較できないそうです。ずらしたのあんただろ!って感じですけど)、まさかのやり直しだそうです。

 すみません、なんか(′・ω・`)

 で、一応班長の僕に連絡が来たので、急いで皆さんにもメールした次第です。

 じゃあなんでこんな夜遅いんだよって話ですが、実はさっきまでバイトで気付かなかったんです……。しかも向こうのミスの癖に、成績つける関係で明日の十八時〆切という。

 急な話なんで、究極に暇な方だけ、明日の朝十時に学校集合で。最悪僕一人でなんとかします! 単位は絶対もらうよ!”

「あのおじいちゃんめ……」

 最初に思ったのはそれだった。これは完全に教員のミスである。にもかかわらず責めづらいのは、彼が外部講師である事ともう一つ、とんでもないおじいちゃん先生だからである。齢……いくつなんだろう。還暦はとうに超していると思うのだが。普段の授業でも、メートルと尺を間違えるという、貴方一体いつの時代に生きていたんですかとつっこみたくなる事はなはだしい、なかなかある意味素晴らし過ぎるボケをかましていたが、まさかここでくるとは……。

 しかしだ。それとこれとは別問題。このメールを読んで、もしも行かない奴がいたとしたら、それはうちの学科の生徒では無い。


 そんな訳で翌朝、急な呼び出しにもかかわらず全員集合した私達は、朝からうだるような暑さの中、黙々と作業をしている、という訳だった。

「しかし……あづい」

 休んでいる暇は無いし、一生懸命作業している他のメンバーにも申し訳ないので、せめて飲み物だけでも摂取しようと荷物を放っておいた草むらに目をやると、

「わん!」

鳴き声と共に、何やら冷たい物が頬に当たった。

「ひゃう!」

 思わぬ事態に、思わず妙な声を上げる。

「ごめんごめん、驚かすつもりは無かったんだけど」

 そう言って笑うのはダックスフントのぬいぐるみに見せかけた筆箱、ではなく、班長の小林君である。

「おつかれー。ほい、差し入れ」

 彼がにこやかに笑って差し出すのは、私が今全身で欲していたアイスであった。先程感じた冷たさもこれだったらしい。

「わーい! ありがとー」

「溶けないうちに召し上がれ」

 大箱を持っている所を見ると、どうやら一袋ずつ渡しながらねぎらっているらしい。なんだこの出来る子。私の所は購買から離れている事もあってか最後だったらしく、その為茶目っ気にダックスフント君も登場したのだろう。男の子なのに、それをわざわざ筆箱として使用し持ち歩いているとは、なかなか可愛らしい趣味をお持ちである。ちなみに、私のポーチもマンボウの形状をしているので、その辺りで彼とはとても馬が合う。優しいし、頭も良いし、良き友人である。この他にも、何故か地学なのにフラーレンのストラップをつけている奴、地学だけに携帯に恐竜モチーフのカバーをしている奴もいる。何とも変わった学科である。ちなみに、私がマンボウを持っていた所、生物学科の友人に“ユー、こっち来ちゃいなよ”とか言われたのは、話が脱線しそうなので伏せておく。

「こっちはもう終わったから手伝うね」

 私がありがたく、いただいたアイスを食べながら考えにふけっていると、出来る男小林君はさっさとせっせと作業に取り掛かる。すっ、と懐から取り出だすは、銀色の箱。クリノメーターと言って、地層の走行(地層の走っている方向)傾斜(地層の傾き具合)を測れる、中学校理科辺りでも多分出てくるあの機械である。

「さーせん。足引っ張って」

 すでに溶けかかっていたアイスを口に押し込むと、私もまた歩みを進める。そう、歩いて距離を測り、クリノメーターで方向を調べる、というのが今やっている作業内容なのだ。だから私は暑さと戦いながら、無心で歩いていたのである。メモを取る為に、画板まで持って。首から板を下げ、手には鉄の箱を持ち、辺りをうろつくその姿は、ただの怪しい人である。それも、近寄りたくないクラスの。ある先輩は作業中、見知らぬ通りすがりの方に“占い師”と称された事もあったそうな。成程、確かに星の位置から運勢調べちゃいそうな風体はしている。

「あとちょっとだし、がんばろー」

 暑さで頭がもうろうとしていたらしい。小林君の言葉ではっと我に返る。

「うん、がんばろー」

 あと少し、あと少し。自分に言い聞かせながら、一歩、また一歩と足を動かした。


 それから、数時間後。

「でっけたー」

 測るだけ測り終わった私達は、食堂へ出向き、データを基にして地図を描いていた。そうしてそれが、やっとの思いでようやく完成したのである。

『いえーい』

 皆でハイタッチ。コーラで乾杯して労をねぎらった。ほっと一息ついた所で、何故か悪寒が走った。私は、重要な何かを忘れている。

 それを思い出させてくれたのは、やはりこの人だった。

「あれ、そういえば逆木さん。バイトは大丈夫なの?」

「!?」

「だってほら、メールに書いてあったじゃない。“バイトまでは行くよー”って」

「しまった……。忘れてた……」

 一難去ってまた一難。泣きっ面に蜂とはこの事である。

「大変じゃん! 行っといでよ!」

「地図は俺らで出しとくからさ!」

「そだ。駅まで送るよ。チャリの後ろ乗っけてってあげる」

 顔面蒼白。頭が真っ白になった私を支えてくれるのは、共に苦労した仲間達。

「皆……!」

 温かい友達に励まされ、見送られ、どうにかこうにか出来得る限りの最短ルートでバイト先へと向かった。


「お、遅れてすみませんっ」

 必死の思いで辿り着き時計を見ると、それでも予定より三十分遅刻していた。拭く暇も無かった汗がとめどなく吹き出し、額や首、背中を伝う。

「もう、来ないからどうしたのかと思っちゃったよー」

 そんなへとへとの私を迎えたのは、例の上司である。彼は涼しい顔で採点作業を行っていた。

「すみません。課題やってて……」

「まぁいいんだけどね。来てくれればそれでいいよー」

「先生……」

 普段は大嫌いなバイト先の上司も、この時ばかりは後光が差して見えた。その温かいお言葉に、思わず涙ぐみそうになる。

 しかし、今まで散々のらりくらりとしてきた彼である。潤んだ瞳も一発で乾く一言を、ばっさりと言ってのけた。

「でも減給ね。連絡入れてくれないと」

「!?」

「ごめんねー。悪いけど、ルールだからさー」

「……はい」

 まぁ、それで許してもらえるほど甘い世の中では無いのは分かるが……。愛想笑いを浮かべながらも、心の中の私は、こう叫んでいた。

――理不尽だああああああああああああああああああああああああああああ!


流されっぱなしの逆木ですが、次話あたりから転機が来るはず、です。

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