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反撃準備

 私のバイト先との戦争も長期戦に突入し、ついには年をまたいでしまった。それどころか、もう今年度の授業は終わってしまっている。にもかかわらず、私がしびれを切らして殴り込みに行くような馬鹿な真似をせず、大人しくせざるを得ないのは、先々月に相棒となり、運命共同体になったと信じている端本史空ちゃんからの連絡が無いからだ。見極めるまで待ってほしい、と言われた手前、待つしか方法が無いのだが、本当に大丈夫なのだろうかという不安は残る。まぁ実を言うとそう思い始めたのはつい最近で、それまでは私もテストがあったので、考える余裕も無かったのだが。というか、テスト期間中はバイトを入れてすらいなかったし。

 しかしここでようやく、彼女が動き始めた。それはまるで眠りから覚めた姫のようでもあったが、生憎と史空ちゃんはそんなに生易しくなかった。だって、彼女は王子様のキスを待っていたのではなく、自ら魔女を倒そうと目論んでいたのだから。繊細と見せかけた大胆なその策に、私は驚かざるを得なかったけれど。

 戦争も最終局面に入り、ここから怒涛の展開が待ち受けている、はず。果たして、結果やいかに。



「逆木さん逆木さん」

 試験も終わり、後はびくびくしながら成績表が届くのを待つばかりとなった二月某日。彼女と出会ってからひと月以上が経過したある日のバイト後、久方ぶりに史空ちゃんから声を掛けられた。

「なんだい史空ちゃん」

「大変長らくお待たせいたしました」

 周りに人がいるので若干声をひそめてはいるが、それでも楽しさを隠しきれないように、彼女は告げる。

「もうすぐ、準備が整いそうです」

「おおー」

 “準備”とはこの場合、バイト先と戦う用意の事だろう。しばらく様子を見てから、と言っていたが、ようやく彼女の中で整理が着いたようだ。もっとも、何に時間がかかったのかは知る所ではないし、もしかしたら私と同じように、試験に追われていただけなのかもしれないけれど。

「そこで」

 重大な事を宣言する時の、彼女の癖なのだろう。少し間を置いて、私の手を握り締めるようにして拘束してから、史空ちゃんは笑顔でこう言い放った。

「逆木さん、鍛えに行きましょう」


 そんな訳で昼下がり、さんさんと輝くお天道様の元、私は史空ちゃんに引きずられる形でバイト先を後にした。すでに春休みで、しかも二人とも午前中のシフトだった為、このような事態となったのである。それにしても彼女、小柄な割に力が強い。連れ去られている私としては勿論、抵抗を試みて体重をかけたりしているのだが、それにも屈することなく、どこかに向かって進んでいく。

「とりあえずその手を離そうか史空ちゃん!」

 いい加減引っ張られるのも辛くなってきたので、ある程度バイト先から離れた所で声を上げた。

「逆木さんをきちんと目的地までご案内したら、お離しいたします」

 しかし返ってきた声は、杓子定規なカーナビのようなものだった。

「別に逃げないからっ。逃げたりなんかしないから」

「やっぱり、そんな事を思っていたんですか。この期に及んで」

 しまった墓穴を掘った、とも思ったが過ぎた事は仕方が無い。

「いやだって怖いじゃない行き先も知らないし!」

 正直に本音をぶつけてみたが、彼女は不敵な笑みをこぼすだけだった。

「ふふふ」

「その笑い方が怖いんだってばー!」

 ほんの二カ月ほどだけだが、彼女を見ていて分かった事がある。それは、自分の信念は頑固なまでに曲げないと言う事だ。だから、こうなってはどうしようもないと、話題変更を試みる。

「でも、鍛えるって、一体何を?」

「決まっているじゃありませんか」

 至って真面目な顔で、後ろを振り返ってわざわざ私と目を合わせてから、こう答えた。

「貴女の女子力です」

「へ?」

「見た所逆木さんに決定的に欠けているのは、お料理やお洗濯などの家事スキル、並びに礼儀作法。出来れば趣味の方向にも広げると良いですね。お裁縫とか、生け花とか。兎に角、それを身につけていただいて、完璧な女性になっていただきます」

「は、はぁ……」

 私があっけに取られてしまったからだろうか。ここで、ようやく足を止めてくれた。

「流石に冗談です……。というかつっこんでほしかったのに……」

「え?」

「そこは“花嫁修業かよっ”でしょう?!」

「……ああー」

 そういえば、なんかそんな事をお母さんが言っていたような気がする。そろそろ年頃なんだから、覚えておかなくてはならない、そうしなければお前はもらってもらえない、とかなんとか。勧めているのではなく、命令している所がポイントだったように思う。が、そういったスキルが皆無の私にとっては、縁遠い話過ぎて聞き逃していたのだ。その旨を伝えると、

「な、なんだって……」

史空ちゃんのキャラが崩壊した。今まで被っていた鉄製の仮面が一気に剥がれ落ち、何かに取りつかれたように体を震わせ始めるではないか。

「うちは姉妹そろって幼い頃から、お茶にお花、お琴に日本舞踊。料理は勿論の事、バレエやら新体操やら、女の子が憧れる習い事トップ20は全てやらされてきたと言うのに……?」

 トップ10で収まっていない辺りが、彼女の苦労を物語っている。もしかしたら、よほど名家のお嬢さんなのかもしれない。

「というか、今時普通なのではないのか。結婚活動、略して“婚活”という言葉にも表されているように、今や女子力を磨く事こそ、勝ち組への近道ではないのか。違うのか、世間と私はずれているというのか……!?」

 私がその変貌ぶりに唖然としていると、彼女も落ち着きを取り戻したようで。

「そ、それはそうとして。逆木さんが今からやるのは、人に物申す練習です」

 やっと、本当の事を言ってくれた。

「ふえ?」

 しかし、焦点が合ってないというか、方向性がずれているというか。間違ってはいないのかもしれないけれど、何か違和感を覚える。

「まぁ、どうぞずずいっとこちらへ」

 それもそのはず。やっと到着したその場所は、私の見間違えじゃなければ、“ボーカルレッスン始めました”という張り紙が、目立つようにでかでかと貼ってあったのだから。


「あ、え、い、う、え、お、あ、お。はい」

「……あ、え、い、う、え、お、あ、お」

「逆木さん、もっと腹に力を込めて! そんなんじゃちっとも聞こえませんよ」

 中に入るとそこはやっぱり、防音完備の施されたスタジオで、そこで私は史空ちゃんを師と仰ぎ、発声練習をさせられていた。

「……あのー」

「なんでしょう」

 けれども流石に馬鹿馬鹿しくなって、異を唱える事にする。

「これって……。あの、疑う訳ではないんだけど」

「はっきりおっしゃってくださいな」

「では、お言葉に甘えて」

 意を決し、私は疑問というよりはもはや確信を口にする。

「意味、あるんですか?」

「咲き誇る為の練習ですよ」

 そして、ウインクまでして決め台詞を言った。

「当たって砕けろ、です」

「砕けてるし!?」

「間違えました。美しく散る為です」

「どっちにしろ玉砕してる!?」

――貴女は私を助けてくれるんじゃないのか!?

 あまりにも辛辣すぎる物言いに、遠慮する事無く反発した。

「というか咲き誇った後に散るって、ある意味一番残酷じゃない!?」

 先程、彼女渾身の作なのだろうボケを無視した腹いせだろうか……。いや、でも私にそこまでクオリティの高いツッコミを求める事それ自体が、間違っている気もするのだが。

「まぁ何にせよ、自分の意見をはっきりと伝える事って、大切ですよ」

 でも最後には良い事を言ったりして、そうやって要所要所で決めてくる辺りが、彼女らしかった。

 その後、一応真面目にレッスンを受け、声の出し方を教わった。成程、確かに声による説得力の違い、というのは理解出来た気はする。弱々しく姿勢悪く話すのと、力強く堂々と発言するのは大違いだ。……まぁ、それが私に身についたと言えるかは、はなはだ疑問ではあるが。


「さぁ、では参りましょう」

 三時間みっちり練習して、へとへとになった私を彼女はまだ連れ回すつもりらしい。

「行くって、どこへ?」

 まさか本当に花嫁修業をさせられるのかと嫌気が差したが、本当に来たのは悪寒であった。

「決まっているでしょう。塾に戻るんですよ」

「ええー!?」

「大丈夫。もうすでに手は打ってありますから」

 まさかこの足で行く事になるとは思わなかったが、史空ちゃんはもう臨戦態勢に突入している。

「はい……」

 私も腹をくくって、来た道を戻る事にした。


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