閑話休題 ―試―
久しぶりの投稿にもかかわらず、本編では無く番外編です。
少し遅くなってしまいましたが、バレンタインデーのお話になります。
「終わったー!」
――でも、いくつかぽろぽろ落としているかもしれない!
そんな不安を抱えつつ、ようやく最期の試験が終わった。これで、二学年とはおさらば、春からは三年生である。うちの学科は三年生まではとりあえず上がれるので、大丈夫だろう。……それよりも、就職活動やより専門に特化される授業の方が心配だ。
「さーて、帰るか」
けれども、そこは逆木さん。そんな先の心配は後回しにして、とりあえず地獄のテスト期間がようやく終わった喜びに浸る。本日は二月十四日。本来ならば、彼氏持ちの私としては、奴と一緒にいるのが筋なのだろうが、生憎向こうがバイトの為、授業前にチョコレートを渡して終わった。だから、私はテストが終わったら速攻で帰って寝ようと決めていたのである。しかし。
「ねぇねぇ」
「んー?」
「チョコフォンデュパーティー、やろう?」
こう誘われてしまっては、私としては断る事は出来ない。
「いいねぇ」
こんなノリで、試験お疲れ様会ならぬチョコフォンデュパーティーは、混沌の幕を開けたのである。
「で、またあたしの部屋なんだよね、分かってるよ……」
『おっじゃまっしまーす』
勝手知ったる詩衣菜の部屋。適当に上着と荷物を置き、炬燵の中に陣取る。と言っても、今日は私と千波さんと詩衣菜の三人と、少数精鋭ではあったが。
「良いじゃないの。詩衣菜も皆でわいわいした方が楽しいでしょう?」
「独り身には、この寒さは堪えるよね……」
「言うな! そして憐れむな!」
そう文句を言いつつも、私達が買ってきた物を仕分けしたり、グラスの用意をしたりと、甲斐甲斐しく働く彼女。だが、ふと思いついたようにぽつりと尋ねた。
「っていうか、なんでチョコフォンデュ?」
「さぁ? なんで?」
今回の企画人、千波さんに事の真意を確かめると、
「楽しそうだから、かな」
とのお返事をいただいた。まぁ、一応今日という日の趣旨には合っている。かと言って、市販のチョコレート菓子に甘んじない所が、彼女の彼女たる由縁であるが。
「全く、よりにもよって洗い物が大変な物を……」
「さ、始めよー」
彼女の切実な嘆きを、聞こえなかったとばかりに、華麗に無視した。私も女子のはしくれ。チョコレートの落ちにくさぐらい、身に浸みて分かっている。
「って、もう準備もばっちりじゃない。さっすがー」
だからこそ、詩衣菜をあがめたてまつろうとしたのだが、
「どうせ、君達がまともな料理と後片付けをしてくれるなんて事がない事は、もう分かりきっているよ」
『・・・』
よいしょしたつもりが、墓穴を掘ってしまった。
「さ、チョコ溶かすべー」
「おー」
しかし、そんな事はいつもの事。女子力よりも、スルー力の方が身についている私達であった。
まぁそんなこんなで、早速、箱で購入してきた板チョコを取り出す作業に入る。
「これ……。刻まないでも、良いよね?」
自分で買ってきたくせに、その量に恐れをなして、ついものぐさ発言をしてしまう。
「お前らに使わせる包丁はねぇ!」
『なんで!?』
けれども、返ってきたツッコミは予想だにしないものだった。……その理由は、あまりにも明白だったが。
「今、絆創膏、切らしてるから」
『・・・』
「まぁ、大人しくこれの中に入れて、割りなさい」
手渡されたのはビニール袋。確かに、衛生的かつシンプルな手段である。
『はーい』
でもまぁ、私達がそんな普通の事をする訳も無く。
「よし、千波さん。瓦割りしようか」
「逆木がやるの、見ててあげるね」
「ちぇすとー!」
「はい、記録四枚ー」
「意外と痛い!」
「あんまり騒ぐなよ!?」
こうして、テンションの高い私達にボロボロにされたチョコレートを、温めた少量の牛乳の中へ。
「粘性高いなー」
「でも色は玄武岩だよ」
「んー、じゃあもうちょい牛乳足すか」
最初のうちはなかなか溶けないし、おいしそうではなかった。それが、牛乳を継ぎ足した途端にみるみるうちに柔らかくなったのを見て、騒ぎだす私達。
「やばい! 水分きたこれ!」
「おお、牛乳を入れる事によってやはり融点は下がるのか……」
そんな感じで、チョコレートの含水条件における融解実験は、無事に終了した。この後、詩衣菜によれば結晶化の実験まで出来たそうで、鍋からはがれおちなくて大変だった、と嘆いたメールが送られてきたが、私はそれに手を合わせる事しかできなかった。
『いっただっきまーす』
さて、ようやくここまで辿り着いた私達は、思い思いの具材をフォークに刺して、鍋の中に突っ込んでいく。本当はお店のように滝のように降り注ぐチョコシャワーにくぐらせたいものだが、誰がその役をやるのかという問題があるので今回は止めておく。
「何故フランスパン……。美味いから良いが」
「ビスケットはどうしたー」
「あ、忘れた」
「苺うまー」
「パイナップルが意外といけるよ!」
そんな普通の会話をしていたかと思えば、
「よし、じゃあそろそろ行くか……。出でよ」
「言わせないから。そして今日はそれやらないから」
『えー』
「って、意外と楽しみにしてたんかいお前ら!」
「あ、あった。トランプ」
「探りあてちゃった!? でも三人でトランプを使う必要はないと思うんだ!」
そんなノリで、会話に毒々しい花を咲かせるのも、いつもの事であった。労働の後の甘い物は格別で、トークも食事もよく進む。チョコレートの作用だろうか、若干気分を高揚させつつ、私達は大いに語り合った。
*
「うー。よく寝た」
そんな感じでわいわい楽しく騒ぎ、帰る頃にはくたくたになっていた。お布団に倒れ込んだ所までは記憶があるのだが、どうやらそのまま寝てしまったらしい。
「……おう。一時か……」
部屋の時計と差し込む光から、あの後ぐっすり半日ほど寝てしまった事が判明した。とりあえず携帯電話を手に取る。画面を見ると、新着メールが届いていた。
“チョコレートおいしかったよー”
――うーむ。
相手は彼氏からで、チョコレートに対するお礼だった。しかし、彼には大変申し訳ないのだが、実は手作り品に見えるようにラッピングを変えただけで、スーパーで売っていた安物なのである。今年はお金も無く、かと言って作る気力も無く、苦肉の策だったのだが……。
――というか、何故完食報告写メ付き?
ご丁寧にわざわざ、片手で空の箱を持って笑っている彼の写真が添付されていた。私の手作りというのがよほど嬉しかったのだろうか。その真意は定かではないけれども。
だが、私の想う所はそれとは少しずれた方向にあった。だってそうだろう。普通、既製品と手作り品を間違えたりするものなのだろうか。確かに、上手い人であれば分からないだろうが、私の料理の腕前は彼も良く知っているはずなのに。いや、まぁ確かに、私の方に試す意味合いが無かったかと言えば嘘になる。手作り品の方がもしかしたら喜ぶのかもしれない、という思惑もあった。が……。単純過ぎて、こいつは大丈夫なのかと疑ってしまった。
しかしまぁ、お礼を言ってきた事は及第点。とりあえず、誕生日まで様子を見よう。と、今後の事に関する結論は、先延ばしにする事にした。
そういう訳で、ようやくテストも終わりました逆木さん。
次話からいよいよクライマックスに向けて動き出します。
史空という協力者を得て、彼女は一体どうなるのか。
なるべく間は空けませんので、今しばらくお付き合いください。