表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

やまびこ猫

作者: 源雪風

「にゃーん」

帰り道、猫に声をかけられた。

嬉しくなって「にゃーん」と返事をした。

すると猫が「にゃーん」と返事をしてくれる。

楽しくなってまた「にゃーん」と言ってみる。

すると、猫は「にゃーん」と言ってくれた。


何回か「にゃーん」のやり取りをした。

帰らなきゃいけないので、私は立ち去った。

後ろから「にゃーん」と声がした。

もちろん「にゃーん」と返事をして別れた。


その日から、一人でいるとどこからか「にゃーん」と声が聞こえるようになった。

私のことを見ていてくれているのかな。

すぐに「にゃーん」で返す。

声は帰って来なかったけど、満たされた気がした。


いつしか声が聞こえてくるのが楽しみになった。

一日にそれが聞こえた回数を、日記に書いた。

その結果を折れ線グラフにして、しみじみ眺める。

明日も聞こえるだろうか。


嫌なことがあった。

「にゃーん」と返事している所を人に見られた。

よりによって仲の悪い奴にだ。

きっと「あいつの頭はおかしい」って、言いふらすだろう。

手の打ちようがないからもどかしい。

不安で仕方がない。

もう寝よう。


翌日、また声が聞こえた。

周りを見渡して誰もいないことを確認して返事をした。

でも、もう楽しくなかった。

どうして?分からない。

自分の心の変化にゾッとした。

猫の声は変わらないのに、感じ方が変わってしまった。

分からない自分が怖い。


猫の声は、まだ聞こえる。

返事したくないけど、返事をしてしまう。

そうしないと怖い。

たぶん返事をしなくても怖い。


決心した。

今日は声が聞こえても無視しよう。

いつまでも答えたくない声に答え続けるのはつらい。

自分に嘘をつき続けることになるから。

「にゃーん」

もう答えない。

「にゃーん」

やめてよ。一回無視したんだから鳴かないでよ。

「にゃーん」

どうして鳴き続けるの?

「にゃーん」

もう嫌だよ。やめてよ。

「にゃーん」

一人にさせてよ。

「にゃーん」

もう自由にさせてよ。

「にゃーん」

たまらなくなって耳を塞ぐ。

それでも猫の声は聞こえた。

止むことなくどこまでもついてきた。

逃げても逃げても・・・。


そうしているうちに、猫と出会った場所に着いた。

猫の姿は見当たらない。

しかし声はする。

探してみるが、見つからない。

「もう、やめてよ」

消えてしまいそうな声で、心から願う。

声が止む。

不意に涙が出る。

どうしてこうなってしまったんだろう。

いつ出てきたのか、足元に猫がすり寄ってきた。

全身が一瞬で冷たくなる。

猫は心配そうな眼で見つめてくる。

その眼に吸い込まれてしまいそうだ。

逃げることが出来ない。

嘘つきな私は嫌でたまらない猫をそっと、優しいふりをしてなでた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして。 わたしが想像していたオチと違っていて、いい意味で裏切られました。うまく言えないのですが、人間の弱さが伝わってくるというか、猫よりそっちがこわいです。いや、「にゃーん」の声もも…
[一言] 現実感の希薄な、なんともシュールな物語でした。 すごく面白かったです。 あまりに面白かったので、ついでに『電車ごっこ』も読んでみました。なんていうか根っこの部分に哲学的な思想が隠されたいそう…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ