5. 祝福の夜、別れの舞踏会
アシュトルム王国立高等学校の大講堂は、いつになく華やいでいた。
高い天井から下がるシャンデリアが無数の光を反射し、磨き上げられた床の上には、色とりどりのドレスと正装が溢れている。
――卒業式、そして卒業祝賀パーティー。
セシルは、入口付近で一瞬だけ足を止めた。
いつも身に纏ってきた騎士服ではない。淡い象牙色のドレスに身を包み、腰元には簡素な装飾剣――儀礼用の細剣が添えられている。
「……落ち着かないな」
「よくお似合いだ」
背後から聞こえた声に、セシルは肩を揺らした。
アランだ。いつもの実用的な服装ではなく、卒業式用の礼装を纏い、いつもより一歩距離を取って立っている。
「そういう社交辞令はいい」
「本心だ。皆、振り返っているぞ」
実際、周囲の視線は否応なくセシルに集まっていた。
剣の才で名を馳せた首席卒業生。女でありながら騎士科を制した男装の麗人。
称賛と好奇、羨望と警戒が入り混じった視線。
そのすべてが、今のセシルには重かった。
式典が始まり、名を呼ばれ、壇上に立つ。
校長の祝辞と、拍手。
「誇り高き騎士」「王国の未来」――そんな言葉が降り注ぐたび、胸の奥が軋んだ。
(……砂の城だ)
拍手の中で、セシルは一瞬だけ視線を落とした。
列の端に立つアランと目が合う。彼は何も言わず、ただ静かに頭を下げた。
それが、たまらなく遠かった。
◇
夜会が始まると、空気は一変した。
音楽が流れ、グラスが触れ合い、若い貴族たちの笑い声が弾む。
「セシル、よければ一曲」
声をかけてきたのは、レオン・フォルテだった。
正装に身を包み、余裕のある微笑を浮かべている。
セシルは膝を軽く曲げ、背筋を伸ばしたままゆっくりとカーテシーを返した。
差し出された手を取り、二人はフロアへ進んだ。
音楽に合わせ、自然と身体が動く。剣の間合いとは違う距離感。
それでも、セシルは不思議と安定していた。
「相変わらずだな。堂々としている」
「……そう見えるか?」
「ああ。皆、お前を見ている。騎士としても、女としてもだ」
その言葉に、セシルの胸が微かにざわついた。
「……騎士に、男女は関係ない」
「そう言い切れるところが、お前らしい」
レオンは楽しげに笑い、ふと視線を逸らした。
「フッ、そろそろおまえの番犬に噛みつかれそうだ。今日はこの辺で退散するか。」
セシルは視線の先に目を向ける――フロアの外、柱の傍に立つアランの姿が、どうしても目に入ってしまう。
彼は誰とも踊らない。
誰にも声をかけられない。
ただ、完璧な従者として、そこにいる。
音楽が終わり、拍手が起こる。
レオンは一礼し、セシルの手を離した。
「また会おう、セシル」
その言葉だけを残し、彼は人波に消えた。
◇
夜会の終わり。
人々が名残惜しそうに帰路につく中、セシルはテラスに出て夜風に当たった。
「……疲れた」
「無理をしたな」
すぐ後ろに、アランの気配。
いつもと同じ距離。いつもと同じ声。
「なあ、アラン」
「なんだ」
「……私は、うまくやれていたか」
一瞬の沈黙。
アランは少しだけ言葉を選び、それから答えた。
「ああ。誰よりも」
それが、どうしようもなく“正しい答え”だったから。
セシルは、それ以上何も言えなかった。
遠くで、馬車の音が響く。
明日には、王宮へ向かう。
剣を置いた夜。
祝福に包まれながら、確かに何かが終わった夜だった。




