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女騎士の伯爵令嬢は恋に鈍感すぎる~幼馴染従者の十年越しの片想い~  作者: 桜子


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5. 祝福の夜、別れの舞踏会

アシュトルム王国立高等学校の大講堂は、いつになく華やいでいた。

高い天井から下がるシャンデリアが無数の光を反射し、磨き上げられた床の上には、色とりどりのドレスと正装が溢れている。


――卒業式、そして卒業祝賀パーティー。


セシルは、入口付近で一瞬だけ足を止めた。

いつも身に纏ってきた騎士服ではない。淡い象牙色のドレスに身を包み、腰元には簡素な装飾剣――儀礼用の細剣が添えられている。


「……落ち着かないな」


「よくお似合いだ」


背後から聞こえた声に、セシルは肩を揺らした。

アランだ。いつもの実用的な服装ではなく、卒業式用の礼装を纏い、いつもより一歩距離を取って立っている。


「そういう社交辞令はいい」

「本心だ。皆、振り返っているぞ」


実際、周囲の視線は否応なくセシルに集まっていた。

剣の才で名を馳せた首席卒業生。女でありながら騎士科を制した男装の麗人。

称賛と好奇、羨望と警戒が入り混じった視線。


そのすべてが、今のセシルには重かった。


式典が始まり、名を呼ばれ、壇上に立つ。

校長の祝辞と、拍手。

「誇り高き騎士」「王国の未来」――そんな言葉が降り注ぐたび、胸の奥が軋んだ。


(……砂の城だ)


拍手の中で、セシルは一瞬だけ視線を落とした。

列の端に立つアランと目が合う。彼は何も言わず、ただ静かに頭を下げた。


それが、たまらなく遠かった。



夜会が始まると、空気は一変した。

音楽が流れ、グラスが触れ合い、若い貴族たちの笑い声が弾む。


「セシル、よければ一曲」


声をかけてきたのは、レオン・フォルテだった。

正装に身を包み、余裕のある微笑を浮かべている。


セシルは膝を軽く曲げ、背筋を伸ばしたままゆっくりとカーテシーを返した。

差し出された手を取り、二人はフロアへ進んだ。

音楽に合わせ、自然と身体が動く。剣の間合いとは違う距離感。

それでも、セシルは不思議と安定していた。


「相変わらずだな。堂々としている」

「……そう見えるか?」

「ああ。皆、お前を見ている。騎士としても、女としてもだ」


その言葉に、セシルの胸が微かにざわついた。


「……騎士に、男女は関係ない」

「そう言い切れるところが、お前らしい」


レオンは楽しげに笑い、ふと視線を逸らした。


「フッ、そろそろおまえの番犬に噛みつかれそうだ。今日はこの辺で退散するか。」


セシルは視線の先に目を向ける――フロアの外、柱の傍に立つアランの姿が、どうしても目に入ってしまう。


彼は誰とも踊らない。

誰にも声をかけられない。

ただ、完璧な従者として、そこにいる。


音楽が終わり、拍手が起こる。

レオンは一礼し、セシルの手を離した。


「また会おう、セシル」


その言葉だけを残し、彼は人波に消えた。



夜会の終わり。

人々が名残惜しそうに帰路につく中、セシルはテラスに出て夜風に当たった。


「……疲れた」


「無理をしたな」


すぐ後ろに、アランの気配。

いつもと同じ距離。いつもと同じ声。


「なあ、アラン」


「なんだ」


「……私は、うまくやれていたか」


一瞬の沈黙。

アランは少しだけ言葉を選び、それから答えた。


「ああ。誰よりも」


それが、どうしようもなく“正しい答え”だったから。

セシルは、それ以上何も言えなかった。




遠くで、馬車の音が響く。

明日には、王宮へ向かう。


剣を置いた夜。

祝福に包まれながら、確かに何かが終わった夜だった。

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