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女騎士の伯爵令嬢は恋に鈍感すぎる~幼馴染従者の十年越しの片想い~  作者: 桜子


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4. 従者の優しさ

朝。カルルス家の食卓には豊かな薫りが満ちていた。 テーブルの上には、たっぷりのバターと蜂蜜を添えた焼き立てのカイザーゼンメルが積まれ、クミンと塩を振った焼きたての豚肉料理が芳醇な湯気を立てている。アランはいつもの様に、銀のポットからたっぷりの泡立ちミルクを加えたメランジェのコーヒーを注いだ。


エリオットが眠そうにグラスに入った半熟卵を口へ運ぶ傍らで、セシルは一口も食を進めることなく、背後に控える男に声をかけた。


「アラン。今日も学校から帰ったら、中庭で手合わせしろ」

「ああ、わかった。準備しておこう」


カトラリーを並べる手を休めることなく、アランは淡々と、けれど慈しむような声で答えた。その「いつも通り」の態度が、今のセシルには何よりも胸に刺さった。




放課後、夕闇の迫る中庭。  セシルは必死に剣を振るった。アランの動きを、その指先一つ、視線の配り方一つまで食い入るように見つめる。


(やはり……っ!)


アランの剣は、セシルの剣が届く直前、ほんのわずかに力を抜いている。セシルが彼を「押し切った」と思わせるために。  打ち合った衝撃。本来ならセシルの手首が砕けるはずの反動を、彼は自らの手首をしなわせることで逃がしていた。


「……相変わらず、その身軽さには負けるな」


アランが木剣を引き、額の汗を拭いながら微笑む。


「あ、……ああ。今日は、ちょっと調子が悪い。もうやめよう」  


セシルは、震える声を隠すように背を向けた。




自分の部屋に戻るなり、彼女は騎士服のままベッドに突っ伏した。


「……やはり、あいつ、本気じゃなかった!」  


枕に顔を埋め、セシルは声を殺して泣いた。誇りに思っていた学年首席の座も、父に啖呵を切った自慢の腕前も、すべてはアランが与えてくれた「砂上の城」だった。 守られるだけの自分。その惨めさに、心は粉々に砕け散っていた。


その時、コンコンと控えめな、けれど聞き慣れたリズムのノックが響いた。


「セシル、夕食の準備ができたぞ。今日はエリオット様も早めに帰宅されるそうだ。降りてこい」


扉の向こうから聞こえるアランの声は、どこまでも穏やかで、いつも通りの温度を保っている。それが今のセシルには、何よりも辛かった。


「……今日はいい。食欲がないんだ」


声を震わせないよう、セシルは枕に顔を押し付けたまま答えた。一瞬の沈黙の後、扉が開く。アランが音もなく入室してきた気配がした。


「どうした? いつも人の倍くらい食うおまえが。……顔色が悪いな。かかりつけのハンス先生を呼ぶか?」


 アランはベッドの傍らに跪き、心配そうにセシルの顔を覗き込もうとする。その瞳に宿る純粋な慈しみを見るのが辛くて、セシルは乱暴に顔を背けた。


「ほっといてくれ! ……ただ、少し疲れているだけだ」

「……わかった。だが無理はするなよ」


 アランはそれ以上追及せず、けれど立ち去る間際に、幼い頃からセシルの機嫌を取る時に使ってきた「魔法の言葉」を口にした。


「あとで、カイザーシュマルンを作って持ってきてやる。お前の好きな林檎のソースをたっぷり添えてな。一口でも食べられそうなら食べろよ」


カイザーシュマルン。引き裂いたパンケーキに粉糖をまぶした、甘くて温かいセシルの大好物だ。

普段なら飛びついて喜ぶはずの提案も、今のセシルには、自分を子供扱いし、真実から遠ざけるための甘い毒にしか思えなかった。


(……そんなに優しくするな。おまえのその優しさが、今の私には一番耐え難い)


アランが部屋を出ていく足音を聞きながら、セシルは再び、暗い絶望の淵へと沈んでいった。


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