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方舟のノイ  作者: 刹那
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エピローグ


それから一週間後。




晴れ渡る青空の下。

焼け付くような熱い日射しを全身に浴びながら、瓦礫の山の上を渡り歩くノイとアベルの姿があった。

数日前まではただの海底遺跡と化していた、かつてエデンの園と呼ばれた町、あるいは巨大な方舟とも言えるそれが陸地に打ち上げられたと知り、その探索に来ていたのだ。

今立っているのは、建物の痕跡や方角から察するに、以前バベルの塔が建っていたはずの場所。

二人の目的は、使えそうな道具や取り残された食糧、とにかく何でもいいから役に立つ物を漁って、皆が待つ集落まで持ち帰ること。

それともう一つ、誰にも言っていない目的があった。


「…見つからないね、アベルのお父さん」


「…うん。せめて埋葬だけでもしてあげたかったんだけど、やっぱり波に流されたのかもしれない」


燃え盛る塔の中に最期まで残り続けたカインの捜索である。

二人は周辺を入念に調べ、王の間で見た覚えのある壁や机の残骸が集中している場所まで辿り着いたものの、そこには遺体どころか骨一本落ちていない。

町中の建物が粉々に砕け、ほとんど原形を留めていないことを考慮すると、たとえ火の手を逃れていたとしても、海の彼方に流されてしまったと考えるのが妥当だろう。

それでも諦めきれずに周囲を探っていたノイの目に、キラリと輝く何かが映る。

屈んで拾い上げてみると、それは薄くて、丸くて、手のひらに収まるくらい小さなものだった。

一枚の金貨である。

ノイが角度を変えて太陽の光を反射させていると、それに気付いたアベルが駆け寄ってくる。


「金貨?…懐かしいね」


「うん。他にもいっぱい落ちてるよ」


視線を下げるとそれはあちこちで煌びやかに輝き、小さくとも他の何よりも存在感を放っていた。

役に立つものではないと知りつつ、何となしにそれらを目で追っていると、ふと巨大な金庫が二人の目に入る。


「これって…」


それはカインが金銀財宝を詰め込んでいた金庫に他ならない。

しかし金庫を眺めていたアベルは、ここである違和感を覚えて首をかしげた。


「…ん?」


「どうしたのアベル?」


「蓋が閉まってる」


記憶上では、カインは財宝をアベルに見せびらかすために金庫を開けていたはずだった。

にも関わらず、今は完全に密閉された状態で打ち上がっている。

レバーまで固定されているところを見ると、波が偶然蓋を閉めただけとはとても思えない。

一体中に何が入っているのだろうか。


「開けるよ」


アベルは意を決してレバーを引き、金庫を開け放った。


「これは…!」


中身を見た二人は同時に息を飲んだ。

そこに入っていたのは二人が予想もしていなかった物。

黒かったり、茶色だったり、形もまばらでとても小さな粒。

植物の種であった。

何種類もの植物の種が、金庫いっぱいに詰め込まれていたのだ。


「これって…種?」


粒を一つ取り出し、まじまじと観察するノイ。


「凄いよノイ!それは麦の種だ。他にも米や、果物の種なんかもある。これを沢山植えて育てれば、今後食べ物に困らなくて済むかもしれない」


アベルが種の正体を知って鼻息を荒くする一方で、ノイは不思議そうにそれを金庫の中に戻す。


「でもなんで種が入ってたんだろう?」


「父さんだ…」


「え?」


アベルはいくつもの種の中に一枚だけ金貨が紛れ込んでいるのを見つけ、それを拾い上げる。

彼にはその金貨が、かつてノイが自分に贈ってくれた特別な一枚だとすぐに分かった。


「みんなの未来のために、父さんが自分の命を捨ててまで集めてくれたんだ」


アベルの考察は正しかった。

カインは津波後の食料危機を案じ、燃え盛る塔の中からあらゆる植物の種子をかき集めて金庫の中に保管したのだった。

しかしそれはカインにとっても可能性の薄い賭けだった。

もしかすると、せっかく種を集めても金庫が海の底に沈むかもしれない。

あるいは陸に打ち上がったとしても、誰にも見つからないまま朽ちるだけかもしれない。

全て無駄になるかもしれないと知りつつ、自らが助かる道を捨て、人類のために最期の瞬間まで種を集め、それを他の人間に託したのである。

一枚の金貨を添えて。


そのことに気付いたアベルの瞳から、自然と涙が溢れる。

膝から崩れ落ち、金庫にもたれかかるアベルをノイは抱きしめる。


「あの時、お父さんを助けてあげられなくてごめんね…」


「…ううん。父さんの身体は救えなかったけど、意志はここにちゃんと生きてる。この種を蒔いて、増やして、大地を満たそう。みんなで一緒に」


決意を固めたアベルは涙を拭い、立ち上がった。


「そうと決まれば早速、畑の耕し方をハキムに教わらなくちゃね」


「植え方や育て方はフェトが詳しいかな?」


「収穫はセナが得意なんだ」


この世界に緑が満ち、人々が活気立つ未来を想像し、二人は楽しそうに手をつないで海の方を向く。

その視線の先には海から空へと立ち昇る煙があった。

海底火山の噴火は今なお続き、白い煙とマグマを絶え間なく吐き出し続けていた。

そこからやがて新大陸が誕生するのか、それよりも早く地上が海に沈むのかは神のみぞ知ることだ。


「あそこにも植えれるといいね」


「そうだね。でも、もし島ができるとしても、きっと何十年も先になるよ」


苦笑いを浮かべるアベルに、ノイは遠くを見るような目で答える。


「それじゃあ誰かに任せられるように、私達が守り続けようよ」


「種を?」


「うん。種も、畑の耕し方も、育て方も全部!」


「責任重大だね。でもやろうか」


「やろうよ。私達で一緒に!」


目を輝かせ、顔を近づけるノイとアベル。

そのまま口づけをしようとしたが、不意に背後から視線を感じて二人は振り向く。

すると少し離れた物陰から、フェト、ハキム、セナの三人がニヤニヤしながらこちらを覗き込んでいるではないか。


「あ、私達のことはお構いなく続けて!」


「何だよ、チューしねーのか?」


「…何ならそれ以上でもいい」


「〜〜〜!!」


「ちょっとみんな、居るなら居るって言ってよ」


顔を真っ赤にしてうつむくノイと、とっさに顔を離すアベルに、三人組はどこか残念そうな様子。


「いや〜、私は覗きなんかやめようって言ったんだけど、ハキムが…」


「俺のせいかよ!?『二人が子作りするのを見届けるまで安心できない』って言ったのお前だろ!」


「こ、子作り!?」


ノイとアベルの顔から火が出る。


「別に私が見たいわけじゃないよ!ただね、ほら。人類存続のために仕方なく」


「まあ人類のためなら仕方ねーよな」


「…これは私達の使命」


「余計なお世話だから、みんなあっち行ってー!!」


「…ふふっ、ははは」


とうとうノイが我慢の限界を迎え、三人のことを追いかけ回す。

慌てて逃げる三人と、それを追いかけるノイの微笑ましい姿を見て、アベルは心底可笑しそうに腹を抱えて笑った。

明日も明後日も、こんな幸せな日々が続くことを願いながら、少年少女達は走り続ける。


「あっ、クジラ!」


突然フェトが沖を指差したため、皆は立ち止まって同じ方角を眺める。

すると遠くの海上で、二頭のクジラがちょうど潮を吹いているところであった。

皆が見ている中、二つの水しぶきが混ざり合い、太陽の光を反射して空と海の間に綺麗な虹の橋をかけていた。






ここまで長くなりましたが、最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。

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