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方舟のノイ  作者: 刹那
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第二十五話【最期の戦い】



「ノイちゃん、一体どこに連れて行かれたのかな…」


一刻も早く町の電力を止めるべく、発電所を目指して走るレジスタンス一行。

その集団の中でハキムに背負われながらフェトが不安げに呟いた。


「カイン達がいるとしたら、間違いなくあそこだろうな」


やや離れた場所にそびえ立つバベルの塔を指差し、先頭を走るオグが答える。


「あの塔は普段から電子ロックで厳重に施錠されていて、カイン以外は誰も入れない。だからこそ発電所を止めてロックを解除する必要がある」


「なるほどな。つまり電気を止めれば捨人が戦いやすくなる上に、塔への道まで開けるってわけだ」


「…一石二鳥」


この戦いに勝つためには発電所の制圧こそが必須条件であることを、ハキムとセナも再認識した。

無論、敵もその程度のことは想定内であるため、そうやすやすとやらせてくれるはずもない。


「止まれ!」


発電所の前で待ち構える者達の存在にレメクが気付き、声を上げた。

そこには銃器で武装した大勢の兵士達が、レジスタンス一行を迎え討つべくズラリと立ち並んでいた。

少人数な上に、ろくな武器も持っていない一行はそのまま突っ切るわけにもいかず、慌てて立ち止まる。

どうしてあんなに兵士達が集まっているのかと皆がうろたえる中、建物の陰から密かにこちらを覗く監視カメラの存在に気付いたオグが舌打ちした。


「チッ、カインめ。こっちの動きを監視カメラで読んでやがったな」


「嘘…あれってもしかして全部オーパーツ!?」


「…さすがにあれは無理」


「ここまできて諦めるしかねーのか!?」


絶望的な状況を悲観する三人組の横を通り抜け、どういうわけか捨人がのそのそと前に出てきた。


「おじちゃん?」

「どうしたの?」


不思議そうに尋ねる双子に笑顔を向け、捨人は天を仰ぐ。


「案ずるな低地の民よ。そのために儂らがいる」


そう言うと捨人は突然口を大きく開け、超音波のような奇声を発した。


「〜〜〜!?」


両耳を手で覆ってもキーンと鼓膜の奥まで突き抜けてくる不快な高音に、皆はたまらず耳を塞ぐ。

しばらくして声が止んだかと思うと、今度はペタペタと大勢の足音のようなものが地鳴りとなって辺り一帯に響き渡ったではないか。

さっきの声を合図にして、各地に散っていた大勢の捨人達がまるで示し合わせたかのようにぞろぞろと集まってきたのだ。

百以上にも及ぶその灰色の軍勢は、数だけなら高地の兵力を圧倒するほどであった。

あまりの大群を前に、いかに完全武装した兵士といえども焦りの色が見えた。


「地獄の底から這い出てきた儂らに、もはや恐れるものは何もない。人として死ねる最期の機会だ。喜んで人柱となり、神のもとへ向かおうではないか」


その発言を皮切りに、捨人の大軍が雪崩の如く兵士達に襲いかかる。

四足歩行をしながら猛烈な勢いで迫ってくる恐るべき存在を前に、兵士達はたまらず銃の引き金を引いた。

まさに高地の命運を分ける、最期の戦いが始まったのである。

銃声と共に、バタバタと斃れていく捨人達。

しかし怒涛の勢いは収まることなく、捨人達は仲間の屍を踏み越えて次々と前に進んだ。


「儂らが敵を引きつけている内に、お前達は先に行け」


「おじちゃんも行こうよ」

「いっしょに行こうよ」


イラとナエルに手を握られた捨人は、双子の顔を白く濁った瞳で見つめる。


「…いいや、儂は仲間達と共に行く。他の者だけに酷な役割を押しつけるわけにはいかん」


「せっかく仲良くなれたのに…」

「やっとともだちになれたのに…」


「お嬢ちゃん達の手は温かいな。儂には熱すぎて火傷しそうだ」


捨人はそう言うと双子の手をそっと振りほどき、群れに混ざって兵士達のもとへ突撃したのだった。


「俺達も急ごう。彼らの覚悟を無駄にしてはいけない」


レメクに促され、一行は捨人の群れから逸れて発電所へと回り込む。

混乱に乗じて中に乗り込んだ一行が目にしたのは、巨大な筒のような機械を中心に、パイプや配線、精密機器などが並ぶ広大な空間であった。

筒の中では発電用のタービンが轟々という摩擦音を発しながら回転している。

ここにきて一同の動きがフリーズした。

電気を止めるという明確な目的を持って発電所に乗り込んだものの、今までに見たこともない装置ばかりで、はっきり言ってどこをどうすれば良いのかさっぱり分からなかったのだ。


「なんでも、海底火山から噴き出す蒸気でタービンを回して発電してるらしい。俺もここに入ったのは初めてだがな」


「ふーん、地熱発電ってわけね」


オグの解説に、フェトだけが納得したように頷く。


「よし、じゃあ後は任せたぞフェト!」


「私!?」


「…こういうの、苦手」


テクノロジーに関しては全くの無知であるハキムとセナは早々に諦めて、面倒な役割をフェトに押しつける。

だが肝心のフェトも軽い知識を本で身につけただけで、こんな実物を見たのは初めてだった。

う~んと頭を悩ませた挙句、自信なさげに答えるフェト。


「とりあえず、ここから町中に電気を巡らせるための送電線があるはずだから、それを切ればいいんじゃないかな」


「つまり、手当たり次第にそこらへんの電線を叩き切ればいいんだな!」


「ストップストップ!高圧電流が通ってるんだから、剣が触れた瞬間死ぬよ!?」


足下の電線に振り下ろした剣を慌てて止めるハキム。


「じゃあどうすりゃいいんだよ!?」


発電所の中で皆が手をこまねいていると、侵入者の存在を察知した兵士の一人が銃を構えた。

銃口は大勢の中から、ハキムに狙いを定める。

誰もそれに気付かない。

そして指が引き金にかかったその直後、後ろから捨人が飛びかかり、兵士の首元に喰らいついたではないか。


「ぐあっ!?」


「やらせはせん」


抵抗しながら銃を発砲する兵士。

ドドドドと銃声が響いたかと思うと、付近の装置に銃弾が何発も命中し、レジスタンス一行は驚いて振り向く。

幸か不幸か、銃弾の一発が送電線に直撃してスパークを起こした。

千切れた電線がバチバチと激しい音を出しながら火花を散らすが、まだ停電には至っていない。

しかし皆の目の前で火花はみるみる大きくなり、周囲の電線や装置を巻き込んで燃え広がっていく。


「フェト…これでいいんだよな?」


「むしろヤバい」


「…逃げるが勝ち」


炎が積み重なった蓄電池にまで到達するのを見て、一行の顔から血の気が引いたが、その光景に青ざめたのはレジスタンスだけではなかった。

そこから遠く離れたバベルの塔の中で、監視カメラから送られてくる映像を目にしたカインである。


(…まずい!)


発電所が停止すれば、この塔のセキュリティが解除されるどころか、核爆弾のスイッチまで無力化されてしまう。

そうなれば今日という日まで何十年もかけて築き上げてきた方舟計画が全て水の泡と化す。

それだけは何としてでも避けたかったカインは、アベルに向かって怒鳴り声を上げた。


「アベル、今すぐそのボタンを押せ!」


「え!?」


対してアベルはカインの弱みを握ったつもりで核爆弾のスイッチに手をかけたのに、まさか本人から押せなどと言われるとは思いもせず頭が真っ白になる。


「どこまでも中途半端な奴だ…!」


カインは痺れを切らし、ノイのことなど放り出してがむしゃらに走り出した。

動揺するアベルを押し退け、核爆弾のスイッチに自ら手を乗せるカイン。


「だめ!それを押したら…」


ノイの制止など意に介さず、カインは腕にググッと力を込め、スイッチを押し込んだ。


「光あれ…!」


カチッという音と同時に、赤いボタンから発せられた電気信号が光の速さで海底ケーブルを駆け巡り、埋められた核爆弾へと到達する。


次の瞬間。

海底から空まで届くほどの閃光が世界を覆い尽くした。


「何だ!?」


発電所の外に脱出したレジスタンス一行は、突然昼間のように明るくなった空を見て、思わず足を止める。

徐々に日の出が近付いているものの、太陽がこんな急に現れるわけがない。

光は一瞬で消え失せ、再び夜が訪れたが、それと同時に今度は地面がグラグラと激しく揺れた。

誰も彼もが体勢を崩しながら謎の現象に戸惑う中、

ノイやアベル、カインだけはその状況を理解していた。


「もうおしまいだ…」


絶望するアベルの呟きに、カインは感慨深そうに顔を上げる。


「終わりではない。ここから始まるのだ。新たな人類の歴史がな」


「…もし失敗したらどうなるの?」とノイ。


「その時はお前がこの地球上で唯一の生き残りになり、やがて人類は滅亡する。そうならないためには、お前の能力を受け継ぐ子孫が必要だ」


再びノイのもとへと歩み出すカイン。

彼はまだ諦めてはいなかった。

アベルはとっさに床に落ちている大鉈を拾い上げて立ちはだかり、その切っ先をカインに向ける。


「ふん、脅しは二度も通用せんぞ。お前にそんな度胸はあるまい」


磨かれた大鉈の刃に、ノイの姿が反射して映り込む。

刃越しにノイと目が合い覚悟を決めたアベルは、カインに対して思いきり大鉈を振り下ろしたのだった。


「!?」


その一刀が左頬と眼帯の紐をかすめ、とっさに身体を仰け反らせるカイン。

斬られた頬からはじわりと血が滲み、眼帯がハラリと落ちる。

ずっと眼帯に覆い隠されていた潰れた左眼が露わになり、カインはアベルのことをギロリと睨んだ。


「…貴様!」


「もう迷わない。ノイを守るために、僕はあなたを殺す!」


屈辱と憎悪でアベルを睨みつけていたカインは、どうしたことか、その言葉を聞いた途端にフッと表情を緩めてどこか嬉しそうに笑った。


「どんな手を使ったとしても、最後まで生き残った者だけがその正しさを証明できる。俺がお前を殺して、やってきたことの正しさを証明してやる」


誰の目も届かぬ地球上のもっとも高いこの場所で、人類の命運を決める戦いが今、始まった。






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