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方舟のノイ  作者: 刹那
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第十九話【コロシアム】


『さあさあお待ちかね。前回のコロシアムから約一年ぶりとなった今回は、なんと真夜中の三時にサプライズ開催だ!』


闘技場のスピーカーから流れる陽気な男の声に、会場が沸き立つ。

広大な円形のフィールド、そしてそれを囲うように建設された高い座席には大勢の民衆の姿があった。

空はまだ真っ暗だというのに、巨大なライトスタンドが周辺をまるで昼間のように明るく照らし出していた。


『みんな今すぐにでも殺し合いを観たくてウズウズしてるだろう?チッチッチ、焦っちゃいけない。闘士入場の前に、まずはこのお方のご登場だ!』


そのアナウンスと同時に、ラッパ隊による演奏が響き渡り、闘技場で一番高い場所に位置する特等席にスポットライトが当たった。


『彼が歩けば誰もが道を開け、その一声はあらゆる生き物をひざまずかせる。誰よりも強く、誰よりも賢い。この世でもっとも神に近いお方。そう、彼こそがエデンの王、カイン様だ!』


カインの姿がライトアップされるや否や、民衆は熱狂の渦に巻き込まれ、一帯は雷が落ちたかの如き大歓声に包まれた。

観客席から身を乗り出さんばかりの人々に対し、カインは実に堂々とした佇まいで軽く手を振って返す。


「…凄い人気だね」


そんなカインの横で、民衆の熱狂っぷりに圧倒されながらアベルがボソリと呟く。


「当然だ。人望が無ければ王は務まらない」


一方でノイはというと、彼らのすぐ横の座席に縛り付けられた状態でずっと逃げ出す隙をうかがっていた。


(みんな、無事でいて…)


この絶望的な状況下においても、彼女の頭の中は家族や仲間達のことだけ。

祈ることしかできないもどかしさから腕に力が入り、ロープが皮膚に食い込んだ。


『そしてそして!カイン様の隣にいるのは、なななんと彼のご子息、アベル様!幼い頃から危険を冒して低地の村にスパイとして潜入し、先日見事テロリストどもを壊滅に導いた英雄だ〜!』


カインの紹介の時と同じか、それ以上の歓声が闘技場を震わせる。


『さあみんな、心の準備はいいか!?今回の対戦カードはとんでもない奴らだぞ。まず最初に登場するのはこいつら。低地を訪問した王の軍団に対し突如として襲いかかり、恐れ多くもカイン様の左眼を奪った極悪非道なテロリストどもだ〜!!』


それがレジスタンスの仲間達のことであると気付いたノイは、ハッと顔を上げてステージを食い入るように見つめる。

やがてファンファーレと共に、重い鉄の柵でできた入場口のゲートがゆっくりと持ち上がった。

するとさっきまでの歓声が嘘のように静まり返り、民衆達は皆ゴクリと固唾を飲んで入場口に視線を注いだ。

誰もが闘士の入場を待ち望む中、のそのそとした動きで最初に出てきたのはハキムであった。


『先頭を進むはなんと四本腕の若い男。ただの目立ちたがり屋か、はたまた相当な実力者か、四刀流でこのコロシアムに参戦。これは熱い闘いが期待できそうだぞ。そしてその後ろに続くのは……………え?』


突然、実況が不自然にピタリと止まる。

しかしそれを不思議に思う者は誰一人としていなかった。

何故なら実況者だけでなく、全ての民衆がその目を疑うような光景に言葉を失っていたからだ。

カインとアベルも例外ではなく、驚きのあまりガバッと席から立ち上がる。

彼らの目線の先にはセナ、フェト、レメクの三人の姿が。

だが問題なのは、その三人の装備が“盾だけ”ということである。

剣を所持しているのはハキムのみで、残りの仲間達は全員大きめの盾だけをそれぞれ握りしめ、傷だらけの身体を引きずるように歩いていた。

メトシェラに限っては盾を持つ余力すらないのか、杖をついて皆の真ん中に囲い込まれている始末。


『これは一体どうしたことだ〜!?先頭の男以外、誰も剣を持っていない!』


クスクスとどこからか小さく起こった笑い声は次第に大きくなっていき、やがて闘技場全体がゲラゲラと割れんばかりの笑い声に包まれた。


『死にたくないあまり身を守ることしか頭になかったとでもいうのか!?誰かフライパンでも何でもいいから、彼らが闘えるよう武器を投げ入れてやってくれ〜!』


民衆の笑いものになったレジスタンス一行は、ステージの上で気まずそうに目を伏せる。

しかしそんな空気感の中でカインだけは「ほう…」と、どこか感心した様子で顎髭を撫でた。


「あいつら、なかなかやるではないか」


「…え?」と、思わずアベルは聞き返す。


「剣をまともに振ることもできない怪我人だらけの状況下で、あの陣形は理にかなっている。お前は戦場においてもっとも重要なことが何か分かるか?」


「敵を倒すことじゃないの?」


「違う、自分が死なないことだ。死ななければ負けることはない。もしも全員が剣を手にして敵と斬り合えば、あの中の誰かは確実に死ぬ。だからああやって弱者は防御に徹することで生存率を高めているのだ」


「でもあれだと時間は稼げても、いつかは相手にやられるんじゃ?」


「そうならないために、剣を持った男が一人だけいるだろう。あの男が一人で全ての敵と闘い、あとの奴らは盾で男の死角を守るという魂胆だ。だがそれは男が敵に殺された瞬間攻撃手段を失い、全員が死ぬことを意味する。全員で生き延びるか、全員で死ぬか、あれはそういう闘い方だ。…ふっ、大した信頼関係ではないか」


「信頼…」


「とはいえ、はたしてそう上手くいくかな?」


ニッと不敵な笑みを浮かべるカイン。

直後、アベルはその理由を知ることとなる。


『続いて対戦相手を紹介しよう。今回、この野蛮なテロリストどもと闘うのは、こいつらだ!』


今度は反対側のゲートが開き、レジスタンスの面々と向き合うようにして新たな闘士達がステージへと入ってきた。


「あいつらは…」


その正体に真っ先に気付いたレメクの顔からサーッと血の気が失せる。


「冗談だろ…」


「話が違うよ!相手は病人や老人だって…」


「…終わったね」


ハキム、フェト、セナの三人も一様に青ざめ、思わず武器を構えることも忘れてその場に立ち尽くす。

そんな皆の前に、一人、また一人と列をなしてゲートから次から次へ現れる男達。


『吹き荒れる暴風雨の中、強引に海を突っ切るという愚かな判断の末、この世に現存する唯一の遠洋漁船を沈没させた十二人の大戦犯達。命惜しさに船を捨ててのこのこと生き延びたこの恥知らずどもは、今回コロシアムで勝利して再びエデンの住人として返り咲くことができるのだろうか!?』


歓声やブーイングの入り交じった大声が客席から乱れ飛ぶ。

レジスタンスの対戦相手として立ちはだかったのは、なんと総勢十二人の若く逞しい兵士達であった。

五対十二。

しかも満身創痍の五人とは違い、相手は全員目立った怪我もなくピンピンしている。

想像を遥かに上回る絶望的な状況に愕然とするレメクらを高みから見下ろし、カインは冷酷に呟く。


「自ら救った者達に刃を向けられ、どう戦うか見ものだな」


「今すぐやめさせて!あんなのずるいよ」


ノイが必死に体をよじって訴えるも、カインは彼女の顎をグイッと掴んで顔を近づける。


「本来なら問答無用で処刑するところを、わざわざ生き延びるチャンスをくれてやったんだ。むしろ俺に感謝するんだな」


「………」


ノイを嘲笑うカインの後ろで、アベルはただ静かにかつての仲間達の方をじっと見ていた。

降り注ぐ数多の視線の中、ハキムが剣を握る手にグッと力を込める。


「…いいかみんな、俺から絶対に離れるなよ。じいさまを真ん中に入れて、セナは右、ノイの父ちゃんは左、フェトは後ろを守ってくれ。正面の敵に専念させてくれたら俺は絶対に負けねぇ」


「ホントに大丈夫なの!?相手は十人以上いるんだよ!」


軽くパニックに陥るフェトの手をセナが握って落ち着かせる。


「…大丈夫。死ぬ時はみんな一緒」


「なんで死ぬ前提なの!?こういう時は嘘でも生き残れるって言ってよ!」


「くそ…。親父の言う通り、俺はレジスタンスを抜けるべきじゃなかった。最初から皆と一緒に戦う道を選んでいればこんなことには…」


「レメクよ、今さらそんなことを言っても仕方あるまい。それにお前がノイを争いから遠ざけたおかげで、あの子は優しい子に育った。儂はお前を誇りに思うぞ」


「親父…」


「だーーっ!どいつもこいつも死亡フラグ立たせるんじゃねえ!全員生きてここから出るんだ!!」


湿っぽい空気に我慢できずハキムが叫ぶが、その声は騒々しい実況によって虚しく掻き消された。


『よーし、闘士は出揃ったことだし、そろそろみんなも待ち切れないだろう?それじゃあ両者位置について、試合開始だ〜!』


ついにコロシアムの開始を告げるラッパの音が闘技場を吹き抜け、民衆や闘士達全ての間に緊張が走る。


「…来るぞ!」


迫りくる兵士達を迎え討つため、レジスタンス一行は心を強く持ち、震える足に力を込めたのだった。



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