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方舟のノイ  作者: 刹那
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第十七話【エデンの園】


一歩足を踏み出すたび、地の底に落ちてしまいそうなほどズシリと重い足取り。

まるで処刑台の階段を上っている気分だった。

カイン率いる高地の兵士達によって、険しい山道を連れて行かれるレジスタンス一行。

足を止めれば殴られるため、疲れた体に鞭打ちながらただひたすら歩き続けていた。


「二人とも…大丈夫?」


すっかり憔悴しきったフェトが片足を引きずりながら、隣を歩くセナとハキムを心配して尋ねる。


「…私は平気。それよりイラとナエルが心配」


「あいつらなら大丈夫だ。魚の捕り方も知ってるし、俺達がいなくたって生きていけるさ」


セナは撃たれた右腕をダランと垂らし、ハキムは全身痣だらけにも関わらず、二人とも一切弱音を吐くことなく気丈に振る舞っていた。


「それより俺らの方がヤバいかもな。今まで高地に連れて行かれて生きて帰った奴はいねーって話だぜ」


「それってサイコー。聞きたくなかった…」


「…どうでもいいよ。どうせ私達、帰る場所も無くなったし」


「チッ…それもこれも全部あいつのせいだ」


そう言ってハキムは隊列の先頭を睨む。

目線の先には二頭の馬。

一方はカインを乗せ、もう一方はアベルとノイを乗せて歩んでいた。


「どんな気分だ?再び高地へ舞い戻るというのは」


カインはいかにも上機嫌な様子でアベルに問いかける。


「嬉しいよ、凄く。やっと僕は父さんの息子として受け入れてもらえるんだね」


「ああ。本来であれば生かしておく価値のない年寄りや病人は始末するのが高地の掟だが、お前はテロリスト一掃に大きく貢献し、少女を捕らえて存在価値を証明した。誰も文句は言うまい」


そう言ってカインは、今度はノイの方に向き直る。


「お前のことも歓迎するぞ小娘。お前の持つ力はこの地球上で最も価値があるからな」


「私のことはどうだっていいから、みんなを解放してあげて」


「この期に及んでまだ他人の心配か?そんな甘い考えではこの世界で生き抜くことはできんぞ」


「…みんながいない世界なら、私は生きたいだなんて思わない」


それを聞いてカインはハッハッハと心底おかしそうに笑う。


「たいそうな心がけだが、そんなに大切なものなら守ってみせたらどうだ?それができないなら見限って踏み越えろ。お前は自分で守る力も無いくせに、おもちゃを失って拗ねるだけのただのガキだ」


ノイは縛られた手首にグッと力を込め、カインのことを睨む。


「そういうあなたは人の価値を勝手に決めつけて弱い者いじめをしたり、気に入らなければ殺すなんて、神様にでもなったつもりなの?」


「神なんていやしないさ。もしいたとしたら、そいつは地球を海に沈めて俺達を皆殺しにしようとするクソ野郎だ。だから俺は自らの手で作り上げたのさ。人類が生き残るための、エデンの園をな」


長い坂を越え、木々をかき分けた先に突然現れたそれにノイ達は驚きのあまり絶句する。

それはとてつもなく巨大な壁だった。

石でできているのか、鉄でできているのかさえ定かではないが、異様に高いその壁はまるで何かから町を守る防壁に思えた。

それを裏付けるかのように町の周囲には深い溝が掘られ、おまけにサーチライトによる監視網まで敷かれているという徹底っぷりで、あらゆる者の侵入を許さない。

ライトに照らし出されたカインが右手を上げると見張りの兵士がそれに反応して、壁からジャリジャリと鎖の擦れる音を響かせながら跳ね橋が降りてくる。


橋を渡り、ついに高地の町へと足を踏み入れた一行。

そしてそこに広がる光景は、ノイ達の想像を遙かに絶するものであった。

巨大な螺旋状の高層タワーを中心にして、マンションや工場といった高度な文明時代の建物があちこちにそびえ立っていたのだ。

それらの窓からは電気の明かりが漏れ、夜にも関わらず眠ることを知らないネオン街のような輝きを放っていた。

打ち捨てられた廃屋の村で原始的な生活を送っているノイ達にとっては、まさにタイムスリップしたに等しいほどの文明格差である。


「凄い…」


目に飛び込んでくる何もかもが新鮮で言葉を失うノイ達の反応を見て、カインは得意気に語りかける。


「電気すら通っていない低地に住んでるお前達にとっては、さぞや信じがたい光景だろう?…もっとも、資源が枯渇した今やここも見せかけほど豊かなわけではないがな」


「カイン様、こいつらをどうしますか?」


町に入ってすぐ、高地の兵士がハキム達の縄を引きずりながらカインに向かって尋ねる。

カインは彼らを一瞥した後、少し考えてニヤリと笑った。


「そうだな…、コロシアムを開催しろ」


「!?」


それを聞いたアベルが明らかに動揺を見せる。


「父さんそんな!みんなのことは殺さないって…」


「だからこそ、自らの命を勝ち取るチャンスをくれてやるのではないか。処刑しないだけありがたいと思え」


「…っ!」


下唇を噛み、やるせない表情でうつむくアベル。

一体何が始まるというのか。

ハキム達がどこかへ連行されていくのを見て、ノイは慌てて馬から身を乗り出した。


「みんな!?」


「おっと、お前はそっちじゃない。アベルと一緒に俺と来てもらうぞ」


「みんなをどうするの!?コロシアムって何?」


「…すぐに分かるよ」


ノイの体を馬の上で押さえつけながら、アベルが代わりに答える。

ノイは遠ざかってゆく仲間達の背中を名残惜しげに見つめていたが、やがてその姿は建物の影に隠れて消えてしまった。

あれほど大勢いた兵士達も周囲からいなくなり、カインと共に大通りを進むノイとアベルの二人は、町の中心に位置する高層タワーの前を通りがかって思わずそれを見上げた。

まるで巻貝のような異様な形をした塔である。


「バベルの塔…。僕が子供の頃はまだ作ってる途中だったのに、ついに完成したんだね」


「ああ。これこそ人類の叡智の結晶であり、エデンの象徴だ。コロシアムの準備が整うまで、お前達には特別に良いものを見せてやろう」


馬から下り、バベルの塔と呼ばれたタワーの前に降り立つ三人。

カインが入口の電子ロックに暗証番号を入力すると、重い鉄の扉が開かれた。

中に灯りはなく、周囲は真っ暗で何も見えない。


「見て回るのは勝手だが、中のものには一切触れるなよ」


そう言ってカインが壁のブレーカーをグッと押し上げると、途端に塔の内部に電気が走り抜け、一階から天井に向けて徐々に明かりが灯ってゆく。

奇抜な外観とは裏腹に、塔の中は二人が想像していたよりもずっと開放的な空間が広がっていた。

全部で十の階層が連なるこの螺旋状の建造物は、一階から天井まで吹き抜けの構造になっていて、下にいながら最上階をも見通すことができる。


「どうだ、見事な塔だろう?」


「凄いね…。こんな高い建物、初めて見たよ」


「ここには貴重な書物や、絶滅した生物のDNAサンプル、あとは植物の種子などが保管されてる。先人達が命をかけて守り抜いてきた人類の遺産だ」


「人類の遺産…」


「………」


アベルが上階を見上げて感嘆の声を上げる一方で、ノイはというとずっと出入り口の方に目線をやり、そわそわと落ち着かない様子であった。

仲間達と離れ離れになり、父や祖父の安否すら不明な内は、たとえこの塔が人類にとってどれだけ貴重なものだろうと、家族や仲間に比べればノイにとってはガラクタ同然であった。


「逃げようとしても無駄だよ」


不意にアベルの囁きが耳に刺さり、ビクッと驚いて振り返るノイ。


「仮にここから逃げおおせたとしても、君一人の力じゃとてもみんなを救うことなんてできやしない。おとなしく従った方が身のためだ」


突き離すように、そう言い放つアベル。

自分の知ってる彼はもういないのだという事実をあらためて教えられたように感じて、ノイはキュッと下唇を噛んだ。


「ハッ、さすがは我が息子。抜かりないな」


カインは満足げにほくそ笑みながら、シースルーエレベーターの中から二人を呼ぶ。


「さあついて来い。見せたいものがある」


ドアが閉まり、三人を乗せてカゴがゆっくりと上昇を始める。

このエレベーターは昇降路や側壁が透明なガラス張りでできているため、昇りながら塔の内部全体を見渡すことができた。


「きゃっ!」


エレベーターが動き出してすぐ、ノイが小さく悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。

彼女にとってはエレベーターに乗ったのも、こんなに高いところへ上がったのも初めての経験だった。


「大丈夫だよ、落ちたりしないから」


アベルに支えられ、腰が引けながらもゆっくり立ち上がるノイ。

しかしとても景色を眺める余裕などなく、ずっとうつむいてエレベーターが早く止まることを祈っていた。

やがて最上階に到達すると、そこには一つだけ部屋があった。


「さあ着いたぞ。ここが王の間だ」


カインはそう言うと、二人を部屋へと招き入れる。

中に入るなり、二人は思わず「え!?」と驚きの声を上げた。

王の間というからにはさぞや豪華絢爛な私室だろうという予想に反して、そこはむしろ研究室やモニタールームと呼ばれるものに近い様相だったからだ。

巨大なテーブル上には何かの設計図らしき書類の束が何枚も積み重なっており、壁一面に無数の監視カメラの映像がリアルタイムで映し出されていた。


「あっ!」


いくつもある映像の内の一つにノイは釘付けになる。

そこには父レメクと、祖父メトシェラの姿があった。

二人とも牢獄らしき場所に閉じ込められているものの、ひとまずその身が無事であることを知ってホッと胸を撫で下ろすノイ。


「ここにいれば町中の様子が手に取るように分かる。だがもっとも重要なのはそんな映像なんかじゃなく、こいつだ」


カインは沢山のキーボードやコンピューターが並んでいる一角に設置された、大きな赤いボタンを指し示した。

全面が透明なカバーで覆われていて、ロックを外さなければ押すことができないところを見ると、よほど重要なボタンらしい。


「それは何?」


「核爆弾の…起爆スイッチさ」


「!?」


ノイとアベルが驚きのあまり同時に振り向く。

洞窟の中でフェトから、かつて核爆弾という破壊兵器が存在していたことを聞かされていたノイは、そのボタンがどれほど危険なものかを即座に理解した。


「これが…過去の戦争で人類の大半を滅ぼしたって噂の?」


アベルもそれに関する知識は持っていたため、そんなものが現存してここにあるという事実に驚きを禁じ得ない。


「それもただの核爆弾ではない。通常の核の数十倍のエネルギーを持ち、そのとてつもない破壊力を恐れた人類がこれまで一度も使うことなく封印してきた究極兵器“オメガ”だ。そいつをここから離れた海底火山の火口に設置してある。そのボタンを押せば、電気信号が海底ケーブルを伝って起爆装置を作動させ、爆発が起こる」


カインは説明しながらテーブル上の図面を広げ、二人に見せる。

そこに書かれていたのは、恐るべき計画の一部始終であった。


「それによって火口がこじ開けられ、マグマ溜りに海水が流れ込むと、その際に生み出された膨大なガスが水蒸気爆発を起こして噴火を誘発。その影響で発生した津波は地球全土を飲み込み、残された地表は全て海に沈むだろう」


その状況を想像し、ゴクリと唾を飲みこむノイ。


「あなたは…この世界を滅ぼすつもりなの?」


「まあ話を最後まで聞け。津波が引いた後も噴火は続き、火山は何年にも渡ってマグマを吐き出し続ける。そして積もった土石は新たな陸地となって海面に出現するというわけだ」


「つまり父さんがやろうとしてることって…」


「神に代わってこの俺が地球をリセットし、海の上に新たな大陸を作る。滅びゆく人類を救うためにな」


あまりの規模の大きさに圧倒されるノイとアベル。

何よりもあの傍若無人なカインから“人類を救う”などという言葉が飛び出したことが信じられなかった。

だが同時に、彼の話にはある矛盾点があることにノイは気付いていた。


「…人類を救う?津波が来たらみんな死んじゃうのに?」


「そのための方舟だ。この計画のため、長い歳月をかけて作り上げ、今後数年分の電力と保存食を積み込んである」


「嘘つき!そんな大きな船、この町のどこにも無いじゃない」


「お前は何を言っている?この町がただ高地を占領してるだけの要塞だとでも思っているのか?」


「…どういうこと?」


「まだ分からんか。この町そのものが、巨大な方舟なのだ」


「この町が、船…!?」


ノイは部屋の窓まで駆け寄って、外の景色を一望する。

塔の天辺からこうして眺めてみると、外壁が一切の隙間なく町全体をドーム状に覆っていることが見て取れた。

ずっと人間の侵入を防ぐための防壁だと思っていたそれは、海水の流入を防ぐための堤防だったのである。

外堀に水が溜まると同時に海面に浮き上がり、海上都市へと変貌を遂げる。

それがこのエデンの園の真の姿なのだ。

言葉を失うノイの傍らに立ち、同じく窓の外に目をやりながらカインが呟く。


「これで理解できただろう。俺はただ、町の住人を守るという王としての役割を果たしたいだけだ」


「…町の外にいる、低地の人達はどうなるの?」


「死ぬだろうな」


「!?」


「定員も食料も限られている。だから少数を確実に救うために、大勢を殺さねばならない」


「酷い…」


「人間は愚かだ。こうでもしなければ、陸地と食料を巡ってたちまち殺し合いが起きて全滅の道を辿るだろう。だからこそ今この世界には、命を選別して導くことのできる絶対的な支配者が必要なのだ」


「じゃあせめて、父さん達だけでも…」


とっさにそう言いかけてハッとするノイ。


“自分の親しい者達だけでも助けたい”


それはまさにカインがやっていることと同じだと気付いたからだ。

カインもその反応を見てニヤリと意地悪そうに口角を上げる。


「他の連中を出し抜いてでも仲間のことを守りたいだろう?だから俺もそうしてるのさ。力のある者だけが大切な者を守り、生き残ることができる。単純な話だ」


ハッハッハと笑いながら、立ち尽くすノイを置いてモニターの方を確認するカイン。


「…さて、どうやら準備ができたようだ。そろそろ行くぞ」


モニターには、レメクとメトシェラの入った牢獄にハキム達が合流した様子が映っていた。


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