第十五話【弱肉強食】
「走って!」
ノイの声に弾かれ、皆は一斉に走り出した。
ランタンを持つノイが先頭を突き進み、他の者達はそれに追従する。
一歩足を踏み出すたび、地面に敷きつめられた骨がバキバキと大きな音を発して割れ、つまずいて転びそうになる。
ただでさえ走りにくい上にこの騒音が洞窟中の捨人達を呼び寄せ、事態をさらに悪化させていた。
視界も足場も悪く、満足に逃げることもできない一行に対し、捨人達は音と匂いを辿って四足歩行という人間離れした動きで地面や壁を伝って素早く這い寄ってくる。
逃げても逃げても背後から不気味なうめき声やひたひたという足音がこちらを嘲笑うかのように近付いてきて、皆は気が気ではなかった。
「ほらな!ほらな!やっぱり洞窟の魔物いただろ。絶対あいつらのことだって!」
「はいはい私の負け!…っていうか、じいさまは知っててこんなところを通ろうとしたわけ!?」
全力で走りながら大げさにわめき散らすハキムとフェト。
「きっとあそこが出口だよ!」
ノイが前方に通路の入口を見つけて指差す。
さっき捨人が言っていた話が本当なら、そこが出口に繋がる道に違いない。
嘘をつかれた可能性もあるが、少なくともこの状況を打開するには入る以外の選択肢はないだろう。
皆は急いで通路へと駆け込む。
「きゃっ!」
だが入口を目前にして、焦ったフェトが足をもつれさせて転んだ。
散乱した骨がガシャガシャと派手に崩れる音を聞きつけ、捨人がよだれを垂らしながら彼女に飛びかかる。
だがフェトの首筋に歯が食い込む寸前のところで、どこからともなく飛んできた頭蓋骨が捨人の顔面に命中し、ゴツッと鈍い音を放った。
「こっちだよー」
「べろべろべー」
鼻血を出しながらよろめく捨人に向かって、イラとナエルが遠くからいくつも骨を投げて挑発する。
全身にポコポコと骨をぶつけられ、馬鹿にされた捨人が狙いを双子へと変えたが、そこへすかさずセナが銃弾を撃ち込んだ。
胸から血を流して倒れる捨人。
「早く、今のうちに行って!」
「あ、ありがと!」
お礼を言いながら振り返ったフェトは、そこで驚くべき光景を目にした。
「うげっ!仲間を食べてる…!?」
まるでエサに群がるアリの如く、撃ち倒された者の周囲に次々と捨人達が集まって我先にと全身の肉を食い千切っていたのだ。
まだかろうじて息のあった捨人の断末魔が洞窟中に反響し、皆の背筋が凍る。
「ボサッとしてねーで、早く行くぞ!」
ハキムに急かされ、立ち上がろうとしたフェトは「痛っ…」と体勢を崩した。
「大丈夫か?」
「どうしよう…立てない」
「はあ!?」
「足をひねったかも」
「…ったく、しょうがねーな!」
捨人達が共食いをしている隙に、ハキムはフェトを背中に乗せて走り出す。
しかし当然この状態では速度が大幅に落ちる。
まさに格好の標的となった二人に狙いをつけて、すぐさま後ろから追手がやってきた。
「これ借りるね!」
ハキムの背中に乗ったままフェトは彼のショットガンを取り上げ、体をひねって自分達を付け狙う捨人に銃口を向ける。
ドンッと放たれた散弾は捨人の頭を吹き飛ばし、銃のストック部分は撃った反動でハキムの頭にゴッとぶつかった。
「あだっ!?」
「見て見て!敵の頭に当たったよ!」
「俺の頭にも当たったけどな!?」
危なげながらもどうにか捨人達の襲撃をくぐり抜けて通路へと逃げ込んだ一行だったが、相手もまったく諦める気配はなく、次から次へと入口からなだれ込んでくる。
「ランタンの火が…」
そんな危機的状況に追い打ちをかけるかのように、ノイの持つランタンの灯火が徐々に小さくなり、今にも燃え尽きようとしていた。
一刻も早く出口を見つけなければ闇に囚われて、もはや生きてここから抜け出すことは叶わないだろう。
セナとフェトも迫りくる敵に対して死に物狂いで応戦していたが、敵は撃っても撃っても闇の中から湧いて出てくる。
発砲するたびにマズルフラッシュが一瞬暗闇を照らし、捨人の動きがコマ送りの映像の如くチカチカと浮かんだり消えたりを繰り返す。
走り続けたせいで体力も限界に近付き、誰の口からもハァハァと荒い息が漏れていた。
「みんな見て!」
そんなさなか、通路の突き当たりに一筋の月明かりが差し込んでいるのが見えてノイが興奮気味に声を上げた。
「…あれってもしかして」
「月の光だ!」
「ってことはあそこが出口!?」
「やったー」
「ゴールだー」
ようやく見えた希望に、全員の表情がパアッと明るくなる。
だがあと少しで出口というところで、天井からポタリと落ちてきた水滴がノイの頬に当たる。
(…何?)
水滴を手でぬぐうと、それはベタリと水らしからぬ粘り気を帯びていた。
嫌な予感と共に顔を上げたノイは、自分の真上でギラリと光る二つの眼に気付いた。
次の瞬間、天井に張り付いていた捨人がノイの上に降ってきて彼女の体に覆いかぶさったではないか。
ノイの手を離れたランタンがカラカラと地面を転がりながらその光を失う。
「ノイ!?」
仲間達はすぐに彼女のもとに駆け寄ろうとしたが、その足はピタリと止まった。
なぜなら通路の前も後ろもわらわらと大勢の捨人達に取り囲まれ、身動きがまったく取れなくなってしまったからだ。
敵はわざと出口を教えて先回りし、この場所でノイ達のことを待ち伏せしていたのだった。
「…目の前で希望を失った獲物を狩るのはたやすい」
出口から僅かに届く月明かりが、ニタァと悪意に満ちた捨人の笑顔を闇に浮かび上がらせる。
「もはやお前達の目には、絶望しか映るまい」
ノイの両手を押さえつけながら、捨人はまるで味見をするかのように彼女の首筋にペロリと舌を這わせる。
ねっとりとした舌がエラの部分に触れ、捨人は「ん?」と驚いた素振りを見せる。
「こいつは驚いた。お前、エラがあるのか?」
「………」
「魚みたいだなぁ…。どんな味がするのか楽しみだ」
「…私ね」
グフフという下卑た笑い声を、ノイの声が小さく遮った。
何か言いたげな彼女の顔を捨人は不思議そうに覗き込む。
対してノイは、醜悪な顔が目の前に近付き、汚物の香りがする息を吹きかけられても、怯むことなくまっすぐに見つめ返していた。
「…お前、怖くないのか?」
「私、これまで何度も目の前で希望を失ってきて、分かったんだ」
「?」
「諦めなければ希望は消えない。私の目に映るのは絶望なんかじゃなく、大切な人達だけ」
そう言って、ニッと歯を見せるノイ。
笑ったのではない。
彼女はそのままグイッと一気に顔を近づけると、捨人の首元に強く喰らいついたのだ。
首から血を流し、悲鳴を上げて飛び退く捨人。
「いつまでも守ってもらってばかりじゃだめなんだ。今度は私がみんなを守ってみせる!」
ノイは唇に付着した血を拭いながらゆっくりと立ち上がり、捨人達をキッと睨んだ。
まるで彼女が得体の知れない怪物のように見えて、捨人達は畏怖の感情を抱きつつ後ずさる。
だがその程度で逃げ出すほど相手もやわな敵ではない。
すぐに首元を手で押さえ、激昂した捨人の怒鳴り声が洞窟中に響いた。
「そ、そいつを殺せっ!今すぐ!!」
ノイ達に向かって捨人達が一斉に飛びかかる。
たとえどれだけ抵抗をしようと、さすがにこの数の敵に襲われれば多勢に無勢でひとたまりもないだろう。
皆は身を寄せ合い、覚悟を決めた。
「みんなに手を出すな!」
その時、突如として洞窟内に何者かの声が吹き抜けた。
その場の誰もが例外なく動きを止め、声のした方に振り向く。
すると出口の外に誰かが立っているではないか。
逆光のせいで顔はよく見えないが、その声と立ち姿にノイ達は覚えがあった。
「あれは…」
声の人物が一歩足を踏み出すと、月明かりがその顔をはっきりと照らし、白い肌と金髪があらわになる。
「アベル!!」
皆に名前を呼ばれ、彼は穏やかな顔をこちらに向けてフッと微笑んだ。




