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方舟のノイ  作者: 刹那
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第十四話【闇に蠢く者】


しばらくして洞窟の崩壊が止まると、不気味なまでの静寂が一帯を支配した。

時おりパラパラと転がり落ちる砂粒の擦れる音だけが嫌に反響し、ゆらゆらと揺れるランタンの灯りがそこにいる者達の姿を闇の中からぼんやりと浮かび上がらせる。


ハキム、フェト、セナ。

イラとナエル。

そしてノイ。

あれほど大勢いたレジスタンスのメンバーも、今やたったの六人だけ。

他の者達は皆、この六人を守るために洞窟の外に留まり、その生死は不明である。

村は焼かれ、家族とも離れ離れ。

失ったものが大きすぎて、一同はしばらくの間その場から動くことができなかった。


「マジかよ…。どうすんだよこれ」


大量の岩が積み重なり、固く閉ざされた洞窟の入口を見つめながらハキムが地面に尻もちをついた。


「…どうするも何も、終わりだよ私達」


セナも全てを諦めたかのようにそう吐き捨て、顔を覆ってその場にしゃがみ込む。


「ノイちゃん大丈夫?」


フェトは先ほどからずっとうつむいているノイのそばで、どう慰めてよいか分からずオロオロとしていた。

絶望的な空気が辺りを支配し、誰もが諦めムードの中、その流れを変えたのは他ならぬノイだった。

彼女は腕でゴシゴシと涙をぬぐい、立ち上がって言った。


「…みんなを助けに行こう」


「ええ!?そんな無茶な!」


ノイの口から飛び出したまさかの提案に、反射的に否定するフェト。

他の仲間達も呆れて溜め息を吐く。


「助けるったって…生きてるかどうかもわかんねーのに?」


「父さんを人質にしたくらいだから、きっと他のみんなのことも私を捕まえるまで殺したりしないはず」


「…それはそうかもしれないけど、私達たった四人でどうやって?」


「イラもいるよー」

「ナエルもいるよー」


「…ごめん、六人だったね」


「とにかく今は力を合わせて、この洞窟を抜けよう。こうしてる間にも捕まったみんなが苦しんでるかもしれないから、私はこんなところで絶対に諦めたりしたくない」


そんなノイの揺るぎない意志は、絶望に打ちのめされていた皆の間に小さな希望の光をもたらした。


「ま、確かにな。せっかく助けてもらったんだから、今度は俺らがみんなを助ける番だ」


「…一理ある」


「ノイちゃん、凄く頼もしい!」


皆の気持ちが前に向いたところで、ハキムがよっこらしょと腰を上げた。


「それじゃあとりあえず行くか。ここでじっとしてても意味ねーし」


一筋の月明かりすらない真っ暗な洞窟の中で、ランタンの灯がゆっくりと動き始める。

足下に気を付けながら明かりを追っているうちに、皆はここが天然の洞窟などではなく、人の手によって整備された坑道であるという事実に気がついた。

壁や天井は不規則に突き出た岩によってボコボコと隆起しているものの、地面はなだらかで、ほぼまっすぐに道が続いていたからだ。

おかげで道に迷うことはないだろうが、果てしなく続く闇のせいで先がまったく見通せないため、出口まで一体どれほどの距離があるのか見当もつかない。

そんな不安のせいか、妙に息苦しく、肌寒く感じた。


「ハ〜キ〜ム〜」


「うわっ!なんだ?どうしたっ!?」


いきなり背後からフェトに声をかけられ、驚いて飛び上がるハキム。

ランタンをブンブンと振り、一体何事かと周囲を探る彼の慌てように、フェトは溜め息をこぼす。


「もっと早く歩いてくれない?こんなペースじゃ一生洞窟から出れないよ」


「皆がはぐれねーように、わざわざゆっくり歩いてやってんだろ」


「ホントに〜?さっきから足が震えてるように見えるけど、もしかして怖いんじゃない?」


「バ、バカ言うな、洞窟の魔物なんか、俺は全然怖くねーからな!」


「やっぱり!ハキムってば、あんな作り話信じてたんだ」


ケラケラと面白がって笑うフェトに向かって、ノイが不思議そうに尋ねる。


「洞窟の魔物って?」


「えっとね、それはじいさまが作ったおとぎ話のことだよ。その昔、町でいじめられた子供がこの洞窟で悪魔と契約して魔物に変わったっていうお話。そしてそれ以来、恨みをつのらせた魔物は、この洞窟に入ってきた人間を襲って食べるんだって。ね、いかにも子供だましでしょ?」


「じいさまは嘘つかねーよ。ありゃ絶対本当の話だ」


「魔物なんているわけないじゃん。ここは危険だから勝手に入らないよう私達を怖がらせただけに決まってるよ」


「ふん、どうだか。どっちにしても俺はビビってなんかねーからな!こんな洞窟、俺一人でも…」


ハキムが拗ねたように前を向いた、次の瞬間。

バサバサッ!と真っ黒な生き物が突如として闇の中から飛び出してきたではないか。


「おわっ!?で、出た〜っ!!」


恐怖のあまりその場で腰を抜かし、頭を抱えこむハキム。

だがそれの正体が何なのかすぐに気付いた他の仲間達は、ビビり散らかす彼に対して冷ややかな視線を送る。


「ただのコウモリじゃん…」


「………へ?」


ハキムが恐る恐る天井を見上げてみると、一匹の小さなコウモリがキィキィと鳴き声を発しながら頭上をぐるぐると飛び回っていた。

ここは洞窟なのだから、コウモリの一匹や二匹いてもおかしくはない。

飛び出してきたのが魔物とはほど遠いただの小動物だと分かり、安心すると同時に気恥ずかしさに襲われるハキム。

ちっ、驚かせやがって…と誤魔化すように悪態をついて立ち上がると、コウモリは逃げるようにして洞窟の奥へと飛んでいった。

するとそれを見たイラとナエルが突然、皆の横をすり抜けて走り出す。


「コウモリだー」

「まてまてー」


「あ、こらっ!」


明かりも持たずに突っ走る双子を皆は慌てて止めようとしたが、本人達は遊びのつもりなのか、無邪気にぴょんぴょんと楽しそうに跳ねて遊んでいた。

今は直線的な道が続いているからいいものの、この先どこで分岐したり途切れているかもしれず、二人を危険な目に合わせるわけにはいかない。

しかしコウモリを追いかけるのに夢中になっている双子は制止も聞かず、あっという間にランタンの灯りの範囲から外れて闇へと消えていった。

クスクスという笑い声だけが洞窟の奥で反響し、その音を頼りに突き進む一行。

このままでは完全に見失いかねず、焦ったハキムは必死に走った。


「…危ない!」


「え?」


セナの叫びと同時に、先頭を進んでいたハキムの体勢が崩れる。

突然足場が無くなり、踏み込んだ足が下へと落ちたからだ。

フワッと体が浮く感覚と共に、ハキムはそのまま前のめりになって勢いよく坂を転げ落ちた。


「うあぁあああっ!?」


叫び声を上げ、体をドカドカと地面に打ち付けながら落下するも、幸いなことにそこまで高さはなく、しばらくすると軽い擦り傷や打撲と引き換えに動きは止まった。

地面に突っ伏すハキムを見て、ノイは彼が落としたランタンを拾いつつ、自身も転ばないよう慎重に坂を駆け下りる。


「大丈夫!?」


「いててて……何だよ、ここ?」


起き上がりざまに周囲を見渡すと、そこは今まで歩いてきた道とは打って変わって途方もなく広い空間だった。

天井は高すぎてうっすらとしか見えず、壁と壁との距離も測れないくらい開けた土地。

道というよりも、まるで巨大なドームの中にいるような錯覚さえ覚える。

得体の知れない場所に出て戸惑っていると、そこへ「わぁー」と感嘆の声を上げながらフェトがやってくる。


「もしかしてここって、核シェルターじゃない?」


「核シェルター?」


「ほら、大昔に存在した核爆弾っていう破壊兵器から身を守るための場所だよ。まさかこんなのが村のすぐ近くにあったなんて…」


「…みんな、今はそれよりイラとナエルを捜さないと」


セナの冷静な指摘に、ハッとなる一同。

彼女の言う通り、今はとにかく消えた双子の行方を追うのが最優先だ。

きっとまだそう遠くへは行っていないはずと、ノイが周辺を手当たり次第にランタンで照らしたその時である。

すぐ目の前で、双子の背中がぼんやりと闇の中から浮かび上がったではないか。


「いた!見つけたよ」


「まったく、心配させやがって」


「ほら二人とも、早くこっちへ…」


双子に手を伸ばそうとして、ノイはふと二人の様子がおかしいことに気付く。

声をかけても、ずっと背を向けたまま抱き合ってブルブルと震えていたのだ。


「怖いのがいるよ…」

「あそこにいるよ…」


「?」


言われるがまま、双子の指差す先をランタンで照らしたノイは、闇の中から現れた“それ”を目にして思わず息を飲んだ。

それは一見、人間のように見えた。

しかし、その肌は白でも褐色でもなく、くすんだ灰色。

身長は大人の男と同じくらいで、服を何も着ておらず、おまけに体毛の一本すら生えていない。

まるで骨と皮だけのミイラが動いているような、そんな不気味な姿だった。

体つきだけなら人間にしか見えないが、その場の誰もがその認識を拒絶する。

何故ならその存在は、コウモリを素手で掴んで生きたままムシャムシャと喰っていたからだ。

頭部を齧られたコウモリが首から血を噴き出して、ピクピクと翼を痙攣させている。

肉を下品に咀嚼し、口から血を滴らせながら、不意にその人物が振り向いた。


「ひっ…!」


その顔を見て、声を押し殺していた皆の口から悲鳴が漏れる。

生気を感じさせない、死人のような顔をした男だった。

両の瞳は白く濁り、シワと傷がいたるところに刻まれた乾燥した皮膚。

若者なのか老人なのかすら分からないほど歪んだ顔をこちらに向け、男はスンスンと鼻を動かした。


「潮の香り…」


しゃがれた低い声が血まみれの口から発せられる。

匂いを辿っているらしく、鼻先をあちらこちらへ向けているものの、白濁の瞳はほとんど動いていない。


「外の者が入ってきたのはいつぶりか…。お前達、低地の民だな」


「…おじさん、誰?」


得体の知れない相手に恐れを抱きながらも、ノイがランタンをかかげて男の前に立つ。

ハキムとセナは警戒して銃を構え、近づいてきた男に銃口を向けた。


「儂か?儂は“捨人“さ、お嬢ちゃん。随分と昔に高地の連中から見捨てられ、殺される前にここに逃げ込んだんだ。今じゃここが儂の棲家さ」


「捨人…」


捨人と名乗った男がにんまりと笑い、ボロボロで真っ赤な歯があらわになる。

そんな恐ろしい形相に一同は息を呑んだが、ひとまず会話ができるという事実に人間らしさを見い出し安堵した。

その正体が人間だと知り、ハキムはホッと銃口を下ろす。


「…ってことは口減らしから逃げのびた奴か。それにしても、こんな真っ暗なところでよく生きていけるな」


「儂は運よく、この環境に適応できた。おかげで目はほとんど見えなくなってしまったが、代わりに音と匂いで景色が見えるようになってな。お前達のこともよーく見えるぞ…」


捨人が血のついた指で、得意気に自分の耳と鼻をトントンとつつくと、触れた箇所がペンでなぞったみたいに赤く汚れた。


「いいから早く行こっ!いつまでも他人の家にいたらお邪魔だしさ」


「…賛成」


捨人の醸し出す薄気味悪い雰囲気に堪えかねたフェトとセナが、後ろからノイのシャツをグイグイと引っ張る。


「おじさん、高地から来たってことは、どっちに行けばこの洞窟を出られるか知ってる?」


「あぁ。それならこの先をまっすぐ行くといい」


「良かった…。教えてくれてありがとう」


「いいんだよお嬢ちゃん。…ところであんた達、魚を持ってないか?」


「魚?…ううん。私達、何も食べ物を持ってないの」


「そうか…。この洞窟に入って数十年、コウモリや虫しか食べてなくてな。またもう一度魚が食べたかったんだが、残念だ」


「力になれなくてごめんなさい…。それじゃ私達、もう行くね」


ノイはペコリとお辞儀をすると、捨人の横を通り抜けて先へと進む。

仲間達も彼の方をチラチラと警戒しながら、ノイの後に続いた。


「…そうそう、ひとつ大事なことを言い忘れてた」と、背後から捨人の声。


「え?」


「そこから先は足場が悪いから注意した方がいい…」


バキッとノイの足が何かを踏んで大きな音を立てる。

それは木の枝を踏んで割った時のような、乾いた音だった。

だがこんな岩と砂だらけの空間に木の枝なんて落ちているはずがないと、自分の足場を見たノイは思わず口元を押さえる。


「嘘…!」


なんとそこには、数え切れないくらいの白骨が散乱していたのだ。

それも動物のものではない。

何十、いや何百という人間の白骨死体が地面を真っ白に埋め尽くし、まさに骨の海と呼べるような恐ろしい有り様であった。


「マジかよ…!」


「きゃーっ!?死体、死体がっ!!」


「…これってまさか、全部人骨!?」


「たすけてー!」

「かみさまー!」


パニックに陥る一行に向かって、捨人が四つん這いになってジリジリと距離を詰めてくる。


「…お前さん達のような外の人間には、ここで生き抜くことがどれほどの代償をともなうか理解できまい。長年、虫や汚物を食らい、壁から染み出す泥水をすすっていく中で、ほとんどの者は飢えや病によって死んだ。その倒れた者の死肉すら喰らい、人であることを捨てて、“儂ら”はようやく適応したのだ」


ヒタヒタと、あちこちの地面や壁、果てには天井からも聞こえてくる無数の音。

まさか…と皆のひたいから冷や汗が垂れる。

嫌な予感は的中した。

闇に紛れ、いつの間にかノイ達を取り囲むようにして捨人達が四方八方から続々と姿を現したのだ。

ここはただの洞窟ではなく、彼ら捨人達の巣窟であった。


「せいぜい祈るがいい低地の民よ。ここには神の目も届かない」



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