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方舟のノイ  作者: 刹那
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第十三話【分断】


「父さんっ!?」


「行っちゃダメだノイ!」


「離して!父さんがあそこに!!」


敵の真正面へ今にも飛び出しそうなノイの腕を、アベルは慌てて掴む。

死んだと思っていたレメクが生きていて目と鼻の先にいるのだ、冷静さを欠くのも無理はないだろう。

レメクはノイの父であり、そしてメトシェラの息子でもある。


「レメク…」


ノイだけにとどまらず、メトシェラまでもが激しい動揺を見せたことにカインはほくそ笑んだ。


「ノイ、どうして…海に逃げたはずじゃ?」


一方のレメクも、まさかこんな形で自分の家族と再会するなどとは夢にも思わず困惑していた。


「言いつけを破ってごめんなさい…。でも私、やっぱり独りぼっちの海は嫌だった。みんなと一緒がいいの!」


「そうか…。そうだよな…」


やはりまだ年端もいかない娘には酷だったかとレメクはうつむく。

できれば逃げのびて欲しかったが、よりによって父メトシェラ率いるレジスタンスに引き込まれるとは、運命のしがらみを感じずにはいられなかった。


「感動の再会はここまでだ。さあ、こいつを殺されたくなければ、小娘をこっちに引き渡せ!」


カインの無慈悲な声が、かけがえのない親子の時間を引き裂く。

あまりにも無情な現実を突きつけられ、レジスタンス全員の戦意は喪失しかけていた。

なし崩し的に各々が構えていた武器を下ろしかけたその矢先、レメクが「やめろ!」と叫んだ。


「降伏すれば皆殺しにされるだけだ。俺のことは…ぐっ!」


余計なことをするなと言わんばかりに、兵士がレメクの足を蹴ってその場にひざまずかせたが、彼はひるまず喋り続ける。


「…親父、俺を撃ち殺せ!絶対に降伏したらだめだ!」


「………」


メトシェラは静かにレメクの顔を見る。

拷問されたのか、青痣や血のにじんだ酷い顔だった。

確かに彼の言う通り、降伏はすなわち全員の死を意味し、仮に殺されなかったとしてもむごたらしい目に遭わされるだけだろう。

レメクを見捨てて戦う以外に選択肢が無いのは明白だ。

それでもあの時海岸でカインの手にかけられたレメクを見殺しにしてしまった悔恨をずっと胸に抱えていたメトシェラは、再び目の前で息子を失いたくなかった。

レジスタンスのリーダーとしての立場と、息子を持つ父としての想いがせめぎ合い、答えを出すことができない。

長い沈黙がもたらす膠着状態に、カインが苛立ちをぶつける。


「三秒だけやる。それまでに決めなければお前ら全員皆殺しだ」


いよいよ決断を迫られ、ノイはどうしていいか分からずアベルの方を向く。

しかしそれはアベルも同じで、打開策など見つかるはずもなかった。


「三…」


カウントダウンが始まり、ハキムが焦った様子でフェトやセナに意見を求める。


「おいどうすんだよっ!?」


「どうするって言われても…こんなのあんまりだよ〜」


「…ノーコメント」


「二…」


一向に話し合いがまとまる気配は無く、時間だけが刻一刻と進んでいく。


「じいさま!?」


「………」


村の男達も必死にメトシェラの指示を仰ごうとするが、彼の視線は左右に揺れ、焦点が合っているかさえ定かではない。

完全に放心状態だ。


「一…!」


いよいよタイムリミットが迫り、敵味方問わず全員に緊張が走った、その時である。


「待って!」


ノイが力強い声と共に防衛ラインを越え、高地の兵士達と向かい合ったではないか。


「よせノイ、来るんじゃない!」


兵士によって剣を首元にググッと押し当てられながら、レメクが叫ぶ。

しかしノイは父の前に立ち、そのままカインに向かって話しかけた。


「…私はどうなってもいいから、父さんや村のみんなには手を出さないで」


唇や足を震わせ、見るからに怯えているにも関わらず、その瞳だけはカインのことを射抜かんばかりの光を秘めていた。

武器も持たぬ少女の異様な迫力に一瞬気圧されかけたものの、カインは平静を装って返す。


「ああ。お前がおとなしくこっちに来るなら、他の連中なんざ見逃してやるさ」


「…わかった。せめて父さんにお別れを言わせて」


カインがコクリと頷くのを見て、兵士はレメクに向けていた刃を引っ込めて一歩後ろに下がった。

ノイはすぐさま父に歩み寄り、ボロボロになった体をそっと抱きしめた。


「ダメだノイ、あいつらのところに行ったらお前は…」


「…心配しないで父さん。あの人達は私のことを必要としてるから殺されたりはしないよ。それに、もしここで逃げ切れたとしても、そのせいで父さんやみんなが死んじゃったら私…その方がつらい」


「きっと助けに行く。助けに行くから、それまで絶対に諦めるんじゃないぞ!」


「………」


ノイは答えない。

代わりに泣きそうな笑顔を向けて、高地の兵士達の方へと歩き出した。

ノイの決意に納得している仲間など誰一人としていない。

だがもし今彼女を呼び止めれば全面戦争になる。

そうなればレメクどころか、レジスタンスの全員、そしてノイ本人までも皆殺しにされる可能性がある。

それが分かっていたため、誰しも拳や武器をギュッと強く握りしめて、喉まで出かかっている声を必死に飲み込んでいた。

名残惜しげに振り向いたノイと目が合い、何もできない己の無力さを嘆くアベル。


「ノイ…」


ついに皆の目の前でノイが兵士に腕を掴まれ、敵陣に引き込まれる。

もはや誰の手も届かない。


「…それで、この後は?」


ノイの腕を掴んだ兵士が、カインに確認を取る。

カインはノイの目をもう一度見て少し考えた後、ニヤリと意味深に笑った。


「…もちろん俺は約束通りこのまま帰るが、お前達はどうしたい?」


その言葉の真意に気付き、兵士が隊列の方へと向き直る。

彼らはノイ達が思っている以上に卑劣な相手であった。


「攻撃開始!テロリストを一掃せよ!!」


その兵士の号令を皮切りに、高地の軍団は怒号を上げて一斉に突撃を開始したのである。

レジスタンスを皆殺しにすべく、血走った眼で襲い来る兵士達。


「結局こうなんのかよっ!?」


「あ~もうっ!最悪な展開じゃん!!」


「…まさかここまで最低な連中だったとはね」


三人組はぶつくさ文句を言いながらも、速やかに武器を構えて迎撃の体勢に入る。

ずっと沈黙を貫いていたメトシェラも、ついに己の不甲斐なさと敵の卑劣さに激昂し、腹の底から叫んだ。


「奴らを迎え撃つのじゃ!今こそ積年の復讐を果たす時!!」


ようやく下された村長の命令を待ってましたと言わんばかりに、村の男達は機銃掃射を開始した。

ドドドドと重い破裂音と共に放たれた無数の弾丸がまるで豪雨のように降り注ぐ。

その圧倒的な弾幕を前に兵士達は次々と倒れ、防衛ラインに近寄ることさえできずに死体の山がどんどん積み重なっていった。

一見するとオーパーツを持つレジスタンス側が優勢に思えるが、弾薬は無限ではない。

敵に向けて発砲するたび、束になった弾丸はみるみる内に銃身に吸い込まれ、空の薬莢へと変わって地面にポロポロと落ちた。


「嘘つきっ!!」


約束を反故にされたノイは、カインに対して強い憎しみの眼差しをぶつける。

暴れて掴みかかろうとするが、兵士に拘束されているせいで身動きが取れない。


「悪いな。部下が勝手にやったことだ、俺のせいじゃない」


そんな中、用済みになったレメクの頭めがけて兵士が剣を振り下ろす。


「セナ、あっち!」


「…!」


フェトの声にとっさに反応したセナがその兵士を撃ち抜き、振り下ろされた剣は間一髪レメクの横をすり抜けて地面に突き刺さった。

自由になったレメクは手首に巻かれたロープをその剣に押し当てて切断すると、すぐにメトシェラの方へと合流した。


「すまない親父。俺のせいでノイが…」


「謝るのは儂の方じゃ。とにかく、今は共にここを切り抜けるぞ」


メトシェラから一丁のマシンガンを手渡されたレメクはすぐに自らも戦闘態勢に入る。

父の無事を確認するなり、ノイはポケットの中に入っていた折り畳みナイフを取り出して自分を掴む兵士の手に思いきり突き立てた。


「ぐあっ!?」


まさかノイが武器を所持しているとは思わず、油断していた兵士は苦痛のあまり手を放してしまう。

急いで仲間達のもとへ合流しようと駆け出したノイだったが、そうはさせるものかとカインの手が彼女に伸びる。


「行かせん!」


その手がノイを捕みかけたその直後、パンッ!と銃声が響き、カインのすぐそばで弾丸が弾けて、それに驚いた馬がいななく。

ノイとカイン、両者がとっさに体を止めて銃声の方に目をやると、そこには拳銃を構えたアベルの姿があった。


「アベル!!」


「ノイ、こっちへ!」


戦場の混乱に乗じて、ノイを助けに単身で敵陣に乗り込んで来たのである。

舌打ちをして体勢を整えるカインの隙をつき、ノイとアベルは手を取り合って仲間達のもとへと急いだのだった。


一方の最前線では、あれほど鳴り響いていた銃声が次第に小さくなっていった。

とうとう弾薬が尽き始めたのだ。


「クソッ!弾が切れた」


「こっちもだ…」


弾切れを起こした男達が銃を捨て、それぞれ剣や槍に持ち替える。

防衛ラインの維持はこれ以上不可能で、戦況はいよいよ激しい接近戦を迎えようとしていた。


「みんな、洞窟が開いたぞ!」


コツコツと入口の岩をどけていたハキムが大声を張り上げる。

時間稼ぎが功を奏し、ついに脱出への道が開けたのだ。


「よくやった!早く皆を洞窟に逃がすんじゃ。ハキムこれを。先導を頼んだぞ」


メトシェラにランタンを渡されたハキムがまず入口をくぐり、フェトやセナ、そして双子のイラとナエルがそれに続いた。

その際、入口の周辺に何やら四角い箱が置かれているのに気付いた双子が興味津々にそれを触ろうとする。


「これなにー?」

「お弁当箱ー?」


「触っちゃダメ!」とフェト。


「それは爆弾だよ。敵が追ってこれないように、みんなが入った後に入口を爆破するの」


「だいばくはつだー」

「きけんきけんー」


状況が分かっているのかいないのか、はしゃぎながら洞窟に入る双子にフェトは溜め息を吐く。

そして洞窟の外でも、ノイとアベルの姿が一向に見当たらないことにメトシェラが頭を抱えていた。


「くっ、ノイ達は一体どこにおる!?」


「…じいさま、あそこ!」


洞窟の入口で待機していたセナが、ノイ達を見つけて指差す。

なんとかカインを振り切ったノイとアベルだったが、戦場にいる全ての兵士が血眼になって二人のことをつけ狙っていた。

レジスタンスの陣営まであと少しというところで、背後から複数の兵士が襲いかかってくる。


「娘に手を出すな!」


ドドドド!とレメクの援護射撃によって、二人を追う兵士達が足止めされる。


「ありがとう父さん!」


「ノイ、早く洞窟に入るんだ!」


レメクから急かされ、ノイは洞窟へと走る。

しかしあと一歩というところで、突然横から飛び出してきた兵士によって押し倒されてしまった。


「うっ!」


「ノイ!」


すぐに銃を構えるレメクだったが、銃口から弾が出ることはなく、カチカチと引き金が虚しく音を立てる。

弾切れであった。

それに追い打ちをかけるようにして、次々と新手の伏兵がこちらまで押し寄せてきていた。

絶体絶命の中、ノイを押さえつける兵士に向かってアベルが発砲する。

パンッ!と放たれた弾丸が胴体に命中し、悶える兵士。

しかしアベルの弾もそれが最後の一発だった。

拳銃を投げ捨て、ノイを抱き起こしてそのまま一緒に洞窟へと入るアベル。


「儂らも行くぞ!」


皆が集まったのを見届けて、メトシェラやレメク、村の男達も戦線を放棄して一目散に洞窟に向かう。

この距離なら全員逃げ切れるとホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、不測の事態が一同に襲いかかる。

パンッ!と銃声が聴こえたかと思うと、レメクの脇腹に殴られたような衝撃が走って鮮血が飛び散ったのだ。


「レメク!?」


続けざまにパンッ!パンッ!と音がして、村の男達が胸や頭から血を流して倒れる。

振り向いて、メトシェラは何が起こったのかようやく理解した。

カインが大口径の拳銃を構えてこちらに向けていたのである。


「オーパーツを持っているのがお前達だけだと思うなよ」


パンッと、凶弾がメトシェラの左足を撃ち抜く。


「ぐぅ…!」


バランスを崩し、地面に体を打ちつけるメトシェラ。

撃たれた傷口から血が溢れ、もはや立ち上がることすらできそうにない。


「父さん!」

「おじいさま!」


惨状を目の当たりにしたノイとアベルが悲鳴を上げる。

這いつくばるレメクとメトシェラの後ろからは、カインが兵を引き連れて着実に近づいてきていた。


「もはやこれまでか…。せめてノイ達だけでも…」


自らの死期を悟ったメトシェラは、皆を逃がすべく洞窟入口に設置された爆弾の起爆装置を握り締めた。

しかしスイッチを押す直前、カインがそれを蹴り飛ばし、メトシェラの背中を踏みつける。

起爆装置が手の届かぬ場所まで転がっていき、メトシェラの顔が歪んだ。


「お前ら親子をなぶり殺した後で、小娘のことはゆっくり追いかけるとしよう」


カインの拳銃がメトシェラの眼前に突きつけられた。

そんな絶体絶命の状況下で、アベルがボソリと呟く。


「…ノイ、今すぐ洞窟の奥に入るんだ」


「え?」


その囁きの意味が分からず、聞き返したノイを置いてアベルは突然洞窟を抜けて駆け出した。


「アベル!?」


脇目も振らず一直線に走り、起爆装置を拾い上げるアベル。

カインがそれに気付いて慌てて拳銃を向けるよりも早く、アベルは迷わず起爆装置のスイッチを押した。


「…さよなら、ノイ」


「アベル待って!!」


次の瞬間、凄まじい爆発と共に洞窟の入口がガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。


「アベルーー!!」


「ノイちゃん危ない!」


天井から数多の岩が降り注ぐのを見て、フェト達は取り乱すノイを強引に洞窟の内側へと引きずり込んだ。

粉塵が全てを覆い隠し、またしても目の前で大切な家族を失ったノイの慟哭を飲み込んで、洞窟は完全にその口を閉じたのだった。


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