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第2話


「佐伯さん!」

「……なんですか?」


 きたよストーカー。ほんっと、違う部署とは言え会社の中でこう付き纏われるといい迷惑だわ。


「昨日の男、誰ですかあれ?」

「ああ、彼氏ですけど、ナニカ?」


 自動販売機でいつものように珈琲を買って気持ちを落ち着かせる。ここまでついてくるの、ほんと勘弁。


「彼氏ぃー? あいつ、池田辰巳だろ?」

「そうだけど……なに、私の彼氏に文句あんの?」

「いや……文句はないけど、あいつゲイじゃん」


──


って、ええ!?


 なんでバレてんのよ辰巳くん!!

 私は完璧に昨日彼女を演じたはず。このストーカー男がどうこう言ってきても、ちゃんと夕飯一緒に食べて、ホテルは結局行かなかったけど、家の前まで送ってもらってキスして幸せモード全開で帰ったのよ。

 なのに、どこでプランが間違えたの!?


「な、なんのことかしら。辰巳くんは、私と保育園から一緒で、ずっと恋人なのよ」

「ふぅん。隠れ蓑にするにはいい男だもんなあいつ」


 そうよ、そうよ。辰巳くんは優しくて格好良くて、何よりも心が綺麗。変態ストーカーとは格が違うのよ、格が。


「俺の友達、池田辰巳と付き合っているから知ってるけど、残念だったね。隠れ蓑に使えなくて」


 にっこりと勝者の笑みを浮かべるストーカー。

 ……マジか。頼むよ辰巳くん……。


「まあ、この件は秘密にしておくからさ、俺と一日だけ付き合ってよ。佐伯さんが俺に惚れたら俺の勝ち。池田がデート中に佐伯さんを奪い取ったら俺の負け。どう?」

「……い、いいわよ」


 絶対にありえない賭けだわ。どっちも。

 ストーカーの提案に、私がストーカーに惚れないという選択肢がない。バカだなあこいつ。私が辰巳くん以外に靡くわけがないでしょう。


 仕事あがりに渋々ストーカー男に付き合って夕飯に出かけたけど、どうでもいい男と食べるご飯はちっとも美味しくなかった。


「元気ないねえ、佐伯さん」

「そりゃあそうですよ。何で嫌いな奴とご飯なんていかなきゃダメなのよ……」

「そっか、まあそりゃそうだよね。彼氏もどきは別の男とデートしてるから」


 そうだった、ここは新宿二丁目。

 そしてストーカー男が顎で示した先には、辰巳くんが頬を赤らめて高身長のイケメンと楽しそうに話をしている姿があった。

 本当に好きな人には、辰巳くん、あんな顔するんだ。

 幼少期からただのお友達である私には一度も見せたことのない顔。


 あの顔が見たかった。大好きな辰巳くんが、私に本当に心の底から微笑んでくれる日がいつか来ないかな? ってずっと思っていた。

 でも、いくつになっても辰巳くんの恋愛対象は変わらなくて、私とはずっといい女友達のまま。


 そうか、こいつは今日辰巳くんが恋人とデートしてるって知っていたから、私に声をかけてきたのか。

 

「ああ、言っておくけど、朝の条件に私があなたに惚れないって選択肢が無かったけど、今そんな気分よ」

「えっ、それはないんじゃない? だって、佐伯さんの彼氏もどきは男が好きで、佐伯さんは報われない恋をしているでしょう。俺にしておきなよ、一緒に頑張って──」

「いやよ! 私は誰でもいいわけじゃないんだから!」


 私が辰巳くん以外好きになれない理由を誰も知らないし、言うつもりはない。

 いいんだ、別に辰巳くんが他の男と寝ても、男が好きでいいの。

 私が、勝手に辰巳くんを好きなだけだから。


「真琴ちゃん!?」

「あ……」


 彼氏とデート中なのに、辰巳くんは私を心配してきてくれた。


「ご、ごめん。何でもないの。辰巳くん、彼氏……」

「ああ、斗真さんは俺の憧れの人で彼氏じゃないよ」

「えっ、でもストーカーが……」

「んん、思わせぶりなことしていたからなあ。あそこのバーってちょっとだけ異質だから、ついね」


 照れたように笑う辰巳くんが可愛い。

 そして私を追いかけてきたストーカーにものすごい勢いで睨みつけていた。


「何、このストーカーはまだ真琴ちゃんに付きまとうわけ?」

「池田……お前、男好きなら佐伯を解放してやれよ。俺なら彼女を幸せに出来る」

「それは、きみの勝手な妄想だよ。真琴ちゃんは俺のことが好きだから」

「えっ、え!?」


 今、辰巳くんに抱きしめられてる!?

 嘘でしょ、夢みたい。もうこれで思い残すことないかも。


 辰巳くんが完全にゲイだと思っていたストーカーはそれっきり私にちょっかいかけてこなくなった。

 あの一度きりのハグは私の中でまだ色褪せずに残っている大切な思い出。


 彼は今も新宿二丁目で素敵な彼氏を探している。でも、それでいい。

 私達はこれからも契約を続ける。恋人ごっこで、お互い余計な虫をつけないように。

 

 友達以上、恋人未満。


 いつか、きっと辰巳くんが私に振り向いてくれるまで。頑張れ私!

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