第1話
「ねぇ、彼女。誰待ってんの?」
「可愛いねぇ。俺達と遊ばない〜?」
新宿二丁目。待ち合わせ場所を間違えたかも知れない……でも、私には彼が必要だから、たとえ今知らない変な男達に声をかけられてもここは堪えるしかない。
「おい、無視かよ!」
「……あんたら、俺の彼女になんか用事?」
私の肩を掴んできた知らない男の手首を辰巳くんが締め上げていた。
「い、いてて、てて!」
「──用事?」
ギリギリとさらに力を込めるので男達はこれはヤバいやつだと察して慌てて逃げていった。
「真琴ちゃん大丈夫? ごめんね、遅くなった」
「ううん、今駅についたところだから大丈夫だよ」
「そう? じゃあ行こうか」
自然に差し出された腕に絡みつき、私は大好きな辰巳くんの匂いに酔いしれた。
この、恋人ごっこの時間が長く続くといいんだけど、これはひとときの夢。
私は仕事の先輩にストーカーされていたので、彼氏がいてラブラブです! という既成事実が欲しかった。そこで、保育園からの幼馴染である中村辰巳くんに人肌脱いでもらったわけ。
辰巳くんはモデルのような外見で、しかも高身長のイケメン。黙って立っているだけで今までもとにかく女子にモテまくった。
でも彼は絶対に靡かない。
それは、彼の恋愛対象は「男」だからだ……。
彼の性癖が変わっていることに気づいたのは、私が小学校一年生の時。辰巳くんは当時サッカー部だった私の活躍を本気で応援してくれていた。
やんちゃで男まさりな私と正反対の優しくて可愛い辰巳くん。子どもの頃はそんな逆の関係で問題なかったけど、高校生になる頃に私は辰巳くんに恋愛感情を抱いていることに気がついた。
辰巳くんは昔から男が好きだという気持ちを隠して生活していたので、私はお互い隠れ蓑にしようと、お付き合いしている嘘のカップルを演じ始めた。
「真琴ちゃん、綺麗になったねえ。ストーカーじゃなくても惚れるよ」
「やだなあ。私はストーカー男に興味ないの。だから辰巳くんに昔っからお願いしてるじゃない」
「うーん……勿体無いなあ。頼ってくれるのは嬉しいけど、真琴ちゃん、本当に好きな男が出来たらすぐに教えてね?」
ああ、辰巳くんは本当に残酷だ。
私が好きな男はいるよ。ずーっと、ずーっと、辰巳くんだけ見つめてきた。
けれども、あなたが汗臭いスポーツマンが大好きだって知っているから、私は女らしいことを全て封印してきた。
20歳を過ぎてOLになってからはそうもいかないから半半くらいだけど、今も彼が好きな選手のいるフットサルチームに所属している。
「……やっぱりストーカー、つけてきてるわ」
私はさらに辰巳くんに密着して一定の距離をつけてくるサラリーマンの存在を報告した。辰巳くんもチラリと背後を振り返り、ああ、あいつか……と目を細めて睨みつけている。
ストーカーを捕獲する方法は幾つかあるけど、警察は基本的に何かが起きてからじゃないと動いてくれない。
それに、ストーカーのお陰で私は辰巳くんとこうして恋人ごっこが出来るので役得だ。
「OK。じゃあこのまま腕組んで、ご飯とホテルまでいこうか」
「悪いね。いつもありがとう」
辰巳くんの口からホテルと言われるとドキドキする。
私に纏わりつくストーカーは私に彼氏がいるなんて微塵も信じていない人が殆ど。
大体、格好いい辰巳くんが彼氏です! とアピールすると、それだけで勝手に諦めてくれるから安心だ。
今回も、きっとそうだと思っていた。この時までは。




