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My Little Friend

作者: 時藤 永雫
掲載日:2025/10/15

My Little Friend

  青い毛糸の手袋が、小さな手をすっぽりと包み込んでいる。両親といっしょに遊園地。右手には父、左手には母の手が、しっかりと握られている。

 柔らかな光が、やさしく観覧車を、メリーゴーランドを黄金色に染めあげる。

 どこからか、陽気な旋律がきこえてくる。なんだかとても、あたたかい。

 カバンの中からひょっこりと顔を出す、あの子をおれは知っている。桃色のくちばし。おひさま色のからだ。頬の赤と冠羽が愛らしい。

 うれしくなって、とびはねる。はねるたびに、カバンの君は揺れ動く。揺れて、揺れて、転がり落ちた。

 ごめんね、と、両手で友達を拾いあげる。痛かっただろうか、驚いただろうか。そっと頭をなでる。ビーズの瞳は、「痛かった」と、訴えているように見える。ごめんね、ごめんね。大きな頭をなでる。

 父の呼ぶ声がする。いかないと。友達を、しっかりとカバンにしまいこむ。そして駆け出す。光の方へ。


 消えてしまった。観覧車は、メリーゴーランドは、隔絶された記憶の向こう側で。同じ色の光が、分厚いカーテンの隙間から、あたたかい波を刻む。

 ああ、夢か。ぼんやりとした頭で思う。とても、懐かしい夢。もう何年も前のこと。あの子の名前は、もう、思い出せない。会わなくなった理由は、覚えている。

 小学校高学年になった頃。みんな外で走り回っているのに、自分だけあの子を抱えていたのが、恥ずかしくて。みんなと違うのが嫌で。それで。

 ハンカチといっしょに、クッキーの缶の中に、そっとしまいこんだ。みんなと同じになるため、親友を、暗い箱の中に幽閉した。

 ひどいことをしてしまった。寂しい思いをさせてしまった。数年越しの後悔が、心を苛む。

 人と違うから何なのか。誰に強制されたわけでもない同調に、屈する必要があったのか。

 それが、「親友」を独りにする理由になるのか。

 逢いたい。なんて自分勝手なのだろうか。二人の物語に、勝手に終止符を打って。欲望のまま、新しいストーリーを創ろうだなんて。

 それでも。どうしても。

 無意識下で蓄積した望みは、胸を強く焦がす。

 逢って、そして、謝りたい。

 己のために、「おしまい」を創ってしまったこと。ずっと、ひとりぼっちにさせてしまったこと。

 少しでも、早く。

 白いクローゼットを開ける。入り組んだ迷宮を、少しづつ、少しづつ進んでゆく。服と本の底の底に、古びた缶を見つけた。赤色で、チョコチップクッキーが描かれている。

 大切に、引き出しの奥底に仕舞われていた。それでも、かすんでしまった記憶より、さらに色あせていた。

 カーテンをあけて、椅子に腰かける。なかなか決心がつかなかった。棺を開けるようで、寝室の扉を開けるようで、あと一歩を、踏み出せない。

 自分勝手だけれど、逢うって決めたんだ。一方的でも、幸せにしたいと決めたんだ。だから。

 小さくうなずいて、缶を開ける。カパッ、と、小気味よい音がして、親友の姿が見えた。

 桃色のくちばし。陽だまりと同じ色のからだ。頬の朱と、冠羽がやはり、愛らしい。

 数年越しに逢えた友は、思い出よりも、ずっとくたびれていた。何年も待ち続けて、ひとり静かに眠っていたのだ。

 黒い瞳は、寂しさを湛えている。いまにも泣きそうな瞳だ。

 両手でそっと包み込む。その体は、あのころより、とてもとても小さくて。

 なんだか目頭が、熱くなった。


 風が優しく頬をなでる。見切り発車の自転車の旅。カゴには小さなカバンが一つ。ビーズの瞳がのぞいている。

 目的のないサイクリングは、初めてではない。けれども、友達を乗せた旅は、新鮮だった。不思議と景色が鮮やかに見える。

 色あせたスーパーの看板、見飽きたはずの樫の大木。普段では注視しないありふれたものが、深く心に刻まれる。

 大通りから外れて細い路地へ。普段なら、絶対に行かない道。今日はなんだか、惹かれるようだった。

 木々のトンネルをくぐり、薄暗い坂道をのぼる。ペダルのひと漕ぎひと漕ぎが、ずっしりと重たい。

 それでも、視界に映る友達が、元気をくれるから。足の疲労も、忘れてしまいそうだ。

 坂をのぼりきって、ついに視界が開けた。高台から見下ろすと、黄金が広がっていた。

 一面の田園が、金風に撫でられて、さざ波をたてている。風はさらさらと髪をゆらし、刈草の香りを運んでくる。秋の香りだ。

 古びたベンチに腰掛ける。お友達は、膝の上。遠くに雄大な山々が見える。

 あの山の向こうには、いつか訪れた遊園地がある。

 目を閉じると聞こえてくる。きらきらとした陽気な旋律が。君とおれの笑い声。

 目を閉じると見えてくる。くるくるまわるメリーゴーランドと観覧車が。きらきら輝くふたりの瞳。

 楽しい思い出は、山を越えたその先に。

 いつかまた行こう。軌跡を辿るために。新しいページを描くために。

 優しく友の頭を撫でる。その表情は、なんだかとても幸せそうで。

 胸がほんのり、あたたかくなった。


 夜風が気持ち良い。少し寒いくらいに。それでも心は、ずっと熱を帯びたままだ。空白が埋まったようで、満たされている。

 待っていてくれて、ありがとう。

 待たせてしまって、ごめんなさい。

 明日も、明後日も。

 来月も、再来月も。

 来年も、再来年も。

 ずっと、一緒にいられますように。

 ありがとう、これからもよろしくね。

 そう、声をかけられた君は。

 赤い頬を、よりいっそう朱に染めて。

 照れくさそうに、笑っているね。

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