My Little Friend
My Little Friend
青い毛糸の手袋が、小さな手をすっぽりと包み込んでいる。両親といっしょに遊園地。右手には父、左手には母の手が、しっかりと握られている。
柔らかな光が、やさしく観覧車を、メリーゴーランドを黄金色に染めあげる。
どこからか、陽気な旋律がきこえてくる。なんだかとても、あたたかい。
カバンの中からひょっこりと顔を出す、あの子をおれは知っている。桃色のくちばし。おひさま色のからだ。頬の赤と冠羽が愛らしい。
うれしくなって、とびはねる。はねるたびに、カバンの君は揺れ動く。揺れて、揺れて、転がり落ちた。
ごめんね、と、両手で友達を拾いあげる。痛かっただろうか、驚いただろうか。そっと頭をなでる。ビーズの瞳は、「痛かった」と、訴えているように見える。ごめんね、ごめんね。大きな頭をなでる。
父の呼ぶ声がする。いかないと。友達を、しっかりとカバンにしまいこむ。そして駆け出す。光の方へ。
消えてしまった。観覧車は、メリーゴーランドは、隔絶された記憶の向こう側で。同じ色の光が、分厚いカーテンの隙間から、あたたかい波を刻む。
ああ、夢か。ぼんやりとした頭で思う。とても、懐かしい夢。もう何年も前のこと。あの子の名前は、もう、思い出せない。会わなくなった理由は、覚えている。
小学校高学年になった頃。みんな外で走り回っているのに、自分だけあの子を抱えていたのが、恥ずかしくて。みんなと違うのが嫌で。それで。
ハンカチといっしょに、クッキーの缶の中に、そっとしまいこんだ。みんなと同じになるため、親友を、暗い箱の中に幽閉した。
ひどいことをしてしまった。寂しい思いをさせてしまった。数年越しの後悔が、心を苛む。
人と違うから何なのか。誰に強制されたわけでもない同調に、屈する必要があったのか。
それが、「親友」を独りにする理由になるのか。
逢いたい。なんて自分勝手なのだろうか。二人の物語に、勝手に終止符を打って。欲望のまま、新しいストーリーを創ろうだなんて。
それでも。どうしても。
無意識下で蓄積した望みは、胸を強く焦がす。
逢って、そして、謝りたい。
己のために、「おしまい」を創ってしまったこと。ずっと、ひとりぼっちにさせてしまったこと。
少しでも、早く。
白いクローゼットを開ける。入り組んだ迷宮を、少しづつ、少しづつ進んでゆく。服と本の底の底に、古びた缶を見つけた。赤色で、チョコチップクッキーが描かれている。
大切に、引き出しの奥底に仕舞われていた。それでも、かすんでしまった記憶より、さらに色あせていた。
カーテンをあけて、椅子に腰かける。なかなか決心がつかなかった。棺を開けるようで、寝室の扉を開けるようで、あと一歩を、踏み出せない。
自分勝手だけれど、逢うって決めたんだ。一方的でも、幸せにしたいと決めたんだ。だから。
小さくうなずいて、缶を開ける。カパッ、と、小気味よい音がして、親友の姿が見えた。
桃色のくちばし。陽だまりと同じ色のからだ。頬の朱と、冠羽がやはり、愛らしい。
数年越しに逢えた友は、思い出よりも、ずっとくたびれていた。何年も待ち続けて、ひとり静かに眠っていたのだ。
黒い瞳は、寂しさを湛えている。いまにも泣きそうな瞳だ。
両手でそっと包み込む。その体は、あのころより、とてもとても小さくて。
なんだか目頭が、熱くなった。
風が優しく頬をなでる。見切り発車の自転車の旅。カゴには小さなカバンが一つ。ビーズの瞳がのぞいている。
目的のないサイクリングは、初めてではない。けれども、友達を乗せた旅は、新鮮だった。不思議と景色が鮮やかに見える。
色あせたスーパーの看板、見飽きたはずの樫の大木。普段では注視しないありふれたものが、深く心に刻まれる。
大通りから外れて細い路地へ。普段なら、絶対に行かない道。今日はなんだか、惹かれるようだった。
木々のトンネルをくぐり、薄暗い坂道をのぼる。ペダルのひと漕ぎひと漕ぎが、ずっしりと重たい。
それでも、視界に映る友達が、元気をくれるから。足の疲労も、忘れてしまいそうだ。
坂をのぼりきって、ついに視界が開けた。高台から見下ろすと、黄金が広がっていた。
一面の田園が、金風に撫でられて、さざ波をたてている。風はさらさらと髪をゆらし、刈草の香りを運んでくる。秋の香りだ。
古びたベンチに腰掛ける。お友達は、膝の上。遠くに雄大な山々が見える。
あの山の向こうには、いつか訪れた遊園地がある。
目を閉じると聞こえてくる。きらきらとした陽気な旋律が。君とおれの笑い声。
目を閉じると見えてくる。くるくるまわるメリーゴーランドと観覧車が。きらきら輝くふたりの瞳。
楽しい思い出は、山を越えたその先に。
いつかまた行こう。軌跡を辿るために。新しいページを描くために。
優しく友の頭を撫でる。その表情は、なんだかとても幸せそうで。
胸がほんのり、あたたかくなった。
夜風が気持ち良い。少し寒いくらいに。それでも心は、ずっと熱を帯びたままだ。空白が埋まったようで、満たされている。
待っていてくれて、ありがとう。
待たせてしまって、ごめんなさい。
明日も、明後日も。
来月も、再来月も。
来年も、再来年も。
ずっと、一緒にいられますように。
ありがとう、これからもよろしくね。
そう、声をかけられた君は。
赤い頬を、よりいっそう朱に染めて。
照れくさそうに、笑っているね。




