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ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~  作者: エノキスルメ
第一章 偉大な王国、崩壊間違いなし
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第7話 軍事力整備②

「よかったぁ。これならいざ戦うときも、ちゃんと戦術が機能しそうかな……」


 十分以上に堅牢な槍衾が構築されている様を見ながら、ウィリアムは呟くように言う。


 敵軍と激突する正面には重装の下馬騎士を先頭に、それを支える戦力として歩兵を並べ、後方から弓兵部隊が掩護。弱点として騎兵部隊に狙われる側面は、長槍兵部隊で守る。それが、アーガイル軍の想定する基本戦術だった。

 これまでの動乱の時代、名家を中心とした各勢力が戦う際、アーガイル軍は最大戦力ではないものの、主戦力のひとつとなることが多かった。ひとつの指揮系統の下で組織立って戦える、ある程度の規模を持った軍であるために、大規模な会戦において最右翼や最左翼の防御を任されたり、別動隊の中核を担ったりすることが多かった。

 そうした役割において最重要なのが、敗けず退かず崩れないこと。だからこそアーガイル伯爵領の軍制においては、いつしか防御力が最も重んじられることとなった……と、ウィリアムは在りし日の父から教えられた。

 軍が防御に重点を置き、領主家の家紋がリクガメであることもあり、歴史上の戦場においてアーガイル軍の戦術は「リクガメの守り」などと評されてきた。良い意味の場合もあれば揶揄の場合もあるが、結果として損耗が少ないこの戦い方を、ウィリアムは個人的にも好んでいる。まだ見ぬ戦場において、きっと自分の性にも合っているだろうと考えている。

 本格的な戦争を知らない現世代のアーガイル軍も、この戦術を実行できそうであることに、ウィリアムは安堵を覚えている。少なくとも、まともに戦うこともできずに無念なまま死にゆく心配はしなくていい。


「徴集兵の集まり具合も、問題ないんだよね?」

「左様です。任期を務め上げて退役した者は都市や村ごとに把握していますので、徴集漏れの心配はございません。徴集拒否や逃亡などの事例もごく僅かです……免税の特権を得ている以上は当然のことですが、己の義務を誠実に果たす領民ばかりで誠に幸甚。これも閣下のご統治が素晴らしいからこそでしょう」

「あはは、僕は大したことはしてないよぉ。長く領地を治めた父上や、軍の実務を担ってるロベルトたちのおかげでしょう?」


 ウィリアムは苦笑しながら首を横に振り、そう語る。


「おい、あれ領主様だぜ」

「本当だ! 俺たちの訓練を見に来てくれたんだ!」

「おーい、ウィリアム様ー!」


 そのとき。ウィリアムが視察に来ていることに気づいたらしく、徴集兵たちがにわかに騒がしくなる。領主に向けて手を振る者もいる。


「あはは、おーい、皆ご苦労さまぁ~」


 それに、ウィリアムも気安く応じる。笑顔で手を振り返してやると、手を振った徴集兵は周囲の者たちとわいわいはしゃいでいる。

 そこへ教官役の正規軍人が駆け寄り、徴集兵たちに注意をした上で、謝罪のつもりかウィリアムに頭を下げてくる。ウィリアムは気にしないよう手振りで伝え、ロベルトの方を向く。


「皆元気がいいねぇ。都市部の住民たちかな?」

「はっ。この再訓練部隊の徴集兵は、全員が都市住民です」

「やっぱりそうかぁ」


 ウィリアムは家督を継ぐ前、まだアーガイル家の嫡男だった頃から、都市部を中心に領民たちとよく交流をもってきた。市街地に赴き、市場などを巡り、領民たちと言葉を交わしてきた。そのおかげで、特に都市住民からは顔も性格も知られ、柔和な人柄もあって皆から慕われている。


「それじゃあロベルト、引き続きよろしくねぇ」

「お任せください。冬明けまでにしっかりと体制を整えてご覧に入れましょう」


 その後もしばらく訓練の様子を見学したウィリアムは、ロベルトの返事に頷くと、視察に付き添っているアイリーンと護衛のギルバートを連れてフレゼリシア城に帰る。


「軍事に関しては順調だし、内政面の備えもうまく進みそうだし、言うことなしだけど……戦争が起こる前提で色んな話を進めないといけないっていうのは、やっぱり複雑だねぇ」

「同感です、閣下」

「軍人の私としても、叶うのならば平和が続くことが望ましいと存じます」


 ウィリアムの言葉に、アイリーンもギルバートも同意を示す。


 情報収集によって、レスター家とアルメリア家の双方とも、徴兵の準備や食料をはじめとした物資の集積を開始していることが分かっている。両家が戦争の用意を進めているのは、もはや確定的だった。

 そして両家は互いに、相手が軍備を整えている様を、自家に対する敵対行為の前触れであると非難している。それは戦争を防ぐための警告ではなく、戦争に突入するための正当な理由作りの一環であると、端から見れば明らか。

 レスター家とアルメリア家が周辺の貴族家を巻き込んで戦争に突入することを、アーガイル伯爵家は半ば確信していたが、あくまで主観として確信することと、事実として確定するのでは、やはり事の重大さが大きく違う。


 平和が遠ざかり、動乱が近づいてくる。ウィリアムの心中で、そのことへの実感が日に日に強まっていく。


 動乱の時代には、伝統と権力を併せ持つ名家だろうと簡単に消えていく。前回の動乱でも、大陸東部の東端の小国を治めていた名家がひとつ没落した。その家は小国共存の時代の平穏を最初に破り、隣り合うレグリア王国を飲み込まんと戦争を仕掛け、返り討ちにあって国は崩壊。当主の首を差し出しての全面的な降伏と引き換えに慈悲を与えられ、存続を許された。直轄領のごく一部を残され、今ではかつての栄光など見る影もない弱小貴族になり果てている。

 今回の動乱でも、きっとまたそのような大きな変化が起こる。少なくとも、レスター家とアルメリア家のいずれかは歴史の表舞台から消える。両家は数代にわたる因縁に決着をつけるため、どちらかが滅亡するか没落するまで戦争に臨むだろう。


 概ね満ち足りた領内社会を築いているアーガイル家が望むのは、第一に安寧。ウィリアム個人としても、大陸東部の全体が平和であることを願っている。大陸東部の一員として平和を享受し、愛すべき家臣と領民たちを庇護しながら、我が家たるフレゼリシア城で毎日安楽に暮らしていたい。

 しかし、時代がそれを許してはくれない。ウィリアムの願いとは裏腹に、エルシオン大陸東部は動乱の道へと進んでいく。この平穏な日々の終わりは、静かに、しかし着実に近づいている。


・・・・・・


 フレゼリシア城の主館に入ると、待ち構えていたように歩み寄ってきたのは家令のエイダンだった。

 アーガイル伯爵領の政治的な実務を統括する立場にある彼は、ここ最近は平時の仕事に加え、情報収集にも努めてくれている。周辺の情勢把握に諜報の人手を割く彼の采配の結果、早くもレスター家やアルメリア家に臣従の意を示した一部の中小貴族たちの情報が、ウィリアムのもとに集まり始めている。


「閣下、お帰りなさいませ」

「ただいまエイダン……どうしたの?」


 明らかに用事がある様子のエイダンに尋ねると、彼はひとつの書簡を差し出してくる。書簡にされている封蝋は、アルメリア侯爵家の家紋。


「つい先ほど、アルメリア侯爵の使者がフレゼリシア城へ来ました。およそ一週間後、侯爵本人がフレゼリシアを来訪するそうです。閣下と会談し、今後の情勢について直接話し合いたいとのことです」


 エイダンの説明を聞きながら、ウィリアムは封蝋を割り、書簡を広げる。

 そこには彼の説明通り、来訪予定と会談を望む旨について、アルメリア侯爵による丁寧な文章が綴られていた。


「……侯爵本人が、直接来るのかぁ。嫌な予感しかしないなぁ」


 あからさまにげんなりした顔で、半ば嘆くように、ウィリアムは言った。

 国葬の場では軽く挨拶をされただけだったが、そう遠くないうちにアルメリア家やレスター家が本格的な勧誘を仕掛けてくることは、当然に予想していた。

 とはいえ、大貴族家の当主が自ら来訪し、勧誘してくるとなれば、その重みは増す。会談は緊張を強いられるものになるだろう。ウィリアムは今から憂鬱を覚えながら、しかし歓迎の準備をせざるを得ない。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

ブックマークや星の評価をいただけると、作者の中のウィリアム・アーガイルが泣いて喜びます。


しばらくの間、毎日正午に1話ずつ更新していく予定です。

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